メイド隊の活動記録・1
1話完結です。短編に挑戦しました。
3代目魔王が、召喚された日の出来事です。
どうぞ!
私は、メイド隊の中でも近接戦闘が得意な リン・ボーゴだ。
今日は、新しい魔王様が、なんと、異世界からやって来るらしい。
私らメイド隊の隊長でもあり、本職のメイドでもトップクラスのクサリさんが、2代目魔王様と考案された、少し特殊な召喚術を用いて、新しい魔王様を召喚するそうだ。
そもそも、召喚術そのものが珍しいのに、それを改変したのだから、メイド長も2代目魔王様も、頭の良い。
私なんかは、相手の懐まで力押しで行くしかしないのにな。
もう召喚されたのだろうか?
機械のように正確に物事を進めていくメイド長の事だから、なにかトラブルがない限り、召喚が終えているだろう。
私は、新しい魔王様がどんな人物なのか、楽しみにしながら部屋の掃除していた。
どうやら、部屋の掃除をしている間にメイド長と新しい魔王様が、到着されたようだ。
今は、魔王様の身体能力の検査を行っているそうだ。
こっそりと魔王様の様子をうかがったメイド仲間に聞くと、今度の魔王様は、近接戦闘が得意でなさそうに見えるらしい。残り2週間で勇者と戦えるようになるのは、まず無理だとのこと。
今度の魔王様には、遠距離から、魔法をバカスカ打ってもらう方が、いいだろうという話になった。
多少、不安であるが、私もこの魔王領に所属する1兵士だ。安心して魔法を打てる環境くらい作ってやるさ。
っと、どうやら検査が終わったようだ。
メイド長が、怪訝そうな顔をしている。
「メイド長。」
「何でございますか?」
「今度の魔王様は、どうなのでしょうか?」
私の問いに少しだけ困った顔をしたメイド長が、珍しく、はっきりとしない返答をしてきた。
「まだ、調べている途中なのでなんとも言えませんが、何とかしたいと思っています。心配せずに、まずは、出来ることからいたしましょう。」
……まるで、自分に言い聞かせているような返答だ。
もしや、魔法もダメなのだろうか。
2週間後の戦争は、大丈夫なのか?
…………不安が募るばかりだ。
私は、埃もないのにどんよりとした悲しい部屋の掃除を再開した。
部屋の掃除も終わり、魔王城の外へと食材の買い出しに出た。
つい、新しい魔王様の事を考えてしまう。
召喚されて、2週間後に戦争が控えているのだ。もし、戦えないようならば、私達メイド隊の15人とメイド長のあわせて16人で相手の兵士5000人と戦うことになる。
もちろん、タダで殺られる気なんか無い。だが、かなりの犠牲、最悪の場合は、全滅もあり得るだろう。
…………魔王様に特別な力があればいいのだが………。
考えていても埒が空かない。
とりあえずは、食材の買い出しだ。
「いらっしゃい!いらっしゃい!!」
魔王城に一番近い町にやって来た。ここは、魔王領唯一の町である。
そもそも、現在の魔王領は、ここと魔王城だけだ。
初代魔王様のときは、世界の8割強の領土を統治していたと聞く。だが、勇者領の人間が、魔王様を倒したことにより、形勢が逆転した。
2代目魔王様もそこそこ…………ちょっと?…………刹那だが、奮闘した。…………と思う。
だが、結果的に領土は、あと一つになってしまった。
……それも、2週間後には、どうなっているか分からない状況だ。
こんなことを考えていると買い物の気分では、なくなってしまう。献立は、決まっているため、さっさと買って、新しい魔王様の顔でも見ようじゃないか。
「すみません。これと……これと…………あと、あれもください。」
食材の買い出しをスムーズに終わらせ、魔王城へと戻ってきた。
今日の料理当番は、メイド長のクサリさんだ。
本来ならば、食材の買い出しも料理当番が行うのだが、今日は、召喚されたばかりの魔王様の身体検査で外出が難しいため、私が代わりに行ってきたのだ。
お昼頃に戻るつもりだったが、思っていたより、長引いていたらしい。原因は、あの愛らしい動物のせいだ。
…………猫、可愛かったなぁ~。
「……お帰りなさい、リン。」
「ただいま戻りました。」
ニヤケていた顔を引き締めて、買ってきたばかりの食材を保冷用の箱に入れていく。
この箱は、初代魔王様が考案されたものの一つで、液体魔力を消費して、箱の中の温度を一定に保つことができるものである。
今では、生活必需品の一つとされており、姫騎士領では、大型の物も作られているらしい。
「食材をいれ終えたら、庭に来てください。今日から、魔王様の特訓をいたします。もちろん、あなた達メイド隊の皆さんもですが。」
「?……はい。わかりました。」
……どういうことだ?
すごい魔力の持ち主なのだろうか?
それとも、近接戦闘がすごいのだろうか?
いずれにせよ、庭に行けば、私の疑問は、解消するだろう。
魔王城には、庭と呼んでいいのか分からないが、広い土地がある。
草木ば、メイド隊の誰かが綺麗に手入れをしているので、殺風景な感じも少しだけ緩和されている。
なんせ、手入れをしないでしばらく放置しておくと、林のようになってしまう。
「お疲れ様です。」
「あぁ、お疲れ様。」
庭に向かって歩いているとメイド隊の仲間のセレンが、後ろから声をかけてきた。
透き通るような綺麗な声音は、彼女が、セイレーン族であるからだろう。
「それにしても驚きましたわ。突然、メイド長から庭に来るよう言われましたから。」
「どうやら、魔王様の特訓と私達メイド隊の戦闘訓練を兼ねてのものだろう。」
ただ、どんなことをするのかまでは、分からない。
「ところで、魔王様の顔は、見たのか?」
「いいえ。私は、午前中から外へ出ていたから。」
「そうか。そういえば、宿屋の旦那は、大丈夫なのか?先日にぎっくり腰をしたと聞いたが。」
宿屋の旦那とは、魔王城のメイドになる前に修業の場所として宿屋を提供している人物だ。
もちろん、私も旦那の元で修業した。
「もう、だいぶ落ち着いてきたらしいわよ。今日は、顔を見なかったから、わからないけど。」
「……あの女将さんと旦那の話をしたのか?」
「えぇ。」
あの女将さんと日常会話が……。想像すらできない。
旦那と女将さんは、相思相愛なのだが…………。まぁ、そのことについては、置いておこうか。
「…………来た……。」
庭には、10人程度の仲間が、集合していた。
私たちは、少し遅れてきたみたいだ。
「おはよう、ムーちゃん。」
ムーちゃんと呼ばれている、身長140センチほどの背の低い彼女は、ゴーレム族の出身で口数が少ない。体内魔力は、メイド隊の中でもトップクラスだが、魔法詠唱が全くできない。
そんな小柄な彼女は、その有り余っている魔力を肉体強化に使用し、ゴーレム族特有の質量で相手を屠っている。
「…………おはよう、セレちゃん……。…………リンも……。」
「今日も絶好調ね。」
コクコクと頭を縦に振っている。おまけに小さな手でブイサインまで見せてきた。
……表情があまり変わらないのと口数が少ないのも災いして、元気ないように見えるが、飛び切り絶好調らしい。いつも思うが、……ホントだろうか?
「皆さん、時間で通りですね。」
メイド長が、指定した時刻よりも5分程度早く行動する。
これは、習慣として身についているので余程のことがない限りは、大概守れている。
……寝坊助もいるにはいるが。
「メイド隊のみなさん。これより、戦闘訓練を始めます。」
メイド長とその隣に男性が、立っている。
「私の隣にいるお方が、今朝方、召喚に応じていただいた3代目魔王様でございます。」
「まずは、3代目魔王様に簡単な自己紹介をしてもらいます。」
メイド長の隣にいる男性が、前に出て言われた通り、自己紹介をする。
「えぇーと。初めまして、地球の日本からここに召喚されました、棚部 亮です。今まで格闘技とかしたこともないし、ましてや、魔力や魔法といったものは、存在していないので全くの素人です。」
……少し、不安になった。
「何かと迷惑をかけるかもしれませんが、よろしくお願いします。」
そういって魔王様は、私たちに向かって一礼をしてきた。
正直に言うとそんな魔王は、今まで見たこともなかった。まだ、世代が浅いからだろうか?
初代魔王様は、職人気質であまり会話をしたことがないし、そもそも、姿を見た回数も片手で足りてしまうほどだ。
2代目は、知らない。……私は、2代目魔王様なんて知らないです。
「今日より2週間後に『勇者領』と『魔王領』の戦争がはじまります。初めての戦いになる方も大勢おられますでしょうが、心配には及びません。魔王様がいれば、たかだか5千人の人間なんて、蟻んこの軍勢同然です。」
3代目魔王様の能力は、そんなにすごいものなのだろうか?
「ですが、油断は、禁物です。今後の『魔王領』の発展を願うのであらば、一人一人が強さを磨かなければいけません。その為の戦闘訓練です。みなさん、大きなケガに気を付けたうえで心して取り組んでください。以上です。解散!」
メイド長の言うとおりだ。油断をしたばかりに戦死してしまうのは、よくある話だ。
「私は、魔王様の身体能力のチェックとそれに見合った特訓内容を考案いたします。何かあった場合は、私のところに来てください。」
「それじゃ、昨日の続きと行きましょうかしら、リンさん。」
「あぁ、いいぞ。」
私は、戦闘になると口調が変わる。自分でもわかるほどだ。
ちなみに声をかけてきたのは、バンパイア族のモルモーだ。一族では、かなり有名な家の出らしい。
そんな彼女と先日から近接戦闘で激闘を繰り広げている。っと言ってもスリ傷や切り傷程度のケガで、重症になることはない。戦闘訓練用の防具と武器で自らの身体能力を向上させるのが、目的だからだ。
「それじゃ行きますわよ!」
「こい!!」
2本の木刀をそれぞれ片手で持ち、神経を集中させる。私は、魔法が得意でないが、メイド長からの肉体強化の術を学んでいるために近接戦闘でメイド隊のトップクラスに居られる。
モルモーは、どちらかというと、近接戦闘よりも中距離サポートのような存在だが、回避能力がずば抜けて高いため、カウンター狙いでの近接戦闘ができる。
……カウンターに要注意だな。
「そこです!」
モルモーが、小型のナイフを投げる。
「あまい!!」
全部で4本投げられたナイフの内2本をかわし、残りの2本を木刀で撃ち落とす。
なるべく隙を作らないように警戒を怠りながら、モルモーとの距離を一気に詰める。
彼女は、私からの一撃を警戒しているようだ。攻撃力や防御力は、圧倒的に私のほうが有利だからな。
「食らえ!『五月雨』!!」
2本の木刀を交互に突き出すだけの簡単な技だが、肉体強化を腕にのみ集中しているため、突き出す速度と攻撃力は、かなり上がっている。
モルモーは、よけきれないと判断したのだろう。私との距離を一度とった。
「背中がガラ空きですわよ。」
「ッ!!」
背後からモルモーの声が聞こえる!
「すみませんが、この勝負!私の勝ちですわ!!」
「しまった!」
私の背中にナイフを刺そうとしてくるモルモー。
すかさず防御に入ろうと振り向くも、このままでは、攻撃を食らう。
モルモーも私と同様にメイド長から魔力による肉体強化を学んでいる。だから、瞬間的に肉体強化を施して私の背後を取ったのだ。
さらに厄介なことにバンパイア族は、相手の魔力を吸い取る能力にたけている。
……本来なら、私が負けて当然に近い条件だが、特殊装備のおかげで引き分けまで持ち込んでいる。
今回もその特殊装備を開幕からお披露目する。
「させるか!食らえ!『ガーリック・ブレス』!!」
ハァーっと私の息を彼女に向けて放つ。日ごろからニンニクを食べている私が、彼女の嫌いなニンニクの匂いをかぐことはできない!
(良い子は、真似しないようにしよう。)
しかも、お昼ご飯にもニンニクを食べている!!
「っ!卑怯ですわよ!!」
いったん私から距離を取るモルモー。
バンパイアの嗅覚は、なかなかに高い。それゆえに、刺激臭は、戦闘の妨げになることがしばしばある。
特にニンニクの匂いは、モルモーの嫌いなものの一つでもあるため効果が絶大だ!!
……自分で言うのもなんだが、結構ズルい手だと思う。
ちなみに、私の大好物だ。
「これじゃあ戦闘になりません!!」
「苦手な食べ物を克服するのと同じだろ。だいたい、ニンニクの何が気に入らないんだ?」
「に・お・いですわよ!!」
確かに、匂いがきついと思わなくもない。だが、スタミナがつくのも間違いない。
それに私個人は、とてもうまいと思っている。
「ですが、いつまでもニンニクに負けている私では、ございません!!」
む?何か作戦でもあるのだろうか?
「貴方のほうこそ!食らいなさい!!『トマトアタック』!!!」
モルモーは、懐からトマトを取り出して投げつけてきた!
(良い子は、真似しないようにしよう。2度目。)
「っ!危ない!!」
ヒヤッとした。まさか、そんな秘密兵器を隠し持っているとは!!
「貴方のほうこそ、苦手な食べ物を克服するのと同じでわなくて!」
……言い返すことが出来なかった。
「…………どっちもどっち……。」
「「……………………。」」
ムーちゃんに言われてしまった。
あの後も食材を用いたバトルは(文字通り)、少々続いたが結果は、引き分けとなった。
途中でメイド長に見つかってしまい、メイド長対私とモルモーという構図になったためだ。
「貴方たちは、食べ物をなんだと思っているのですか!?」
メイド長は、激怒していた。今捕まるとやばい。
「やばい!メイド長に気づかれた!!」
「一時休戦にしますわよ!」
戦闘訓練を一時休止し、メイド長との戦闘に備える。
「お仕置きが必要なようですね……。」
これは、本格的に怒っているな。
「小一時間ほどお説教タイムと行きますよ!!」
メイド長が一気に距離を詰めてくる。
「捕まったら最後だ!やるぞ!!」
「行きますわよ!!」
臨戦態勢を取る私たちは、メイド長が嘲笑する。
「いいでしょう、これも訓練です。小一時間のお説教が待っていることをお忘れないように!!」
メイド長が、二人に分裂する。魔力による肉体強化が、すさまじいスピードを生み出したことによる錯覚だ。
「「本気で来なければ、すぐに終わってしまいますよ。そしたら、小一時間のお説教に加えて、晩御飯を抜きにいたしましょうか。」」
メイド長の晩御飯が、食べられないだと!?
「メイド長の絶品料理が、お預けなんて……。」
モルモーが、恐怖で腰が引けている。メイド長は、滅多に料理当番が回ってこない上にその料理は、絶品なのだ。食べられるはずなのにそれが、食べられないなんて……。
考えただけで、ゾッとしてしまう。
「モルモー、最初から本気で行くぞ!!」
「えぇ!もちろんですわ!!」
そして、メイド長との戦闘に入ったわけだが、
「百歩譲って『ニンニク吐息』は、認めますが、『トマト祭り』なんてただ食材を投げつけているだけじゃないですか!」
「「すいませんでした。」」
2人して開幕5分で無力化されていた。
しかも、メイド長の方は、自分で縛りを入れていたにもかかわらずだ。
「……それでは、反省会と行きましょうか。まず、モルモーさん。」
「…………はい。」
約1時間ほどの説教が終わった後は、それぞれの戦闘についての反省をしていた。
「貴方のバンパイアの力は、かなり強力ですが、サポートに全力を注いだ方が何かとよろしいでしょう。本来ならば、リンさんと協力して、私2人を相手にするべきでした。」
バンパイア個人の能力は、確かに高い。
体を蝙蝠にしたりして、相手の攻撃を回避するなどの奇抜な行動がとれるのも利点の一つだろう。
「いくら魔力操作が得意でも、スタミナが足りていません。ニンニクでも食べて、スタミナをつけなさい。それができないならば、サポート面でリンさんのような筋肉バカのサポートをしなさい。」
……さりげなく、バカといわれてしまった。
いや、メイド長よりも頭はよくないが、けれど、バカというほどでもない。
「不服そうな顔をしているリンさん。あなたは、前に出過ぎなのです。一気に勝負をつけようと大技を放ち過ぎなのです。サポートの方のことを考えてあげなければ、紙装甲のモルモーさんは、すぐにダウンしてしまうでしょう。」
悪口が、ちょいちょい入ってくる。……まだ、怒っているのだろうか。
「……はい。」
この後も30分ほど反省会と私たちの訓練についての今後の方針を話し合い、お開きとなった。
「台所に作り置きがありますので、温めて食べてください。それでは、おやすみなさい。」
「「おやすみなさい、メイド長。」」
長かった1日が、終わった。
あと2週間で戦争が始まってしまう。それまでにできることを力いっぱいしたいと思う。
とりあえず今は、
「寝るか。」
本編の方も書き進めていますので、お楽しみください。
また、感想などもお待ちしております。




