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カミサマシリーズ

少女とカミサマ

作者: 神崎みこ

 濃い空気が立ち込めた空間で少女が立ちすくむ。

何時もと同じように友達と別れ、道を歩いてきたはずの少女は、見た事もない光景に身動きが取れないでいた。

姿は見えないのに、何か、がいるような、そんな気配に押される。

首から上をなんとか動かしながら、せわしなく視線をあちこちへと走らせる。垂れ込める枝に、緑に覆う苔。そんな景色を今まで一度も見たことがないはずだ、と、全てのものが自分の知らない世界にいることを突きつけているような感覚に陥る。

どれ程時が経ったのか、そろり、と何かが動く音がした。

少女は振り返る。

だが、そこには何も無く、ただ大した風もないくせに小さな木の枝が揺れていた。

ぎりぎりと音を立てそうなほど固まった首を前へ戻し、少女は声をのみ込む。


「お前は誰だ?」


唐突に彼女の前に現れたものは、非常に綺麗な「男」であった。

不条理に出現した彼に驚き、そして彼のもった人間離れした美貌にさらに驚愕する。

声も出ないほどの衝撃を受けたまま、少女はまじまじと男の顔を見上げる。

こげ茶色の長い髪は自然と後ろへと流され、何の手を施していないにもかかわらず美しく輝いている。同じ色の瞳は、今は僅かな感情も含まないままに彼女を見下ろし、切れ長に一重、という古風な顔立ちと相まってよりいっそう彼を人離れさせた印象にさせている。

そう、とても人だとは思えない。

音も無く近寄ってきた男、来たこともない空間。

彼女はようやく、身の内からでる恐怖に足が竦んだ。

それは理屈、ではない。

本能からくる、正体不明の「男」へ感じる恐れ。

その恐れを感じ取り、男はにやりと笑う。


「ふーん、おまえは割と敏感なんだな」


少女にとっては意味がわからない言葉を口にし、男は少女の髪を一房掬い取る。


「気に入った」


ぞくり、とするほど色気立つ声音に、だが、少女の中では畏怖の気持ちしか沸き起こらない。


「おまえ、俺のものな」


毛先に口付け、そして景色は一変する。



「・・・・・・あれ?」


ようやく声がでた少女は、自分の声に驚き、慌てて周囲を見渡す。

そこは良く見知った道であり、彼女が本来いるべき空間だった。


「夢?」


まだ、心底感じた恐怖が体のあちこちに残っている。

綺麗な空間で、綺麗な人に会って、だけれどもどうして自分はこれほどの恐怖を感じてしまったのか。

理由も理屈もわからない少女は、数度頭を振り足早に自宅へと帰っていった。




「あれ?」


あの日からずっと、少女にとって日常が当たり前のように続き、あれほど怖いと思った気持ちもすっかり薄れていた。

朝起きてご飯を食べて、学校へ行って、そこそこ勉強をして友達としゃべる。

帰ってきたら適当に宿題をやってごはんを食べて、友達とケータイで繋がって寝る。

何の起伏もない日常も、彼女にとっては楽しい日々である。

だからこそ、再び覚えた違和感に、彼女はただただ身が竦んだ。

僅かな変化といえば、彼女は帰宅の道筋を変えていたことだ。

あの場、へと続いてしまった道に足を踏み入れる勇気はなかったのだ。遠回りとなる経路に、雨が降った今日、うっかりと以前の道筋を辿ってしまった。

たったそれだけのことで、彼女はまたあの男と合間見えることとなった。


「俺のものだっていっただろう?」


口の端を上げ、綺麗に微笑む男に立ちはだかれ、少女は知らない空間で気を失った。



 冷たい感触に、少女は目を開けた。

ぼんやりと見える天井は、全く見覚えがない。

強いて言えば父方の田舎の家屋を思い出す程度だ。

顔を左側に向ければ、するりと額の上から何かが落ちる。それが濡らされたタオルだと理解する。

どうして、という言葉を口の中で押しとどめ、ゆるゆると半身を起す。

手にしたタオルの冷たさに、それが置かれたのがそう離れた時間ではないことに気がつく。

八畳程度の部屋に、漆喰の壁。典型的な日本家屋など、数えるほどしか見たことがない少女は、まじまじ観察する。床の間らしきものには華やかな壷が置かれ、名前もわからない花が活けられている。掛けられた書は、少女にとってはさっぱりと意味がわからないものだが、この部屋には合う、ということだけは感じ取ることができた。

綺麗な畳の目を追い、起した半身の右側に目をやれば柔らかな日が差し込む障子の扉が飛び込んでくる。

――こんなところ知らない。

大声でわめき出したくなる衝動を抑える。

くらり、と目の前が回転した。

少女は再び床へついた。




「あんた、どうすんのさ、あれ」


ぞんざいな口を聞く子供の声に、少女の意識は再び覚醒する。

いつのまにか日が落ちたのか、あたりは暗くなっている。

灯り一つない室内は、障子から漏れる僅かな光が頼りだ。


「どうもこうも、あれは俺のだ」

「あのなぁ、あんたもいい加減どうなるかぐらいわかってくれよ」

「瑣末なことだな」


男の声が子供の言葉を切って捨てる。

全く感情が篭らない声に、心の芯が冷える気がした。


「おまえにとっては些細なことかもしれんが、あの子の親にとっちゃ、大事なんだぞ!」


あの子、という言葉に、彼らが自分の事を話しているのかもしれない、と、ままならない体を引き起こして耳を澄ませる。


「あのさ、神隠しなんて今時はやんねーんだよ」

「心外だな、あれはアレが望んだことだ」

「都合がいいように解釈すんじゃねーよ」


意に介しない男の態度に、子供の声が徐々に苛立っていく。


「このままだと、あいつは死んじゃうってことぐらいわかってんだろうが!」


その声に、少女は反応し、どこまでも重たい体を起して障子とは反対側の襖を開けた。

一瞬眩しさに目を瞑り、ゆっくりと目を開ける。

そこには、現代的な灯りの下に、男と少年が相対して座っていた。


「あの!」


少女は跪くような格好で現れ、その少女を二人の人間が見下ろしている。

少年は心配顔で、青年は何の感情も表さない顔で。


「・・・・・・確かに、おまえ好みだな」


呟いた少年は、手早く少女へと近寄り、何かを羽織らせる。

何時の間にか体が冷えていたことに気がついた少女は、少年に軽く頭を下げる。


「ほら、こんなに顔色が悪い」


少年に、頬をなぞるようにして親指で触れられ、顔を伏せる。

年頃、という割には異性と接触が少ない少女にとって、この距離で男性と会話することなど稀なのだ。

まして、その異性である少年は、男に負けず劣らず綺麗な顔立ちをしていた。

艶のある薄茶の長い髪が、少女の視界に入る。よく手入れされた髪を見せ付けられ、慌てて少女は自分の髪を手櫛で整える。


「ここ、どこですか?」


根本的な疑問を、ようやく少女が口にする。

男に感じる畏怖を、少年が持った雰囲気が緩和させているせいだ。

そうでなければ少女は三度気を失い、そして事態はさらに悪化していただろう。


「おまえがこれから暮らすところだ」


だが、そんな意識などお構いなしに、男は傲慢に言ってのける。

それが意味するところが理解できないほど子供ではない。

だが、なぜ、と、どうして、という言葉は当たり前のようにあふれかえる。


「おまえはあまり囀らないからよい」


引き寄せられ、男の膝の上に座らされた少女は、動かせぬ口で視線で少年に縋る。

全ての筋肉が強張り、彼女から動きを奪い去ったかのように体が重い。

精神は萎縮しており、泣くことすらできないでいる。


「いいかげんにしろよ!」


男とは違ってよく変わる表情を怒りに染め、少年が彼女の腕を取る。

少年の手が、あまりに冷たくて、彼もまた男と同類なのだと自覚する。

ここには、自分以外に「人」はいないのだと。

両肩をしっかりと男に抱きすくめられ、右腕は見知らぬ少年に掴まれている状態で、少女は辛うじて意識を保っていた。


「あれはどうするんだ」


少年が指差した方角はただの壁があるのみ。少女は薄っすらとあいた目でそちらの方に視線を合わせる。


「飽きた」


素っ気無い言葉に、少年は憤怒の表情を乗せる。

少年にきつく握られた腕から感じる鈍い痛みが、少女をなんとか現実の世界へ押し留めている。


「どうせまた飽きるんだろ?」

「今度はもつかもしれん」

「その前に」


ぼんやりとする視界に美しい少年の顔が映る。抗いがたい重力を感じ、瞼を閉じる。自由にならない四肢からは、容赦なく力が抜けていく。


「もたないぞ?」

「脆弱だな」

「大抵の人間はここに耐性がないだろう」

「じゃあ、あれはよくもったと言うべきか」


途切れ途切れに聞こえる言葉はどれも物騒なもので、だが意志など欠片も効かない体は動いてはくれない。


「だから、な」


ぐらり、と体が揺れ、少女の体は少年へと預けられた。


「少女よ、おまえはここにいるのは嫌か?」


ぞくりと肌が粟立つほど色のある声で囁きかけられた少女は、瞼を開ける。

そこには、人とは思えないほどの美貌をもった男が、自分のことを覗き込んでいた。

あの日、出会った男だと、こげ茶色の瞳を見上げながら思う。

誘惑にも似たそれは、怖気づいた心とは真反対に心の中の何かを引き寄せる。

怖い、だが、男の手をとってみたい。

相反する衝動に、少女は戸惑う。

まるで麻薬のように甘やかな囁きは、だが確実に自分の身を蝕むかもしれない。刹那的な衝動よりも強い警戒心が、緩やかに少女の首を横に振らせた。


「ほら、振られたんだからあきらめろ」

「生憎としつこい性格でね」

「おまえが人間に執着する理由はわかるけど、それはこの子には関係がない」

「そんな見ず知らずのたかが人に、よくそれほど肩入れできるな。人間など吐いて捨てるほどいるではないか」

「いくら大量にいたところで、この子は一人しかいないんだ」

「それほどの価値があるものか、どうせ・・・・・・」

「だったらいいだろう?代わりなんだから、本物じゃないんだから」


少年は言い捨て、少女を抱き上げる。

薄っすらとした意識の中、少女は彼らのやり取りを反芻する。

本物ではない自分は、どうやら少年の手によって開放されるらしい、と。


「まあ、今回はいいだろう」

「ほざけ!」


少年の怒鳴り声を最後に、少女は三度意識を手放した。




「あれ?こっち?」


少女の友人が、彼女が歩いていこうとする道を指してたずねる。

少女の家へは、確実に遠回りとなる道へと進もうとしていたからだ。


「あ、うん。こっちの方が明るいから」


確かに少女が選んだ道は、店が立ち並び夜となっても明るい。

だが、空を見上げて太陽を確認する。

日没までまだだいぶ時間がある時間に、理由としては弱い。

不思議そうな顔をした友人に、少女が曖昧に微笑む。

こうしてみると、少女は非常に憂いを帯びた美少女となり、とてもこの世のものとは思えないほど儚い雰囲気を称えている。

その現実離れした、いや、ある種危うげな儚さに友人が息を飲む。


「あーーー、なんか、私もそっちに行こうかな?なんて」


友人は少女の腕を取り、冗談めかして一緒に歩きだす。

少女が、どこか遠いところへ行ってしまうのではないか、などと思ってしまった自分の思考回路に疑問を覚えながら。


 歳若い娘二人が歩いていく姿を、どこからか見下ろしていた「男」がいた。

こげ茶色の髪と、同じ色の瞳を持つ男は、面白くない顔をして、どこかへと消え去っていった。


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