やっと拉致に挑戦!
「……その前に」
俺だけ正座したまま、レムちゃんがストップをかける。こっちとしては、さっさと起き上がって欲しいところだ。
「どうしたんだよ? みんな殺る気満々なんだから、あんまり水を差すのはどうかと思うぞ。それと、俺もいい加減立ち上がりたいんだけど……?」
反抗する俺を無視……どころか指を刺してくるレムちゃん。ホッペの辺りが凹んで少しイラッとする。
「……これが戦場でウロチョロするのって邪魔じゃない?」
「「「……確かに」」」
「おい、ちょっと待てよ。俺を置いてくって言うのかよ?」
仲間外れは良くないと思いますよ? 群れを成すゴブリンだけに。みんな仲良く戦闘しに行ったほうがいいと思うんだよ。
「だから……コッチに移し替える」
そう言って、何処から取り出したのか分からない、両腕の先端を輪になるよう縫い付けられたゴブリンのヌイグルミを見せてくる。
「で、でも、今の魔王様の方がいい気がするの」
唯一、現状の俺を温かい眼差しで見守ってくれるオルが口を開いく。本当に良い子だなぁ。
「……オルちゃん……コッチに来て」
「???」
そんなオルを近くに呼び立てて、取り出したヌイグルミをオルの首にかけた。
そして、俺に聞こえないくらい、本当に小さな声で何かを伝えている。
「……うん。今の魔王様は、とんでもなく邪魔だよね。同じ邪魔なら瓦礫の方が10倍もマシだよね」
「オル!?」
瞳に光が点ってないオルは、さっきとは180度も違う意見を口にする。しかも、何気に酷評だし。
レムちゃんは、何を言ったんだ!?
「……まぁ身体を入れ替えるってのはいいとして、どうやるんだよ?」
ってか、同じ入れ替えるなら、クロノワールと入れ替えてくれよ。そうすれば、万々歳だろうが。そんな発言をしても無駄なんだろうけど。
「……このヌイグルミと魔王の両足を持つ」
そう言って実際に行動しながら説明するレムちゃん。
「あとは高速回転をするだけ」
「……どういう理屈で身体が入れ替わるんだよ?」
「漫画でよくある……『抱き付きながら階段を転がり落ちたら、身体が入れ替わっちゃった!?』をやる」
「待て……そんな物理的な方法じゃなくて、魔法とかの方が数倍マシなんだけど? 無いの? そういうの」
このままだと、マジで高速回転とかされかねない。
30分くらい前なら問題なさそうだけど、今の俺はヌイグルミにしては奇跡的に首とか関節に当たる部分がくっ付いているだけに過ぎない。
こんな状態で高速回転なんかされた日には、首がどっかに飛んでいく。間違いなく首がちぎれる。デュラハン族の仲間入りを果たすことになる。
「……あるけど、つま……確実じゃない」
「今、つまらないって言おうとしたろ!?」
だいたい、この方法の方が確実じゃねぇだろ!?
「うるさい魔王にはお仕置きが必要」
「おい、待てって!」
今までの言動からは考えられないくらいの早業で俺を捕縛。両手の繋がれたヌイグルミにハグされるような形で組まされる。
「待って、お願い! ごめんなさい!!」
「……ダメ。これは決定事項」
そしてレムちゃんは、俺の言う事を聞かずにその場で回転を始める。
正直、安堵していた。
マイペースのレムちゃんが行う回転は、グルグルバッドでも目が回らないほどのゆっくりとした回転だ。それの証拠に抱き合わせになっているヌイグルミと一緒に垂れ下がっている。
よかった。コレくらいなら、今の俺でも耐えられそうだ。
「レム。そんな速度じゃ、入れ替わらないわよ」
しかしそこには、悪魔を超越する存在が少なくとも2人居る。居たのを忘れていた。
「そうだぞ、レム。もっと早く回らないと『抱き付きながら階段を転がり落ちたら、身体が入れ替わっちゃった!?』が成功しないぞ?」
「この、悪魔! 鬼! 粗大ゴミ!!」
「粗大ゴミは、俺だけに対する悪口だろうが!?」
そうですが何か? って顔をしたいんだけど、ヌイグルミだからあんまり表情変えられないんだよなぁ。残念だ。
「レム。手伝ってあげるわよ」
だ、ダメだ。リリンさんの顔が悪戯っ子モードになっている。
「『ワイルドウィンドウ』」
レムちゃんに対して、無詠唱の風属性魔法を放つリリンさん。
そんなことしたら、俺も込みでズタズタになるだろうが!?
「うぅ~、ま~わ~る~」
しかし、レムちゃんの回転速度が増していくだけで、ダメージは全然ない。
魔力を調節して、こんな芸当をしているんだろうか?
それを口にしたいところだったが、……今口を開いたら、綿を吐きそうだ。気持ち悪い。
「うぅ~」
ドラム型洗濯機の刑は、レムちゃんが限界に来たことで終わった。
俺? 俺は、無事だったぞ?
右腕と左足の付け根と首が取れただけで済んだ。
「って、どこが無事なんだよ!? 重症もいいところだろうが!?」
っというセルフツッコミも軽く無視されて、結局リリンさんの魔法で中身を入れ換えられた。
ちなみにこの魔法。『トランスレーション』って言うんだが、リリンさんの力でも俺とクロノワールを入れ換えることは出来ないらしい。
「っで、どうすんだ?」
両腕を縫い付けられてるから、歩くことは出来ても物が持てない。こうなると攻撃すらまともに出来ない。
「……はい、オルちゃん」
俺を持ち上げたレムちゃんは、オルの後ろからネックレスを掛けるように頭を通す。……どっちかというと、リュックサックだな。
「それじゃあ行きましょうか」
「……神界の奴等をズタズタにしてやる」
今思えば、結構豪華なメンツだよなぁ~。
リリンさんの案内で、取引場所として指定された山奥までやって来た俺たち。
今は俺の体を奪ったクロノワールが、独りで山頂まで向かっている。
その他は、クロノワールから充分に距離をとって移動中。
取引に俺1人でって指定があるから、こればかりは仕方がない。仕方がないんだけど……
「腐れ外道共がっ! 何処に居る!?」
「あんなんで大丈夫なのか?」
どっからどう見ても、俺じゃねぇだろ。
「まぁ、大丈夫じゃないかしら?」
軽いなぁー。仮にもドーラが人質に取られてるんだから、もっと緊張感をもって欲しい。
「それよりも……オルちゃん。もうちょっとシャキッとした方がいいわよ?」
「ほへぇ~」
「……聴いてないわね」
「リリンさん、オルになんかあったのか?」
「あったはあったけど、魔王ちゃんが心配するようなことじゃないわよ」
そう言いくるめられてしまった。あとでオルにでも聞いてみるか。
そんな緊張感の欠片すら寄り付かない登山は、30分足らずで終わった。
クロノワールが、山頂にたどり着いたからだ。
「待ちくたびれたぞ! 魔王!!」
真っ白な衣服に身を包んだエラッそうな細身の男。
腰には、どう考えても扱えないだろと思えるほどの太い剣を下げている。
「竜属の娘は我々が預かった! 返して欲しければ、大人し「死にさらせ! 雑魚共!!」グフゥア!!?」
喋っている途中に飛び膝蹴りを決めて、隊長格の男を沈めるクロノワール。
人質のことなんか、知ったことか! ぐらいの気持ちなんだろうなぁ。
「オル。今の内にドーラの救出をするぞ!」
「うん!」
オルが、俺を背負い直すと、走ってドーラのもとへと向かった。
その間、俺がまわりの神界連中を素手でホフッているのを見せ続けられたわけだが……トラウマになりそうだった。
戦ってるときの俺って、あんな感じなのかなぁ……。
「ドーラ!」
「オル……ちゃん…………?」
取引場所から少し離れた山小屋。そこにドーラが閉じ込められていた。
もちろん、見張りは大勢居る。
「な、なんだ、こいつは?」
「おい、こいつって魔王の子供じゃねぇのか!?」
「あのいつもオンブして戦場を駆け巡っている、頭のいかれた魔王のか!?」
俺ってそんな風に思われてたんだ……。
「あぁ! 確か……『ロリコンパワー! メイクアップ!!』とか言って、火だるまになる変態だ!!」
「そんなこと、一言も口にした事ねぇぞ!!?」
デタラメもいい加減にしろよ!?
「魔王様ってロリコンだったの?」
「違うっ! ってか、さっさとドーラを助けるぞ!!」
これ以上は、俺が持たない! 主に精神面で!!
「う、うん! あとで確認するの!」
確認はするんですね。……まぁいいや。
「『バインドチェーン』!」
敵が怯んでいる内に、ドーラの近くにいた兵士を拘束する鎖。
どういう理屈かは分からねぇけど、ヌイグルミ状態の俺からでも魔力を吸収できるらしい。
「くそっ! 仲間が殺られたぞ!!」
「全員気を引き締めろ! 子供だけでも相当な魔力だ!!」
待機していた兵士たちが、次々と武器を手に取る。
人質になっているドーラの周りは、鎖で縛り上げた兵士が邪魔で近付くことが出来ない。
ある意味安全だが、俺たちが殺られたらマズイ。負けられないことには代わり無い。
「『チェーンソード』! ドーラを虐めた分! 倍返ししてやるんだから!!」
地面から鎖付きの太刀を出現させて構えるオル。……今の俺って、単なる電源じゃねぇか?
「かかれっ! ここで殺しておけば、我らの勝機は完全なモノになるぞっ!!」
「「「うおぉぉぉおおおお!!!」」」
この山小屋の何処に隠れていたんだっ!? 凪ぎ払っても、次々と沸いて出てくる。
「魔王様!」
「な、なんだ?」
まさか、ピンチ?
「大技、使うね?」
大技? 魔王七つ道具が使えるだけじゃなかったのか?
そんな疑問を口にする前に、オルは大きく息を吸い込む。
「魔王様に犯されるぅぅぅううえ!!!!」
なっ!?
「なんて事、言うんだよっ!?」
オルの問題発言を聞いた周りの兵士らは、キョトンとしている。
しかし次の瞬間には、その兵士たちが宙を舞った。
「オルを……傷物にしようとしている魔王は……何処のどいつだ…………」
瞳を血走らせたガスターが、物凄い勢いで兵士を殴り飛ばしていた。っと言っても、オルの背中にいる俺には、ガスターの姿が見えないからどうやってるのか知らねぇけど。
正直な話。今のガスターは、娘でなくてもドン引きするレベルだ。親バカって怖いなぁ……。
「な、なんだ!? こいつは!!?」
「ば、バケモノだ!? 魔王の娘がバケモノを呼び寄せたぞ!?」
いつもは、粗大ゴミって言われてるのになぁ。どっちがいいんだろうか? ……どっちも嫌だなぁ。
「何処に行った!? 腐れ魔王!!」
頭に血が上っているせいか、今の俺がヌイグルミだということを忘れているらしい。……ヌイグルミで良かったぁ。
今のガスターに勝てる気がしない。
娘の貞操を危惧したガスターにより、山小屋の周辺は気絶した兵士の山となっていた。
ちなみに、その山を作り上げたガスターは、俺を探して下山した。
「お、オル、ドーラの縄を解こう」
「うん」
オルはケロっとしているが、俺は気が気じゃない。後で何されるか。
「オル……ちゃん……」
「ドーラ、大丈夫?」
縄を解かれたドーラは、ぐったりとオルにもたれ掛かる。
「ダーリンは……? やっぱり、……ドーラは要らないのかな……?」
……まったく。
「心配したぞ。それと、俺が単独で空を飛ぶのなんか無理だから。あれ、思ってるよりも壮絶だからな? だからドーラ……」
キョロキョロしているだろうドーラを無視して、俺は口にする。
「俺にはお前が必要なんだよ。ずっと側にいろよ?」
「ま、魔王様……!」
「だ、ダーリン……!」
なんか、2人の様子が変だけど、……色々な事があったから疲れたんだろうか? 無理もないけど。
「ところで……ダーリンの姿が見えないのに、なんで声だけ聞こえるの?」
あぁ~ドーラはあの場に居なかったもんなぁ。
「うーんとね……こう言うことなの」
オルは、首に抱きついていた俺を降ろして、ドーラの前に立たせる。
「ヌイグルミ?」
「おう。色々あって、ヌイグルミの中に居る……居るであってるのか?」
縫い付けられた両腕をヒョコヒョコと上下に揺らしてアピールする。
「ダーリン……なの?」
「おう、そうだ。……ヌイグルミだけど」
現状を考えると、とんでもなく恥ずかしい状況だな。
そんなことを考えていたら、ドーラが抱き締めてくる。
「ダァーリーン!!」
巨大なマシュマロに圧縮されるヌイグルミの俺。幸せだけど苦しい。
「ダァーリィーン!!」
「ドーラ、苦しい……!」
頑張ってモゾモゾと動くが、あまりにもキツい締め付けに効果がない。
ガスターの前にドーラに殺されちま…………あっ。
「ドーラ! オル! さっさと戻るぞ!!」
「「っ!?」」
俺が大声をあげたために驚く2人。おかげでドーラの胸からも解放された。
「魔王様? 急に怒鳴ってどうしたの?」
「俺の体が大ピンチだ!」
それだけ告げると、山小屋から走ってクロノワールの元へと向かった。




