初めての新領地に挑戦!
「それでは魔王様。お疲れではあるかもしれませんが、新しく増えた領地の視察をさっそくお願いします」
そう言われたのは、2日も前の事だ。
ボロボロだった俺は、魔王城でゆっくりするぞっ! って思っていたのに、国王と戦った傷も癒えないままに魔王城から放り出されてしまった。
そして、魔王城を出発してから4日も過ぎようとしているんだが……
「と、遠くねぇ……?」
「頑張って! 魔王様!!」
「そう思うんだったら、降りて歩いてくれねぇかな? オルさん?」
ボヤキながらも、脚を動かす俺。背中には、いつも通りオルがいる。
それ以外に人は居ない。強いて言うならば、
「クロノワール……足だけ制御して、代わりに歩いてくれねぇか?」
『私が魔王様の下半身を使ってよろしいのですか!?』
「ごめん……言ってみただけ」
俺の頭の中で独り、喜びの声を上げているクロノワールがいるくらいか。
そもそも、草原のような道を歩いているのには、ちょっとした事情がある。
俺とオルが視察として駆り出された場所は、新しく魔王領となった領地だ。馬車を乗り継いでいけば5日ぐらいでたどり着ける。……ばずなんだが、その乗り継ぎで馬が、バテて動けなくなってしまったらしい。
なら、他の馬車に乗ればいいのでは? って思う所なんだけど、今向かっている領地への馬車は、タイミング悪くすべて出払っていた。
結果、スケジュール的に歩いて向かうべきだと判断したわけだ。乗り継ぎの街と向かう領地が比較的近いのが幸いだ。
それでも、こういう時はバカ王の剣が羨ましい。
ちなみに、試合の時に使っていた剣は、魔王城に置かれていた新品の剣だから、国王に余裕があったと言えばあったんだろうな。
「はぁ~」
本当に疲れてきた。
そんな愚痴をこぼす元気がなくなり、炎天下に晒されながら黙って歩くこと3時間。
「つ、着いたぁ~」
本来なら昼前に着いていたばずなのに、昼を過ぎている。
「魔王様ぁ~とりあえず、ご飯にしよう……?」
「そうだな。……俺も腹が減ったし」
と言うことで、本格的な視察の前に食堂へと向かうことにした。
さすがに昼時を過ぎているからか、大衆食堂の中は人が少なかった。座ってる人らも、昼間から酒を飲んでいるような連中だ。食事をしに来たのは、俺とオルだけだった。
出てきた料理は、この当たりでの伝統料理だ。
パスタのような細い麺が、クリームチャウダーのような真っ白のスープに浸かっている。スープスパみたいな料理だ。
「とりあえず食べ終わったら、魔王館に行こう」
「うん。この辺りの土地勘とか無いもんね」
ここまで来るのには、舗装されたってよりは、馬車が通って出来たような道を辿ることで着いた。だけど、周辺の散策となれば、土地勘が乏しいのはマズイ。最悪、迷子になって視察どころじゃなくなる。
そこで『魔王館』って建物が出てくる。
この『魔王館』だが、魔王領の領地すべて設立された建物だ。役割としては、その地域一体の警察・消防とかを担っている。問題が発生したら、解決のために一番積極的に動かせる施設だ。
本領(魔王城があるところの領土)の場合は魔王城が、その役割を果たす。
それで、俺達の視察の目的は、その『魔王館』がちゃんと機能しているのかと周辺の調査だ。異常があった場合は積極的に首を突っ込むように言われている。……なぜかバカ王に。
「ここの担当って誰だったっけ?」
オルに聞くと、ポケットから紙切れを取り出す。
「えっと……モルモーだって」
「あぁ。モルモーさんね」
小さい金髪のヴァンパイアの女の子だ。リンさんとよく一緒にいるイメージがあるけど、魔王館の担当に選ばれるだけの腕があったんだな。……正直、誰がどのくらいの腕前なのか知らねぇんだよなぁ。クサリさんが凄すぎることしか分からん。
「モルモーってどんな人?」
「どんなって言われてもなぁ……」
俺の記憶にあるモルモーさんは、かなり薄いからなぁ。金髪で……眼が赤……だったか?
「ごめん。俺もあまり記憶にねぇや。ただ……会えばわかる」
「魔王様って、時々酷いよね……」
「自覚はある……」
ごめん、モルモーさん……。
記憶の中のモルモーさんが、薄らいで消える前に『魔王館』へと向かった。
「意外と立派な建物だなぁ」
想像よりも立派だった。俺が住んでた街の市役所くらいの規模だ。……言っても分からねぇか。
とにかく、3階建ての建物だ。真新しい真っ白な壁は、魔王って印象が無いけど、建てられて半年くらい……にしても綺麗だけどな。
「魔王様、行こ」
「おう」
オルに服を引っ張られ、建物の中へと入っていく。
「なるほど。そう言うことでしたら、代わりの馬を手配しなければなりませんね」
『魔王館』の中に入ると、担当に割り当てられているモルモーさんとの会談が始まった。
「あぁ、頼んだ。それと、この辺に詳しい人材を貸してくれねぇかな? 俺とオルの2人だと、異常かどうか分からねぇからな」
「そうですね。手の空いてる方を派遣しておきます。……予定では何時までですか?」
オルに視線を向けて、細かいスケジュール表を確認してもらう。大まかな予定なら覚えてるんだが、細々としたところはサッパリだ。
「えっと……3日くらいかな。そのあとは、南の方に行く予定」
細々だと思ってた予定は、意外とアバウトだった。そもそも、南の方ってなんだよ?
「南の方?」
ほら、モルモーさんも青い瞳をキョトンとさせてるぞ?
「確か……ホニャララ遺跡の近く」
「ホニャララ遺跡って名前なのか?」
「……忘れちゃっただけ」
そうですか…………頼もしい助手だなぁ……。
「そうですか。……なんにせよ、この辺りに詳しい人材を用意しておきます」
「おう、頼んだ」
そこで会談は終了。あとは、この辺がどんな土地なのかとか、魔界はどうだったかとか、そんな雑談をして過ごした。
日が暮れてきた頃。俺達は、モルモーさんが用意してくれた客間に移動して、貰った地図を眺めていた。
「それで、どっからどこまでを見て廻るかだな」
この領地って意外と広い。大雑把な寸法だけど、3キロ平方メートルくらいだ。
魔王領で1番広い領土と言っても過言じゃない。
「ここは、ここだよね?」
オルが小さな指で地図の中央を指す。指された場所には、赤い丸印が描かれている。
「なら、東の方からまわって行けばいいと思うよ」
「そうだな。近場から見て、体を慣らした方が良さそうだな」
なんせ、人生初の視察だ。フィールドワークって言葉の方があってるけど、どっちも経験がない。
「それから、南回りでグルッと1周かな? 3日くらいだと、それが限界だな」
大雑把な予定を建て、その日は早速ベッドに潜った。
魔力使いたい放題でも、一日中歩くのは俺もオルも大変なようだ。
翌朝。大衆食堂にて。
モルモーさんから派遣された、小さな女の子と自己紹介を交わしていた。
「初めまして……私……クランです」
小さい割りに元気がない。口調に合わせて、背中まで丸まっている。
「役立たずな女ですが……精一杯頑張ります」
「お、おう。よろしく頼む」
今にも自殺しそうだ。それくらい不安な子が派遣された。
ホントに手が空いていたからだよね? 他意はないよね?
「うん! よろしく、クラン!」
こういうときのオルは頼もしい。薄暗いクランにもガンガン攻めている。クランが明るい子になるのも時間の問題かもしれない。
「それじゃあ、朝食を食べたら早速案内を頼む。オバチャン!」
近くを通りかかった豪快そうなおばちゃんに声をかけ、3人分の料理を頼んだ。
食事中は、クランとオルの会話が弾んでいた。俺はそれに混ざるような形で、なかなかに愉快な朝食を楽しんだ。
大衆食堂を出た俺たち3人は、早速目的の場所へと向かうことにした。
「じ、じゃあ、東門から……ただ、この辺の魔物は、毒とかあるから……解毒薬とかがあった方がいい……と思う」
「そうか。なら、先に道具屋だな」
そうして、近くにあった道具屋へと向かおうと、足を踏み出したのだが
「む、向こうより……あ、あっちの方が……いい」
クランに止められ、指を指される。
クランが指している方向を目線で辿っていくと、古びた1軒の小屋が建てられていた。少なくとも、物を売っている様には見えない。
「あそこで買うのか……?」
黙って頷くクラン。
案内人としてモルモーさんから派遣された女の子だ。信用していない訳じゃないけど……でもなぁ~。
「もう! クランが言うなら、大丈夫だよ!」
「いや、信用してない訳じゃねぇけど……開いてるのか?」
「み、見掛けは、ボロボロだけど、……腕は一流」
腕って薬のか?
まぁいいか。今のところ、金銭には困ってねぇしな。本来だったらギリギリなんだが、馬車代がいくらか浮いている。
結局、オルの怖い目付きに脅されるようにして、その古びた小屋で買い物をすることになった。
「……お客さんとは、珍しいねぇ」
「こ、こんにちは」
店内にはお婆さんが1人だけ。陳列されているのも、雑草と思えるような草と何処にでも落ちていそうな石ころだけだ。
クランが勧める理由がわからない。
「こ、これから東門に行く。……解毒薬が……ほしい」
「あいよ……これだけあれば足りるじゃろうて」
差し出されたのは、黄色い錠剤が6つ……って
「1人2回までしか毒になるなってか!?」
さすがに厳しいだろ!?
「何を言っておるのじゃ? これは門を出る前に飲んでおくんじゃよ」
「えっ? 事前に飲むの?」
毒でも何でもないのに?
「あぁ、そうだよ。一粒で4時間くらいは毒を防いでくれるからねぇ。下手な解毒薬よりもじゃろう?」
「へぇ~。そんな便利な薬があるんだなぁ」
「製法はかなり難しいんだがねぇ~」
誉められたことが嬉しかったのか、お婆さんは声を出さずに笑っている。そのままポックリ逝かないか心配になるな。
「それじゃあ……これ、代金な」
「毎度ありじゃ~」
店を後にした俺達は、早速東門に移動。言われた通りに、そこで黄色の錠剤を飲んでフィールドワークへと踏み出した。
「……確かに毒を持ってそうな魔物がいるなぁ。それも、結構な数だし」
サソリのような魔物やスズメバチのような魔物と何度か戦ったが、5、6ヶ所は刺されている。
それでも体調が悪くなっていないのは、あのお婆さんの薬が効いているからだろう。
「オルはまだ1度も」
「……私も」
「……………………」
俺がノロマなだけだろうか。ま、まぁ、先頭に立って戦ってるから仕方ないということにしておこう。
「それにしても、特に異常らしい異常って無いよなぁ?」
そもそも、異常ってなんだよ? その辺りを聞いておけば良かったと、今更ながらに思う。
「……………………」
「どうかしたのか? クラン?」
後ろをちょこちょこと付いてくるクランが、薄い眉毛を寄せて何か悩んでいる。
「ま、魔物が多い……です。…………いつもより」
「そうなのか?」
クランは黙ったまま首を縦に降る。
魔王城の近くとかも時々出るから、気持ち多いなぁぐらいにしか思っていなかった。この辺の気候が良いのも原因かなぁーとも。
しかし、クランの言うことが本当なら、何らかの異常があるということだ。
「……ちょっと念入りに調べるか。『サーチ』!」
眼に魔力を集めて、魔法を発動させる。
触れた相手の情報を得る『サーチ』とは、また違った『サーチ』だ。名前は同じだけどな。
「魔力の吹き溜まりがあるな……」
『……魔王様、少々よろしいでしょうか?』
もわーっとしている空間を見ていると、クロノワールが呼び掛けてくる。
「あぁ、なんかあったか?」
『黒髪の少女の避難、それから、銀髪娘をオンブして戦闘に備えてください』
どうやら緊急事態のようだな。
俺は、クロノワールの指示にしたがって、クランに言う。
「クラン。悪いが『魔王館』に戻ってくれ」
「えっ……わ、私、……要らない子?」
「違う違う。緊急事態だからだ。……これを持ってモルモーさんの所に行ってくれ」
俺は、小石サイズの魔力弾を生成して、クランに渡す。
こっちの都合で勝手に帰すんだ。クランが役立たずだったなんて思われたくない。モルモーさんに渡せば、クランがサボったとか、役立たずだったとか、思わない筈だ。……きっと。
「オル。戦闘準備だ」
「う、うん。それじゃあ、クラン。よろしく頼むね?」
クランの姿は見ていないけど、黙って頷いたに違いない。
俺はオルを背負って、魔力の吹き溜まりがある場所へと走り出した。




