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ゼロ円の昇給

作者: 伍角佳
掲載日:2026/11/06

ゼロ円の昇給


1. 時刻表(二〇四四年)


部屋には机が一つと、端末が一台あった。複数台のカメラが設置されていた。椅子は机の手前に一脚だけ置かれている。

 茂木晴男は扉を閉めて、その椅子に座った。窓はない。壁の時計は秒針の音を立てなかった。

 画面が明るくなり、AIの声が名前と生年月日を読み上げた。間違いがないかと聞かれ、晴男は「ありません」と答えた。

 答えた音声は画面の下に、そのまま文字になって出た。

 質問は勤めた年数から始まった。晴男は二十八年と答えた。乗務した路線を聞かれ、系統の番号を三つ挙げた。最後の一つは、営業所が路線を廃止するまでの四年間だけ走ったものだ。

 事故の件数を聞かれ、接触が二件と答えた。二件とも相手は停車時に突っ込んできた小学生の自転車で、怪我人は出ていない。詳しく聞かれたので、事実通り答えた。 AIは晴男が答え終えるまで、次の質問に移らなかった。答えが短ければ、画面の文字数も短かった。

 健康診断の判定は、三か月前に出ていた。治療の見積もりは、手元の貯金をすべて足しても届かなかった。肉体の査定はゼロ円だった。六十一歳の肉体に値段が付かないことは、知っていた。

 妻の和子にも、判定が出た日に言ってある。和子は「そう」と言って、夕飯の支度を続けた。 インタビューで答えたことは、疑似人格になって残る。嘘も見栄も、そのまま残る。それは営業所の休憩室でも、誰かが一度は口にする話だった。だから主任だったことにしておけ、と言った同僚もいた。その同僚はまだ生身で、別の営業所で乗務している。

 「管理職の経験はありますか?」 AIが質問した。部下指導、後輩指導、教育係、どれでも可と付け足した。

 茂木は少し考えた。新人の添乗を頼まれたことは何度かある。だが任されたわけではない。営業所の指示で、運転席の後ろに座らせただけだ。

「ありません」

 画面に「ありません」の文字が出た。

 その上には、勤続年数と、系統の番号と、事故の件数が並んでいる。どの行も左の端が揃っていた。数字の桁も揃っていた。

 営業所の壁に貼ってあった時刻表を、茂木は思い出した。始発から終発まで、同じ幅で区切った表だった。

 好きな食べ物を聞かれ、茂木は焼き魚と答えた。休みの日の過ごし方を聞かれ、寝ていると答えた。

 行ってみたい場所を聞かれ、特にないと答えた。画面の行は、短いまま増えていった。

 家族のことも聞かれた。妻が一人、と茂木は答えた。子どもはいない。妻の勤め先を聞かれ、スーパーの惣菜売り場と答えた。妻のインタビューについて予定があるかと聞かれ、「知りません」と答えた。和子とその話をしたことはなかった。画面には、知りません、と表示された。

 質問は四十分ほど続いた。茂木は一度も聞き返さなかったし、AIも一度も聞き返さなかった。

 「最後の質問です」と声が言った。

 質問が出る前に、茂木は椅子を一度引き、座り直した。椅子の脚が床を擦る音がした。部屋で音を立てたのは、それが初めてだった。


2. 同じ日(二〇四四年)


受付はなかった。施設の入口で端末に名前を打ち込むと、通路の床に番号が浮かび、部屋まで案内された。晴男の部屋は七番だった。

 同じ時刻、前島は十二番の部屋にいた。二人は同じ日に、同じ施設で、同じ手続きをしていた。どちらの画面にも、肉体の査定額の欄にゼロ円と出ていた。二人はそれを知らない。通路で擦れ違うこともなかった。案内の番号は、ほかの誰とも重ならない時刻を選んで床に出る。

 前島のインタビューは、茂木より長かった。管理職の経験があるかと聞かれ、前島は倉庫の主任だったと答えた。

 実際には、フォークリフトの運転手でルーティンワークだった。主任は前島より八つ若く、二年で別の職場へ異動した。その後に来た主任も前島より年下だった。前島は二十年、主任の指示でフォークリフトでパレットを運んだ。

 AIは、何人の部下がいたかと聞いた。前島は十五人と答えた。どんな指導をしたかと聞かれ、安全第一だと答えた。画面には、前島の答えがそのまま出た。AIは聞き返さなかった。

 家族は同席できない。前島の妻は、夫が何と答えたのかを知らないし、知る方法もない。知っているのは、夫が二十年同じ職場にいたことだけだった。

 手続きの最後に、どちらの画面にも同じ文面が出た。「結果は一か月後に、登録された家族の宛先に通知されます」と。

 一か月後、通知は二つの家に届いた。

 茂木の家の通知には、手続きの完了を知らせる文面の下に、二行が足されていた。インタビューの成績による奨学金の加算。スキル学習の優先権。判定の根拠は書いていなかった。通知の末尾には問い合わせ先の十二桁の番号が一つあった。携帯端末から掛けると自動の音声が出て、判定の内容にはお答えできません、と言った。

 前島の家の通知には、手続きの完了を知らせる文面だけがあった。前島の妻はそれを読み、裏に何も書いていないことを確かめてから、二つに折って台所の引き出しにしまった。

 茂木の妻の和子は、通知を二度読んだ。奨学金という言葉が、自分の知っているものと同じ意味なのかは分からなかった。学習の優先権の行には、何の学習なのかが書いていない。分かったのは、晴男の疑似人格に何かが余分に付いた、ということだけだった。

 晴男の疑似人格に、この通知は届かない。届くのは家族だけだ。晴男はもうこの家の台所にいないし、通知を読んで何かを決める立場にもない。

 和子は通知を冷蔵庫の扉に磁石で留めた。磁石はバスの形をしている。晴男が営業所ノベルティで貰ったもので、側面に営業所の名前が入っていた。いつ頃貰ったのかを、和子はもう覚えていない。晴男も、買ってきた日に「土産」と言って置いただけだった。

 磁石は小さく、通知の紙は一枚だけでも重さに負けてずり下がった。和子はコンビニで貰った景品の磁石をもう一つ足して、紙の下の端を押さえた。


3. 回送(二〇四四年)


晴男の肉体には、価格が付かなかった。六十一歳の肉体に値段が付かないことは、査定の前に判っていたことだ。特にショックは無かった。焼却の日が決まり、その前にお別れのセレモニーの施行について、施設の端末から和子に問合せのメールが来た。

 和子は、「開催」と打ち込んだ。会の形式は自分で決めてよかった。しんみりとした葬式風にする家もあるし、明るいパーティー形式にする家もある。和子は明るいパーティー形式にした。理由を書く欄はなかった。

 営業所の同僚には、和子が自分で連絡をした。名簿は晴男の端末に残っていた。返事をしてきたのは九人で、そのうちの一人が、引退した古いバスを一台借りられるかもしれないと言った。営業所で廃車を待っている車両で、ナンバーはまだ外していないという。

 会の当日、晴男の肉体は施設にあり、和子たちは施設の多目的室にいた。フィジカルAIロボットになった晴男は立ち会わない。晴男の体はその日も、どこかの工場で働いているはずだった。どこの工場なのかを、和子は知らなかった。

 テーブルには惣菜を並べた。和子が勤めるスーパーの惣菜売り場の品で、従業員の割引で買ったものだ。同僚たちは乗務の話をした。どの路線の坂がきついか、どの停留所の客が乱暴か。晴男の話はあまり出なかった。晴男は、話の種になるようなことをしない運転手だった。誰も泣かなかった。

 パーティーの途中で、施設の端末から焼却の日時の確認が届いた。翌週の火曜日の午前だった。和子は確認の欄に印を付け、端末を鞄に戻した。同僚の一人が、ロボットになった晴男はどこの工場にいるのかと聞いた。和子は知らないと答えた。男はそれ以上は聞かず、皿の唐揚げを取った。

 パーティーの終わりに、借りたバスで参列者を駅まで送ることになった。運転席には、まだ生身で乗務している元の同僚が座った。

 男の運転は、晴男より少し乱暴だった。発車のときに一度、強く揺れた。交差点の右折で、ハンドルを戻すのが早かった。晴男なら、交差点を出てから戻した。和子はそれを、助手席に何度も座った者として知っていた。

 車内で誰かが笑い、誰かが窓を開けた。四月で、風はまだ冷たかった。車内には、晴男が乗務していた頃と同じ注意書きが貼ってあった。走行中は席を立たないでください。和子のほかに、それを読んでいる者はいなかった。

 駅のロータリーにバスが着いた。参列者が順に降りていく。運転席の男がスイッチを押すと、車体の前の行き先の表示が切り替わった。「回送」の二文字が出た。

 和子は最後に降りた。降りる前に、運転席の後ろの手すりを一度握った。金属は冷えていて、メッキが手の当たる場所だけ剥げていた。和子は手を離し、ステップを降りた。扉が閉まり、バスは回送の表示のまま、ロータリーを出ていった。


4. 一枚目(二〇四五年)


町田の工場に、新しい体が一台入った。国から貸与された人型の体で、溶接部の検査の工程に回された。


搬入の日に、生産管理AIから職務経歴書が届いた。町田は品質管理の担当として、それを読む立場にある。登録されている疑似人格の名前は、茂木晴男。生身の頃の職歴は、路線バスの運転手、二十八年。その下に一行、DVD-ROMによる溶接部検査のスキルとあった。取得は学習の優先権による。


判定の根拠の欄もあった。同一路線を二十八年走り、コースの逸脱の記録がないこと。接触事故が一度もないこと。AIはその二つを、溶接部検査に要る反復の精度と空間把握として読み替えたらしかった。


町田は五十歳だった。この工場で溶接部の検査を覚えるのに、二十年かかった。ビードの幅、波の間隔、端の溶け込み。目で見て、指でなぞり、記録の紙に印を付ける。それを一日に何百回も繰り返して、ようやく見落としがなくなった。


この工場で溶接部を見ているのは、町田のほかには体が三台だけだった。三台とも、検査のスキルを入れた体だ。生身の検査員が町田一人になってからも、手順書から紙の記録の欄は消えなかった。手順書は英語版が正本で、日本語版の紙の欄の注記には、参考、とあった。町田が紙をつけ続けているのは、その欄があるからだった。


体は初日から、ラインの端に立って同じ部品を見た。町田は隣の検査台で、同じ部品を見た。昼までに、町田は不良を六つ見つけた。体の記録にも、同じ六つが同じ箇所で載っていた。


午後も同じだった。町田が見つけた不良は、体も見つけていた。町田が良品とした部品は、体も良品としていた。


スキルの本体は、体のAIに入る。疑似人格のほうには経歴が記録される。経歴のある疑似人格を登録した体にだけ、スキルが入る。だから体の記録が正しいのは、DVD-ROMが正しいからだ。町田はそう理解していた。晴男という運転手が、溶接を見ているわけではない。


分からないのは、選んだ理由だった。学習の優先権でどのスキルを学ぶかは、疑似人格が選ぶ。運転手の経歴なら、運転のスキルを選ぶほうが筋が通る。路線バスの運転も、いまはロボットがしている。


職務経歴書を最後の行まで読み直したが、理由はどこにも書いていなかった。書く欄がないのだから、書いていないのは当然だった。


終業の一時間前に、町田は体のその日の記録を端末に呼び出した。検査した部品ごとに一枚ずつ、写真と判定が並んでいる。町田は一枚目から、自分の目でなぞり直し始めた。写真のビードを見て、判定の欄を見る。合っている。次の一枚を見る。合っている。


隣のラインでは、ほかの体が別の部品を溶接していた。その音は、町田の耳にはもう入らない。二十年聞いてきた音だった。


体はラインの端で、次の部品を見ていた。顔は部品のほうを向いていて、町田のほうは向かなかった。


町田が最後の一枚をなぞり終えたとき、終業のベルが鳴った。合っていない記録は、一枚もなかった。町田は端末を閉じ、明日の分の記録の紙を検査台に補充した。


5. 宛名(二〇四六年)


二〇四六年の春、和子の健康診断の結果に「不健康」の判定が出た。和子は六十一歳になっていた。


六十歳を過ぎると、健康保険は効かない。判定の通知には、選択肢が二つ書いてあった。高額療養費を払って治療を受けるか、肉体をバイアウトするか。治療の見積もりは、和子が惣菜部で働いて得る給料の何年分かになった。何年分なのかを、和子は数えなかった。数えても、払える額ではなかった。


通知の下のほうに、もう一行あった。治療費は、配偶者の疑似人格の口座から支払うこともできます。


治療の申し込みの画面で、支払人を選ぶ欄に晴男の名前が出た。選ぶと、支払いの可否を疑似人格に問い合わせます、と出た。


三日後に、可と返ってきた。理由は書いていなかった。口座から家族へ払うお金は、疑似人格が決める。決めた理由を家族に知らせる仕組みはない。同じ日に、晴男の口座の明細が和子に公開された。公開を求めた覚えは、和子にはなかった。


明細の入金の行を見て、和子は額を二度確かめた。晴男がバスに乗っていた頃の月給の、倍を超えていた。


治療は病院の外来で、週に二度だった。診察室にいるのはロボットの体の医師で、和子の数値を読み上げ、薬を変え、次の予約を入れた。


待合の椅子には、和子と同じ年頃の生身の患者が何人か座っていた。誰も話さなかった。呼ばれる順番は画面に番号で出るだけで、名前は出ない。和子の隣の男は、毎回同じ椅子に座り、番号が出るまで自分の手の甲を見ていた。払い終えるまで来るのか、途中で来なくなるのか、和子には分からなかった。


精算は機械でした。画面に金額が出て、その下に支払人の欄がある。茂木晴男。和子はその四文字を、最初の日にしばらく見ていた。一回分の金額は、晴男がバスに乗っていた頃の一週間分の給料より多かった。晴男は乗務していた頃、和子の治療費を払える額を稼いだことがなかった。晴男が怠けていたからではない。路線バスの運転手の給料が、その額だったからだ。


晴男の体がどこで何をして、それだけの額を稼いでいるのかを、和子は知らない。明細の入金の行には、金額と日付しか書いていなかった。


精算機は領収書を一枚吐き出した。宛名は「茂木晴男様」となっていた。患者は和子なのに、宛名は支払人の名前になる。病院の決まりなのか、機械の決まりなのかは分からなかった。


和子は領収書の宛名を、指で一度なぞった。印字の上を指が滑るだけで、紙には何の跡も残らなかった。


家に帰ると、和子は領収書を冷蔵庫に留めた。二年前の通知の隣だった。通知はバスの形の磁石と景品の磁石に押さえられたまま、端が少し黄ばんでいた。領収書には、磁石がもう一つ要った。和子は引き出しを探して、ピザ屋の配達の磁石を見つけた。


6. 定刻(二〇四六年)


覗く権限の申請は、自宅の端末からできた。マイナンバーカードと同じ総務省の受け付けで、受け付けといっても画面の中の一枚の申請書だった。続柄の欄に配偶者と打ち込み、晴男の名前と番号を入れた。理由の欄は任意だったので、空けておいた。


承認は十日後に下りた。


和子は夕飯のあとで端末を開いた。画面には町が映っていた。電柱があり、商店街があり、角に煙草屋がある。昭和か平成の、円安になる前の町だった。和子はその頃をあまり覚えていない。生まれたのは一九八五年で、物心がついた頃には、もう商店街の半分は閉まっていた。


画面の真ん中を、路線バスが走っていた。運転席に晴男がいた。


生身の頃の晴男と、同じ顔ではなかった。少し若く、少し痩せている。それでも和子には晴男だと分かった。権限を申請して確かめた相手なのだから、分かるのは当然だった。


晴男はハンドルを、交差点を出てから戻した。


バスの中には客が五、六人いた。どれが生身の利用者で、どれが疑似人格なのかは、和子の画面からは分からなかった。晴男に話しかける客はいなかった。晴男も客に話しかけなかった。停留所の名前を告げるのは録音の声で、晴男は黙ってハンドルを握っていた。


画面のどこにも、工場は映らなかった。溶接部の検査も、職務経歴書も、和子の治療費の引き落としも出てこない。リスポーニアの中の晴男と、工場で働く体とは、まったくつながっていない。それは申請の画面の注意書きにも書いてあった。


画面の端に、晴男の情報の欄があった。職業は路線バスの運転手。勤務先は町の営業所。給料の額も載っていた。生身の頃の晴男の月給と、ほとんど同じ数字だった。工場の体が稼いでいる額とは、桁が一つ違った。


どのゲームに入るかは、生身の頃のインタビューで決まる。和子はインタビューの記録を見ていない。見る方法もない。行ってみたい場所を聞かれたら、晴男は特にないと答えただろう、と和子は思った。


バスは商店街を抜け、停留所に近づいた。画面の隅に時計が出ていた。十九時四十二分を指している。バスは停留所に止まった。客が二人降り、一人乗った。扉が閉まり、バスはまた走り出した。


次の停留所にも、時刻どおりに着いた。その次にも着いた。和子はこの町の時刻表を知らないが、ずれていないことは分かった。晴男は二十八年、ずらさずに走ってきた運転手だった。


和子の薬は、夕食後に一錠と決まっていた。食後ならいつでもよいと、診察室の医師は言った。


次の晩から、和子は晴男のバスが三つ目の停留所に着く時刻に、薬を飲むことにした。十九時五十一分だった。


7. 乗客(二〇四七年)


前島の体は、運搬の工程にいた。部品の箱を棚から台車へ、台車から別の棚へ運ぶ。スキルの要らない工程で、給料は低かった。


給料は前島の疑似人格の口座に入り、そこから妻の治療費が引かれた。妻も六十を過ぎて、健康診断で不健康と判定されていた。治療費を引いたあとの口座には、ほとんど何も残らない。前島は口座の明細を妻に公開していたので、妻はそれを知っていた。


役柄を決める課金額は、給料の額で決まる。家族の治療費を口座から払っても、課金額は下がらない。前島の課金額が低いのは治療費のせいではなく、給料が初めから低いからだった。それも、明細を見れば分かった。


妻の治療は、週に一度の外来だった。精算機の支払人の欄には、前島の名前が出る。妻はそれを見ても、何も思わなかった。払える額を稼いでいるのは前島の体で、前島ではない。そういうことは、妻にはどうでもよかった。払われていれば、それでよかった。


妻は覗く権限を申請した。承認は二週間で下りた。


画面に映ったのは、昭和か平成の町だった。朝の停留所に人が並び、路線バスが来る。前島はその列の中にいた。名前の欄はなかった。役柄の欄には、乗客、とだけあった。前島の後ろにも同じような客が何人も並んでいて、みな同じように名前の欄がなかった。


前島は毎朝、同じ時刻に同じバスに乗った。窓際の席に座り、窓の外を見ていた。誰とも話さなかった。七つ目の停留所で降り、どこかへ歩いていく。どこへ行くのかを、画面は追わなかった。インタビューで前島は倉庫の主任だったと答えたが、画面の中の前島は、どこの主任でもなかった。主任の役柄に届くだけの課金がなかった。


運転席に誰がいるのかは、妻には分からなかった。運転手は帽子を被って前を向いていて、顔は映らない。運転手の情報の欄も、妻の画面には出なかった。妻は、運転手の顔を見ようとは思わなかった。見ても、知らない顔だろう。


バスが七つ目の停留所に、定刻で着いた。前島は降りた。


妻は画面を閉じた。それから、明細の画面を開いた。月々の引き落としの行が並んでいる。いちばん上の行が、妻の治療費だった。妻は明細を印刷して、その行に鉛筆で丸を付けた。何のための丸なのかは、自分でも決めていなかった。来月の明細が出たら、また同じ行に丸を付けるだろう、とだけ思った。


娘には知らせなかった。娘は三十七で、勤め先の工場の持ち場が変わったばかりだった。父の口座のことも、父がどのゲームにいるのかも、娘は聞いてこない。十八を過ぎてから、聞いてきたことは一度もなかった。妻も、娘の勤めのことを聞かない。


鉛筆を置き、妻は印刷した明細を、去年の分の上に重ねた。


8. 条件(二〇四八年)


二〇四八年の秋、工場に新しい注文が入った。精度の高い溶接部品で、客先は海外の会社だった。注文書は英語が正本で、日本語の参考訳が付いていた。


客先は体の番号を指定できない。指定できるのは、職務経歴書にあるスキルの経験だけだ。注文書の条件の欄には、溶接部検査の経験三年以上、とあった。


町田は五十三になっていた。生産管理AIが条件に合う体を探し、工場の中で一台だけが残った。晴男の疑似人格を登録した体だった。三年前に搬入され、それから同じ工程で溶接部を見てきた体だ。


生産管理AIは、その体を新しい注文のラインに回した。町田に相談はなかった。持ち場はAIの指令で決まる。体の持ち場も、町田の持ち場も同じだった。


町田の仕事は、新しいラインで体の検査の記録を確かめることになった。確かめた記録に、確認の印を押す。印は電子ではなく、朱肉で押すことになっていた。客先がそう求めていた。理由は参考訳にも書いていなかった。


印は、町田が入社したときに会社から支給されたものだった。苗字だけの小さな印で、この十年ほどは、紙の記録の欄に押す以外に使ったことがなかった。


この三年、町田は体の記録を毎日なぞり直してきた。一枚目から最後の一枚まで、自分の目で見る。終業のベルまでに終わらない日は、翌朝の始業前に残りを見た。


間違いは一つも見つからなかった。三年で、一枚も。


体の側に間違いがないことを、町田は二年目の終わりにはもう分かっていた。分かっていて、なぞり直すのをやめなかった。やめる理由がなかったし、やめろと言う者もいなかった。生産管理AIは、町田がなぞり直している時間を、町田の持ち場の作業の一つとして記録していた。


体の給料の額は、町田には見えない。それでも、体が回される仕事の単価が上がれば、中の疑似人格の給料が上がることは知っていた。この体の中の疑似人格は、生身の頃のバスの給料より、ずっと多く稼いでいるはずだった。


新しいラインの初日、町田は記録の束を検査台に置いた。一枚目を手に取り、写真のビードを見た。良品の判定が付いている。町田は判定の欄だけを見て、写真をなぞらなかった。


確認の欄に、印を押した。朱肉の色が紙に移った。


二枚目も、同じように押した。三枚目も押した。昼までに、町田は束の半分を押し終えた。三年のあいだ、昼までに半分が終わったことはなかった。


昼休みのベルが鳴った。町田は印を印鑑立てに戻し、検査台を離れようとした。そこで、朱肉の蓋が開いたままになっていることに気づいた。朱肉の表面は、蛍光灯の光を受けて少し乾き始めていた。町田は蓋を閉め、指で上から押さえた。


体はラインの端で、昼休みの間も部品を見ていた。


9. 残る行(二〇五〇年)


二〇五〇年、和子は六十五になっていた。治療は前の年に終わっていた。数値は戻り、外来の予約は入らなくなった。和子は今も、スーパーの惣菜部で働いている。


晴男の口座の明細は、和子に公開されたままだった。治療が終わっても、公開は取り消されなかった。取り消す理由がないのか、取り消すという考えがないのか、和子には分からない。


明細の入金の行には、毎月、同じくらいの額が並んでいた。運転手だった頃の晴男の月給の、三倍を超えていた。二年前の秋から、額が一段上がっていた。何の仕事でそうなったのかは、明細には書いていない。


引き落としの行は、上から順に並んでいた。リスポーニアの接続料。サブスク料金。そして、保存料金。サブスク料金の行の額も、二年前の秋から入金と一緒に上がっていた。


肉体を低温保存しているロボットの明細には、保存料金の行がある。高い給料の職に就けた人は、肉体を保存したまま働ける。そういう人の明細なら、保存料金の行があるのは当然だった。


晴男の明細の保存料金の行には、毎月、低い額が引かれていた。


保存しているものは何もない。晴男の肉体は、二〇四四年の春に焼却された。買い手が付かなかったからで、それはゼロ円の査定が出た日から決まっていたことだ。ロボットになった人の肉体を低温保存する正式な制度は、その翌年、二〇四五年に始まった。それより前の試験の期間には、ロボットになった人の肉体は保存していない。


肉体のない疑似人格の明細にも、保存料金の行は低い額で残る。それが決まりだった。何のための額なのかは、明細のどこにも書いていなかった。


和子は月に一度ほど、夕飯のあとで晴男のバスを覗いていた。治療が終わってからも、それは変わらなかった。薬を飲む時刻はもう決めなくてよくなったが、三つ目の停留所に着く時刻を、和子はまだ覚えていた。


和子は、低温保存の会社の案内に載っている保存料金の額を調べた。今の晴男の給料なら、払い続けられる額だった。六年前に保存できなかったのは、額のせいではない。保存する制度が、まだなかったからだ。


和子は明細を印刷した。印刷した紙は一枚で、折れば封筒に入る大きさだった。和子は折らなかった。


押し入れの奥に、晴男の乗務の日誌が箱に入れてしまってあった。毎日の乗務の系統と、発車と到着の時刻が、晴男の字で書いてある。和子は箱から日誌を出し、最後の冊を開いた。最後の書き込みは二〇四四年の三月で、その日の欄にも、遅れは零分と書いてあった。


和子は明細を、最後の書き込みのページに挟んで日誌を閉じた。箱に戻し、押し入れの戸を閉めた。


10. 終点(二〇五二年)


二〇五二年の秋、和子は六十七になっていた。健康診断のあとで再検査の通知が来た。病院で採血を受け、一週間後に結果が出た。判定は健康だった。


採血をしたのはロボットの体で、針を刺す前に和子の名前と生年月日を読み上げた。和子が、はい、と答えると、体は採血の管に番号のラベルを貼った。二本目の管にも、同じ番号を貼った。


治療費は、前の治療の最後まで晴男の口座から払われた。払い終えた月の明細にも、支払いの理由は書いていなかった。


和子は今も、スーパーの惣菜部で働いている。六十を過ぎても、健康で税金を払い続けていれば、生身のまま働ける。健康でなくなれば、どうなるかは決まっている。決まっていることを、和子は考えないことにしていた。


結果を聞いた帰りに、和子は病院の前から路線バスに乗った。いつもは歩いて駅まで行くが、その日は雨が降っていた。


乗ってから、晴男が昔走っていた系統だと気づいた。系統の番号は、乗務の日誌の表紙に書いてあった三つのうちの一つだった。日誌の表紙を、和子は押し入れに戻すときに一度見ただけだった。それでも、番号の並びは覚えていた。


車内は空いていた。和子は運転席の後ろの席に座った。晴男のバスに乗ったときも、和子はこの席に座った。晴男は知った客がいても乗務中には口をきかなかったので、和子もそこでは何も言わなかった。


運転席にいるのは、ロボットの体だった。制服を着て、帽子を被っている。路線バスの運転も、いまはロボットがしている。自動運転の車両ではなく、運転席に体が座って、ハンドルを握る。


体を動かしているのはAIで、中に登録された疑似人格は、リスポーニアのどこかで別のことをしている。運転席の脇の表示板に疑似人格の名前が出ていたが、和子の知らない名前だった。


バスは交差点を右に曲がった。体はハンドルを、交差点を出てから戻した。


和子は窓の外を見た。雨で、停留所の屋根の下に人が固まっていた。バスは停留所ごとに止まり、客を乗せ、降ろした。時刻表を、和子は見なかった。ずれているのかいないのかも分からない。


終点のアナウンスが流れた。客は和子だけになっていた。


バスが止まり、扉が開いた。和子は立ち上がり、料金箱に運賃を払った。カードを当てると、短い音が鳴った。


降り際に、和子は運転席の体に「ありがとうございました」と言った。晴男がそう言われた話をしたことはなかった。終点で降りる客は、たいていそう言う。


体は前を向いたままだった。和子がステップを降りると、扉が閉まった。行き先の表示が切り替わり、バスは車庫のほうへ曲がっていった。

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