1話
「・・・以上、報告だ。後は任せた」
『お疲れ様でした。班員全員が無傷での帰還、何よりの報告です』
回数にして数百は超えているであろうダイブをまた1つ終え、私は再び大空へと帰って来た。
こちらは高々度飛空遊撃隊第328班。
明日を生きる為の光を見出す為、命を賭けて飛ぶのが私の仕事だ。
『ところで班長、何処に連れていってくれるんですか?』
「何の事だ?」
『食事ですよ。あ、お邪魔な様なら遠慮しますが』
「茶化すな。場所は追って連絡する。ただし、予算は1人3500だ。ドルじゃなく円だからな」
「うわ、けち・・・」
『それじゃ魚肉しか食べられません。班長の懐の深さに期待します』
「こちらは給料日前だ。飯が食えるだけ良いと思ってくれ」
『分かりました。尚、こちらは管制室です。この通信は手が空いているCIO全員が聞いています。再度、班長の懐の深さに期待します』
一方的に通信が切られ、私達第328班の班長は青い顔をしながらロッカールームに消えて行った。
管制室には第313班のCombatInformationOperator、CIOと呼ばれる戦闘管制官であり、班長の元恋人である女の人が勤めている。
男のメンツやプライドの事はよく分からないが、現実として班長がこのキーワードに弱いのは確かだ。
「諦め悪いよねー、班長。振られたのとっくの昔なのにさ」
通信が切れてからまだ20秒程しか経っていないのだが、私も女子のロッカールームへ入ると先客として私の班のCIO、静が居た。
管制室はここより3フロア上だ。
飛び降りたって管制室からロッカールームに移動出来る程の時間は経っていない。
「うわぁ・・・」
「あら、同情?」
「そうじゃないけど・・・静、ちょっとやり過ぎじゃない?一昨日も同じ手でお昼浮かせたでしょ。それに、報告上げなくていいの?」
「報告なら3時間以内に上げれば良いの。食事くらい良いじゃない。好きでもない男は使う為に居るのよ、遥もその内分かる・・・ううん、分からないかもね」
着替えを終えた静はニヤニヤしながら先にロッカールームを出て行った。
あの巨乳には悪意が詰まっているに違いない。
だから純粋な私の胸は大きくならないのだろう。
『遥、こちらは俺だ。20分後に2フロア下の店に来い』
「こちらは遥。焼肉?」
『ああ、焼肉だ。ニンニクガッツリのスタミナ焼肉の店だが、明日が怖いぞ?』
「やった!班長、大好き!」
『静も大概だが、遥もだな・・・店の場所と名前は静に伝えてある』
「了解!」
通信が切れ、複数の機能を持つイヤホン型の端末機からは余韻となる微かなノイズが流れている。
今や数年前の10倍の値段となった肉だ。
焼肉だ。
着替えを手早く済ませ、私は走ってロッカールームを後にしようとした。
「アンタね・・・前から分かってたけど、馬鹿でしょ?」
「うう・・・」
ロッカールームは男女共に1メートル程の廊下を挟んで2つの扉があり、内側が閉まらなければ外側が、外側が閉まらなければ内側が、それぞれ開かない様になっている。
プライバシー保護と貴重なO2の保護の為なのだが、急いでいる時は非常に鬱陶しい。
今の私の様に、急いでいて2つ目の扉にぶつかる人は多いはずだ。
「アンタ、別の班でも有名よ?328班の暴走特急って。アンタの為に扉に衝撃緩和材付けようって騒いでる子も居たっけ」
「嘘!?」
「本当。アンタ、女の子にはモテるからねー」
「あんまり嬉しくない・・・」
「あらそう?私は羨ましく思うけど」
『こちらは俺だ。お前等、通信機を確認しろ。頼むから勘弁してくれ』
班長からの通信に慌てて通信機を確認すると、どうやらぶつかった衝撃でチャンネルが切り替わってしまった様だった。
ダイヤルが示しているフルオープンチャンネルは、私達の会話が受信可能だった通信機全てに発信された事を意味している。
それも、多くの国々に設立された管制室を含む全てにだ。
国境を越える通信回線の使用は緊急時を除き原則禁止されている。
場合によっては犯罪とされた事例もあるとか。
「どうしよう!?」
「こちらは静。班長、聞こえますか?」
『どうした、静』
「今までお世話になりました。私は新たな仕事を探すとします」
「静!?」
『早まるな、俺が解決してやる』
「班長ぉ・・・」
『遥の事だ、フルオープンで発信したのだろう?幸か不幸か328班は世界中で有名だ。誰かさんのお陰でな。ただし、遥は飯代を出せ。これ以上俺の給料が減らされたら飯どころじゃ無くなる』
さすが班長だ。
トップクラスの実力と実績を持ち、ある一点を除いては飛空遊撃隊の中で最も頼れる男の言葉に思わず私の涙腺が緩む。
班長の発言力なら少なくとも刑罰が無い程度になんとかしてくれるだろう。
ただ、私が328班に配属されてから班長の給料は3分の1程に減り、彼女にも振られ、今回の件でまた減俸処分も考えられる。
毎回そんなつもりはないのだけど、まだ成長途中だと信じている私の胸が大きくなる日も遠くないかも知れない。
『とにかく飯だ。早く来い。遥、今回は俺が出すから心配するな』
「了解!肉、肉ー!」
「はあ・・・あ、待ちなさいって!アンタ店の場所知らないでしょうが!」
ともあれ、焼肉と言う言葉の前に私の頭から他の事は吹き飛んでしまった。