手紙
自分の言葉は嘘だ
そう言う人と出会った。
「感情が言葉を生み出すのではなくて、言葉が感情を生み出す」
だから自分の言葉は嘘だ。そう言った。
文学的な考えに疎い僕は、違うことなのか。と聞いた。
違うことだ。そいつはそう答えた。
そいつはよく本を読んだ。
暇を見つけては新しい本を読み漁っていた。
通例、子供が外で遊びたがる時期にも
部屋の片隅にある、本棚の前に陣取っていた。
そしてよく、気に入った本の話を僕に聞かせた。
どこぞの商人の話や、悲劇的な恋愛の物語。
楽しいか。と聞いた。
まあまあだ。そいつは答えた。
そいつは大人びて見えた。
本とは、大人が見るものだ。という考えがそう見せたのか
とにかく周りの奴らよりも、一つ上の存在という感じだった。
そいつが「引越し」というものをすると言ったとき
僕はますます思った。
いつだ。とだけ聞いた。
わからない。とだけ返ってきた。
すこしして、
悲しいか。と聞かれ
どうだろう。そう言った。
そいつの見送りに行くと便箋を渡された。
帰ってから開けろと言ったそいつは、どこか違っていて
僕は言葉に詰まった。
また会えるのか。そう聞くと
やや俯きながら、わからない。と言った。
それは知らない子供に見えた。
僕よりも、ずっと幼い、弱い子供だった。
しばらく経って
「じゃあね」とそいつが言った。
すこし悔しくて、「またな」と返した。
家についてから、そいつの手紙を開いた。
見ただけで頭の痛くなる、大人の文章だった。
予想通り内容は読み取ることができなかったが
最後は、僕にも分かる言葉で書かれていた。
読み終えて、ぼんやりとさっきの言葉を思い出していた。
あの言葉は「嘘」だったのだろうか。
「ああ、割と、悲しいな。」
言って、鼻がツンとした。