第三話
「姫様、失礼いたします。朝餉をお持ちしました」
襖の向こうからの声に、春比奈が「どうぞ」と返す。襖を開けて入ってきたのは、千だった。それを認めた春比奈が、露骨に嫌そうな顔をする。対して千は平然としたまま、朝餉の支度をしている。
春比奈が短い祈りを捧げて食べ始めると、千は「明日良様より、本日の日程の変更について御伝言を承っております。召し上がりながらでいいのでお聞き下さい」と前置きして、説明を始めた。
「朝食の後、市役所に赴いて、年の瀬の厄祓い式を執り行っていただきますが、その後に予定されていた、元日の式典での舞装束の試着。これはまだ修正の必要があるらしく、見合わせられることとなりました。このために入れておいた時間は空きますので、もしお疲れのようでしたら少し仮眠を取られてはいかがでしょうか。午後からは、予定通り、還元の儀の舞の予行となっております」
千は淀みなくすらすらと言った。相変わらず平然としている。春比奈は、そんな千に目を向けることなく聞いた。
「還元の儀の舞ってー……。『千楽』だっけ?」
「いえ、それは越年の儀です。還元の儀では、『夕雁』を奉納していただきます」
「……あたしが今回舞うのって、全部でいくつあるの」
「還元の儀にて『夕雁』、越年の儀にて『千楽』、日迎会にて『鳳来』。元日の式典では『綾見』。四日の、皇族をお迎えしての宴では『天瀬』。人日の式典で『若菜』。合わせて六つとなっております」
「…………」
「二日・三日・五日・六日の式典での舞は、本家の方がなさいますが、誉歌の奉唱は毎日ございますので。ついでに申し上げておきますと、姫様が元日からの七日間で奉唱なさる誉歌は一日に一つずつ。順番は、元日より四番、七番、十二番、二番、九番、十五番、三番となっています」
「…………」
よくもまあ、こんなにすらすらと言えるものだと、側で見ている筝子は感心してしまった。筝子とてこの程度は把握しているが、千のように空ですらすらと言えるだろうか。春比奈などは、一気に言われて軽く混乱しているというのに。
「これらを一覧にした書面を文机に置いておりますので、後ほどご確認下さい。また、大晦日までの日程を記したものも置いてあります。今日のように日程が変更になった場合、口頭でお伝えすると共に、そちらの書面にも書き添えておきますので、度々のご確認をお願いします。正月の七日間の詳細な日程は、今日中にも明日良様が届けてくださるとのことです」
少し忘れっぽいところもある春比奈の先回りをしている点も、抜かりが無い。
「…………」
「何かご質問などございませんか」
「……無い」
「では御前失礼いたします」
そして用が終わればさっさと出て行く。春比奈が千を快く思わないので、千を含め近侍達は、できるだけ千が春比奈の側に寄らないよう、気を遣って仕事を分担していた。よって今までは、千が春比奈の側に寄るのは朝の起床の時だけ、しかもこの時は相手が誰だろうと春比奈は不機嫌である。
しかしこの時期は誰もが忙しく、そういうことばかりを気にしてもいられないため、春比奈と千が顔を合わせることが増えてきていた。
千が退室してからも、しばらく春比奈はしかめ面で、筝子は居心地の悪い思いをした。