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水上の綾  作者: 白石ライ
2/22

第二話

 年の暮れから正月にかけて、この神宮はとにかく忙しい。特に大晦日から一月七日の人日(じんじつ)の節句までの八日間は、連日儀式や宴があり、息をつく暇も無い。現在は、その準備に追われる毎日だ。

 千は、春比奈の朝餉の膳を取りに、厨房へ向かった。途中、忙しく立ち働く人々に、おはようございます、と軽く頭を下げる。しかし返ってくるのは余所余所しい視線だけだった。明らかに避けられている。侍従職に就いている人の中で、千とまともな会話をするものはおらず、嫌われていると言ってもいいのかもしれない。

 原因は、理解しているつもりだった。しかしそれを気にしてはいない。現状を変えたいとも特に思わない。他人の評価が欲しいわけではないのだ。千は自分の意思で宮に居る。ここで巫女姫の近侍としての務めを果たすことだけが、千の望みだった。




     ***




「大野」

 春比奈の私室へ向かう途中で、後ろから声をかえられた。振り返ると、略式の式服を纏った青年が近づいてくるところだった。整った顔立ちからは、どことなく軽薄な印象を受ける。

「おはようございます、明日良(あすら)様。お勤めご苦労様です」

 盆を持っているため深々とはできないが、千はお辞儀をした。明日良は織の本家の人間で、今は大学生だが、来年からは神祇官として神宮に勤めることになっている。現在も両手に書類を抱え、忙しそうだ。宮の頂点に座する巫女姫からアルバイトの清掃係に至るまで多忙を極めるこの時期、本家の者とて例外ではない。

「……何か御用でしょうか」

 千がそう尋ねたのは、明日良が眉をひそめて千を見つめながらも口はつぐんだままだったからで、しかし彼は短くため息をついてその表情を打ち消し、言った。

「今日のスケジュール、ちょっと変更があるから春比奈に伝えといて。市役所のお祓いの後に予定してた元日の衣装合わせ、明日に回してくれって。午後は予定通り、還元の儀の舞のリハね」

「はい」

 明日良は春比奈の従兄で、年が近いこともあって仲が良い。明日良に限らず織の者はみな、公の場以外では春比奈のことは呼び捨てで、普通の親戚の一員として扱う。

「俺が直接行こうとも思ったんだけど。俺これから会議に参加しなきゃなんなくて。よろしく。それと、あいつちゃんと睡眠と栄養しっかり取ってる?なんか今日うっすら隈があった気がすんだけど」

「それは……」

 痛いところをつかれた。

「実は、昨夜遅くまでゲームをなさっていたらしく」

 わざわざ言われなくとも、主の健康管理は近侍の務めだというのに。近侍として恥ずかしい。と反省していると。

「あ、ごめん。多分それ、俺が貸したヤツだわ」

「……は?」

 どうやら元凶はこの人のようだ。

「絶対面白いからやっとけって、オススメしといたんだよ。あれやり出すとハマっちゃうんだよね。必殺技覚えるまでは!ってずるずる続けちゃって、中々止めらんなくて」

 さすがは従兄、似た者同士か。

「……せめてこの繁忙期が過ぎるまでは、没収させていただいても?」

「あー、うん。頼むわ。あいつのためにも。そしてそのまま大野が預かっといて。俺のためにも」

「畏まりました……」

 なんて自制心の無い人たちだ。

 少し悲しく思っていると、明日良がまた、言いたいことを無理矢理飲み込んでいるような顔でこちらを見ていた。

「どうかなさいましたか、明日良様」

「…………いや。何か、大野からそういう言葉づかいされると、変な感じがして。前みたいに、先輩って呼んでくれりゃいいのに」

 明日良は少し苦笑いだ。千は目を伏せて言った。

「今の私は、織の家の方々に、お仕えする身ですので」

 斜め上からの視線を感じる。恐らく明日良にとっては、千がそうやって言うことさえも納得がいかないのだろう。これ以上何かを言われる前に、辞することにした。

「それでは明日良様。姫様の朝餉が冷めてしまいますので、失礼させていただきます。ご伝言、確かに姫様にお伝えいたします」

 明日良の方を見ないまま一礼して、その場を離れた。角を曲がるまで、視線は離れなかった。

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