再び、先輩に挑戦!
「どこにいるんだ?」
リリンさんを探すために、城の周りをウロウロしていた。
気分転換に外を散歩しているって聞いたんだが、それらしい姿は見当たらない。それどころか、人影1つすら見当たらない。
この辺にはいないんだろうか?
「あっ! 魔王様!」
「おう、オルか」
ポケットをパンパンに膨らませたオルが、ホクホク顔で歩いていた。
…………………………………………………………あれ?
そういや、俺がハチミツ石鹸を包装していたとき、オルってどこにいたんだ?
「り、リリンならあっちにいたよ!」
汗をタラタラ流しているオル。
俺が捕まっている間に逃げやがったな?
「まぁいいや。それよりリリンさんだな」
あんまり長いこと探していると、当初の目的を忘れそうだ。
俺は、オルをオンブして、リリンさんのところへ案内をしてもらった。
「あら? 魔王ちゃんにオルちゃんじゃない? 仕事をほったらかして、どうかしたの?」
仕事の話は……ちょっと置いておこう。
俺にとっては、気絶した後、何が起こったのかが気になる。
「そんなことより。俺が気絶したあと、なにかあったのか?」
「はぁ? どういうこと?」
「いやな。ドーラが……なんか拗ねてるんだよ。それで、心当たりが気絶したあとにしかないんだよ」
「あぁ。空中浮遊してたからじゃないかしら?」
「空中浮遊? 俺が?」
「えぇ。全身を竜巻で覆って、空を飛んでたわよ?」
へぇー。魔力で空を飛べるのか……。
「それが原因か?」
俺が単独で空を飛んでいたから、ドーラが拗ねたのか?
そう考えると、ドーラに聞かれた理由が納得できる。
「ダーリンは、ドーラのこと……必要?」って言ってたのは、俺が1人でも空が飛べちまったからだろうなぁ。
「……そうか。これでドーラが拗ねてた理由が分かったな」
「それじゃあ、ドーラのもとに行こう!」
背中でオーっと片手をあげるオル。
こういうことは、速い方がいいに決まってる。…………決して、仕事が辛いから逃げ出すだなんて、後ろめたいことは考えていない。
俺は、リリンさんに別れを告げて、山小屋へと急いだ。
「いたっ! サボり!!」
「やべぇ! 見つかった!?」
城門を出ようとしたところでスパインさんに見つかった。
「オル! 援護頼んだぞっ!!」
「う、うん!『チェーンシールド』!」
鎖付きの盾を出現させるオル。
そのおかげで、少し重たくなるけど、なんとか走り続ける俺。
捕まったら、あの甘ったるい匂いの中での重労働が待ち受けている。さすがに辛いからなぁ。……甘いのに。
「逃がさないわよぉ~! そりゃ!」
スパインさんは、得意の蜘蛛の糸で俺達の足を止めようとしてくる。
「『炎の鎧』!」
試したことはねぇけど、蜘蛛の糸くらいなら燃えるだろうと、オルごと体を炎で包む。
だけど、スパインさんの糸は、予想に反して燃えなかった。
普通にオルの出した盾にくっついてくる。
おかげで足が止まった。踏ん張るだけで精一杯だ。
「マジでか!?」
「私の糸は、炎くらいじゃ燃えないわよ……ふふふ」
相当な人手不足なんだろう。笑い方が少し怖い。
スパインさんは、糸を手繰り寄せながら、俺との距離を縮めにかかる。
「燃えねぇなら、斬る! 『水の羽衣』!」
水属性に切り換えて、右腕を剣状に変形させる。
「せい!」
右腕に触れた糸は、なんとか切断できた。
ただ、1つ斬るのに時間がかかる。刃の悪い包丁で、筋張った牛肉を切っているみたいだ。
この調子だと、糸を切っている間に捕まるだろう。
「しまった!!」
そんなことを考えている間に、肝心の右腕を糸で絡めとられた。超絶ピンチだ。
「ふふふ……これで、労働力が2人分も増える……」
「ま、魔王様! 頑張ってね!」
「あっ! おいっ!!」
俺を守っていた盾を消して、頭を踏み越えていきやがった!
「あぁ!? 1人減っちゃった! ……まぁいいや」
「いや! スパインさん! 諦めたらダメですよっ!!」
俺は、ここぞとばかりに説得を開始する。
「今追えば、全然追い付きますよ! さぁ! 労働力を追いかけましょう!」
「いやいや、魔王ちゃんだけでいいから」
……説得は、呆気なく失敗した。
オルめ……いつかヒドイめに遭わせてやる。
「そんじゃあ、行くわよ」
このまま、ズルズルと引きずられれるしかないのだろうか。
絶望の縁に立たされた俺は、ある1つのアイデアを思い付いた。…………ちょっと試してみるか。
「無意識で出来たなら、意識して出来るはず! スパインさん!」
「うん? なによ? まだ抵抗するの?」
「はいっ! 残念ながら、俺は、ドーラのところに行かないといけないので!」
俺は、『炎の鎧』や『水の羽衣』よりも魔力を高める。こんなに高めたことは、記憶にないくらいだ。
「『風の羽衣』!」
俺は、試したことのない技名を叫んだ。
すると、身体中をカマイタチが覆い始めた。
ちなみに、技名だけは、『炎の鎧』が出来た翌日に全属性分、考えてあった。俺の用意周到な性格が、如実に現れた結果だな。
「よしっ!」
右腕に絡み付いていた糸も、簡単に切断された。
「うそっ!?」
この状態なら、スパインさんの糸も通用しないようだ。
俺は、スパインさんに向かって拳を構える。
「ふふふ……本気を出して「さようなら!」ってコラッ! 逃げるな!!」
いやだって、ドーラのところに行かないと。
俺は、スパインさんに無防備な背中を見せて、必死に山小屋へと走った。……つもりだった。
「全然進まねぇー!」
スパインさんに背中を向けるところまでは、なんともなかった。
だけど、いざ走り出したら、10メートルも進めない。
下手したら、亀に抜かされる速度だ。
「そんじゃあ、遠慮なく……いくわよ」
「ちょ、ちょっと待って!?」
「『スパイラル・ネツト』!」
渦巻き状に蜘蛛の糸が、俺に襲いかかる。
このままだと、身体中を糸で絡めとられて、身動きがとれなくなる。
そう思ったのだが、そうはならなかった。
体に触れた瞬間に、糸がズタズタに切り裂かれる。スプラッター映画とか、こんな感じなんだろうなぁと思う。
「……そうか。身体中をカマイタチで覆っているからかぁ」
これで捕まる心配は、ほぼ無くなった。
ただ、依然として大きな問題がある。……全然、前に進めないことだ。
せめてオルがいれば、盾だとか、太刀だとかで移動できただろうけど。
気絶していたときの俺は、どうやって移動してたんだよ!?
「仕方ない。スノキーを呼ぶか」
スパインさんは、ポケットから携帯電話を取りだした。
どうやら、増援を呼ぶみたいだ。
ただ、今の俺なら捕まることはないだろう。……走ることも出来ねぇけど。
「……………………あ」
そういや、ドーラが拗ねたのって、俺が空中散歩してたからなんだよなぁ。
俺は、試しにその場で膝を曲げる。
そして、曲げられた膝をバネのように一気に伸ばす。
「うおぅ!?」
今まで背の高い木々に覆われていた背景が、一気に消える。
「飛んでる……のか…………?」
視線をしたに下げると、風に揺れる木々が広がっていた。
スパインさんも携帯を片手にして固まっている。表情まで見えないから分からないけど、……帰ったらコッテリ絞られそうだ。
「……と、とにかく、ドーラのところに行くか」
俺は、地上でやったように膝を曲げ伸ばしして、空中を移動していった。




