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百花繚乱  作者: 詞葉
百花繚乱 本編
29/52

第五幕(1)

 戌の刻。幸丈は梅花殿に政斗と莉桜を迎え入れていた。

 夕方の内に、砕によって二人とも秘密裏に宮中へと戻ってきてもらったのだ。


 莉桜は一度、陽の宮からの避難場所になっている桐花殿(とうかでん)へと入った。

 最初は幸丈も政斗もそちらへ行こうとしたのだが、めったに陽の宮から出ない姫巫女がいるということで、ご機嫌伺いにくる貴族が予想以上に多かった。

 そのため、人の多さに疲れ果てた姫巫女を話し相手に誘った、という名目で幸丈は梅花殿に二人を呼んだのだ。もちろん、政斗は砕の魔術によって連れてこられている。


 そして今、政斗の得た答えを聞き終わり、幸丈は長い息を吐き出した。


「まあ、お前の言ってることで辻褄は合うな。だけど本当にできるのか? 相手が使ってたのは古代魔術なんだぞ。それを……」

「俺の右目も、見えないものを見て、魔術の正体すら暴いちまう。機械ってやつが入ってきたからできることなんだろうが、これがここに存在してる以上、あいつの古代魔術も、できないことはないだろ」


 確かに、政斗の義眼は直に見なければ、『魔術の正体が暴ける目? そんなのあるかよ』と一笑していただろう。

 莉桜のような高位の術士でも、魔術の正体を暴くのは難しい。凝縮した魔力を目に溜めて、何とか少しの時間見えるようにするのが精一杯だという。

 あり得ない義眼が目の前にある。だから、政斗が出した答えも実在しないとは言い切れない。


 幸丈は長い息をついて、答えを口にした。


「古代魔術が使える腕、ね」


 知識もなく、法則すら知らずとも、古代魔術を使える腕があるのではないか、と政斗は言った。そしてその腕はおそらく、自分の右目を作った者と同じ人間の作品だろう、と。

 政斗の右目に宿る魔力が、襲撃者の左腕からも感じられたと言うのだ。

 それは禍々しく、冷たく、狂喜のようなものを覚える魔力だとか。


「莉桜の話だと、襲撃者は呪詛をばらまいたりすることを『力を貰ったお返し』って言ったんだろ? 本心は分からないが、あいつがこの右目の製作者に腕を貰い、そいつとなんらかの取り決めがあったのかもしれない」

「黒幕は、その腕の製作者だって言いたいのか?」

「……分かんねぇ。でも、本当に背後にいるのがこの右目を作った奴なら。そいつはただ遊び半分でやってると思うぜ」

「遊び半分? 国を傾けることがか!?」


 幸丈は吼えた。

 冗談ではなかった。多くの人間が住むこの国を、大事な民が笑っているこの場所に不和を起こすことを、遊び半分でやられるなど許せるわけがない。

 大和国は遊びの舞台ではないし、そこに生きる命は人形ではないのだから。


「そいつは、そういう奴なんだよ……」


 答えた政斗は、苦しげに右目を押さえた。隣で彼を見ていた莉桜が、躊躇いがちに手を伸ばす。袖に触れた手を、政斗は振りとこうとしなかった。


「とにかく。もし俺の予想通り敵がそいつに関わって、思想も似たり寄ったりなら早々に手を打つべきだ。放っておけばさらに他を顧みない横行に出るかも知れねぇ」


 俺みたいな者がいるのもバレちまったしな、と言われ、幸丈も頷いた。

 相手は陽の宮を直に襲うという強硬手段に出ている。何も手を打たなければ、莉桜のいるこの後宮もいずれ巻き込まれる。

 ここには、帝の居住区もあるのだ。襲わせるわけにはいかない。しかし――


「だからって、莉桜を囮に使うってのは……」


 政斗が出した案に、相手がわざと襲ってきやすい状況を作るというのがあった。


 昨夜の襲撃から、敵は莉桜を排除することが手始めだと思っている。藤郷信定も、自分が後見人を務めている姫を天照家に入れたいのなら、莉桜の存在は邪魔だろう。

 そこで、様子を見に行くという理由で、莉桜と数人だけを、今誰もいない陽の宮へ行かせ、現れた相手を迎え撃つという方法を取ろうというのだ。

 しかも、大事になってはまずいため、内情を知っている極少人数だけで行うのが良い、と政斗は言う。


「主上に相談して、何人か兵を回してもらうのも駄目か?」

「敵は強い。正直、本気で戦うなら周りに人がいると迷惑だ。昨日の男は俺が引き受ける。その他、場合によっては藤郷信定が抱えてる兵もくる可能性があるから、砕と華那、あと士郎がいれば、莉桜と数人ぐらい守れるだろ」


 敵がいつ新たに襲ってくるか分からない。早く決着をつけるなら明日の夜には動くのが最善だ。だが、帝に事情を話し、執政官を通し、内密に兵を集めていては時間もかかる。

 それに、藤郷信定が関わっているなら、兵を動かす時に作戦が露見するという可能性もある。腐っても彼は戦衛府の総隊長だ。


「私はかまいませんよ、幸丈」

「莉桜……」


 悩む幸丈の前で、件の姫巫女は気負った様子もなく囮になることを承諾した。


「政斗や、貴方の側にいる者の強さは私もよく知っています。私とて天照家の娘。守られるだけで終わるつもりはありません」


 言いながら政斗を見る彼女の目には、深い信頼が宿っていた。

 この短時間で、自然に名前で呼び合える仲にもなっている。莉桜は、政斗を受け入れたのだろう。


「お前は言い出したらきかない頑固者だしな」

「まあ、それは貴方も同じでしょう?」


 莉桜の言い返しに、幸丈は肩をすくめた。長いつき合いだ、だいたい考えていることは分かる。

 彼女も自分も、政斗に賭けても良いと思っているのだ。


 その政斗はというと、結論が分かったのか、スッと立ち上がって廊下の方へ向かう。


「政斗?」

「幸丈。もしもの時は俺に全ての責任を押し付けて、即座に切り捨てろよ」

「な、何言い出すんだ! そんなこと……」

「もともとそのつもりで俺を引き込んだんだろ。俺も……お前らのためなら良いか、と思ってるんだよ」


 意外な返答に目をしばたかせると、彼は苦笑しながら御簾を軽く避けた。


「詳細が決まったら呼んでくれ。砕、魔術をかけてくれ、ちょっと夜風に当たりたい」


 その苦笑は、ひどく優しいながらも寂しげで。

 出ていく政斗を止めることが、幸丈にはできなかった。

大和国で出会った者を本心から助けたいと思えるようになった政斗。

政斗に賭けてもいいと思えるぐらい信頼した幸丈と莉桜。

出逢いが変えていく関係って好きです。

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