無謀にも戦争に挑戦します。
メイド長さん視点の話です。
なぜ、『勇者領』と戦争になったのか?
その秘密に迫ります。
時は少しさかのぼる。
――――――――――
私 クサリ・クスクは、3代目魔王様のご命令により心苦しいものの『勇者』と『魔王様』を置いて領主の元へと急いだ。
――――開戦から1ヵ月前
『勇者領』の一領地である『ペルン』は、友好的な領地であった。そう、新しい領主になるまでは。
新しい領主は、前領主のひどい噂を流し始めた。
――――今の領主は、毎日違う女と寝ている。
――――今の領主は、平民どもを奴隷のように扱っている。
――――今の領主は、国王陛下の座を奪おうとしている。
噂の真偽は、分からないがそんなことをするような領主でないことは、そこに住む平民達が知っている。
だが、
「どういうことなのだ?理由を聞かせてくれないか?」
「すみません、領主様。」
偶然にも、私は隣の領主と平民とのやり取りを見てしまった。
(あんなに平民の方々に好かれていたお方が、どうして?)
私は、ちょうど領主に話があったため訪れていたのだが、その話とは、別に聞くことが出来てしまった。
『ペルン』の館は、そこまで大きいわけではない。我々の魔王城の半分くらいだが、それでも一軒家よりは、広いであろう。部屋数は、4つほど。1階にリビングとキッチン、それから書斎がついている。2階には、領主の妻と学び舎に通う幼い娘が住んでいる。
「こんにちは、領主様。」
「やぁやぁ。遠いところご苦労様です。」
メイドとして、今の不甲斐ない魔王の代理として、丁寧なあいさつを心がける。
「早速で申し訳ないが、友好領主としての現状の物資の取り決めを行いたい。よろしいだろうか?」
「はい、問題ありません。魔王様の代理、クサリ・スクスがお勤めいたします。」
……今の魔王は、あまり人様に見せたくない…………。
私と領主様の会談は、滞りなく進んだ。もともと、こちらの領土に有利な内容で話が組まれている。
人間の中には、こういった多種族にも理解があり、優しさを出せるものもいることを先代魔王様にお仕えしているときに知っている。彼のような存在がもっと増えれば、この世界も平和に過ごすことが出来るのではないかと、時々思う。
「以上で、今回の会談を終わります。クサリさん、本当に遠いところお疲れ様です。」
「いえ、領主様。それよりも、先月来た時よりも活気がないように感じられますが、いかがなされましたか?」
そう、さっき町で見かけたようなことは、度々起こっているのだろう。明らかに活気が減っているのが分かる。
「…………。実は、私のよからぬ噂を流している者がいるのです。」
「…………。」
私は、少し疑問に思った。ここの領主のことは、我々の領土にまで聞こえてきている。さらに言うと、そんな悪い噂も耳にしている。だが、平民たちは口をそろえて「そんなわけない」という。
つまり、悪い噂が原因でないと思える。
「それと、……これは、ここだけの話にしてほしいのですが、」
領主様が声を潜めて私に伝えてくる。
「来週に私は、この領土を追われる身になるかもしれません。」
「ッ!!」
驚きと同時に疑問が浮かぶ。なぜ、こんなにも優しい領主が、自分の領土を追われることになるのであろうか。原因が、私たちにあるのではないかと勘繰る中、
「クサリさん達が、原因ではありません。原因は、わかっています。」
私の不安が顔に表れていたのだろうか。すぐさま否定していただいた。
……ホントにお優しい領主様である。
「それでは、何が原因なのですか?お手伝いできることがあるのでしたら微力ながらもお手伝いします。」
こんな方を不幸に貶める輩が許せない。
「いいんです、クサリさん。失礼ながら今の『魔王領』のお力では、どうにもなりません。もちろん、私もどうすることもできないのです。」
…………。自分の情けなさが、忌々しく思える。人間一人を救うことすらできないなんて……。
「……。魔王様なら、何とかして頂けるかもしれません。……希望的観測ですが。」
「ありがとうございます。ですが、希望だけでは、どうにもなりません。」
……もうあきらめているのだろうか。あまりにも悔しい。せめて、私にもっと力があれば、どうにかできるのではないかと考えてしまう。
「…………。もし、」
悔しさに溺れてしまいそうになっていた時に領主様が提案してきた。
「もし、『魔王領』に初代魔王と同等、あるいは、それ以上の存在がいるのであれば、その時は、此処を落としてください。」
「………………。」
あまりにも悲しい提案だった。なぜ、領土を差し出すような真似をするのか。なぜ、この領主様は、こんなにも笑顔を作りながらそんな提案をするのだろうか。私には、分からなかった。
しかし、
「召喚を……。」
「うん?」
「新しい魔王様を召喚いたします!今の魔王様よりも強く、残酷で、知略のある初代魔王様を超える魔王様を!!」
「…………。そんな宣言を聞いてしまったら、それを止めなくてはならなくなる……。」
そう、『勇者領』の領土法の一つを私は、あえて使わせる。
――『世界の危機に瀕する種は、見つけ次第これを排除するよう動くことをここに誓う』――
初代魔王様は、全盛期のころにこの世界の9割以上を自身の領土として納めていた。
私の宣言は、成功するかどうかは別として、『世界の危機に瀕する種』に十分匹敵するであろう。
「1ヵ月後だ。1ヶ月後に笛を飛ばす。その時には、この領土の全兵士が『魔王領』を落とそうと攻め込んでくるだろう……。クサリさん。」
「はい。」
私は、まっすぐ領主様を見る。
「覚悟は、いいんだね?」
笑顔の領主様は、少しの不安を抱えながらも私に期待を寄せる。
私は、力強く。そして、この領主様の期待に応えられるよう願いを込めて返事をする。
「はい!」
この後1週間後に新しい領主へと変わり、前領主様は、行方不明となった。
――――――――――
行方不明になった領主との約束を果たすためにも、この戦争は、負けることが出来ない。
懐かしい『ペルン』の館に近づいてきた。だが、ここでふと立ち止まる。
おかしい。ここまで兵士を誰一人見ていない。
今の領主は、自分の手を汚さずうまい汁をすする下種な奴だと聞く。
そんな領主が、自分の館の付近に兵士を一人も配置しないだろうか。
罠の可能性が非常に強いですね。ですが!
罠と知っていても行かなければならない!
――心優しい前領主との約束を果たすため!!
――厳しい指導にもめげずについてきてくれた15人の誇り高きメイド隊のため!!
――そして、すべての要となる新しい魔王様のためにも、ここで臆するわけには行かいない!!
「行きます!!」
私は、善良の領主が収めていた領土を奪うがために舞い降りた、一つの災いである。




