初代魔王様に挑戦します。
「皆さま、お集まりになられたようですね」
リリアーデよりも魅力的な四肢を持つ女に呼ばれ、私とリリアーデ。それから、じゃじゃ馬娘とその母親が裏庭へと集まった。
「「「っで、貴様は誰だ?」」」
どうやら、リリアーデだけはこの女を知っているらしい。
「私は、クサリ。クサリ・スクスと申します。こんな姿ではありますがね」
どこか自虐的に言う女。
私より胸もあり、髪も絹のように艶やか。完璧に魔王様をメロメロにさせる気満々ではないか。…………許せんな。
「さて。皆さまにお集まり頂いたところで「待てコラっ!」…………少々お待ちください」
クサリの後ろで拘束されている金色の獣。
そいつへと静かに近より……
無言で腹に一撃を入れて黙らせてしまう。
なんのダメージすら寄せ付けなかった獣が……たったの一撃で気絶させられた。
「さて。犬も黙ったところで」
あの体格で犬はないだろう……どう見ても野獣にしか見えない。
「まず、魔王様の体を乗っ取った人物について説明しましょう」
「「っ!?」」
誰かを知っている口振りに、私とリリアーデは心底驚く。
「「またなの?」」
対して、こいつらの表情といったら……魔王様の一大事だというのに「また」とはなんだ! 「また」とは!!
そもそも。あの胸糞悪い人格以外の誰が魔王様のお体を乗っ取ったというのだ。
「今魔王様の体を乗っ取っている人物は、確かに『初代魔王様』でございます。しかし、私の知っている……いいえ。尊敬している初代魔王様ではありません」
「どう言うことよ? まさか、旦那の別人格とでも言いたいわけ?」
混乱するリリアーデは、クサリを睨み付ける。
「いいえ。そもそも、別人なのです。『初代魔王』とは2つ目の名前であり、正確にはーー」
クサリは小さく呼吸をして、体を乗っ取っている悪人の名を吐き出す。
「ーー『閻魔大王』といいます」
「「「「『閻魔大王』?」」」」
聞いたことない名前に、頭を捻る私達。
そんな私達の様子を捉えたうえで、クサリは説明を続ける。
「はい。禁忌の時代よりも遥か昔。まだ、大陸が誕生する前の事です。
もともと、この世界は2つに別れていました。
現在、神界と呼ばれている『天界』と、同じく現在、魔界と呼ばれている『獄界』。それぞれが独立した世界だったのです。
が……ある日を境に1つの世界へとくっついてしまったのです。
両者が争いを避けるために、平和的な話し合いが連日のように開かれていました。話し合いの結果は申し分のないモノだったと聞いております。
というのも。両者が争っている場合では無かったからです。
世界が1つになったときの衝撃で、魔力を無尽蔵に吸い続ける生物が産まれたのです。
その生き物達は、存在するだけで世界を汚染し、死の大地を作り上げていきました。
後に『神器』と総称される武具にて殲滅するのですが……被害は相当なものでした。
もうお気付きかと思いますが、『獄界』の王が『閻魔大王』です。『天界』の王は、奴に殺されました」
「ちょっと待って。なんで、天界の王が殺されることになったのよ?」
クサリの説明を中断させては、聖女が問う。
「……原因は『神器』です。『神器』の処理をどうするかによって、天界と獄界の意見が別れてしまったのです。
天界は、『神器』を破壊する派閥と封印する派閥に。獄界は、『神器』の独占する派閥と封印する派閥に別れたのです。
当時の私は、『神器』の破壊を望んでおりました。
しかし、それは現実的でないとも知っていたのです。
なにしろ、無尽蔵に魔力を産み続ける武具を如何にして破壊するのか。高度な計算をすればするほど、それは不可能だと言う現実を突きつけられたのです」
悲しげに答えるクサリ。しかし、彼女はまだ続ける。
「『閻魔大王』は『天界』の王を殺した罪で魂を封印する事になりました。……ですが、封印が弱まり、この世に目を覚ました以上、このままでは世界の破滅が待ち構えています。少なくとも、世界のあり方が変わることでしょう。ですからーー」
ーークサリは、私の顔を真っ直ぐに捉えてーー
「ーー私単独で、魔王様を殺します」
その瞬間。私はクサリへと斬りかかっていた。
「クロっ!?」
「それでもっ! 貴様はメイドの端くれかっ!!」
魔剣『グリモワール』を片手で受け止めるクサリ。
いくら私が弱っているとはいえ、これだけの力量差があると言うのか!?
「貴女のお気持ちはよく分かります。しかし「なにが分かるだっ!!」……」
黙ったクサリに、私は胸の内に隠るイライラをぶつける。
「この世界に突然呼ばれて! ボロボロになったあげく、簡単に棄てられるんだぞっ!? それのなにが『分かる』って言うのだっ!!」
冷静に考えれば、八つ当たり以外の何物でもない。
だが、私は剣を両手で力一杯握り、クサリへと押し込む。それでも、剣は前に進まない。
「私から魔王様を奪う奴は、何人たりとも許さんぞ! クサリ・スクスっ!!」
剣を1度引いて、グリム家の生み出した最高峰の技を繰り出す。
「『極剣』!!」
地面と水平に凪ぐ剣は、黒い炎を刀身に纏い、クサリへと襲い掛かる。
魔剣『グリモワール』の性質を極限まで高めたこの一撃。刀身を粒子状に変換させ、あらゆる物質を通過させるこの斬激は、如何なる障害をも排除する。
ーーはずだった。
「『バインド・チェーン』」
クサリと剣の間に張り巡らされる無数の細い鎖。
その程度ならば、通過すると確信していた。
しかし、私の剣は、クサリへと届くことはなかった。
「っ!? なぜだっ!!?」
「この鎖の性質によるものです。クロノワール。申し訳ありませんがーー」
瞬きよりも速く、視界を覆い隠すようにクサリの顔が近づく。
そしてーー
「私の邪魔をしないでください」
「ぐふぅっ!?」
腹部に一撃を貰う。
遅れて、背中から後ろへと、逆らう事がバカらしくなるほどの力で引っ張られる。
「クロっ!?」
私の名を呼ぶ声は微かに聞こえたが、それに応える余裕はなかった。
私は……また、失うのか…………。
「『バインド・チェーン』」
吹き飛ばされた私の体を優しく受け止める太い鎖。
その鎖の横に立つ水色の髪をした少女は、
「たくっ……人の体をなんだと思ってるんだよ?」
と呟いた。
「「「オルちゃんっ!?」」」
そう。腹ただしい事この上ない小娘の姿が、そこにあった。
「さて……取り合えず、オルの体に入った? 取り付いた? ……まぁ、生きてはいるんだよ。うん」
俺は身長差の開いたクサリさんへと、小さな指を指しながら続きを言う。
「それなのにっ! 俺の体ごと殺すとかっ!! 止めてほしい!!!」
体がいくつあっても足りねぇぞっ!?
「ですがオル……魔王様。奴をどうする「封印すればいいんだろ?」……それが出来れば、苦労はしません」
クサリさんは呆れた様子を見せる。
だから、俺は得意気に言ってやった。
「封印する方法はある!!」
こっから形勢逆転と行こうじゃねぇか!!




