初めてのモテキに挑戦!
「イチャイチャチュッチュッってどうするの?」
ドーラのこの一言で、俺の部屋は混沌を通り越して、終末へと向かっていた。
「『「なっ!?」』」
その場に居た3人(うち1人は、俺の頭の中)が、同時に同じ感想を抱いたに違いない。
「何て質問をしてくるんだよっ!? ってか、ど、どうしてそんなことを聞きたいんだ!?」
「なんでオルより先にイチャイチャチュッチュッをしようとしてるのよドーラ!? 裏切るの!?」
『なんてことだ!? 実体のない私では、そんな羨ましいこと! 出来ないではないか!?』
……見事にバラバラだった。ある意味清々しい。
「ねぇ? どうするの? イチャイチャチュッチュッ?」
他の2人(実質、オル1人だけど)を無視して、詳しい話を聞こうと詰め寄ってくるドーラ。
「ど、ドーラ? そもそも、なんでイチャイチャチュッチュッの内容が利きたいんだ?」
まずは、事情を聴かなければ。
この終末を乗り切るためには、それしか方法が無い!
「……ダーリンの…………子供が欲しいから」
頬を染めて、核爆弾を投下し始めたドーラ。
あれ? 終末の次は、殲滅かな? 一族根絶やしにされちまうよ。はっはっはっ……。
っと、現実逃避をしている場合じゃない!?
刻一刻と、俺を殺そうと死神が鎌を振り上げているんだ。何とか切り抜けないと、本当に殺される……!?
「ど、ドーラ? イチャイチャチュッチュッは、大好きな人にしかしてはいけないんだぞ?」
「それなら大丈夫!」
何が大丈夫なのか分からないが、ドーラは残り50センチを切っていた距離を一気に詰める。
俺の胸元、ゼロセンチになったドーラは、艶っぽく、けれど皆に聞こえるように言う。
「ダーリンの事……大好きだもん」
だもん……だもん…………だもん………………。
もうダメだった。
俺の理性が崩壊するよりも、オルやクロノワールの行動の方が数倍も早かった。
「『させんっ……!』」
オルは物理的にドーラを引き剥がし、クロノワールは俺の身体を奪い取る。
クロノワールの姿になったドーラは、何をされたのかを理解してプンスカ怒り始める。
「なにするのさ! オルちゃん!!」
「なにするのじゃないよ!? ドーラ、オルの気持ちを知ってるよね!? なのに、目の前で魔王様を誘惑するとか、何考えてるのさ!!」
「そうだ! 魔王様には魅力的な大人の女性の方があっている! 貴様らのような矮小な子供には、あと10年や20年は必要なほどにな!! よって、私が魔王様をもらい受ける!!!」
ボーっとする意識のせいで、盛大な俺の奪い合いが行われている事に、全く気付いていない魔王だった。
だが、コレで話は終わらない。
凄まじい舌戦は、ヒートアップしていくばかりだった。
そして、オルが言う。
「なら、魔王様の好きな人を聞けばいいんじゃないの!?」
「「っ!?」」
その話に行きつくまで、どんな話があったのかは分からない。
ただ言えることは、ボンヤリとした意識の中でも、オルの放った一言だけはハッキリと聞き取れたことだ。
ある意味、クロノワールと入れ替わっていてよかった。
頭の中に居る間は、俺が何を言おうがクロノワールにしか聞こえない。攻撃を受けるのもクロノワールのみだ。
俺に一切の被害が及ばない。
「クロノワール! 魔王様と入れ替わって!!」
「……いいだろう」
あれ!? いつもなら誰の指図も受けないって感じなのに!? このタイミングだけは聞いちゃうの!?
そして、俺は何一つ抗うことが出来ずに、2人の前に姿を現わすことになり、
「魔王様? 全部聞いていたよね?」
「ぜ、全部は聞いてねぇけど……俺の好きな人だろ…………?」
そう言うと、首をゆっくりと縦に振る2人。
『さぁ、魔王様! この2人に現実の厳しさを教えてあげてください!!』
頭の中でも好き放題言ってくれる。
さて……今まで考える機会が無かったから、急に好きな人を上げろと言われても困るしかない。
そもそも、恋愛感情の何たるかすらよく分かってないんだぞ? そんな俺が、ダレ誰が好きだ! って胸を張って言える気がしない。気がしないどころか、絶対に言えない。
故に、俺はシミュレーションを試みた。
ケースワン。オルを選択した場合。
「お、オル……かな?」
「ま、魔王様……」
顔を真っ赤に染めたオル。
それに引き換え……
「ドーラの事はもう……必要ないんだね…………?」
それだけを言い残して、俺の後ろにある窓をぶち破り飛び出していくドーラ。
『……捨てられた私は、もう死ぬしかない』
頭の中でうわ言のようにつぶやき始めるクロノワール。同じ内容を壊れたオモチャの様に呟くから、たまったもんじゃない。
そして、それを聞きつけたガスターが、多分やってきて俺を殺すだろ? 結果、ゲームオーバーだ。
つまり、オルを選択するとゲームオーバーだ。
助かるには、ガスターを退けられる力が必要になる。今の俺には無理だ。
ケースツー。ドーラを選択した場合。
「ドーラ。お前しかいないだろ」
「ダーリン……!」
甘えてくる子犬のように、俺に跳びかかってくるドーラ。
それに引き換え……
「魔王様……オルを選んでくれない魔王様なんて、魔王じゃないよ。早く次の魔王様に代替わりしてもらわないと」
そんな物騒な呟きを残して、部屋をゆっくりと出ていくオル。
その背中からは、俺とドーラを殺すという殺意に溢れていた。
『……捨てられた私は、もう死ぬしかない』
……ここは多分、オルかドーラを選んだ時点で変わらないだろうな。
それで、オルを選ばなかったことによって激怒したガスターが、部屋に乗り込んできて俺を殺すだろ? 結果、ゲームオーバーだ。
つまり、ドーラを選択してもゲームオーバーだ。
助かるには、ガスターを退けられ力がって、さっきと同じだな。どっちにしろガスターに殺されるんかよ。
ケーススリー。クロノワールを選択した場合。
「実は、……クロノワールの事が……な」
『私は信じておりました!』
歓喜の声で頭を殴ってくるクロノワール。思わず、照れ笑いじゃなくて、苦笑いが出てきた。
「「へぇ……」」
それに引き換え、2人は虚ろな目で俺に迫ってくる。
「でも、クロノワールを選んでも子供は出来ないよね……?」
「なら、魔王様を縛ってイチャイチャチュッチュッしちゃえばいいんだよね……?」
「えっ?」
オルが鎖をを使って、俺の両手両足を固定する。
ドーラは、服をびりびりに引裂いて、俺を生まれたばかりの姿に……隠す事すら許されない状況になっている。
「ま、待て!? 早まるなって!!?」
こういう時に頼りになりそうなクロノワールはというと、
『魔王様との子供の名前……男の子ならクロ太、女の子ならミッシェルなんてのはどうだろうか……いや、いっそのこと思いつく限りの名前を出した挙句、その数分だけ私が頑張れば……ニヘヘェ』
1人で家族計画を立てていた。
「た、たすうっ!?」
「助けを呼ばないでよ、……魔王様」
ドーラの口で、無理やり口を塞がれる。何気にファーストキスなのに!?
そんな無理矢理なイチャイチャチュッチュッを実行した3人の元にガスターがやってくるだろ? そんで、何の抵抗も出来ないままに殺されるだろ? 結果、ゲームオーバーだ。
つまり、一番選択してはいけない人物はクロノワールだ。
ガスターを倒す倒さない以前に、数日後には社会的に殺されてしまう。……下手したら、数分でだ。
さて……コレで分かった事は、なんだかんだでガスターに殺されるって事だ。強いなぁ~ガスター。
「ねぇ! 魔王様!!」
「ダーリンの好きな人って誰なの!!」
『さぁ! 魔王様! 私の名を呼んでください!!』
3人共が好きかって言っているが、誰を選んでも死が待っている。
どうすればいいんだ……!
「お久しぶり! 魔王様!!」
「カルラ……?」
「「『っ!?』」」
「えっ……なにが?」
2人の目線が、開かれたドアへと吸い込まれていく。
そのドアの前に立っていたのは、大陸の魔王城でクサリさんにメイドの何たるかを教わっているはずのお転婆娘だった。ってか、なんで魔界に……!?
そんな疑問を吐き出す前に、部屋の中は地獄と化した。
「おいっ! クロノワール!? や、止めろ!!?」
俺の両腕だけを乗っ取り、俺の首を絞めようと迫ってくる。
体の一部分だけを乗っ取っているせいか、クロノワールの姿になることがない。
『……あんな矮小な小娘に取られるくらいなら、ここで魔王様を殺して私も死にます……!』
「ま、待て!? 早まるなって!!?」
クロノワールだけでも大変なのに、この部屋にはまだ2人も居る。
「ど、ドーラにオルもだっ! さっきのは違うからな!?」
「「……ホント?」」
あまりにも迂闊な発言は出来ない。
両腕はクロノワールに封じられているし、オルは俺の左足首に触れて既に太刀を出現させている。
ドーラに至っては、俺の右太ももに凄く太い爪を立てている。ドーラの母親の爪もすごかったが、それに見劣りしないくらいの太さと鋭さを兼ね備えている。
だが、目下の危険は、クロノワールが制御を奪おうとしている両腕だ。少しも気が抜けない。
「ねぇ? 何の話?」
しまった!?
「ダーリンの好きな人は誰って聞いたら……」
「……………………………………………………」
ドーラの説明になっていない説明で、顔を赤らめるカルラ。あんな言い方なら、誤解を招くに決まっている!
それを余裕で眺められたら良かったのかもしれないけど、今は俺を自殺へと導こうとする両腕を抑えるのに必死だ。そんな余裕は、欠片すら残っていない。
『死ねっ! 不潔な魔王様なんか、この世から消えてしまえっ!!』
「クロノワール……!?」
やばい、クロノワールの力が増してきた。それと同時に、俺の両腕がドンドン制御を離れていく。
このままだと、マジで自殺することになっちまう!?
必死に格闘していると、勢いよくドアが閉じられる。
チラッと視線だけを送れば、カルラの姿は消えていた。扉は完璧に閉ざされている。
「く、クロノワール! お願いだ! カルラをこの部屋に連れて来てくれ!!」
『不潔な魔王様の命令は聞けません!』
「この体を1日だけ好きにしていいから!!」
『かしこまりました!!!』
チョロいなぁー。
「分かったよ! ダーリン!!」
「約束忘れないでね!!」
なぜかクロノワール以外の声が2つも聞こえ、両足からドタバタと走って部屋を出ていくオルとドーラ。
腕の力が戻ったのと同時に、俺はとんでもない事を口走ってしまったのではという後悔が襲いかかって来た。
そして、そんなドタバタ騒動から30分。
「こ、この黒い人達ってなに……!?」
クロノワールが出現させた黒い人影に担ぎ上げられながら、俺の部屋にやって来たカルラ。
その後ろには、呆れた様子のクサリさんの姿があった。
「お、お久しぶりです、クサリさん」
「………………はぁ~」
あって早々、顔を見られながら溜め息を突かれた。俺、なんかした?
「お久しぶりです、魔王様。相変わらずですね」
「相変わらずってのが、なにを指しているのか知らないけど。……どうしてここに? それと、カルラも」
どんなに考えても理由なんか分かるわけが無いから、素直にクサリさんに聞いてみる。
「魔王様の修行終了まで残り1ヶ月程度になりました。なので、どの程度まで成長されたのかと、一部のメイドたちの息抜きを兼ねて、魔界に赴いたわけでございます」
まぁ、クサリさんらしいと言えばらしいな。
仲間を気遣いながらも、自分は仕事を優先してるんだもんなぁ。クサリさんにも息抜きをして欲しいもんだ。
「カルラ様がおられるのは……城に残しておくのが不安だからです」
さっきまで平然そうな顔をしていたクサリさんだけど、……カルラの説明に入ると顔色が沈んだ。明らかに暗い。病人のように真っ青と言ってもいいくらいだ。本当に息抜きをして欲しい。
「それで、魔王様。この騒ぎはいったい何なのですか?」
「あぁ……こっちも色々あってなぁ…………」
部屋では、オルとドーラが紙とペンで何かの計画を立てていた。
背中に隠れて細かいところは分からないが、……たぶん、俺の身体をどうやって使うかを考えているんだろうなぁ。
「まぁ、説明する前に紹介をしておいた方がいいだろうな。……ちょっと驚くと思うけど」
ちょっとで済むかな?
自分で言っていて、そんな事を思ってしまった。
「クロノワール、自己紹介だ」
『はい、かしこまりました』
俺はゆっくりと目を閉じて、数秒後にゆっくり目を開く。
「「っ!?」」
クサリさんとカルラの驚いている様子は、フワフワと浮かんでいる様な感覚の中でもハッキリと伝わってくる。
「クロノワール……なのですか…………!?」
「はい。お久しぶりです、クサリ」
「ま、魔王様が……スレンダーなお姉さんになっちゃった!?」
「黙れ小娘。誰が貧乳だ」
貧乳って単語は一度も聞こえなかったぞ?
それからしばらく、クサリさんとクロノワールの楽し気な会話を耳にしながらも、……1人で今後の予定を立てていた。
オルとドーラ、それからクロノワールからどうやって逃げるかだ。
1日も俺の身体を自由に使ってもいい権利。よくよく考えたら……ってか、よく考えなくてもロクな事にならない。
何とかして逃げ切らないといけないが、オルとドーラはともかく、クロノワールは一心同体みたいなもんだ。
唯一、口に出さなければこっちの考えが伝わるわけじゃないし、ある意味プライベートは守られている。独り言さえ漏らさなければという条件付きだけど。
『さて、どうするべきかな……』
「どうかされましたか? 魔王様?」
『あぁ……どうやって、逃げ切ろ…………なんでもない!』
あ、あぶねぇ……! 大ポカをやらかす所だった。
あのまま、俺の計画をばらす所だった。本当に危なかった。
「そうですか……? なにかあったら仰ってください。いつでも駆けつけますから」
駆けつけるも何も、俺の身体から放れられない状況だろ。
『あ、あぁ。頼りにしてる』
その後に、クサリさんたちに事情を説明するクロノワール。
「それで話を戻しますが、オル様達は、何をされていらっしゃるのですか? 何かの予定に見えますが?」
クサリさんがクロノワールに質問を投げる。
正直、俺が説明するべきなんだろうけど、クロノワールが身体を返してくれない。
さっきまでは、了承をしなくても身体を入れ換えられたのに、何か条件があるんだろうか?
「あぁ。魔王様が、体を好きなだけ、何をしてもいいと言う権利を与えてくださったのだ」
『待てっ! 話が大きく膨らんでるじゃねぇか!?』
正しくは、1日だけだ。
クロノワールの発言に、スケジュールを書いていた2人がこっちを見る。獲物を狙う豹みたいだ。怖い。
『クロノワール! いい加減にしないと、お前のことを無視するぞ!?』
「そ、それは!?」
効果は絶大なようだ。
『分かったら交代だ。クロノワール』
「……分かりました、魔王様」
渋々ながら体を入れ替わる俺とクロノワール。
戻ったのと同時にクサリさん達に詳しい説明をした。
「魔王様、あたしにはくれないの? その権利……?」
「いや、何でカルラにあげる必――ズドンッ――要は、あるな! うん! 仲間外れって良くないもんなぁ!!」
話している最中に見覚えのある槍が俺の背中をかすめて、ベッドに突き刺さって、その直後に消え去った。槍が刺さったような穴がベッドに空いているから、背中に走った冷たい感触は気のせいじゃない。
しかも、あまりの早さに、目の前のカルラは気づいてもいないらしい。……あの聖女もレベルアップしているみたいだ。
「はぁ~」
クサリさんには見えたようで、溜め息を漏らしている。
もしかして、四六時中カルラを監視していたんだろうか?
「わぁーい! ありがとう、魔王様!」
両手を挙げて喜ぶカルラ。
「よ、喜んでもらえて何よりだよ……」
俺の体、大丈夫かなぁ~。
と言うことで、魔王はデートをすることになった。




