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黄昏の御柱  作者: 倉木 優
一章 始まりの刻
5/17

龍神のレクイエム

 蓮はあくまで落ち着いた足取りで腰が抜けている様子の玲に歩み寄った。

「大丈夫か?」

 そっけない言葉ではあったが、声に含まれる色は暖かい。玲はひどく安堵した様子で何度も首を縦に振った。はずみで玲の目頭から一筋涙が零れ落ちる。

「よく頑張ったな、玲」

 玲は声のした方を振り向けば、いつの間にか近くに跪いている秋彦の姿が目に入った。

 穏やかな笑みを浮かべた秋彦に頭を撫でられて、何かのたがが外れたのだろう、玲は何度かしゃっくりを上げたあと、秋彦の胸に飛び込んでいた。

 ――殺されるかと思った。

 ――二人には、もう逢えなくなると思った。両親にも、逢えなくなると。

 ――どこかも分からない所で、一人朽ち果てるのかと思った。

 ――死ぬのかと。死んでしまうのかと。



「ふぇ、ふえぇぇぇええん!」

 玲の涙に濡れるのもかまわず、秋彦は子供に対してするようにポンポンと玲の震える背中を叩いた。

 秋彦は無言で蓮を見上げた。

 秋彦の視線に込められた意味を察したのか、蓮もまた無言で頷く。

 示し合わせたように、二人は同時に同じ方向を見据えた。

 蓮たちの視線の先には、怒りのあまり全身の毛が逆立っている“化け物”の姿があった。

「一応、かなりのダメージは負ってるみたいだけど」

 先ほどの温かみはほとんどない、冷徹を超えて、むしろ感情が全く篭っていない声音で、秋彦は蓮に話しかけた。

「そのようだな」

 蓮もまた冷え切った声で銃を“化け物”に構えなおす。

 この銃は、もともと蓮が所持していたものではない。

 蓮がたまたま光の渦から(・・・・・)生成したものである。

 蓮自身、この物質が何なのかは全くと言って良いほど理解できていないが、何より生きるため、これを使わざるを得なかった。

「とりあえず、俺は後ろに下がっとくから、存分に暴れて良いぜ」

 蓮は前を見据えたままうなづく。

 秋彦はいつのまにか気絶していた玲を抱えて数歩後ろに下がった。緊張の糸が切れた様子の玲の顔は幼児のようにあどけない。

 蓮から離れる途中、秋彦は唐突にポツリと呟いた。

「気の毒にな」

 ――相手が。と続けて、秋彦は見たものの背筋が凍るような薄笑いを浮かべた。


 それを皮切りに、蓮の雰囲気が一変した。


 到底普通に暮らしてきた一般人では放つ事の出来ない威圧感が、“化け物”をつぶさんという勢いで押さえつける。

「さて、覚悟は出来ているのだろうな、もちろん」

 怯えるどころか嘲笑の笑みすら浮かべて、蓮は“化け物”――否、蓮にとってはただの雑魚でしかない脆弱な得物に近づいた。


 ――絶対的優位。

 それは先ほどまで、“化け物”が持っていたものだった。だがしかし、それはあくまで“化け物”が“玲”に対してこそ発揮できていたものに過ぎない。

 つまり、“化け物”よりもよほど強い絶対的強者である“蓮”を前にしては、それも全く無意味の長物でしかなかったのである。

 そして、それを蓮が自覚している事が、なによりも蓮の絶対的優位を確固足りえるものにしていた。

 それはおそらく、“化け物”も自覚していたのだろう。

 蓮の雰囲気が急変した瞬間から、それは怯えていた。

 みっともなく足が震え、尻尾や耳は垂れ下がり、完全に萎縮している。狼は真に恐れるべき存在が誰なのか、ようやく気付いたのだ。

 蓮はまた一歩踏み出した。それに反応して、狼はあとずさる。

 やはりその反応は、蓮と狼の立ち居地を如実に現していた。

 だからといって、蓮が優越感に浸ることなど万に一つもない。

 物語、うさぎと亀の競争での、うさぎとは違うのである。

「玲を殺そうとしたのだから、自分が殺される覚悟など、すでについているだろう。誰に喧嘩を振ったのか、そしてその代償がいかほどのものか、その矮小な脳をフル回転させてせいぜい見極めるがいい」

 仰々しい言葉で、端正なその唇から、毒を吐く。

 蓮は目にも止まらぬ速さで銃口を改めて獣に向けると、獣の四肢に一発ずつ銃弾を叩き込んだ。

 瞬間、獣から紅い華が散る。

「ほう、化け物も血は赤いのか」

 くすくすと、蓮はさもおかしげに笑った。

 獣に抵抗する時間なんて与えない。

 抵抗したら抵抗したで殺しがいがあるが、そんなものは、今はすくなくとも蓮は望んでいない。

 獣に求める事、それは、ただ黙って蓮にじりじりとなぶり殺しをされる事だけだ。

 玲に手をだしたこと、後悔させてくれる――。

 蓮の瞳に宿るのは、確かに怒りの、しかし冷徹に冷え切ったそれだった。


 四肢を貫かれ、獣が身を貫くような咆哮を上げるが、そんな些細なもので蓮のダイアモンドとさえ言える精神がゆれるわけもない。

 せいぜい顔を顰めさせただけ僥倖といえよう。

 だがそれも一瞬のみ。すぐ蓮は悪魔のような笑みを浮かべた。

「四肢は撃ったしな。次はどこにしようか」

 クスクスとさもおかしげに哂う。

 幸い、光から生成された銃に弾の限りはない。

 獣にとって甚だ不幸な事に、蓮の一方的な殺戮はまだ始まったばかりだった。



 蓮と獣の戦い――これを戦いと呼べるのか甚だ疑問だが――を傍観していた秋彦といえば、玲を丁寧に横たえた後、苦笑気味の笑みを浮かべていた。

「蓮の奴、完全にキレてるな……」

 おそらくキレたらドSになる蓮のこと、相手にトラウマが残るほどの恐怖と絶望を与えた後に、手に構えているその白銀の銃でちまちまと殺さない程度に攻撃し、結局半殺しにした後、また命一杯いじめたあとに殺してやるのだろう。それでも生温いと思っているあたり、自分自身も相当キレているのだろうなと思わざるを得ないが。

 結局のところ、自分達はひどくいびつで歪んでいるのだ。いや、正確には世界自体がすでに歪んでいる。誰も彼も。自分達も、周りの友人も、両親も、近所の大人達も子供達も、社会も、政治も政治家も。国家も、外国も。何もかも。ただ社会の許容範囲量を超えてレン達が狂っているだけに過ぎない。

「まあ、どちらにしろ……」

 久しぶりに本気の本気で怒り狂っている蓮を止める事が出来ると、少なくとも秋は思わないし、秋彦自身蓮を止めるつもりは欠片もなかった。するつもりも、今のところはない。

 それに、秋彦があの狼の相手をするより、蓮のほうが速やかにことがすむだろう。打算的な思いも全てひっくるめての結論だ。

「まあ、俺もあの化け物を倒そうと思えば、倒せないわけでもないんだが……」

 ていうか、さっき二匹ほど倒したばかりだしな、と秋彦は先ほどの出来事を思い出して、手に握っている白銀の懐中時計を見、すっと目を細めた。



 ほんの十五分ほど前の事だった。

 時間にして、蓮が二人の名を呼んでいた頃と、玲が意識を取り戻してパニック状態に陥っていた頃である。 

 秋彦は現在、玲ほどではないにしても、混乱していた。

 主に、目の前でこちらを威嚇しながら唸っている二匹の狼のせいで。

「……おい、なんだこれは」

 一面真っ黄色の空間に、いきなり現れた漆黒の狼たち。混乱しない方がおかしいというものだ。

 だが、混乱したままで終わらないのが秋である。

「…………」

 声を出したら自分が何を言うかさっぱり分からなかったので、無言のまま、秋彦は狼を見据えた。

 これは、混乱してはいけない場面でもあるのだろうな、と秋彦は思う。

 なにが何でも冷静にならなければ、自分に待っているものは“死”あるのみだと、秋彦は何より本能に近い部分で悟っていた。

 どうも人間という生き物は危機的状況に陥ると獣の頃のおよそ“本能”と呼ばれる部分が著しく活性化するらしい。全く、人間とはとかく面白い生き物である。

 現に、この非現実的な状況で、秋彦はこの上なく冷静であるのだから。

 いや、と自嘲的に秋彦は笑った。

 だがそれもやはり、玲の件を省みるに例外的なものであるのかもしれないが。

「やっぱり、レンや恭哉さんのおかげ? で抗体ができてるのかもな」

 これでは嬉しいのか悲しいのかよく分からなくなってしまった。

 なんだかあの二人に引っ張りまわされていた頃がもう懐かしい。ほんの数時間前のことなのに。

「いや、それとも中に“化け物”を飼ってるからかな」

 案外そうかもしれない。

 感傷に浸っていた秋彦は、鋭い殺気に思考を一旦終了した。どうやらそんな馬鹿馬鹿しいことを思考する時間さえ、狼は許容してくれないらしい。

 狼達はすでに臨戦態勢に入り、今にも秋彦に飛び掛らんとしている。

 日常生活では浴びる事のない殺気に晒されながらも、秋彦は出来る限り冷静であれと努力した。

 だが――――

「……うん。これはまずい」

 もしかしなくてもまずいだろう。

「蓮なら何とか切り抜けられるかもしれないが……それと同じことを俺に求めること自体が間違ってるよな」

 そう、この状況においては極めて冷静だ。

 頭はそこそこ回るし、幸いにして体も震えていない。最後の手段である撤退も、一応は実行可能というわけだ。逃げ切れるかどうかは別にして。

 それでも、だ。

 やはり冷静なだけではどうしようもなかろう。

 戦える手段を持っているわけでもない、仮にもっていたとしてもそれを自分は扱えない。

 なら後は知恵しかないが、この何もない状態では。申し訳程度に肩に掛かっているボストンバックのなかにはさみが入っている位だ。

 なんという覆しようのない危機的状況。絶体絶命という言葉がよく似合う。

 つい、思考をどこかに放り出してしまいたいほどであった。

 秋彦はお先真っ暗な状況に大げさに溜息を吐く。

「あ~あ。この嫌味なくらい見渡せる霧みたいな光の渦が味方してくれたらなー……なんて」

 この無限にある光たちが矢にでも変化してくれたならまさに無双。鬼に金棒。狼の一匹や二匹、あっという間に貫いて撲滅できてしまうだろう。

 無論、そんなわけもなかろうが、と思ったところで秋彦の思考は一旦停止した。

「な……!」

 なんだ、それだけの言葉を発する事が出来なかった。

 秋彦は反射的に目を手のひらで覆った。

 これは本来してはならない事だ。

 狼達に狙われているこの状況で隙を見せれば、その喉笛に噛み付かれ絶命するのは必至。

秋彦とて馬鹿ではない。その程度の事はすぐ気がつくはずだ。

 ――ではなぜか。


 「懐中時計が……!」

 たまたま手に握っていた恭哉にもらった懐中時計が、秋彦の目を焼き尽くさんばかりに眩い光を放っていたのである。

 狼は勿論、秋彦もこらえきれずに目を閉じた。

 秋彦を中心にして竜巻のような風さえも吹いていたのだが、それに気付くには秋彦のキャパシティをいささかこえすぎていた。

 秋彦の思考が戻ってくるにつれ、それに比例するように吹き晒していた風と光が収まっていくのを感じて、秋彦は何度か瞬きしながらまぶたを開いた。

 そして秋彦は、目の前の光景にまた驚きに目を見張る事になる。

「こ、れは……」


 ――ふわり。

 “それ”は澄み渡る海のように、あるいは大空のように蒼かった。

 黄金に輝くその場所で、その蒼はこの上なく神秘的な雰囲気を放っている。

 “それ”に掘り込まれている彫刻は先ほどまでの輝きを失っている懐中時計に似た文様で、緻密も緻密。やはり見たこともない文字に、宝石が埋め込まれていた。

 その蒼い光は、どこか“それ”に宿る蒼い炎にも見えて、秋彦は思わずその美しさに息を呑む。狼達でさえも、それは同様だった。

 

「……笛、か?」

 空中に凛と輝く“それ”は、平安時代にでもありそうな一本の龍笛だった。

 空中から舞い降りたそれはするりと秋彦の手に入り込む。

 無意識のうちに受け取って、秋彦は零れんばかりに目を見開いた。

「……これを、俺は知っている?」

 まるで永い間使い込んできたもののように、それは秋彦の手にしっくりとなじんていた。

 ――知っているから(・・・・・・・)

 先ほどの目が覚める様な鮮明な輝きは消え、今は纏うようにぼんやりと光を放っている。

 狼達は、その龍笛をいとうように数歩後ろに後退した。

 狼達と龍笛を見比べて、秋彦は呆然と呟いた。

 この狼たちは確かに、龍笛に怯えている。恐れている。疎んでいる。

「まさか、この笛を吹けというのか……?」

 秋彦の声に肯定するように、龍笛は再び輝きを増した。

 秋彦はつばを飲み込んで、何かに操られるように龍笛を唇まで運んだ。

 狼が秋彦の動きに反応して飛びかかろうにも、もう遅かった。

 秋彦は恐る恐る龍笛に息を吹きいれた。


 瞬間。周りの空気が変わった。

 笛の清らかな音色が響き渡り、狼達が発していた邪気を浄化していくのが、秋彦にもはっきりと伝わる。

 初めて吹いたはずのそれを、なぜか自由自在に使いこなせる事が出来た。

 吹くごとに龍笛の宿す力は増し、狼が堪らないというような様子でもがき苦しみ始める。

 ――いける。

 秋彦は汗を一筋流しながら確信した。

 先ほどまで勝てないと思っていた狼たちがだんだんと力を失っていく様子には戦慄を覚えたが、それでも秋彦の指は止まることはない。

 

 蒼い光が、ふわふわと舞った。

 いつのまにか、秋彦の周りから蒼い光が零れ落ちるように発生している。

 ふわり、ふわり。

 一心不乱に龍笛に息を送り続けている秋彦の艶やかな黒い髪から、肌から、目を瞬かせた拍子からさえも。

 仮に人が秋彦の姿を表現するとするならば、その人物は迷わずこういうことだろう。


 ――まるで、人に姿を変えた龍神のようだ、と。


 龍笛を掲げ、神秘的な雰囲気を纏った秋彦の瞳は、龍笛に負けずとも劣らないほどに蒼く輝いていた。

 

「ふう……」

 体の中に溜まった熱を冷まさせるように息を吐き出して、秋彦はゆっくりと龍笛を下ろす。

 閉じていた瞳をすっと開いた。

 ふと下げていた目線を上げると、丁度ぐったりと地面に身を横たえた狼たちが光に霧散しようとしているところだった。

 秋彦は何を思ったか、消え去ろうとしている狼たちに近づき、膝をつけた。

「すまんな。俺は生きたかった」

 静かに告げると、狼たちが頷いたような気がして、秋彦は穏やかに微笑んだ。

 そして、狼たちは光の粒になって天に昇っていった。

ただ黙って秋彦はそれを見送った。

「どうか、狼たちの来世に幸多からんことを」

 らしくないな、立ち上がりながら、秋彦は思った。


 パチパチと拍手の音が響く。

「……ん?」

 案外近くから聞こえて振り返ると、少しはなれたところに蓮が佇んでいた。

 らしくないことに、蓮は稀に見る満面の表情だ。

「蓮!」

 蓮に向かって走りかけようとしたところで、手に握っていた龍笛が蒼い炎に変わり、手首に掛けていた懐中時計に宿り、消えた。

 動きかけた足が止まる。

「……え?」

 懐中時計に嵌まっている宝石が蒼色に変わっているのに目聡く気付き、秋彦は怪訝そうに首を傾げる。

「秋、さっきの戦い、見事だったぞ」

 親友の声に答えるため、秋彦は疑問を振り払って顔を上げた。

「ああ、ありがとな。……その銃は?」

「ああ、これか」

 そういえば、と蓮は手に握っている白銀の銃を秋彦によく見えるように掲げた。やはり細やかな細工が施されていて、宝石も嵌め込まれていた。

「秋彦と同じく、という奴だ。狼に襲われて、懐中時計が光ったと思ったら、この銃が手のなかにあった。どうやら周りに腐るほどある光から生成されているらしい」

「やっぱりそうなのか。っていうか、どうやってここに?」

 うむ、と鷹揚に蓮は腕をくんだ。

「銃が欲しいと思ったらこの銃が生まれた。なら、秋の元に連れて行って欲しいと願えば、もしかしたら秋の元に運んでくれるかもしれないと思ってな。結果は見ての通りだ」

 つまり、光を操ったと。相変わらず末恐ろしい順応力である。

 無論、秋彦は自分もそうであることをすっかり棚に上げている。

「いつから?」

「狼が苦しみ始めたところからだ」

 じゃあ、と秋彦は首をめぐらせた。

「玲の所にも行けると思うか?」

 気持ちは一緒らしい、蓮は不敵に笑った。

「俺と、それにお前がいる。行けないと思うか?」



 そして、今の状況になるわけだ。

 正直、願っただけで玲にたどり着けたことに秋彦はいまだに驚いていた。

 それに対して疑問を感じていない様子の蓮にも、である。

 まあ、蓮だから、というだけで納得できてしまうのだから、それも当然なのかもしれない。

「いや、まあ、つまり考えるのが億劫になっただけなんだけど」

 つまるところ、蓮の非常識さについて考えたところで答えが見つかるわけがないのだ。悩むだけ無駄である。

 蓮と書いて神童と読もうが蓮と書いて化け物と読もうが、蓮は蓮だし、秋彦が蓮の親友であることは否定しようがない事実だ。今更このポジションを誰にも渡す気もさらさらない。蓮もそのつもりのようだし。

「……でもな、蓮」

 秋彦は溜め息をついて身を半分よじった。と、丁度その時に血塗れになった狼が秋彦の真横をもの凄い勢いで吹っ飛んでいく。鉄の臭いが鼻をついた。

 玲の一つに括ってある長い髪はもちろん、秋彦のやや短めの黒髪も風に煽られる。

 この光の空間は無限と言っても全く過言ではないため、狼はその速度を落とすことなく地面に激突したかと思うと、何回かバウンドしてぐったりと地に伏せた。すぐに血溜まりができる。

 蓮はまだこの一方的な蹂躙をさらさら止めるつもりはないらしく、あくまでニッコリと口だけ笑い、狼にまたきつい一撃を放つ。だが死なない。そういう風に狙って撃っている。

 秋彦はやれやれと無言で米神を押さえた。

「……玲を殺そうとしたとはいえ、いい加減楽にしてやるべきだと思うんだが」

 冷静になってきて、少しばかり狼が気の毒になってくる。

 狼を寸止めのまま殺さずじりじりといたぶっている蓮もそうだが、この光景を見て嫌悪感も何も感じていない自分は、もしかしなくても異端だ、と秋彦は人知れず一人ごちた。

 そこまで考えて、秋彦はいいや、と頭を振る。

 すくなくともあの龍ヶ峰兄弟よりは普通の考えを持っているはずだ。

なんだかバックから銃声やら狼の弱々しい悲鳴が聞こえてくるが無視だ。全てスルーだ。

 秋たちの戦闘音をBGMにしながら秋彦は思考――という名の現実逃避――を続けた。


 今狼と戦っている蓮だとて、自分の大切の中に入っているものにさえ手を出さなければいたって普通だ。銃を扱えようが頭がずば抜けてよかろうが奇人変人だろうが両親がよく分からない秘密結社で働いていようがレン自身そこでもうすでにちょくちょく仕事をこなしていようが兄弟の恭哉が人外――むしろ天災と呼ばれそうなほどの人であろうが、普通のはずだ。普通だったら普通なのだ。……普通のはずなのだ。

「……なんだろう、考えれば考えるほど蓮が人外じみてきたような」

 そしてこんな曲者の親友を長い間続けてきた自分自身も。

「いやいやいやいや、そんなことはない、そんなことは」

 とりあえずこの悪循環に思える思考を止める事にした。

 いや、もうむしろノリで考えているような感もなくもない。変人扱いはもうなれているし。自分自身それは認めているし。ああ、自分で言っていてなんだか悲しくなってきた。

 というより自分はぐだぐだと何を考えているのだろう。やはりこの永久に変わる事のなさそうな空間がどうにもいけない。

 再度溜息をついて、秋彦はしゃがみ込んでいた体を起き上がらせた。

「蓮! 気も済んだだろう、その辺にしといてやれ! いい加減ここから脱出するぞ!」

「……む」

 蓮もいい加減その通りだと思ったのか、少し物足りなさを顔面に滲ませながらも銃を狼に向けた。

「仕方ないから一撃で終わらせてやる。せいぜいあの世で感謝するんだな」

 相も変わらず蓮の声には依然として毒が抜けない。

「……ああ、安心しろ、蓮。俺はもう何もつっこまん」

 無論、蓮が秋彦のこの言葉に気付くわけもない。

 銃に力を集中させているようで、銃口に今までの比ではない濃度の濃い光が集まるのを感じて、秋彦は反射的に嫌な予感を覚えた。

 バリバリと雷の弾けるような不穏な音が聞こえる。

 まるで今から、レールガンでも放つかのような光景かつ音なのだ。

「いや、まさかな……」

 ハハハ、と秋彦が乾いた笑いを漏らしたときだった。

 

 ――ドゴンッ! などというものすごい轟音と共に銃が撃たれた。

 瀕死の狼に向かっていく龍に見えなくもない光の銃弾――むしろビームを見つめて、秋彦は背中を冷や汗が伝っていくのを確かに感じた。

 無論、笑った状態でその笑みは固まっている。

 光の銃弾は狼に見事命中、爆ぜた。

 先ほどの比ではない熱風が全身を煽り、思わず秋彦は、どこの某少年漫画だ! と大いに突っ込みたくなった。

「蓮がただの高校生じゃない事くらい知ってたけど、これは、ちょっと……」

 いや、本当に、全くもって笑えない。

 改めて人外だと認定した蓮に視線を移すと、妙にすっきりしている様子の親友が。どうやら怒りや鬱憤は晴らせたらしい。

 その反対側にいたはずの狼は、もう塵一つ残ってはいなかった。

 ありえないことだが、万が一さっきの一撃が自分の身に撃ち込まれることを想像してみる。

 ――…………。

 つかの間考えて。

 どうしても今の光景が出来上がるような気がした。

 改めて、笑えなかった。




「どうにか出れたな」

「ああ、案外簡単だった」

 ここから出せ。

 蓮の鶴の一声で全てが解決してしまった。

 まるで蓮達を主と見定めているかのように光が晴れはじめ、気がついたら本堂の中にいたのである。

 蓮の持っていた銃も秋彦と同様に懐中時計に吸い込まれたのだが、自分の意思一つで出し入れが自由自在らしく、さっきまでの出来事が現実だと再認識させられた。

 ちなみに、玲はもう目覚めている。

 先ほどの恐怖心はいまだ鮮明に残っていたらしいが、蓮達があんな登場をするものだからほとんど消えうせてしまった、と苦笑交じりに言われた後、丁重に礼を言われた。

「本当にありがとう。蓮達がいなかったら、私……」

 そこで肩を震わせる。

 死んでいた。この言葉は玲の中に留まったようだ。そのほうがいい。

 お互いに体験した事を話し合えば、玲は驚きっぱなしだったと、ここに記しておく。

「どうするの、その懐中時計」

 とりあえず本堂から抜け出して、蓮たちは話し合った。もちろん内容はこの懐中時計と本堂の中でおそらく体験したであろう先ほどの出来事。

 この懐中時計。恭哉の贈り物とはいえ、怪しい事この上ない。玲の方はまだ何も起こってはいないものの、これから何もないというのはあまりにも楽観的な考えだろうことは考えずとも分かる。

 ましてや、蓮と秋彦などはなおさらだ。どんな影響が出るとも限らない。

 慎重に慎重を重ねるべきだろう。ではどうするか。

 捨てるのはさすがに気が咎めるし、誰かに拾われる可能性もある。これは却下だ。

 無論警察も論外。

 製作者である恭哉に送り返すべきか、否か。

「……とりあえず」

 幾分か考え込んだ後、蓮は仕方なしと肩をすくめた。

「恭哉に殴り込み入って事情を聞きだしてくる。懐中時計は――まあ、各自所持しておいたほうがいいだろう」

 殴りこみなんていう物騒な言葉にも秋彦は特に反応もない。

「それが妥当か。詳しい事はまた後日」

 異論はないと、玲も首肯した。

「分かっているとは思うが、この事は他言するな」

 今度は全員で頷きあった。


「…………」

 神社から出る寸前、蓮は無言で神社を振り返った。

「光から出る時――――」

 気のせいかもしれないが。

 銀髪の髪をした漆黒のコートを纏う男を見たような気がしていた。

 髪が(かす)かに銀色の光を放っていたようにも見えたその様子が、彼の神秘的な雰囲気を増長させていた。

 問題は、その男と目があった時“同類”かもしれないと、一瞬でも考えてしまった、その事実であった。

「秋以外では、初めての感覚だった――――」

 どうにも、胸騒ぎがした。



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