幕間 一
神宮に関わる数々の役職の一つ、侍従職。その中でも、巫女姫の近侍という職は、最も競争率の高いものではないだろうか。自身も近侍である筝子は常々そう思っている。
国民のあこがれ、巫女姫。その最も近くに侍り、世話ができるのだ。しかも当の巫女姫が若く美しいとくれば、一体どれほどの女性が履歴書を送ったことだろう。
しかし登用されるのはその中のほんの一握りだ。ミーハーな気持ちだけでは当然務まるはずも無く、重要な責務を担う巫女姫を補佐できるだけの、相応の能力が求められる。であるからして、採用されたということは、自分の能力を認められたということでもあるのだと、筝子は自負をもって日々務めに励んでいた。
侍従職に就く人の中には、先代から勤めている者も多くいるが、巫女姫の近侍だけは、代替わりと共に一掃される。そして新しい近侍はできるだけ巫女姫と同年代の女性から選ばれるのが望ましいのだが、その巫女姫が年若い場合、やはり同年代の女性では仕事をこなすことは難しく、巫女姫より一回り以上年上の女性が近侍になることも珍しくはなかった。実際、今回登用された八人の近侍も、最年長の者は春比奈より十も上の三十歳だ。その中で二十四歳の筝子は、採用の通知が届いた時、恐らく自分が最年少だろうと思った。そして、姫様と最も年の近い近侍として、良く仕え、良き相談相手となろう、姫様が心を許せるような近侍になろう、と決心したのだ。
だから、初めて他の近侍達と顔を合わせた時には驚いた。まさか、弱冠十九歳にして近侍に登用された者がいるとは思ってもいなかったから。
それが、大野千だった。
***
「それでさー、あのドラマ、犯人役の人がめっちゃかっこよくない?」
「ええ、私もそう思います。モデル出身だそうですよ」
「そうなの?知らなかったー。演技もうまいよね」
「その人が出演している映画が、少し前まで上映されていましたよ。興味がおありでしたら、DVD化されたらお持ちしましょうか」
「まじで?見たい見たい!ありがとう、筝子ちゃん!あ、そうだ。それならさ、筝子ちゃんも一緒にここで見ようよ」
「わ、私が……そんな、よろしいんですか?」
「いいんじゃない?折角ここの画面デカイし。仕事終わった後なら大丈夫でしょ?」
「しかし……恐れ多いことでございます」
「や、ほんと、そんなむつかしく考えなくていいから。気楽においでよ」
「ありがたいお言葉です」
なんと光栄なことだろう。筝子は飛び上がりたいくらいだった。
織の人間には、ざっくばらんな性格の者が多く、その親しみやすさが人気の理由の一つでもあった。筝子の主である春比奈も同様で、近侍にも気安く声をかけてくれる心優しい主人だ。特に普段から筝子にはよく話しかけ、重用してくれている。休憩時間は、テレビの話題やオシャレの話題など、普通の二十代の女性が好む話題で盛り上がることが多かった。
筝子にとって春比奈は、敬愛すべき主だった。明るく、優しく、美しい。近侍とも同じ目線で笑い合い、気安く声をかけてくれる。寝起きや不機嫌な時は恐ろしいものの、気難しいということもない。少しだらしないところがあったり、たまに小さな失敗をしてしまうところも、かえって世話のしがいがあって、実によかった。巫女姫としての威厳が足りない、立ち居振る舞いがなってない、との苦言も聞こえるが、巫女姫候補の末端に居ての突然の任命にも関わらず、春比奈は努力していると筝子は思う。それに舞や誉歌は、歴代の巫女と比べても負けてはいないと評判だ。
そんな主に仕えることができて、自分は果報者だと思った。さらにその主からは重用され、DVD観賞まで誘われ、近侍の中では最も心を許されているのではないかと思うと、もっともっと頑張らねば、と気が引き締まった。
そう、春比奈は、最も年の近い千よりも、筝子を重用してくれる。
むしろ、千に対しては、側に仕えるのを快く思っていないようなのである。筝子は今でも、あの日の春比奈の剣幕を忘れていない。
『出て行きなさいよ!あんたなんかに世話されたくないっ…………!!』
春比奈が声を荒げたのは、筝子の知る限り、その一度きりだ。