初めての獣人族に挑戦!
俺 棚部 亮は、まだ頑張っていた。
ダッシュの次は、師匠と組み手だ。
「ほら!そこ!」
「ぐへぇ!」
背中から攻撃を受ける俺。正面にいるのに何で後ろから打撃が跳んでくるんだよ!?
「ちょっ……ちょっと……休憩を……。」
「全く、だらしないぞ!」
文句を言われながらも休憩にはいる俺。……もう嫌だ。早く解放されたい。
「お久しぶりです。ガジー。元気にしていましたか?」
クサリさんが、馬車に乗っているおじさんに声をかける。どうやら、互いに知っているらしい。
「魔王様。彼が、話にあった知り合いのガジーです。オオカミの獣人です。」
へぇー。オオカミの獣人って聞いたけど、身体中が銀色の毛で覆われているんだな。
「ほぉう。お前が噂の3代目か。……あまり強そうに感じないな。」
「まぁね。」
……実際、強くないけどな。
「勇者や姫騎士なんかと勝負して勝ったんだろ?」
「いやいや、勝った記憶ないけどな。」
俺の否定が聞こえたのかどうか知らないが、とりあえず思ったのは、なかなかフランクなおじさんだなってことだ。
「ところで、人が少ない気がするのですが、何かあったのですか?」
クサリさんの問いかけにガジーが困った顔をした。
「話すと長くなる。とりあえず、俺が、今住んでいる家に行こうか。」
俺とクサリさんは、ガジーが乗っていた馬車に乗せてもらい彼の家に向かった。
ガジーの家は、村の中央くらいにドンと構えられていた。まるで、村長とか族長が住むような家だ。
木材で建てられているのは他の民家と同じだが、なんと言っても広さが他の民家より大きい。他の民家が、1部屋だけなのに対して、ガジーの家は、4部屋でしかも2階建てだ。
2階も同じような造りなので計8部屋あることになる。
「かなり豪華だな。」
「まぁ、族長の家だからな。俺は、族長代理として、住んでいるにすぎない。」
あぁ、族長代理ですか。……うん?なら、族長は?
「族長は、どうされたのですか?」
俺と同じ疑問をクサリさんが聞く。
「今は、奴隷問題解決のために動いている。村の人口が、少ないのもそれが原因だ。」
「ど、奴隷!?」
とんでもない回答に俺は、驚きを隠せなかった。
だって、日本じゃまずあり得ないだろ!?
「解決の目処は、たっているのですか?」
「いや、全然さ。お前達がこんなとこに来たのには、それが関係するんだろ?」
もしかして、あの国王は、何かしらの問題を俺らで解決しろと言うのか?
「私達は、『ガルナ』を魔王領にするために来ました。」
クサリさんがなんの迷いもなく答える。
その話にガジーの顔が少しだけほころんだ。
「そりゃあいい!お前らが戦力に加われば、あんな城、1日足らずで落とせるだろ!」
そんな喜ばれても……。
「残念ですが、まだ攻めることが出来ないのです。」
「なんでだ?」
「あの城の防御を突破するのに魔王様の力が不足しているからです。」
さらっと告げられる事実。ただ、俺だって頑張ってはいるんだよ。
「おいおい、勇者と1対1で勝ったんだろ?」
やっぱり、聞こえていなかったか。
「いや、ぼろ敗けだったよ。」
「はぁ!?ならなんで生きてるんだ?」
「魔王様は、気絶をしてから何分かは、ものすごく強くなるのです。」
そうなんだよな。実感が無いのも難点だよな。
「なら、なんでこんな足手まといを連れてきたんだ?」
ムカッ。あ、足手まといだと!
「ふざけるなよ!俺だって負けたくて、負けてる訳じゃないんだぞ!」
「だが、気絶しないと強くないんだろ。」
「なら、今の俺の実力を見せてやるよ!」
「ま、魔王様!」
心配そうにクサリさんが声をかけてくる。
「大丈夫!本気を出してやるよ。」
今までの俺と思うなよ!
「まぁ、いいだろう。相手してやる!」
こうして、俺とガジーの決闘が、村の端で行われることになった。
「いくぜ!『炎の鎧』!」
「ほう!自分に炎をまとわせるか!」
俺が炎に包まれた様子を観察し、冷静に対処しようと構えをとるガジー。
なら、正面から!
俺は、10メートルほどの距離を一気に詰め、炎に包まれた右ストレートを叩き込む。
「食らえ!『火炎・剛打』!」
「ふっ。」
完全に入ったと思った拳は、空を切るだけに終わった。
「あれっ?」
「後ろががら空きだな。」
俺のすぐ後ろから、ガジーの声が聞こえる。さっきまで正面にいたのに今は、なにもいない。
全く見えなかった!
「ならもう一発だ!『火炎・剛打』!!」
体を捻りながら、突き出していた右拳で攻撃する。しかし、この攻撃も下にしゃがまれて簡単にかわされてしまう。
「こっちからもいくぞ!」
そんな声とともに、いきなり、青空が目の前に広がる。
「えっ。」
唖然としている俺をよそに背中から衝撃が加わる。さらに、青空へと近づく俺の体。
数秒の浮遊感を味わったあと、落下していくのが分かる。だが、背中から受けた衝撃で身動きがとれない。
「『地激』!!」
ガジーの踵が、俺の腹部に落とされそのまま地面に叩きつけられる。地面に落下する衝撃と踵落としの勢いが重なり、ただ落下するだけではあり得ないほどの衝撃が、身体中にはしる。
「グッフ!」
「勝負ありだな。」
その言葉を聞き、俺は、意識を失った。
「うっ……うーん。」
「目が覚めましたか、魔王様。」
「ここは?」
「族長の家です。私達が、泊まるために空けていただいた客間です。」
そうか、俺は、負けたんだっけ。
「俺が気絶してから何かあった?」
「今回は、なにもありませんでした。」
何にもなかった?……何かあると思ってたんだけど。
「そういえば、私との組み手の時も何もありませんでしたね。」
「あぁ。そうだっ…………たっけ?」
あんまり覚えていない。
「おう。起きたか。」
クサリさんと今回の戦闘での反省をしようとしたところに見知らぬおじさんが、部屋へと入ってくる。
「えっと、…………誰?」
あまり信じたくない現実を、無惨にもこのおじさんから告げられる事になる。
「俺は、この村の族長をしとるトビーだ。」
ここまでは、いい。姿を見ていなければ、全然普通の自己紹介だ。
ただ、薄いピンクの毛を全身にまとっていて、それと分かる特徴のある長い耳が、頭の上からのびている。お腹は、少しメタボだ。
……受け入れたくない現実にもう一度、寝てしまおうかなぁ。
そんな考えもむなしく、おじさんの口が開く。
「見ての通り、ウサギ族だ。」
「あ~あ、言っちゃったよ。信じたくない現実を無惨にも、あっさり告げちゃったよ。」
もう、俺の楽しみを奪わないでほしい。
「まぁ、気にすんな。女は、俺みたいじゃないから、安心しろ。」
……そうだ、まだだ!まだ諦める時間じゃない!!
「魔王様……。」
微かな希望に胸を踊らせる俺を見て、クサリさんが、頭を押さえていたのは言うまでもないことだな。
「ガジーにコテンパンにされたらしいじゃねぇか。」
クサリさんは、1階に降りて家事の手伝いをするため、席をはずしている。今は、トビーと2人だ。
さっきまでクサリさんが座っていた椅子に腰を下ろしながら、いきなり、痛いところを聞かれた。
……まぁ、正直話すけど。
「あぁ。手も足もでなかった。」
弱いことを再認識させられたというのが、今回の戦いでわかった。
「強くなりたいか?」
悔しさが顔に出ていたんだろうか。だが、俺は、トビーの質問に自分でも気づかずに返事をしていた。
「あぁ。……強くなりたい。」
俺の返事にトビーは、ニヤリと笑った。……嫌な予感が、する。けど、強くなるためなら、
「やってやるよ!」
「よく言った!それでこそ男だ!!」
そう言うと椅子から立ち上がり、俺に告げる。
「明日から、俺が徹底的に強くしてやる!今は、飯でも食おうじゃないか。」
そう言われ、俺は草藁でできたベッドから降りた。
……絶対、強くなってやる。




