久しぶりの姉弟喧嘩に挑戦!
姉さんがこっちの世界に来てから数日が経った。
魔界では、雨季に入ろると予報があったが、今日は、雲一つない青空が広がっていた。
……俺の心は、穏やかじゃないが。
「あんたね…………いい加減にしなさいよ!」
「うるせぇ! この……分らず屋!!」
「あんだと!?」
怒った姉が、俺の胸ぐらを掴んできた。
まったく! 口で勝てないなら暴力か?
「そんなんだから、貰い手がないんだろうが……」
「この……もう一度言ってみやがれ!!」
バンッ!!
「お二人とも! そこまでにしてくださいませ!!」
扉を思いっきり開けた音に注意をそらされ、さっきまで隣の部屋を掃除していたクサリさんが、俺と姉さんの間に強引に割って入る。
おかげで、苦しくなくなったが……怒りはおさまらない。
「クサリさん! 止めないでください!!」
「そうよ! このバカには、拳で教えてやらないといけないのよ!!」
姉さんは、右手をグーにしているが、俺に言わせると、そんな拳…………全然大したことないな!
「お二人とも……喧嘩でしたら、外でしていただけますでしょうか?」
………………ちょっとクサリさんが、…………怖かった。
クサリさんのあまりの怖さに魔王城付近の森の中にステージを移して、姉弟喧嘩の続きを始めた。
まずは、口論から。
「姉さん…………どうしても謝らないんだよね?」
「えぇ! 私は、何も悪くないもの!」
ソコソコの胸を張って挑発する姉さん。だが、そんな挑発に乗る俺ではない!
「この自己中が! だから、いつまで経っても彼氏の1人すら出来ないんだよ!!」
「な…………あんた……今、何言ったかわかってるの?」
「分かってるにきまってるだろ? この独り身が!」
ブチッ! 血管が切れたような音が聞こえた。
「今の俺に、暴力で勝てると思うなよ! 『炎の鎧』!!」
「火だるま男に負けるわけないでしょうが!!!」
全身を炎に包んだ俺に対して、姉さんは、素手で殴りかかってきた。
「バカか! 素手で俺にダメージが通るわけブホォワァ!!!」
……顔面に一発貰った。凄く重いパンチだった。たぶん、今までのダメージで1、2位を争うほどの……。
地面を転がった俺は、訳も分からず、姉さんを見る。
「素手で火を殴るバカは、いないでしょうが」
姉さんの右手は、……驚くことに、銀色にコーティングされていた。
「こっちに来て何日になると思ってるのよ?」
草を踏み鳴らし、こっちに近づいてくる。
「あんたがいない間、グータラしてると思ってたの?」
左手も銀色に染まっている。
……見たことない属性。たぶん、属性外属性に含まれるんだろうけど。
…………その銀色は、俺のように体を覆うようにその銀色は広がっていく。
「そうね……『鋼鉄の鎧』ってところかしら?」
気づけば、全身が銀色に包まれていた。……マジかよ。
「ほら! 立ちなさいよ!! 続きをするわよ」
にんまり笑う銀色の姉さん。
…………か、勝てるかなぁ。不安に思いながらも拳を構え、容赦なく殴り合った。
「『火炎・剛打連拳』!!」
「『鉄壁』!」
実の姉に向かって、容赦なく拳をぶつけてく。
拳をぶつける度にドゴッという音が、森中に響き渡る。
だが、鉄を打ち付ける音のわりに姉に対してのダメージがない。
「なによ? そのヘナチョコパンチは?」
「うるせぇ! この頑固者!!」
「あんた……」
姉さんは、右腕ごと後ろに引いて、魔力を高め始めた。ってか、そこまで!?
姉さんの学習の速さに、ちょっと怯えた。
「歯を食いしばりやがれ!! 『ラリアット』!!!」
……プロレス技だった。
「『火炎・剛打』!!」
ラリアットに防御策として『剛打』をぶつけ、軌道を上に逸らす。
開いた脇腹にすかさず一撃を喰らわせようと、俺は、左拳を打ち出す。
「甘い!」
姉さんは、俺の左腕を受け止めるどころか、回転して、威力をそらす。
「ウゲッ!!?」
一度、間合いを取ろうとたところを後頭部に衝撃が走る。
そのまま地面を転がった俺は、痛むところを抑えながら、姉さんを素早く目視しようと後ろを振り向く。……ちょっとでも目を話すと危険だ。
だが、振り向いた先に姉さんの姿は、なかった。
「貰ったぁああああ!!!」
「『威圧』!!!」
膨大な魔力をコレでもかと体中から発する。
結果、姉さんの行動のすべてが鈍くなり、俺は余裕をもって、必殺の一撃を放つ準備ができた。
「悪いけど……俺は姉さんより、こっちの生活が長いんでね……」
いいながら、全身の魔力を右腕に集めた。
「っ!!?」
驚きの表情に歪む姉さん。だけど、もう遅い!!
「『轟拳』!!!」
未だすんなりと放てない、必殺の一撃を姉の脇腹に喰らわせた。
「グッ!!!」
「弟だからって、やられてばかりいられねぇんだよ」
だが、俺の渾身の一撃をもろに喰らった姉さんは立ち上がってきた。マジかよ……。
「……やるじゃない」
「素直に謝ったらどうなんだ?」
正直いうと、これ以上、戦えるだけの集中力があるかどうかだ。
おかげで、『炎の鎧』が、解けてしまった。
「謝るわけないでしょうが!!」
だが、姉さんも同じなのか、『鋼鉄の鎧』が解除されていた。
ここからは、素手対素手の真剣勝負になる。…………今までの姉弟喧嘩だと、俺の方が負け越してるな…………いや! ここで勝ち越すぞ!!
俺は、気合を入れなおして、姉さんに殴りかかった。
結果からいうと、数時間に及んだ殴り合いに俺は、何とか勝った。……ホントにギリギリだった。
この差は、こっちに来た日数と魔力に関する知識の差だった。……来週には、勝てなくなってるかもしれない。
「ハァハァ……あんたね……ちょっとは……加減を……しなさいよ……」
大の字になって横たわっている姉さんが、息切れをしながらも俺に文句を言ってくる。
「うるせぇよ…………姉さんに……加減……なんか…………出来るかよ……」
姉さんと同じく、大の字になっている俺が、言い返す。
……加減できる相手じゃない。家族で過ごしているときにも、喧嘩をしたことあるが……大概、負けてたからなぁ…………。ちなみに、母さんが一番強い。口喧嘩だけで戦意喪失までもってかれる。
「さ、……帰るわよ……」
「あぁ……」
大の字に寝ていた俺と姉さんは、よろよろ立ち上がって魔王城へと歩いて帰った。
なんか……殴り合って分かりあったような気分だった。
「それで、何について喧嘩をされていたのでしょうか?」
魔王城についてから、クサリさんが聞いてきた。
「え? ……何が?」
出されたステーキに食らいついていた姉さんは、クサリさんに聞き返していた。
「……魔王様と葵様は、なぜ、喧嘩をされていたのでしょうか?」
「あぁあ! 喧嘩ね! 喧嘩…………なんでだっけ?」
……おい、バカ姉さん。もう一回、喧嘩しようか?
まぁ、そんな体力がないからしないけど……。
「……姉さんが、俺のデザートを食ったからだろ!?」
「あ、そうそう! それそれ! 美味しかったわぁ~」
殴りてぇ……。
「はぁ……デザートごときで……」
クサリさんも呆れている。
だが言わせてほしい! 姉さんが、勝手に食べたデザートは、ここ最近行列ができるお店として紹介され、限定50個という非常に倍率の高い商品であることを!!
それを……休日、朝早く並んで……手に入れてきたというのに……。
「姉さんが……姉さんが……」
思い出して、イライラしてきた。
「そうよね! たかがデザートごときでイライラするなんて、小っさい男よねぇ~」
「……その『たかが』にどれだけつらい思いをしたと思ってるんだよ!!?」
5時間だぞ!? 早朝から並ぶ辛さ!! 行列に並んでいるのは、俺を除いて女性だけ!!
羞恥心と忍耐力がそれなりに高くなければ、レジ前までたどり着くことすら困難な、そんな戦場を生き残ってきたんだぞ!!?
「なのに……このバカ姉は……」
ボソッと呟いた一言に、姉さんは腹をたてたらしい。
「……なに? 食後の運動がしたいの? 付き合ってあげるわよ?」
「あぁ! 望むところだな!!」
ガタッと二人して席を立つ。
「はぁ……食後の運動でしたら、私もお手伝いさせていただきましょうか」
えっ…………。
予期せぬ人物までもが、遅れて席を立つ。
「く、クサリさんが、参戦するなら……俺は引こうかな……」
「そんな遠慮なされずに、久しぶりに稽古をつけましょう。……魔王様?」
目が座っていた。
そんな、クサリさんに姉さんも怯えていた。
「い、いや、……ちょっと走ってくるだけだからね!? ね!? そうだよね!? 亮!?」
……ビビり方が半端ないな。
さては、クサリさんに稽古をつけてもらってたな? それなら納得できる。
「そ、そうだな! 姉さん! 姉弟仲良く競争しよう!! うん!! それがいい!!」
ここは、姉さんに合わせておこう。
戦闘でなければクサリさんは、手を出してこないはずだ。ってか、クサリさん相手なら姉さんと共闘しても勝てそうにない。
「そうですね。どうせなら、コロシアムを使用しましょう。奥方様。よろしいでしょうか?」
……最近のクサリさんは、要領がよすぎると思います。
「うん、いいわよ? 後片付けだけちゃんとしといてね」
「では、参りましょうか。……お二人とも」
俺と姉さんは早々に諦めた。




