初めての師匠に挑戦!
俺 棚部 亮は、頑張っている最中だった。
何を頑張っているかというと、
「ほら、男ならもっと早く走れるだろう!」
「もう……これ以上は……ムリ。」
「だらしがないぞ!もう10本追加だ!!」
「……もう勘弁して……。」
……ダッシュをしていた。……ホントにもう……無理。
なぜ、俺が、ダッシュをさせられているのかとさせている人物が誰なのかを説明するには、時間をさかのぼることになる。
聖都フィノベルンを出発した俺とクサリさんは、順調に道のりを歩いていた。
……と言っても、モンスターとか害獣とかが出るような道を歩いていないからだけどね。
「ところで、クサリさんは、『ガルナ』に行ったことがあるのか?」
俺の横を歩いているクサリさんは、首を横に振った。
「いいえ、魔王様。一度も『ガルナ』には、訪れたことはありません。」
「えっ?じゃあ、なんで『ガルナ』は、俺たちじゃないとダメだなんて言ったんだ?」
クサリさんは、少しだけ懐かしむように『ガルナ』侵略の理由を説明する。
「『ガルナ』の近くに獣人族の村があるのです。そこで、パワーアップをしてから『ガルナ』への侵略をしたいと思っているのです。」
なんでも、獣人族の村には、人間が入ってはいけないという掟があるらしい。
「俺、人間ですけど?」
「ですが、魔王様ですので。」
……それは、魔王って意味なのか、それとも、人間離れしているという意味なのか。
出来れば、前者であってほしい。
「ちなみに、知り合いの方も今は、そこに住んでいるそうなのです。いい機会だから、ついでに会おうと思いました。」
「へぇー。……魔王領が大変な時にその知り合いは、なにをしていたのか。」
「仕方がありません。彼が動くと、とんでもなく大事になりますから。」
そんなすごい人物なのか?……あんまり会いたくないな。
この世界に来てからの経験だが、すごい人物は、とにかくすごい。
……すごく面倒なことばかりが俺に降りかかってくる。
「大丈夫です。その方に魔王様を鍛えてもらう予定ですので。」
ほら!不安になるようなことを言ったよ!今、俺の目の前で!!
「クサリさんよりも強いの?」
俺の今後を左右するであろう質問にクサリさんは、悩み始めた。
「直接、戦ったことがないのでハッキリとしたことは言えませんが、互角だと思います。」
ご、互角だと!
「くさりさん、今からでも遅くありません!帰りましょう!!」
「大丈夫です、魔王様!彼は、私より教えるのが上手なので楽に上達しますよ。」
――俺は、この言葉を信じるべきじゃなかったと後悔している。By 訓練中の棚部
『ガルナ』までの距離は、実はそんなに遠くないらしい。
聖都から歩いて1日と半分くらいなのだが、途中にある獣人族の村へと行くので実際は、1日と4分の1くらいの時間でつくらしい。
ただ、獣人族の村は、一般の人が行くには、なかなか難しいところにあるとか。
「もとは、山岳地帯に住んでいたオオカミの獣人や平野に隠れて住んでいたウサギの獣人が、集落を作ったことが始まりだそうですよ。」
「オオカミとウサギ!?」
いやいや、それって確実にウサギが食べられちゃうでしょ!
そんな驚きにクサリさんは、フフフと笑ってから補足説明する。
「当時は、オオカミの獣人1人に対してウサギの獣人は、100人もいたらしいですよ。」
「……数の暴力だな。それでも、ウサギがやられちゃうんじゃないのか?」
「きちんと契約を結んだそうです。ウサギを1人でも食べたら、タコ殴りにするぞと。」
ウサギなのにタコ殴りって。
「なら、オオカミの方は、デメリットだらけだと思うんだが?」
すると、クサリさんは、ため息をついて
「可愛いから……だそうです。」
っと言った。……そうですか。
だが、冷静に考えてみるとウサギの獣人だから、モフモフしていてウサ耳が……。
「いや、なんか楽しみになってきたな!」
「魔王様……。」
クサリさんがジト目で見てくる。また顔に出ていたんだろうな。
「まぁ、このまま歩いて途中のキャンプ地で休憩して、半日もしないうちに着きますので、楽しみにしていてください。」
オオカミに対するデメリットを吹き飛ばしてしまうほど可愛いとか……会うのが楽しみになってきたぞ!!
――こんな幻想を抱いていた俺を殴りに行ってやりたいと後悔している。By 訓練中の棚部
「魔王様、あれが、今夜休むキャンプ地ですよ。」
クサリさんが、前方にあるテント群を指さして俺に教えてくれる。
「俺らってキャンプ用品を何も持っていないけど、大丈夫なの?」
すると、くさりさんには珍しく、胸を張って(そこそこある)、俺に自慢しにかかった。
「心配いりません、魔王様!なんと、あのキャンプ地では、テントと寝袋を無償提供しているのです!!」
「うわ~おぉ!」
なんとなく、通販番組でのおまけが付きに付きまくった時のおばちゃんたちの反応で返しておく。
値段はそのまま!今ならコイツもつけちまうぜ!!っ的な。
「さらになんと!繁殖期でもある今なら、野生動物もそこらじゅうにワンサカいる状態だ!!」
「コイツは、おっとく~。」
「そして、な、なんと!バーベキュー用の鉄板と木炭も使えるんだぜ!!」
「あんびりばぼー。……何してるんだろな、俺ら。」
「……すみません、余りにもテンションが上がってしまった結果です。」
俺とクサリさんのマンツーマンの通販ショッピングは、テンションがダダ下がりしただけに終わった。
キャンプ地では、数人の人が火をおこしてバーベキューをしていた。
「いい匂いですね、クサリさん。」
「はい、魔王様。こちらも狩りをすれば、すぐにでも準備をいたします。」
「それじゃ、早速行きますか。」
ひと狩り行こうぜ!!
「『剛打』!」
ドンッ!とすごい音をしながら、その場に崩れ落ちる馬みたいな生物。
いつもなら、吹っ飛んでしまうところをクサリさんが、『威圧』で抑えてくれているため、とばずにその場で崩れ落ちる。
この『威圧』だが、体から魔力を大量に放出して、相手の周りにまとわりつかせ、固定する技らしい。
相手の魔力量や自分の魔力量、相手と自分の距離次第でかなり難易度が左右される技で俺は、まだ使えない。
「クサリさん。」
「はい、それでは、獲物を担いで管理人のところまで行きましょう。」
馬みたいな生物を2頭も仕留めた。
大きさは、全長1.5メートルくらい。なんでも、腹の分部に脂がのって美味しいとのことらしい。
このキャンプ地では、必要以上に狩りをしないことを義務付けられている。
理由は、簡単で、生態系を大きく崩してしまうとキャンプ地としての運営もできなくなってしまうからだ。その為、目安のようなものも看板に書かれている。
「成人1人につき1頭もしくは、5羽までってかなり制限されている気がしちゃうよな。」
木炭に火をつけて、鉄板を熱している俺は、クサリさんにここでのルールについて雑談するのであった。
「ですが、これ以上狩りをしても食べられないので仕方がありません。」
クサリさんは、先程狩った馬をドンッと骨ごとさばいている。ちなみに、ここの管理者が、ある程度の大きさに分割してくれているので、自分達の食べやすい大きさにカットしている最中だ。
「骨は、食べられるのか?」
なかなか大きい骨を取り出さずにすごい音をたてて切っていくので心配になる俺。
「焼くとかなり柔らかくなり、美味しいのですよ。」
「そうなのか。まぁ、クサリさんが作った物なら大抵のものは、美味しいけどね。」
「嬉しいことを言ってくれますね。」
俺が誉めたのが嬉しかったのか、骨を切断する音が一段と大きくなる。……まな板は、大丈夫だろうか?
「それでは、魔王様。焼いていきたいと思います。」
そんな宣言と同時に大きめに切った骨付き肉が、鉄板の上に置かれる。
ジュージューと肉が、いい音をたてる。……堪らないな!
「どうぞ、魔王様。」
軽く炙っただけなのにもういいのだろうか?
「新鮮なのであまり火を通さなくても大丈夫なのです。適度な脂が、口の中を駆け巡る美味しさを堪能くださいませ。」
どうやらとんでもなく上手いらしい。
…………ゴクリ。
「いただきます。」
俺は、クサリさんが焼いた肉を口の中に入れる。
う、うめぇ!!なにこれ!今まで食ってた肉は、なんだったんだ!?
口の中に広がる上品な脂とは、まさにこいつの事だろう。舌の上で肉が溶けていくようだ。
「ふ、ふまいてす!フハリはん!!」
「まだまだありますので、落ち着いてよく噛んで食べてください。」
微笑みながら注意されてしまった。でも、それくらいうまかった。
絶品料理を腹いっぱい食べた俺とクサリさん。
「それで、具体的に何を鍛えればいいんだ?」
着いてからでもいいけど、どんな事をするのかが気になってしまう。……あまり、無茶な特訓だといいなぁ。
「魔王様は、集団で襲われた場合に対抗する手段が、あまりにも少ないですよね。」
「まぁ、そうだね。」
集団以前に1対1でも戦うのに慣れ始めたばかりだ。技の方はまだいいが、魔法に関しては、戦闘に用いられるほど上達していないだろうな。
あっ聖都で少しだけ使ったか。
「城を攻める場合、かなりの確率で集団戦闘があります。」
そりゃ、人数が少なければ、それだけ1人が倒さなきゃいけない人数が、増えちゃうだろ。
「そうか!集団戦闘が継続できるだけの体力作りと集団戦闘の技術を学ぶんだな!!」
俺が導きだした答えを聞いて、くさりさんは、少し違うと首を横に降った。
「体力作りは、あっていますが、集団戦闘の技術でなく集団の中で1対1の戦闘に持ち込むための技術を学んでもらいます。」
うん?何でわざわざ1対1にする必要があるんだ?
「まず、魔王様には、広範囲に攻撃できる術は、エクスプロージョンだけですよね。」
「あぁ。しかも、自分を起点にしか発動できない。」
あと、炎の鎧状態でないと不発する。
「今から範囲攻撃を覚えるよりも、どうやって1対1に持ち込むのかを訓練した方が、効率がいいのです。」
うーん。俺は、範囲攻撃の難しさがよく分からないからなんとも言えない。
「それに、今までは炎の鎧に頼りきりでしたので、ここで新しい事に挑戦するのもいいのでは?」
あー、たぶんクサリさんのやりたいことには、新技の開発も含まれているんだな。
「言っても炎の鎧の応用くらいしか思い付かないけど。」
「それでもです。無いよりは、ある方がいいのです。」
ここ数日は、気絶してからの身体検査なんてやってないからなぁ……。
「まぁ、今日はこの辺にして、明日に備えて寝ましょうか。」
そうだなと返事をして、俺とくさりさんは、別々のテントへと潜っていった。
翌朝。日が上る少し前にクサリさんに起こされた。
「もう少し……寝かせて……欲しかったです……。」
まだ寝起きで意識がハッキリとしない。
「ほら、しっかりしてください。もうすぐ、朝日が上りますよ。」
朝日なんてっと思っていたが、
「うぉ……。」
あまりの綺麗さに感嘆の声が漏れ、意識がハッキリとしてきた。
なんか、1日の始まりを身体中で感じる。
「それでは、魔王様。出発いたしましょう。」
「あぁ。」
テントなどを管理人に返してキャンプ地をあとにした。
「ところで、獣人族の村に人間が入れないのは、なぜでなんですか?」
「かなり昔は、人間も暮らしていたらしいのですが、数人の人間が、ウサギの方達を売りに出そうとしたのです。」
あぁ、なるほどね。
「それで、狼とかが怒って人間を追い出したと。」
「まぁ、そんなところです。」
キャンプ地が見えなくなるほど歩いたが、まだ、目的の獣人族の村は見えてこない。
なんでも、ある岩が目印になっているらしいけど……。
「魔王様、あれですね。」
クサリさんが、前の方を指差しているが、
「どれ?」
「あれです!」
どうやら、クサリさんには見えているみたいだけど、俺には平地しか見えない。
「分からないんだけど。」
「あっ。すみません、魔王様。『サーチ』が使えないと見えないことを忘れていました。」
そ、そりゃあ見えねぇよ。
「……『サーチ』の習得もした方がいいかな。」
少しだけ、悲しくなった俺であった。
俺には見えない岩を曲がり、30分くらい歩くと突如、森か出てきた。
……いや、平原しか見えていなかったのに何でだ?
「正規のルートをたどることでこの森に入ることが出来るのです。」
「へぇー。すげぇなぁ。」
まさに異世界。まさにファンタジーだと思った。
その森の中心くらいに獣人族の村があるらしい。
「ウサギってどんな感じかな!」
少しずつテンションが、上がっていく俺。
オオカミが、不利な契約をしてでも一緒に住みたいほど可愛いらしいからな。……相当だろうな。
「魔王様。あちらが入り口になります。」
村の入り口には、簡単なゲート(アーチかな?)が設置されていた。
木製の家屋が、点々とし、獣人族とおぼしき人も歩いている。
まぁ、村だからそこまで人が多いとは、思っていなかったけど。
「クサリさん。なんか、人、少なくない?」
「そうですね。村を3つに分けたことを聞きましたが、これはあまりにも少ないですね。」
ゲートのど真ん中で立ち止まり、あまりの人の少なさに疑問を抱く2人。
「おーい!退いてくれ!」
「おっと。魔王様、馬車が通りますよ。」
「うん?お前は、もしかしてクサリか?」
ゲートを通りすぎようとしたおじさんが、クサリさんに声をかける。
どうやら向こうは、こっちのことを知っているみたいだけど。
「お久しぶりです。ガジー。元気にしていましたか?」
この出会いから、俺の地獄の5日間が始まった。




