(2)『Fly Me to the Moon』
奏汰の高校の同窓会が、新宿で行われる。
出身高校は山梨であったが、東京にいる者を中心に、声がかかったのだった。
「そんなわけで、明日は、同窓会に行くから」
バーの制服姿から私服に着替えた奏汰が、女主人・蓮華に挨拶をして、帰るところだった。
「どのくらいモテるか、楽しみね」
「別に、モテやしないよ」
奏汰は笑うと、蓮華に口づけてから帰った。
そして、同窓会。
東京にいる男女ほんの四、五人だと思っていた奏汰は、これを期に、東京に行ってみたいと思っていた者も集まり、総勢十三人もいたことに、少々驚いた。
新宿の居酒屋の、個室で、彼らは盛り上がっていた。
「こいつ、十歳も年上の、水商売のおねえさまと同棲してるんだぜー!」
奏汰の隣にいた、幹事の男子が言った。
「おい、何バラしてんだよ!」
働いている者はスーツで、大学に通っている者は普段着だ。
黒いTシャツと、黒いパンツの上に、青色系のチェックのボタンシャツを羽織っただけであったが、奏汰は、彼らの中では、洗練されて見えたらしかった。
それで、女がいるんじゃないのかと聞かれ、酒の席だからと、奏汰もつい話したのだった。
「しかも、同棲はしてないって! ただ、時々お互いの部屋に行くだけで」
女子の「きゃー!」と騒ぐ声と、男子の「おおっ!」という声が充満していた。
男子は、次々と、猥談を畳みかけ、女子は口を揃えて、「いやあね」「騙されてるのよ」「早く目を覚ました方がいい」などと、こそこそ話している。
奏汰は、溜め息をついてから、仕方のなさそうに言った。
「俺たちは、そんなんじゃないよ。もっと精神的なところで、結びついてるんだよ」
真面目に言ったつもりが、「ひゅ~! カッコいいぜ~!」と囃し立てられる一方だった。
だめだ、こいつらに言葉は通じない。
奏汰は、早々に諦めた。
しかし、どこに行っても、肴にされるなぁ、俺って。成長してないんだろうな……。
と思いながら、「やっぱ、先に東京に行ったヤツは違うよな!」という幹事男子を、奏汰は「はい、はい」と適当にあしらった。
それを、遠い席から、じっと見つめる視線には、彼は、ちっとも気が付いていなかった。
帰りの電車では、今は横浜に住んでいるという、山科美砂と一緒であった。
美砂は、去年、引っ越してから、奏汰の住む最寄り駅とも近かった。
「そっか、山科さん、今は、東京でOLやってたんだ?」
「そうなの。短大もこっち方面だったから、そのまま東京で勤めて。弟が大学生になって、こっちに来たから、二部屋のアパートに引っ越したの。親が、私のことも弟のことも心配して、一緒に住めってうるさくて」
長いストレートのロング・へアの美砂は、紺色の地に、白い控えめな柄の入った、シックなスーツ姿で、適度なメイクだった。
大きな瞳と、整った顔立ちは、高校の時と変わってはおらず、いつも大人に囲まれていた奏汰には、まだ可愛らしく、清楚に映った。
「皆にからかわれちゃって、大変だったね。でも、蒼井くん、全然相手にしてなくて、皆よりも、ずっと大人に見えたわ」
「そうかなぁ。蓮華やバンドの人たちに鍛えられてたからなー。あんなもんじゃなかったし……。まあ、俺も、少しは大人になったのかな?」
ふっと、奏汰は、クールぶってから、笑ってみせた。
美砂も、笑う。
「ねえ、ちょっと飲み直さない? 横浜って、オシャレなところ多いでしょう?」
「そうだね。あんなんじゃ、ちっとも酒がうまくなかったからな」
何の気なしに言う奏汰に、美砂は、嬉しそうに笑った。
奏汰が案内したのは、ピアノバーであった。
「この近くにも、こんなところがあったのね。私、こういうところって、来たことないわ。大丈夫かしら?」
「ああ、その格好なら、どこでも大丈夫だよ。俺の、こんなシャツでも入れちゃうんだから。ジーンズとスニーカーは、さすがに断られちゃうけどね」
奏汰は、ラムコークを頼み、カクテルを良く知らない美砂には、ミモザという、シャンパンとオレンジジュースで出来たカクテルを選んだ。
「うちのママ……、ああ、俺の母さんじゃないよ、俺がバイトしてるバーのママが、こういうところにも連れて来るんだ。『奏汰くんも、こういうところに、女の子連れて来られるようにならなくちゃ』って、言われるんだ」
美砂は驚いて、隣にいる奏汰を見上げた。
「その人って、蒼井くんと付き合ってる人なんでしょう? 他の女の子が一緒でも、怒らないの?」
「かえって、『もっといろんな女とくっつけ』って言ってるくらいだよ。俺には、彼女の考えてることは、よくわかんないんだけどさ。なんだか、今まで付き合った子たちとは、まったく違う考えみたいで、時々爆弾発言するし」
奏汰が、仕方のなさそうに笑った。
「『精神的に結びついてる』……から、平気ってこと?」
美砂は、まだ不思議な顔のままだった。
「ああ、さっき、そんなこと言ったんだっけ。でも、それは、俺だけが、そう思ってるだけかも知れないからなぁ」
「そうなの? やっぱり、十歳も離れてるって、大きいのかしら……」
奏汰は、微笑んだ。
「始めは、年の差がネックだと思ってたけど、最近、思うんだけど、年齢どうこうっていうより、個人の問題かな。彼女、一緒にいて飽きないけど、時々、何考えてるのかわからないから。ま、そのつかみどころのないところも、好きなんだけどさ」
言ってしまってから、奏汰は、照れ笑いをした。
その彼の笑顔から、美砂は、視線を反らせないでいた。
「……なんだか、素敵な関係ね、蒼井くんと、そのマダムの方。羨ましい」
「いやいや、俺の話なんか、どうでもいいよ。それより、山科さんは、どうなの? 彼氏いるんでしょ?」
美砂は、にこっと笑った。
「私、三月に短大卒業して、銀座でOLやってるけど、……一度も、男の人と付き合ったことないの」
「うそっ! そんなにかわいいのに? 高校の時だって、クラスで一番モテてたのに?」
美砂は、眉を寄せた。
「そんなのウソよ。誰も、近寄ってこなかったもん」
「男の間では、誰々が本命だとか、いろいろ噂が流れてたからな。皆、行動に出せなかったんだな。情けないやつらだ」
奏汰が苦笑いした。
美砂も、くすっと笑った。
「蒼井くんだって、女子の間では人気あったのに、他のクラスに彼女がいたから、皆、悔しがってのよ」
「ホントに? へー、俺って、モテてたのかー、知らなかったなー」
奏汰が冗談のような口調でそう言うと、美砂が笑った。
「『フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン』か」
ピアノの弾き語りに、奏汰が、耳を澄ませた。
しばらく、聴き入っている奏汰に、美砂が言った。
「なんか、蒼井くん、変わったね。高校卒業して、まだ三年しか経ってないのに、随分、大人っぽくなったみたい」
「そうかな? 周りが大人ばっかりだからかな? 俺なんか、まだまだコドモだよ」
奏汰が笑うと、美砂が、一瞬、眩しそうに、彼を見てから、言った。
「私、お酒も、そんなに飲んだことないし、音楽もよく知らないし、……なんだか、恥ずかしい。何も知らなくて」
「いいんじゃないの? 今時珍しい、貴重な存在で」
少なくとも、百合ちゃんとは違うし……と、勘違い音大生の百合子を思い浮かべた彼は、笑いをこらえるが、その分、目の前の同級生が、純粋で、女の子らしく思う。
だが、美砂は、浮かない顔になって、俯いた。
「そういう風に、よく言われるんだけど、……私、自分が、いやなの。変わりたいの」
そのままでいいのに、と奏汰は思いながら、美砂の長い髪と、ほんのりと赤く色付いた頬を、眺めていた。
「じゃ、気を付けて」
最寄りの駅まで送ると、奏汰が美砂に微笑んだ。
美砂は、少し躊躇った後に、思い切ったように言った。
「あの……、また会えるかな?」
「うん、いいよ。近いんだし、いつでも」
「本当? じゃあ、連絡する」
二人は、アドレスを交換して、別れた。
アパートに戻ると、蓮華が来ていた。
「どうだった? 同窓会は」
「あ? ああ、楽しかったよ」
どこか上の空で、奏汰は、買って来た二人分の缶ビールを出し、テーブルに置いた。
蓮華と向かい合って飲んでいると、蓮華が、頬杖をついて微笑んだ。
「奏汰くん、何をボーッとしてるの?」
「ああ、いや、別に……。ただ、……なんか、久しぶりに『女の子』を見た感じがして、新鮮だったなぁって」
物思いから我に返った彼は、笑った。
「こんなこと言うようじゃ、俺もオヤジかなぁ。大人通り越して、オヤジになってしまったか!」
目を丸くした蓮華は、珍しいものを見るように、興味深く、彼の顔を見た。
「へー、奏汰くん、好きな子出来たんだ?」
「何言ってんだよ、そんなんじゃないよ」
単に、おかしそうに笑う彼に、蓮華は、にっこり微笑んでいた。
※『Fly Me To The Moon』by Bart Howard
※『Fly Me to the Moon』by Bart Howard




