初めての闇に挑む!
そんな第2の幸せな日々は、呆れてしまうほど長く続いた。
「リリアーデ! また、寝坊か!?」
二段ベッドの冗談で、ヨダレを滴ながら寝るリリアーデ。
もう成人を迎えたというのに、なんてダラシナイ女なんだ。
「ちょっとは、クサリを見習ったらどうだ!?」
「う~ん……あと、5分…………」
こいつもレムのようなことを言っている。まぁ、レムには時間的にも負けるがな。……敵う奴が居るのだろうか?
「そうか。なら、ソコでぐうたらしているがよい。その間に魔王様の書斎は私が掃除してきてやる」
「ダメ!? それは私の仕事よ!!」
まったく……同じ人を好きになるとろくでもないな。
「なら、さっさと起きろ! 私も後輩たちの面倒を見ないといけないからな」
私の話を聞いていないのか、そんな場合じゃないと、服を着替えて身だしなみを整えるリリアーデ。
私とは違い、ずいぶん女らしい体つきになった。
「……私に勝ち目はないな」
「なにか言った? クロノワール」
「いや、……なんでもない。それよりも早くしろよ」
それだけ言い残すと、私はリリアーデを置いて部屋を出ていった。
「そうだ! 正しい姿勢で、丁寧に!」
「「「はい! クロノ先輩!」」」
その辺の丸太から削り出した木刀を素振りする後輩たち。
彼ら、彼女らは、私達がここに来た日から30年の間に増えた、身寄りのない子供たちだ。
どの子も道端に捨てられていたケマリを拾ってくるように、魔王様が連れてきた子供達だ。
私やリリアーデのように、人界や大陸の人間達の戦争に巻き込まれた者。一族から爪弾きにされた者。理由は様々だが、東西南北、あらゆる場所からここに連れられてきて、保護されている。
もちろん、それに見あった数だけ、この魔王城から巣だっていった人もいる。
「よし! 少し休憩だ! その後、魔法剣の訓練にはいるぞ!」
「「「はい! クロノ師匠!」」」
「師匠じゃない! 先輩と呼べ!」
まったく。恥ずかしいじゃないか。
こうして戦う技術を教えているのは、たまたま私に技術があったからだ。
魔王様は、今でも気難しい顔をされるが、私は間違っていないと思う。
……クサリが魔王様と別行動で戦場に赴いている今。この魔王城を守るのは、残された私達の役目だ。
2度とあんな想いをしないようにしなければ。
「よし! 休憩終わり! 魔法剣の訓練にはいる!!」
過去を振り払うように、私は声を張り上げた。
月日はあっという間に過ぎていった。
かなり前から魔王様に好き好きアピールをしていたリリアーデは、ついに魔王様に告白をした。
不思議なことに、裸の写真や際どいアピールをしていたリリアーデだが、ラブレターなどの行為は一切無かったのだ。
それに加えて、魔王様にもイタズラをしていたため、裸の写真もイタズラの延長だと思われていたのだ。
その事実を知ったリリアーデは、魔王様を屋敷の裏に呼び出して告白。
困り果てた魔王様は、どんな返事をしたのか分からないが、リリアーデの告白にOKしたのだ。
「はははっ! いきなり『結婚してくだしゃい!』って言うから、困惑するのも無理ないだろ? 思わず、テイクツー……いってみる? って聞き返しちゃったよ」
その次の晩御飯の時には、そんな風に幸せそうな魔王様のノロケ話をたんまりと聞かされた。
……本当に…………幸せそうだった。リリアーデも魔王様も。
だから……『アイツ』が許せなかった。
皆の父のような存在。
リリアーデの婚約者。
私の初恋の相手。
そんな大事な……心の底から愛していたあの方を死に追いやった『アイツ』が。
そんな大事な……大事な時に側に居ることの出来なかった自分自身が。
許せなかった。
「なんで!? なんで貴女が居て、無残に殺されたんですか!!? クサリ!!!?」
魔王様が亡くなられたと知ったのは、風の噂だった。
その時の私は、魔王様に頼まれた仕事のため、魔界の端にある浮島へと足を運んでいた。
『魔王様が人間の王に殺された』
非常に短い……けど壮絶な内容に、私は依頼を放棄しそうになった。
それを堪えるのがどんなに苦痛だったか! でも、私はあの方の大切な依頼を投げ出すことは出来なかった。
『この場所に、誰にも見つからないように『コレ』を隠してきてくれ。この『箱』は、世界すら左右しかねない大切なものだ。君が新しい主を見つけた時。その者に世界を託してくれ』
いつもふざけているお方だったが、この依頼の時は、形見を渡してくれたときのように真剣な眼差しだった。
それくらい重要な依頼だったんだ! だから、時間が掛かろうとも、絶対に見つからない場所を見つけて、そこに『ソレ』を隠した。
そつの後は、速く魔王城へと急いだ記憶だけ。何処をどの様にして移動したのかは、まったく覚えていない。
その結果……魔王様が亡くなられてから、1週間が過ぎていた。
「……申し訳ありませんでした」
「私は、貴女に謝って欲しいわけじゃない!! 何があったのか……それが知りたいのです!!?」
「……申し訳ありませんでした」
生気を抜かれたように、壊れたオモチャのように、ただただ謝罪を口にするクサリ。
「っ!? もういいです!! リリアーデは!? リリアーデなら、何か知ってるはずですよね!!?」
「……奥方様は病院でございます」
リリアーデの事には、ポツリポツリと教えてくれた。
簡単にまとめると、私が魔王様の依頼を果たそうとしている1ヶ月の間に、あの方との間に子供が出来たらしい。
私達、魔族は人間に比べると、子供が出来てから生まれるまでのペースが早い。
リリアーデの子供も、例外なく予定通りの……順調な出産準備だった。
その間に、後に勇者と呼ばれる人間の王に殺された。
その事実は、来月に出産するというリリアーデにも告げられた。
今は落ち着いているらしいが、それを知ったリリアーデは、泣きながら病室を荒らしたらしい。
「……魔王様の最後を見届けられたのは? ……誰も居ないのですか?」
「俺だよ……クロノ」
怒りを圧し殺して、私の前に現れたのは、私の一番弟子だったガスターだった。
「……クサリに説明させるのは酷だ。食堂で落ち着いて説明する」
その言葉を信じて……いや、その言葉にすがったていたといっても過言じゃない。とにかく、あの方が、何処かに居るんじゃないかと……そう思いたかった。
「……コレが詳細だ。そして……次の魔王に俺が選ばれた」
「…………………………………………………………」
誰でもいいから、嘘だって、言って欲しかった。
人間の王が城に攻め混む前に、神界の王『オーディン』と戦っていた魔王様。
しかし、後1歩のところでオーディンに逃げられた魔王様は、後を追うどころか人間の王達と傷の癒えないまま戦闘。
人間の王が止めを刺す直前、その王が同盟の話を持ちかけた。
正直、戦いのない世の中にしたい。その願いは人間の王も同じ想いだったようだ。
しかしーー逃げ去ったと思われていた神界の王は、虫の息だった魔王様をーーあの方を殺した。
さらに、人間の王も殺そうとしたようだが、そちらは失敗に終わったらしい。
「……それで…………なんで、お前が次の魔王に選ばれたのだ?」
「……つい昨日知ったんだがな…………コレに書いてあったんだよ」
そう言って机の上に置いたのは、1つの真っ白な封筒だった。
中には、沢山の手紙が入っていた。
1枚ずつだったが、……この城で過ごした子供らの名前が書かれていた。
今でも内容は覚えている。
口にしてしまうと……涙をこぼしそうだ。魔王様との約束を破ってしまう。
だから、言わない。
そして、最後の手紙には、今後の城を頼んだと言う言葉と、ガスターに2代目魔王を託すという短い文章だった。
「それで? お前はどうするんだ、クロノ」
「どうする……? 決まってるだろう」
あの方を殺した神界の王を私が殺す……!
私から大切のモノを奪い去った神界をズタズタにする……!
母も父も……最愛のお方も奪い去ったアイツらを
ワタシハユルサナイ!!
それからの記憶は、かなり曖昧だ。
特に何処かへ行く目的があった訳じゃない。
神界も人間も、……私に楯突く奴等は問答無用で殺して世界を巡った。
そしたらいつの間にか。
六大属性の一角を担う存在になっていた。
その属性は『闇』。
嫉妬や復習に狂う私には、お似合いだと思ったさ。
そして、永い眠りに着いた。
目を醒ましても、自由の訊かない空間では、あの方に何処となく似た3代目魔王を見ては、イライラが募るだけだった。
アノカタノニセモノガ、ナニヲワラッテイル
人間の娘に体を切り裂かれた時も、
ショセンニンゲンニコロサレルホドヨワイソンザイガ
大勢の奴隷を解放した時も、
ナニヲヘラヘラワラッテイル
リリアーデにイタズラをされて怒っている時も、
ソノバショハワタシガイルベキバショダ
私がガスターに殺されて当然の罰を受けようとしている時も!
「そこまでして、なんで笑っていられるんですか!? 貴方は!!?」
虚ろな世界が色を持った瞬間の光景は、
目の前で私を庇って撃ち抜かれた褐色のヌイグルミが、首だけを残して消し飛んでいたものだった。
最近、年なのかなぁーと思うことがシバシバ。
今日更新した話の何処かで、鼻を啜っている自分がいます(酷いと頬が濡れてることも)。




