初めての演技に挑戦します。
お久しぶりです。
かなり、期間が開いてしまいましたが、3本一気に追加したいと思います。
現在私 クサリ・スクスは、闘技場の観客席に女狐とともに魔王様の戦闘を見ています。
――――5分前――――
「まったぁぁぁぁぁぁあああ!」
魔王様の叫び声が、ここまで聞こえてきます。
私のために観客席から、中央の処刑台を目指して走っていく魔王様の後ろ姿は、とても凛々しく思います。
「とても愛されているのね。」
「私がいないと、何かと大変ですからね。」
宣伝用の羊皮紙が、街中に貼られてから4日経ったが、魔王様は、その4日でかなりの成長を遂げられたことが、走り方でわかる。
魔力による肉体強化の練度が、以前よりも増している。
「ところで、なぜ偽物を用意したんですか?」
本物がいるのにも関わらず、急遽偽物を用意して、この公開処刑もどきの内容を変更していた。
本来でしたら、私が、中央の処刑台で拘束されているところを魔王様が助ける予定だったもののそれを取りやめ、観客席から傍観することになった。
「……あなた、本気で言ってるの?」
どうしたことでしょう。あの女狐が、狼狽しながら訴えかけてきます。
あまりの演技に度肝を抜かしたのでしょうか。
「…………とりあえず、偽物の縄を解いたら、攻撃を仕掛けるけど、今更怒らないでね。」
「……わかっています。」
……正直、こんなことになっていなければ、怒ることなんて、
「ならよかったわ。解いた瞬間に脇腹を刺す予定だから。」
「えっ……」
魔王様の動きが、少しだけおかしくなりました。
まるで腹部を刺されたかのようなぎこちなさを感じます。
「もしかして、本当に腹部を刺したのですか!?」
「えぇ。果物ナイフでね。まぁ、致命傷でしょうけど、死ぬことないからそんなに怒らないでよ。」
……自分でも怒っていると考える前に殺気を放っていたようです。
周囲にいた女狐の護衛が、臨戦態勢に入ってしまいました。
「…………そういうことは、事前に知らせてもらいたいものですね……。」
殺気を抑えながらも、中央の処刑台の様子を伺うと、火柱が上がっています。
「……あれって何してるの?いきなり自分に向かって、火属性の攻撃を放ってるけど?」
「さぁ?私も知りません。新技でしょうか?」
魔王様が使える火属性の魔法は、初級魔法の「フレア」のみだったはず。
それは、対象を火で焼くだけの簡単な魔法ですが、それを自分に向けて放てば、火だるまになるでけなのですが……。
「何を考えているのでしょうか?」
しばらく眺めていると、火柱が収まり、その中から炎に包まれた魔王様が現れました。
まるで、先の戦争の時に見せた、魔王様のようです。
腕や足、頭からは、時折火の粉を吹いています。
「まさか、あの魔王!自分を燃料にしているの!?」
「……どうやらそのようですね。」
「あんな状態で戦う気なの!?そもそも、戦えるの?」
もし、戦争時の魔王様の状態を見ていなければ、私も女狐と同じような感想を抱いたことでしょう。
しかし、
「先の戦争で魔王様は、あれよりもより大きな火力をその身に宿していました。」
戦争時に見せた魔王様は、今の魔王様の2倍かそれ以上の火力を帯びていたのですから。
戦うなんてことは、問題なく行えるでしょう。
「……むしろ、今の魔王様の実力を測るなら、全力で相手をした方がよろしいのではないでしょうか。」
「…………どうやらそのようね。」
険しい顔をした女狐は、聖女の親衛隊である『バルキュリア』の伝令に作戦と魔王様に手加減をしないようにということを伝えた。
あまりの作戦内容とその内容をまるで事前に考えていたかのような思考に私は、呆然としてしまいました。
「なに呆けた顔をしてるのよ。あんたの所のトップは、頑張ってあんたを助けようとしてるでしょうに。……ほら、その勇士を見てやりなさいよ。」
「……あなたに言われなくても。」
炎をまとった魔王様は、難なく刺した兵士を屠る。
移動の瞬間にまるで消えたかのような速さで後ろを取ったことに驚きました。
今の魔王様の相手をするには、少々本気を出さなければならないかもしれません。
「第一弓兵!発射!!」
バルキュリアの兵士が、号令を叫んでいます。号令とともに闘技場の観客席に準備していた弓兵らは、弓を処刑台を目掛けて放ちました。
「第二弓兵!発射!!」「第三弓兵!発射用意!!」
次々と弓の発射とその用意を連続で行う団体は、まさに統率がとれた理想的な兵力と言えるでしょう。
「まぁ、簡単な作戦をあなたにも教えてあげる。といっても、ホントに簡単なんだけどね。」
隣の女狐が、先ほど伝令に伝えた作戦を話のネタとして軽々しくも話してきました。
「まず、現状を見ての通り、矢で魔王の足止めをする。」
話を聞くと、闘技場を360度、包み込むように周囲を覆っている観客席には、1000人近くの兵士がおり、それらを10の隊に分割してそれぞれ役目を持たせているようです。
「弓矢での足止めをする隊は、全部で3つ。弓の準備と矢を放つ隊をローテーションしながら攻撃を仕掛ければ、いくら魔王でもなかなか進めないでしょ。現に近づけていないんだし。」
「確かに、致命傷といえるほどのダメージは、受けていないようですが、難航していますね。」
「次に、足止めをしている間に魔法兵たちによる中級魔法で、魔王を封殺と。たったこれだけよ。」
魔王様は、どのようにしてこれを乗り越えるのでしょうか。
そもそも乗り越えられるのでしょうか。少々不安になってきましたが……。
そんな不安を吹き飛ばすような火矢が、観客席に飛んできました。
「あれは!『フレアアロー』ですか!?」
火矢の着弾とともにドーム状に炎が広がり、準備中だった弓兵たちが、戦闘不能になっていきます。
「初級魔法しか使えないんじゃなかったの?」
「私が捕まる前までは、そうでした。4日間の修行で使えるようになったのかもしれませんね。」
魔法使いとしては、初級で入門、下級で半人前なんて言われているので、魔王様は、ようやく半人前といわれる実力を得たことになりますね。正直、メイドとしてうれしいです。
「弓兵が、封殺されましたが、どうされるのですか?」
「大丈夫よ。そんなこともちゃんと計算済みだから。ほら。」
女狐が、処刑台の方を指さすと数名の兵士が、かなりの速さで魔王様に向かっていきます。
何をするのでしょうか?
魔王様が、一通り弓兵を一掃すると、高速で近づいて行った兵士が、突如、自らの体を覆い隠すほどの大きな盾を出現させ、魔王様にタックルを仕掛けました。
「な、何ですかあれは!?」
「最近生み出した技術よ。『マニファス』といってね、自分と契約した武具や精霊を契約時に交わした条件により手元に顕現させるものよ。」
……そのような技術が、あったとは。召喚術の応用だそうです。
「あれのおかげで、今のようなタックルができるようになるの。さらに、今の魔王がそうだけど、周囲を囲んでしまえば、なかなか抜け出せないわ。」
魔王様が、大きな盾で囲まれてしまい、身動きが取れないでいます。
すると、突然、囲まれていた魔王様が、爆発を起こしました!!
「あらら……。中級魔法まで使えるようになってるのは、計算外だったわ。」
「『エクスプロージョン』ですか!?あんな魔法を自分を起点に使えば、大ダメージもいいとこでしょうに!!」
火属性中級魔法『エクスプロージョン』。爆発を意味する魔法名は、その名の通り、指定した場所を爆破する範囲魔法です。今のは、魔王様自らを爆破の起点とし、爆発させて、囲んでいた兵士らをその爆発に巻き込んで身動きがとれるようにしたのでしょう。
しかし、なんて無茶をするのでしょうか。体の一部が、吹き飛んでもおかしくない魔法なのに。
「まぁ、時間は十分稼がせてもらったので。」
そういうと、女狐は、伝令に魔法を放つように指示を出し、
「「「「タイダルウェーブ」」」」
同一の魔法名を何重もの声で聞くと、魔王様を目掛けて津波が四方八方押し寄せていきました。
「さすがに今の魔王でも、これで終わりでしょ。」
「……ホントに殺す気ですか?」
死んでしまったら、同盟も何もないでしょうに。
殺気を抑えることが、難しくなってきました。
「大丈夫よ。瀕死の状態でも、あたしの力なら助かるから。」
軽々しくいう女狐に殺気を飛ばしていた時です。
ピキッ。
「…………聖女様……あれは、いったい……。」
「ねぇ……。今回の魔王は、いったい何なの……?」
ピキピキと音を立てながら、水でおおわれた闘技場を凍らせている現象は、魔王様が、原因であることは、容易に想像できてしまいました。
なぜなら、全体が氷で覆われた時に中央から魔王様の姿をした魔王様でない者が、現れたのですから。
「……私にもわかりません。ただ、前回と同じならば、今の魔王様には、本気の私ですら、引き分けがいいところでしょうか。」
3代目魔王様の活躍ともし、『奴』のことを知った時の魔王様が、どのようにふるまわれるのかを不安に思った瞬間でした。




