第3話
4
ほんとに早かった。
健康診断と、着替えと、注意事項のレクチャーと、あわせてちょうど三十分。
驚異的なスピードだ。
今、俺は、かつらをかぶっている。
長髪を頭の両側で束ねて結んだ髪型だ。
美豆良っていうんだったか。
かつらに仕込まれた数々の装置のおかげで、安全に、不思議の世界を体験できるのだ。
かつらを使いたくない人には、首飾り型やベルト型なども用意されている。
スタッフに送り出されて、森の中に進んだ。
木と木が絡み合ったトンネルがあり、そこを出たら広場だった。
中央に石で出来た舟があり、古代ヤマト風の衣装を着た男が片膝を突いている。
「お乗りくださいませ」
と言われたので、石の舟に乗った。
腰を下ろす部分には白木の板が敷いてあり、冷たくはなかった。
男は日本語を話している。
俺が日本語をセレクトしたからだ。
このゲームでは、なんと主役のプレーヤーが言語を選択できる。
選択できる言語の数は十二。
まさに画期的だ。
ふつうERゲームでは使用言語は固定されていて、自動翻訳されるようになっている。
ただ、戦闘中のコマンドなどは、翻訳のわずかなタイムラグが興ざめなため、プレーヤーがネイティブな言葉を使えるのは非常によいサービスといえる。
サブキャラのプレーヤーたちが別の言語を使う場合に備え、タイムラグを解消するための画期的なシステムも用意されているらしい。
この案内人の男をはじめ、このゲームで出会う人間型キャラクターは、すべて生身の人間のはずだが、みんな十二か国語を話せるのだろうか。
「ハヤフネよ。
疾く征け!」
男が呪いの言葉をつむぐと、石の舟はふわりと浮き上がり、移動を開始した。
目のすぐ下には、古代のニホンの森が広がっている。
クリエイターのイメージの中での古代ニホンが。
その上を、石の舟が飛んでいる。
俺は度肝を抜かれた。
海の美しさ。
空の広さ。
吹き抜けてくる南国特有の風の心地よさ。
何たる開放感。
しかし、ここはドームの中なのだ。
何かは知らないが、まったく新しい技術が使われている。
作り物感がまったくない。
サムのやつ、またしてもすごい仕事をしやがった。
すごい景色だ。
高度が高すぎないのもいい。
見るのに一番美しいアングルが、よく計算されている。
ちくしょう、金満ゲーム屋め。
駆動音がまったくしない。
磁気誘導特有の決められたコースを走ってます感がない。
微妙な揺らぎを設定してあるんだろう。
最初に垂直に十メートル少々浮上したが、あれは磁気誘導の苦手とする動作だ。
要するに、何の変哲もないようにみえるこのオープニングシーンは、恐ろしいほどの手間暇と金がかかっている。
「見えました。
あの山の中に、ヒミコさまのお屋敷がございます」
「う、うむ」
ヒミコ、だと?
すると邪馬台国か。
くっくっくっ。
ヒミコといえば、日の本屈指の呪術師にして巫女。
目も覚めるようなた美女に違いない。
そうでなければ許さない。
間もなく石の舟は、生い茂る密林にぽかりと空いた広場に着陸し、俺は言われるままに舟を降りた。
小屋の前に、長い黒髪の女性が立っている。
その後ろには、従者とか侍女なのか、大勢が控えている。
黒髪の女性は両手を組んで頭を垂れているので顔が見えない。
見えないのだが。
とてつもないナイスバディだ。
絶対に古代日本人の体型じゃない。
誰に言えばいいのか分からないが、これだけは言っておく。
グッジョブ!
「外つ国の神よ。
よくこそお越しになられた。
わたくしは、この高天原神族の長ヒミコ」
え?
高天原?
なんでヒミコが高天原にいるの?
「あなたが今日この時この地を訪れ、問題を解決してくださることは、占いに現れておった」
お。
いきなりクエストか。
しかもメーンクエストくさい。
こんな初っぱなにあちらからクエスト内容を教えてくれるなんて、ほんとに親切設計だったんだな。
サム。
疑ってごめん。
君はもっと根性の曲がったやつだと思っていたよ。
「異界より訪れし貴神よ。
名を教えたまえ」
ヒミコが俺に名を聞くと、空中にメッセージが現れた。
〈どちらかを選んでください〉
〈スクナ/サルタ〉
おお!
スクナビコナか、サルタヒコか。
それが俺の、というか主役の役どころなのか。
さて、どっちを選んだらいいだろうか。
スクナビコナは、オオクニヌシの国造りに協力し、役目を終えたら波のかなたに去って行く、できる男だ。
神皇産霊神の子とか高皇産霊神の子とかいわれるから、血統も最高だ。
サルタヒコは、ニニギの東征を案内した国津神だ。
天地を照らす神といわれるほど知略にすぐれていた。
この二者択一は、どっちかを選んだらバッドエンド直行というようなものではないだろう。
それは不親切すぎるし芸がない。
たぶん、コースが分かれるのだ。
ということは、どっちを選んでもいい。
スクナを選ぶことにしよう。
サルタっていうと、鼻が大きすぎる醜い男という印象がある。
天狗の遠祖ともいわれてるしな。
手塚先生、ごめんなさい。
あなたのキャラに含むところがあるわけじゃありません。
スクナを押そうとしかけて、あることを思い出した。
そういえば、たしかサルタヒコは、ウズメちゃんと結婚するんじゃなかったっけ?
アメノウズメ。
記紀神話きっての色っぽいねーちゃんである。
天の岩戸前ぽろり事件はあまりに有名だ。
「サルタ殿、といわれるのじゃな」
え?
あああああっ。
いつの間にか、俺の右人差し指は、〈サルタ〉を押しているではないかっ。
ひ、人差し指よ。
人差し指よ。
よくやった。
などと思っていると、ヒミコが顔を上げて、
「よしなにお願いいたす」
と言い、にこっと笑った。
俺の体を百万ボルトの衝撃が走り抜けた。
な、な、な、なんちゅう美人!
ヒミコというと、少しきつい顔つきをしているようなイメージがあったが、このヒミコさんは違った。
何といえばいいのだろう。
武部本一郎氏描くところのデジャー・ソリス姫に、生頼範義氏描くところの青鹿晶子先生を足して二で割り、全体に少し削った感じといえば近いだろうか。
気品があるのに優しげで、毅然としているのにはかなげで、清楚なのにエロスがあふれだしている、そんな美女だ。
俺より身長は低いのに、すごくスタイルがよくって、足なんかものすごく長く見える。
バランスの勝利だな。
知りたい。
この女のステータスを知りたい。
ものすごく知りたい。
特におっぱいのサイズを知りたい。
知りたい。
という俺の強い願いが奇跡を呼んだ。
〈ステータス・スキャン完了〉
というメッセージが現れ、ヒミコのステータスが表示されたのだ。
[個体名]ヒミコ
[種族]神族
[所属]高天原
[属性]太陽神
[体力]9999/9999
[精神力]9999/9999
[武威]10/1〜100
[好感度]0/-10〜10
[スキル]日輪招来
バストサイズないやん!
なんちゅう役立たずな機能や。
かんじんかなめのデータを取得できへんとはっ。
どうしたらいい。
どうしたらいいんだ。
どうしたらバストサイズが分かるだろうか。
くっ。
いきなり、なんて高度なクエストだ。
さわる?
ま、まさか。
いくらなんでも、そんなことは。
「サルタ殿?
なにゆえ、わたくしの乳にさわっておいでなのじゃ」
ぐわっ。
いつのまに!
な、なんて恐ろしいおっぱいなんだ。
呪だ。
呪がかけられているのかっ。
そのとき、俺の頭をがつんっと打つ物があった。
比喩表現ではない。
ほんとに何かが当たった。
痛さのあまり、一瞬意識が飛んだ。
椰子の実だ。
なぜ椰子が?
それにしても、ヒミコさん。
こんなことしてもにこにこ笑ってくれている。
素晴らしい女だ。
[好感度]-1/-10〜10
あ。
下がってる。
次回9月10日