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カクテル・バー『J moon』  作者: かがみ透
第五章『同級生』
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(2)『Fly Me to the Moon』

 奏汰の高校の同窓会が、新宿で行われる。

 出身高校は山梨であったが、東京にいる者を中心に、声がかかったのだった。


「そんなわけで、明日は、同窓会に行くから」


 バーの制服姿から私服に着替えた奏汰が、女主人・蓮華に挨拶をして、帰るところだった。


「どのくらいモテるか、楽しみね」

「別に、モテやしないよ」


 奏汰は笑うと、蓮華に口づけてから帰った。


 そして、同窓会。


 東京にいる男女ほんの四、五人だと思っていた奏汰は、これを期に、東京に行ってみたいと思っていた者も集まり、総勢十三人もいたことに、少々驚いた。


 新宿の居酒屋の、個室で、彼らは盛り上がっていた。


「こいつ、十歳も年上の、水商売のおねえさまと同棲してるんだぜー!」


 奏汰の隣にいた、幹事の男子が言った。


「おい、何バラしてんだよ!」


 働いている者はスーツで、大学に通っている者は普段着だ。

 黒いTシャツと、黒いパンツの上に、青色系のチェックのボタンシャツを羽織っただけであったが、奏汰は、彼らの中では、洗練されて見えたらしかった。

 それで、女がいるんじゃないのかと聞かれ、酒の席だからと、奏汰もつい話したのだった。


「しかも、同棲はしてないって! ただ、時々お互いの部屋に行くだけで」


 女子の「きゃー!」と騒ぐ声と、男子の「おおっ!」という声が充満していた。


 男子は、次々と、猥談を畳みかけ、女子は口を揃えて、「いやあね」「騙されてるのよ」「早く目を覚ました方がいい」などと、こそこそ話している。


 奏汰は、溜め息をついてから、仕方のなさそうに言った。


「俺たちは、そんなんじゃないよ。もっと精神的なところで、結びついてるんだよ」


 真面目に言ったつもりが、「ひゅ~! カッコいいぜ~!」とはやし立てられる一方だった。


 だめだ、こいつらに言葉は通じない。

 奏汰は、早々に諦めた。


 しかし、どこに行っても、肴にされるなぁ、俺って。成長してないんだろうな……。

 と思いながら、「やっぱ、先に東京に行ったヤツは違うよな!」という幹事男子を、奏汰は「はい、はい」と適当にあしらった。


 それを、遠い席から、じっと見つめる視線には、彼は、ちっとも気が付いていなかった。




 帰りの電車では、今は横浜に住んでいるという、山科美砂やましな みさと一緒であった。


 美砂は、去年、引っ越してから、奏汰の住む最寄り駅とも近かった。


「そっか、山科さん、今は、東京でOLやってたんだ?」


「そうなの。短大もこっち方面だったから、そのまま東京で勤めて。弟が大学生になって、こっちに来たから、二部屋のアパートに引っ越したの。親が、私のことも弟のことも心配して、一緒に住めってうるさくて」


 長いストレートのロング・へアの美砂は、紺色の地に、白い控えめな柄の入った、シックなスーツ姿で、適度なメイクだった。


 大きな瞳と、整った顔立ちは、高校の時と変わってはおらず、いつも大人に囲まれていた奏汰には、まだ可愛らしく、清楚に映った。


「皆にからかわれちゃって、大変だったね。でも、蒼井くん、全然相手にしてなくて、皆よりも、ずっと大人に見えたわ」


「そうかなぁ。蓮華やバンドの人たちにきたえられてたからなー。あんなもんじゃなかったし……。まあ、俺も、少しは大人になったのかな?」


 ふっと、奏汰は、クールぶってから、笑ってみせた。

 美砂も、笑う。


「ねえ、ちょっと飲み直さない? 横浜って、オシャレなところ多いでしょう?」


「そうだね。あんなんじゃ、ちっとも酒がうまくなかったからな」


 何の気なしに言う奏汰に、美砂は、嬉しそうに笑った。




 奏汰が案内したのは、ピアノバーであった。


「この近くにも、こんなところがあったのね。私、こういうところって、来たことないわ。大丈夫かしら?」


「ああ、その格好なら、どこでも大丈夫だよ。俺の、こんなシャツでも入れちゃうんだから。ジーンズとスニーカーは、さすがに断られちゃうけどね」


 奏汰は、ラムコークを頼み、カクテルを良く知らない美砂には、ミモザという、シャンパンとオレンジジュースで出来たカクテルを選んだ。


「うちのママ……、ああ、俺の母さんじゃないよ、俺がバイトしてるバーのママが、こういうところにも連れて来るんだ。『奏汰くんも、こういうところに、女の子連れて来られるようにならなくちゃ』って、言われるんだ」


 美砂は驚いて、隣にいる奏汰を見上げた。


「その人って、蒼井くんと付き合ってる人なんでしょう? 他の女の子が一緒でも、怒らないの?」


「かえって、『もっといろんな女とくっつけ』って言ってるくらいだよ。俺には、彼女の考えてることは、よくわかんないんだけどさ。なんだか、今まで付き合った子たちとは、まったく違う考えみたいで、時々爆弾発言するし」


 奏汰が、仕方のなさそうに笑った。


「『精神的に結びついてる』……から、平気ってこと?」


 美砂は、まだ不思議な顔のままだった。


「ああ、さっき、そんなこと言ったんだっけ。でも、それは、俺だけが、そう思ってるだけかも知れないからなぁ」


「そうなの? やっぱり、十歳も離れてるって、大きいのかしら……」


 奏汰は、微笑んだ。


「始めは、年の差がネックだと思ってたけど、最近、思うんだけど、年齢どうこうっていうより、個人の問題かな。彼女、一緒にいて飽きないけど、時々、何考えてるのかわからないから。ま、そのつかみどころのないところも、好きなんだけどさ」


 言ってしまってから、奏汰は、照れ笑いをした。

 その彼の笑顔から、美砂は、視線を反らせないでいた。


「……なんだか、素敵な関係ね、蒼井くんと、そのマダムの方。羨ましい」


「いやいや、俺の話なんか、どうでもいいよ。それより、山科さんは、どうなの? 彼氏いるんでしょ?」


 美砂は、にこっと笑った。


「私、三月に短大卒業して、銀座でOLやってるけど、……一度も、男の人と付き合ったことないの」


「うそっ! そんなにかわいいのに? 高校の時だって、クラスで一番モテてたのに?」


 美砂は、眉を寄せた。


「そんなのウソよ。誰も、近寄ってこなかったもん」


「男の間では、誰々が本命だとか、いろいろ噂が流れてたからな。皆、行動に出せなかったんだな。情けないやつらだ」


 奏汰が苦笑いした。

 美砂も、くすっと笑った。


「蒼井くんだって、女子の間では人気あったのに、他のクラスに彼女がいたから、皆、悔しがってのよ」


「ホントに? へー、俺って、モテてたのかー、知らなかったなー」


 奏汰が冗談のような口調でそう言うと、美砂が笑った。


「『フライ・ミー・トゥー・ザ・ムーン』か」


 ピアノの弾き語りに、奏汰が、耳を澄ませた。

 しばらく、聴き入っている奏汰に、美砂が言った。


「なんか、蒼井くん、変わったね。高校卒業して、まだ三年しか経ってないのに、随分、大人っぽくなったみたい」


「そうかな? 周りが大人ばっかりだからかな? 俺なんか、まだまだコドモだよ」


 奏汰が笑うと、美砂が、一瞬、眩しそうに、彼を見てから、言った。


「私、お酒も、そんなに飲んだことないし、音楽もよく知らないし、……なんだか、恥ずかしい。何も知らなくて」


「いいんじゃないの? 今時珍しい、貴重な存在で」


 少なくとも、百合ちゃんとは違うし……と、勘違い音大生の百合子を思い浮かべた彼は、笑いをこらえるが、その分、目の前の同級生が、純粋で、女の子らしく思う。


 だが、美砂は、浮かない顔になって、俯いた。


「そういう風に、よく言われるんだけど、……私、自分が、いやなの。変わりたいの」


 そのままでいいのに、と奏汰は思いながら、美砂の長い髪と、ほんのりと赤く色付いた頬を、眺めていた。




「じゃ、気を付けて」


 最寄りの駅まで送ると、奏汰が美砂に微笑んだ。


 美砂は、少し躊躇とまどった後に、思い切ったように言った。


「あの……、また会えるかな?」


「うん、いいよ。近いんだし、いつでも」


「本当? じゃあ、連絡する」


 二人は、アドレスを交換して、別れた。


 アパートに戻ると、蓮華が来ていた。


「どうだった? 同窓会は」


「あ? ああ、楽しかったよ」


 どこか上の空で、奏汰は、買って来た二人分の缶ビールを出し、テーブルに置いた。


 蓮華と向かい合って飲んでいると、蓮華が、頬杖をついて微笑んだ。


「奏汰くん、何をボーッとしてるの?」


「ああ、いや、別に……。ただ、……なんか、久しぶりに『女の子』を見た感じがして、新鮮だったなぁって」


 物思いから我に返った彼は、笑った。


「こんなこと言うようじゃ、俺もオヤジかなぁ。大人通り越して、オヤジになってしまったか!」


 目を丸くした蓮華は、珍しいものを見るように、興味深く、彼の顔を見た。


「へー、奏汰くん、好きな子出来たんだ?」


「何言ってんだよ、そんなんじゃないよ」


 単に、おかしそうに笑う彼に、蓮華は、にっこり微笑んでいた。




※『Fly Me To The Moon』by Bart Howard


※『Fly Me to the Moon』by Bart Howard

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