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百花繚乱  作者: 詞葉
百花繚乱 本編
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第一幕(4)

 大和国の都。その北端には、本来なら帝が住まい、数多の官吏や武人を抱え、大和国の政務を一手に司る大内裏(だいだいり)と呼ばれる宮城が置かれている。

 しかし、この都では、その大内裏よりも更に北側に別の建物があった。


 大内裏の三分の一ほどの広さを持つ屋敷。まるで帝のいる大内裏より上に立つようにも見えるその屋敷の門には、大和国の月と桜の紋章ではなく、太陽と桜が描かれていた。

 その屋敷の一室から、御簾(みす)を上げて一人の少女が姿を現した。

 寝屋着用の白い単を身に纏い、スッと流れるように少女は庭へと下りる。


 月に照らされた顔は夜着にも負けぬほど透き通った白さをしており、対照的に、腰を超える長い髪と目は黒曜石のような光り輝く黒。額には赤い花子の文様がいれられている。

 美しい少女だ。だが、あまり動くことない表情がどこか冷たい印象も与えていた。


「……星が」


 少女が見上げる夜空には、無数の星が瞬いている。その中でいくつかの星が白く輝き、また別の星は、揺れて黒く染まったように見えた。


「悪い方向に進まなければ良いのだけれど」


 小さな唇で呟いて、少女は頭を振る。

 嫌な予感がする。だが、良い予感もする。この都で膨れ上がる悪意と、新たに訪れる強い光を感じる。自分の予感は、まずはずれはしないのだ。


莉桜(りお)様」


 考えに耽りそうになっていた時、階から侍女の一人である紗雪(さゆき)の声が聞こえた。彼女は鬼灯の明かりを持って慌てて駆け寄ってくる。


「このような時間にそんな薄着ではお風邪を召されます。それに、また何か起こったらどうするのですか!」

「大丈夫よ。そうそう何度も物が落ちてくることなどないわ」


 数日前、屋根の上から瓦が落ちてくるということがあった。紗雪はそれを危惧しているのだ。


「いいえ。大事に越したことはありません。さ、もう中へ! 三日後には、帝の御前で行われる武闘大会に出席なさるのですよ。天照(てんしょう)家の姫君がおられなくては、出場者の士気も下がりましょう」


 少女――莉桜は紗雪に急かされて部屋へと入った。すぐに丸い透明の球体に水と赤い葉が入れられた物を傍へ置かれる。

 これは一種の暖房器具で、中に入った葉はちぎって水につけると高熱を発する性質を持っている。それをからくり仕掛けの硝子に入れて、部屋を暖めるのだ。


「武に疎い私など、いても何もできないのだけれど……。でもそうね。帝のお顔を潰すわけにはいかないわね」

「ええ。帝直々のご招待。お父上様が出られない分、天照家のお顔として、莉桜様がいなくては始まりません」

「そうね……」


『父』と聞いて、莉桜は侍女に分からないように顔を曇らせた。その響きに、良い思い出はあまりない。


「そうですとも。大和国の土地を代々守り続けてきた天照家の姫巫女(ひめみこ)である莉桜様は、どんな場所でもこの国の……」

「もう、分かっているから」


 紗雪の長くなりそうな話を苦笑しながら遮る。莉桜にとって乳姉妹に当たり、二つ年上の彼女は最近何かと小言が多い。


「本当に、本当に分かっておられます?」

「分かってます。ちゃんと休むわ。紗雪も下がってかまわないから」


 そう言って、まだ心配げな顔をする彼女を莉桜は下がらせた。紗雪は場を辞する際、そっと几帳を動かす。その几帳にも、そして部屋の装飾にも、太陽と桜が描かれていた。

 天照家。それが莉桜の家だ。


 席としては大和国の貴族に名を連ね、国の催事を取り仕切る式部省(しきぶしょう)を束ねているが、他の貴族とは違い帝にも劣らぬ地位を得ている。

 なぜなら、現在この大和国のある土地は、もともと莉桜達の祖である天照一族が治めていたからだ。


 陽の神を信仰し、この地の声を聞くという特殊な御技を用いて、守護し続けて生きた一族。その天照一族の元を訪れ、国を建てたいと言ったのが現在の帝の血筋、大和一族だ。


 天照が魔術の一族であるのに対し、大和は武術の一族。当時、他者からの侵略に手をこまねいていた天照一族は、共に土地を守ることを条件に大和一族を受け入れた。

 彼らもまた、天照一族を丁重に扱った。土地に住まう民は天照一族を尊んでおり、共同統治をすることで手早く国を造ることができたのだ。


 その後、大和一族は陽の神を国教とし、一切の神事を司る役目を天照一族に振り分けた。ゆえに、莉桜は姫巫女という立場にある。さらに、その長となる直系の血筋には帝と同等の権限が与えられた。

 大和一族は国を、天照一族は土地を守る。それが、いつの間にかできあがった役目だ。


 国の起こりからずいぶん時間が経ち、天照一族も数は少なくなったが、未だに力と存在感が薄れることはない。民の中には、帝よりも天照家を崇める者までいる。


「土地と国などを守って、いったい何になると言うの……」


 莉桜は口の中だけで吐き出すと、明かりを消した。

 布団にもぐり、瞼を閉じると、先ほど見た新しい星の光が思い出される。赤い光ではなく、新しく生まれたような青白く清浄な光り。

 その光は莉桜の心を落ち着け、ゆっくりと優しい眠りへと誘っていった。


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