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カクテル・バー『J moon』  作者: かがみ透
第五章『同級生』
25/72

(11)『Just the Way You Areーー素顔のままで』

 須藤と話してから、心に余裕の生まれた奏汰は、優から借りていたDVDを、やっと観る気になった。

 『カクテル』を観た後、彼は、無性に、蓮華に会いたくなった。

 映画の主人公が、大事なものを失う前に、行動を起こす気になった場面に、感化された、と我ながら思う。


「話があるから」


 『J moon』開店直前、ある決意の固まった奏汰の瞳から、蓮華は目を反らした。


「今日は忙しいから、また今度ね」


 仕事着の奏汰が、蓮華の腕を掴む。


「じゃあ、いつならいいの? 早いうちに、話したいんだけど」


「開店前から、仕事は始まってるのよ、わかってるでしょう? 皆に見られるわ」


 冷たくあしらう蓮華の腕を、奏汰は、放さなかった。


「美砂ちゃんには、振られたから」


「えっ?」


「ちゃんと説明するから、ちゃんと聞いて」


 そう囁いた奏汰の瞳を、探るように見つめた蓮華は、無言で、彼の手をさりげなく解くと、「明日、仕事の後、ベイサイド・ホテルのラウンジで。そこなら、落ち着いて話せるわ」と小さく言った。


 翌日、仕事の終わった奏汰は、私服に着替えると、ホテルのラウンジに向かった。


 蓮華は、来てくれるだろうか?


 少々緊張して待つと、約二〇分後に、蓮華が現れた。


 仕事で着ていた、夜の女をイメージするワンピースではなく、カーキ色のワンピースと、粗く編まれた生成りの短いボレロをはおり、茶系のロングブーツを履いている。

 ふんわりとしたウェーブへアの毛先が、歩くたびに、胸元で揺れていた。


 そうしていると、二〇代前半あたりの女性に見え、バーのマダムには、とても見えない。


 二つ横に並んだ、革張りのウイングバックチェアに、それぞれ腰かける。

 赤ワインのグラスが来ると、二人は、「お疲れ」とだけ言い合い、黙ってワインを飲んだ。


「最近、仕事遅くまで、大変そうだったね。もう落ち着いたの?」


 先に、沈黙を破ったのは、奏汰だった。


「ええ、まあ。来月から、試作のアジアン・デザートを、カフェの方に出すことになったの」


「そうなんだ? 俺も試食したかったなぁ」


 奏汰が笑うと、蓮華も、控えめに笑った。


「美砂ちゃんに振られたことだけど……」


 奏汰は、考え考え、蓮華の様子を見ながら、語っていった。


 須藤に話した内容と同じだった。

 蓮華に対する想いと、美砂のことをどう思っていたか。


 美砂のことは、可愛く、いじらしいと思っていたが、蓮華と奏汰の間に割り込んだ美砂にとって、それは余計に彼女を追いつめていたこと、彼女が、蓮華と奏汰の間で、猜疑心と罪悪感に苛まれていたこと。


 奏汰は、蓮華に甘えたままではいけないと考えるようになり、彼女との等身大の恋愛に移行しようとまでも、考えたことを、正直に話す。


 そのいきさつは、自分は蓮華に頼られていない、という想いが大きかった。


 優や須藤のような、自分よりも年上の、包容力もある男たちの方が、蓮華にもふさわしいのではないか、とも考えてしまった。


 音楽が第一の自分では、美砂が犠牲になってしまうことにも、気が付いた。

 そして、彼女を可愛がるだけでは、彼が、蓮華に頼られずに淋しい想いをしているのと同じことを、美砂にもさせていたのだと、気が付いた。


 蓮華とも、これまでのように接していなかったのは、美砂に夢中になっていたからではなく、不器用な自分では、美砂と蓮華を両天秤にかけるようなことは、出来なかったからであった。


 今の自分の想いは、……虫が良過ぎるだろうが、蓮華と一緒にいたいと思っている。


 そのようなことを、奏汰は、途切れ途切れになりながらも、なんとか語り終えた。


 蓮華は、ずっと、彼の話に耳を傾け、時々、相槌を打っていた。

 彼が、どう話していいか行き詰まった時には、蓮華の方から、彼の言いたいことを、引き出せるよう、質問して、誘導していた。


 奏汰の話が終わると、二人の間には、再び沈黙が訪れる。

 僅かな間であったのだが、それが、奏汰にとっては、裁判の判決を待つにも等しい。


「あなたは、まだ若いから、もったいなくて。何も、あたし一筋じゃなくてもいいと思って……。ごめんね、もともとは、あたしのせいで、奏汰くんに辛い想いさせてたんだね」


 奏汰は、顔を上げ、蓮華を見つめた。


「いや、いいんだ! 他の女の子と恋愛勧められたからって、真に受けた俺がバカだったんだから。俺のためを思ってくれた蓮華は、悪くないよ!」


「自分から、奏汰くんに、他の女と恋愛しろって言っておきながら、あなたが、美砂ちゃんに本気になっていくだろうって思ったら、居たたまれなくなっちゃって……。本当は、やきもきしてたの。まさか、ここまで、自分でも動揺するとは、思わなかったわ」


 俯く蓮華の瞳を、黙って、奏汰の目が追った。

 しばらくして、蓮華は、決心がついたような表情で、奏汰を見上げた。


「あたしも、言わなくちゃいけないことがあるの。この間、須藤くんに、キスしちゃったの。優ちゃんとは、……それらしい雰囲気にはなったけど、未遂で」


「……やっぱり、優さんとも……」


 奏汰は苦笑するが、蓮華が動揺していたと知った後では、少し余裕が生まれ、寛容に受け止めることが出来た。


「須藤くんには、元気をもらえたお礼で。優ちゃんには、頼るクセが付いちゃってるもんだから、あたしも、ついヤケになって……。ああ、優ちゃん本人も、普段の無自覚プレイボーイ癖で、つい……って感じで、別に、これを機に、奏汰くんから奪ってやろうだとか、決してそんなんじゃないから」


 蓮華が、心配そうな顔で、そのまま彼を見つめた。

 彼女の心配に反して、奏汰は、穏やかな顔つきだった。


「須藤さんからは、昨日、偶然会って、真相を聞いたよ」


「えっ……」


「優さんのことまで話してくれて、ありがとう。黙ってた方が、アヤシイもんな」


 蓮華は意外そうな顔で、奏汰を見つめていた。

 少し照れて、奏汰が続けた。


「いつも、蓮華のことでは、やきもきしてた。だけど、蓮華も、少しは、俺のことで、……やきもきしてくれてた……ってこと?」


 蓮華は少しだけ頬を染め、返答に迷っていたようだったが、そのうち、小さく頷いた。


「余裕のある大人の女なんかじゃ、まったくないわね」


 困ったような蓮華を見つめるうちに、奏汰の中に、抑え切れない想いが、沸き出してきた。

 思わず、椅子から乗り出し、蓮華を抱き寄せた。


「抱いちゃだめ? 今すぐ、抱きたい」


 耳元で囁く奏汰の声に、蓮華の瞳が揺れた。

 すぐに、奏汰が腕を緩め、蓮華の顔を覗く。


「……あ、つまり、その……許してくれたら……なんだけど」


 すまなそうに言う彼に、蓮華は微笑し、俯き加減に、頷いた。


「あたしこそ……許してもらえるなら」




 熱い溜め息の中、固く目を瞑った蓮華が、ベッドに沈み込む。

 覆い被さる奏汰は、深く、彼女の唇を塞いだ。


 細波(さざなみ)は繰り返し大きな波となっていく。


 穏やかに移り変わった時の中で、奏汰の首に下げられたドッグタグの文字を、愛おしそうに、ゆったりと、蓮華の指が滑っていく。


 奏汰は蓮華の肩を引き寄せ、薄化粧の頬や、ルージュの取れた唇を、大事に味わうように、ゆっくり口付けていった。


 奏汰の耳や首筋、鎖骨、頬、唇へと、蓮華も唇を押し当てる。


 見つめ合い、囁き合いながら、相手を思い遣る口づけは、繰り返された。


 シャワーを浴びた二人は、棚に用意されていたガウンを身に付け、冷蔵庫から取り出したミネラル・ウォーターを飲んだ。


「優さんに、『カクテル』のDVDを借りたんだ」

「ああ、昔のトム・クルーズの、あのチャラチャラした映画?」

「ホントだ!」


 奏汰が笑い出すのを、蓮華は、きょとんと見ていた。


「優さんが言ってたんだよ、蓮華はそう言って、あの映画を気に入らなかったみたいだって」


「ええ、確かにそうだけど……?」


「軍隊を除隊して、学歴もない、他に職歴のない、トム・クルーズが演じる主人公が、一儲けしようと、まずはバーでバイトする。なんか、俺に似てない?」


「似てないわよ。奏汰くんは、有名になりたいとか、お金儲け出来ると思って、ミュージシャンになろうとしてるわけじゃないじゃない?」


「まあまあ。世間から見たら、同じだと思うからさ」


 くすくす笑いながら、奏汰は、続けた。


「バイトしながら、いろいろ仕事を探すけど、結局は、バーの方で才能を発揮していく。ーーああ、日本と違って、アメリカでは、カクテル作るのもショーなんだね。バーテンダーも、客を盛り上げるものみたいだったしーースラング多いし、品のない会話も多くて、なんで優さんみたいな上品な人が、そんな映画勧めたんだろうって、思ったら……」


 蓮華は、映画を思い出しているのか、だんだん不機嫌な顔になっていく。


「バイト先のオーナーと仲違いすると、それぞれ別の人生を歩んでいって、再会して。挫折や、いろんな困難を乗り越えていって、主人公は、本当の愛を見つけるーーあれって、ラブストーリーだったんだね」


 不機嫌そうな蓮華を、奏汰が、面白そうに見た。


「ホントに嫌いなんだね? あの映画、今の俺には、面白かったけどなぁ」


「そう? だって、結局は、主人公は、同年代くらいの、純粋で可愛い女の子を選ぶじゃないの。結局は、みんな、年上のしたたかな女より、可愛い女の子なのよ。確かに、エリザベス・シューは可愛かったから、いいけど」


「なんだ、それが気に入らなかったの? ……わかった! 蓮華、トム・クルーズ、めっちゃ好きだったんじゃないの? だから、大筋よりも、イチャイチャにばっかり目が行って、ヤキモチ妬いてたんじゃ?」


「違うわよ」


 蓮華の顔は、眉間に皺を浮かべながらも、本気で腹を立てている様子はない。


 その時、ホテルの有線から流れる曲は、ビリー・ジョエルの『素顔のままで』に変わった。

 奏汰も、バンド仲間から勧められ、聴いたことがある。


 良い曲は、気分転換をするには、最も効果的だ。

 眉間の皺はなくなり、思わず口ずさむ蓮華を見つめ、その変わりように笑いたいのを堪えた奏汰が、「いい曲だよね」と言った。


「この曲みたいに、素直に、素顔のままでいれば良かったんだわ」


 二、三人がけの、ヨーロッパの家具調ソファに腰かけ、蓮華は、肩を竦めた。


「トム・クルーズが好きなのも、素直に認めていれば、ね!」


「やっぱり!」


 奏汰が笑った。

 蓮華も、今度は笑って、ちらっと舌を覗かせた。


「俺、あの映画見た後、これでも真面目に考えたんだ。……恋と愛の違いを」


 向かいのベッドに座り、奏汰が照れながら、語り出した。


「それは、興味深いわね」


 ミネラル・ウォーターの瓶を傾けながら、蓮華は、にこやかに、彼を見た。

 彼女が、笑い飛ばし、からかうような性格ではなかったため、奏汰は、安心して話を続けられる。


「恋愛的な欲求は蓮華で、癒し的なものを美砂ちゃんに求めていたんだと、思ってたけど、……そういうことじゃなかったのかも。美砂ちゃんには、恋だったんだと思う。蓮華にも、最初のうちは恋で」


 照れ臭そうに、ちらっと、奏汰は、彼女を見てから、続きを語る。


「蓮華のことが欲しくなって、付き合うようになって、考えてることとか、いろいろ知っていくうちに、気が付いたら、もっと好きになってた。それを通り越すと、高ぶっていたような気持ちが、穏やかになっていって……。それからは、蓮華が側にいないことが、不自然に感じられた」


 奏汰は、なんとも言えない表情で、彼女を見る。


「こういうのが、愛なのかな? 俺には、そう思えたんだ」


「奏汰くん……」


 彼を見つめていた蓮華が、ミネラル・ウォーターを置くと、視線を反らした。


「……困ったわ」


 奏汰が一気に不安そうに、彼女の顔を覗きこむ。


「俺が、蓮華を……愛してたら、困るの?」


 ハッとした蓮華は、「ごめんね、違うの!」と、言った。


「どう反応していいかわからなくて、困ってるだけ。そんな風に、『愛』だなんて言われたこと、あんまりなかったから、なんか……感動しちゃって……」


 奏汰が、目を丸くする。


「……蓮華でも、そんなことあるんだ? 意外と、不器用なんだね」


「なによ」


 蓮華が、面白くないように、拗ねた顔になる。


「かわいい……!」


 テーブルにミネラル・ウォーターの瓶を置くと、奏汰はソファに近付いていき、蓮華を抱きしめた。


「蓮華のこと、わかってたつもりになってたけど、全然わかってなかった。男並みに不器用で、裏では、意外とヤキモチ妬いてて……」


 何か反論したそうな蓮華だったが、奏汰の腕の中で、おとなしくしていた。


「俺は、蓮華がいい。例え、蓮華の心の中に、他の誰かがいたとしても……今でも、今後でも」


「……そんなこと、言ってくれるの?」


 目元を赤くし、奏汰の髪をかきあげる蓮華の仕草には、彼を愛しく想う心が、見られた。


「あたしは、あなたのものよ」


 潤んでいる蓮華の瞳を、愛おしそうに、そして、せつなそうに見つめてから、奏汰は、彼女の唇をやさしく覆った。


 抱き合い、確かめ合い、交わし合う口づけに、終わりはなかった。

 蓮華の頬を、光るものが伝っていた。


※『Just the Way You Areーー素顔のままで』by Billy Joel

※参考映画『カクテル』

※ホテル名等は、架空のものです。


【第五章 後書き】

 なんだか、純愛っぽくなってきましたかね。(^_^;

 『J moon』書き始めからすると、意外です。純愛にはならない、と思っていたもので。

 奏汰が、頑張ったんですかね? (^∇^;


 なんとなくですが、優をA型タイプ、須藤はO型タイプみたいに設定して、どう行動するか考えてました。本人たちの血液型を、そう設定してるわけではなく、タイプとして。


 優はさりげなく。

 相手から相談など求められていなければ、自分からは、特に行動は起こしませんが、今回は、あまりにももどかしかったせいか(プラス、蓮華に迫られるのから逃れたかったのか? 笑)、DVDを貸すことはしていました。

 さりげないため、なかなか真意は気付いてもらえませんが。


 須藤はコミュニケーション能力に長けている人で、人付き合いが好きみたいです。

 そして、美砂に怒られようとも、奏汰に迷惑がられようとも、自分の思ったように行動しないと気が済まない。(笑)

 ただし、自分の恋愛となると、どうなのか? 


 奏汰は、最初、AB型タイプでした。

 俳優やアーティスト、タレント(バラエティー・タレント含む)等で、いいなぁと思う人は、男女関係なくAB型であることが多かったので、自分から見て、才能ある人ってことで。


 ですが、書いているうちに、まったくのAB型タイプとは、ちょっと違う気も? 

 本当は、A型かもです。

 日本人はA型が多いので、A型って、意外にも、型には収まり切らないほど、いろいろなタイプがいるという。


 ……と、困ると何でもA型、ってことにしてしまうのですが。(^_^;


 蓮華は、O型タイプですかね。Bかもですが。


 以上で、第五章同級生編は終了です。

 長かった! 長過ぎた! (@_@;


 第六章は、番外編みたいなもので、美砂のその後になります。

 ここまで長くはありませんので。

 最終話は、クリスマスには間に合わせたいものです。

 これ書いてる時点で12/18……間に合うのか!? 


 第七章からは、また奏汰編に戻り、彼の身の回りで、新たな変化が起きます。

 それらは、凶と出るのか、吉と出るのか? 


 どうぞ、よろしくお願いします!(^_^)/


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