第六話
日に日に慌しくなっていく神宮の夕べ。日は落ちて、夕焼けの名残が滲むだけとなっても、昼間と変わらず忙しかった。
巫女姫が代替わりし、千が近侍となって早八ヶ月。思っていたよりも近侍の仕事はハードで、そしてそれよりもずっと、巫女姫の仕事はハードだった。自分の力不足を実感しながらも精一杯働く毎日。張りつめていた気をふと緩める時、「自分はこれでいいのだろうか。間違っているのではないか」と弱い心が首をもたげることがたまにある。
自分が決めたことなのだけれど、誰かに認められたいわけではないのだけれど、後悔なんてしないはずなのだけれど。自分はただ大事なことから目を逸らしているだけなのではないかと思うことがある。
母を亡くし、天涯孤独となってから、自分一人の力で生きていかなければと思った。高校を中退し、単身で大国ガーレンへと渡り、働きながら学校へ通った。
そしてある日、巫女姫の代替わりのニュースを聞いたのだ。それを聞いた次の瞬間、千は帰国手続きを始め、十日後には既に綾見に居た。近侍の採用試験を受ける為に。
全て自分で決めたことだ。後悔はしていない。
それでもやはり、自分がここに居ることで誰かに迷惑を掛けるのは嫌だったから。
あの日の春比奈の怒声や、本家の人々の態度を思い出すと、少し心が沈んだ。
未だ少し赤みの残る空を見上げる。足が少し重い気がするのは、疲れているからか。
***
千が敷地内の道場を横切ったとき、袴姿の少年と出くわした。急いで頭を下げる。
「ああ、ちょうど良かった。君、春比奈の近侍だよね?頼みたいことがあるんだ」
「はい、華英様。何なりと」
相手は織華英、言わずもがな、本家の人間である。しかも華英は、先代巫女姫の兄である父と、今上皇帝の妹を母に持つ、国内随一の高貴な血筋だ。国でその存在を知らぬ者は居ない。
頭を上げて、と華英は言った。千が頭を上げると、二枚のCDが差し出される。
「これを、春比奈に渡しておいてくれないかな。春比奈が好きな歌手の新譜。最近忙しすぎてストレス溜まってるだろうから、これ聴いてリラックスしてって言っといて」
千はそれらを両手で受け取り、お辞儀をした。
「畏まりました。華英様のお心遣い、確かに姫様にお渡しいたします」
「うん、ありがとう。それじゃ」
用は済んだと去っていく華英にもう一度深く一礼し、千もきびすを返した。歩きながらふと手元のCDを見ると、重ねられた二枚の上のCDは、確かに春比奈が好んでいるらしい歌手のものだった。
そしてもう一枚を確認した千は目を見張る。急いで後ろを振り返ると、ちょうど袴姿が道場内に消えたところだった。
そのまま数秒立ち尽くし、小さく息をつくと千はまた歩き出した。手の中のCDを大事に抱える。
その足取りはさっきより軽い気がした。