久しぶりのドンに挑戦!
「ほら! 男なら腹をくくれ!!」
「嫌だぁぁああ!!」
俺は、山小屋の大黒柱にしがみついていた。
ドンこと、竜属の長老は、そんな俺を無理矢理引き剥がそうとする。
絶対にここを離れねぇぞ!!
そんな、固い意思でいる俺にドンは説教じみたことを言う。
「だいたい、高所恐怖症がなんぼのモンだってんだ! そんなちっぽけな恐怖なんか、吹き飛ばしちまえ!!」
「それが出来たら苦労しねぇよ!?」
他人事だと思って簡単に言いやがって!
「もう! 魔王様!」
呆れ果てたオルは、俺の正面へとやって来た。
「せっかく竜属の長老が直々に特訓に付き合ってくれるんだよ!? 行かないと勿体ないよ!」
その前に逝っちまうよ!!
ブツクサ文句言いながら、オルは俺の指を1本ずつはずそうとする。
「やめ! マジで!! お願いだからぁあ!!!」
そんな俺の悲痛の叫びは、聞き入れてもらえなかった。
あまりに抵抗する俺を睨み付け、そして、
「ハブッ!」
「痛ってぇぇぇえええ!!!」
俺の手に噛みついた。オルの真っ白な歯が、俺の手へと食い込む。
あまりの痛さに、思わず手を離す俺。
「やっと腹が決まったか。ほら行くぞ!」
その隙を見逃さずに、ドンは俺を引っ張っていく。
「嫌だぁぁぁ!!!」
抱きついていた大黒柱は、どんどん遠ざかり、あっという間に山小屋から外へと引きずられた。
オルは、そんな俺を嘲笑うかの様な顔で、小さな手を振りながら
「頑張ってねぇ」
…………悪魔が、微笑んでいた。
外へ連れ出され、この後に待つ地獄しか見えない俺は、無気力ながらもソコで立っていた。
「終わりだぁ。この世も、もう終わりだぁ……」
ウジウジしている俺に、少しキレているドンが言う。
「ほらっさっさとしろ!」
そんな無気力な俺を、片手で軽々と空に投げる。
「うっぷ!」
空中に浮いた俺は、内蔵が浮いたような感覚に吐きそうになる。
そして、竜化したドンは、俺を背中で受け止め、そのまま……
「いきなり宙返りは、ねぇだろぉぉぉおおお!!?」
グルンっと3回転もしやがった。おかげで、本当に逝っちまった。
「あはっ、あはは。お花畑が見えるよぉ?」
「しっかりして! 魔王様ぁ!!」
パチパチと、オルに頬を叩かれ、混乱が解けた。
混乱している際に見えた、色鮮やかな花畑は、靄のように消えていき、代わりに山小屋の天井が見える。
本当に、綺麗な小川の流れる風景が目に浮かんでいたんだ。思わず、泳ぎに行くところだった。
「魔王様、大丈夫?」
「あ、あぁ。モウマンタイ」
「@#-=-'>,&*=(ダメだ。頭がパンクしてやがるな)」
ドンは、何を言っているんだろうか。
何かを言っているのは分かるけど、意味が理解できない。
「日本語、オーケー?」
さっきまで日本語を話していたのに、何で突然難しい言葉で会話をするんだろうか?
「@->('&>,>(魔王様ぁ)!?」
オルまで。なんか俺だけ除け者にされてねぇ?
相当心配しているからか、泣きながら俺の膝へと顔を伏せてくるけど。
「もう1回飛べば、治るだろう」
「治った! 治ったから、もう少し、休ませて!」
少し悪ふざけが過ぎたみたいだった。
顔を上げたオルは、不適な笑みを浮かべて、俺に死刑宣告を言い渡す。
「ドン。殺っちゃって」
「あいよ」
「やるって、殺すって字になってるよ!? ねぇ、オルさん!? オル様ぁぁぁああ!!?」
ドンに担ぎ上げられ、再び青空を舞った。
飛行訓練と言う名の処刑が終わった頃には、月も沈みかけていた。
翌日。一日中、ドンに鍛えられた結果が、早速効果があらわれた。
「ダーリン! すごぉぉおおいぃ!」
「フフッ。この程度、なんともないさ」
ドーラが驚いている。まぁ、そりゃあそうだろ。
なんせ、魔界で一番高い建物の上空を飛んでいるからな!
ちなみに、その建物は地上666メートルの細長い商業ビルだ。
今は、ドーラの背中に乗り、この都会の空を満喫していた。
明日帰る予定のドンも、竜化して並走している。この場合は、並列飛行か?
ともかく! 今の俺に怖いものなど何もない!
「ほらみろ。あんだけアクロバットしまくったんだ。通常飛行なんてへのカッパだろ?」
「あぁ。……アクロバットは、まだ厳しいけど。高さは馴れた」
「もうこれで、魔王様に弱点がないね!」
っと言うのは、ドンの背中に乗るオルだ。
正直なことを言うと、コレ以外にも、俺の弱点となるものはあるんだが……それは言わないでおく。
言ったら再び、地獄を見そうだ。
「そんじゃ、もっと速く行くよぉお!!」
ドーラは、楽しくなってきたのか、徐々に速度を上げていく。
回りに障害物がねぇから、事故ることはない。
そう思っていたが……
「危ねぇ!!」
「わぁ!!」
正面にドーラより速く飛ぶ竜が、俺達の正面を横切った。
「なんだ!? あの竜!」
だが、もっと危ないのが、横からやって来た。
「魔王様ぁ! 横!!」
オルの叫び声に従って、指差されていた左へと向く。
「ドーラ! 急降下だ!!」
「うん!」
その場から、真っ逆さまに落ちていく俺とドーラ。
咄嗟の行動で、なんとか避けることに成功する。
さっきまで俺達が居た空間には、大量の羽虫が飛んでいる。
「何だってんだ?」
「お前ら、大丈夫か!?」
飛んでいた高度から、100メートルほど下でホバリングしていた。
そこに、オルとドンが近づいてくる。
「あぁ。問題ない。……アレって何なんだ?」
事情の知っていそうなドンへと聞く。
「アレは、ここ最近増殖した『バビー』と言う蜂だ」
「蜂!?」
いやいや、1メートル弱の蜂って、どんなんだよ!?
「なんでも、この辺にはいないはずの蜂でな。その退治を依頼しようと、魔王城まで来たんだ。その対価が、お前の特訓だって訳だ」
「…………」
割にあってない対価だなぁーと絶句していると、数匹の蜂が、こっちに飛んできた。
「ドーラ! 俺達、竜属が刺されるのヤバイことになる! 心してかかれよ!!」
「アイアイサー!」
……本当に分かってんだろうか。すげぇ不安になる。
巨大な蜂は、全部で5匹。
陸上だったら、『炎の鎧』を使って燃やすだけなんだろうけど。今は、街の上空にいる。
完全に燃え尽きればいいけど、死骸が他の人に危害を加えるかも知れねぇ。
「捕獲してから殺すしかねぇか」
アレを捕獲かぁ……あんまり得意じゃないんだよなぁ。
「魔王様、来るよ!」
「よっしゃ! 来い!」
気合いを入れて、両腕を大きく開く。
巨体に似合わない速さで迫ってくる蜂。
タイミングをミスると致命傷になる。そう考えると、自然と緊張感が高まる。
蜂特有の羽ばたく音が、次第に近くなる。
そして、最後尾を飛んでいる蜂を両手でホールドする。
「どりゃあ!」
薄い羽が、俺の体をバシバシ叩く。
「このっ! 暴れるな!! 『剛打』!!」
握り拳を作って殴り付ける。
急所に当たったのか、ピクリとも動かなくなった。
「よし。まず一匹目」
残り4匹。
この調子で、片付けてやる! っと意気込んでいるんだけど、
「……コイツ、邪魔だなぁ」
そのまま投げ捨てたいけど、それをやったら捕まえた意味がない。
「魔王様、それ頂戴!」
どうしようか悩んでいたところに、オルとドンのコンビが近づいてくる。
「おぉ。行くぞ? ほい」
優しく投げ渡すと、オルは両手で掴む。
「残り4匹も、頑張ってね!」
「お、おう?」
何だか分からんけど、とりあえず片付けますか。
「ドーラ、頼んだぞ」
「うん! 竜属を怒らせるとどうなるかを報せちゃうよ!!」
正直、ドーラが言うと怖くない。
テレビのお姉さんが、子供に言っているみたいだ。
魔王が高所恐怖症を克服した!




