ドンキーコースの仲間たち
お金がなくて貴族なのに学院に行けなかった者は試験を受けて見習いとして王城で働く。
一生、下働きだとくさっていた若者が、ある少女を見て発奮する。友情に熱い彼は、いつしかリーダーとして同期をひっぱり、先輩として後輩を導く。
僕はパーシー。伯爵家の五男だ。
伯爵家といえば聞こえはいいが、我が家は昔から裕福ではない。それでも、上の兄たちはどうにか学院へ通うことができた。
僕も当然、兄たちと同じ道を進むのだと思っていた。
ところが、入学を翌年に控えた夏、領地を大雨が襲った。川が氾濫し、畑だけでなく、橋や水車まで流された。
領民の家を直し、次の植え付けの種を用意しなければならない。そんなときに、五男の学費へ回す金などあるはずがなかった。
「すまない、パーシー」
父は、僕に向かって深く頭を下げた。
「お前だけ学院へ行かせてやれない。父親として情けない」
「僕が働いて、学費を作る」
長兄もそう言ってくれた。ほかの兄たちまで、自分たちの本や馬を売ると言いだした。
「やめてください」
僕は慌てて兄たちを止めた。
「橋を直すほうが先です。僕一人のために、領民を困らせるわけにはいきません」
立派なことを言ったが、悔しくなかったわけではない。
学院で学び、同年代の貴族とつながりを作らなければ、僕の将来は狭くなる。五男に継ぐ領地はない。家に残っても、兄の手伝いをするくらいしか仕事がない。
そこで僕は、学院へ行かなくても王宮で働ける見習い試験を受けた。
試験に合格し、初めての顔合わせへ行くと、集まっていたのは二十名だった。
大半は僕と同じような立場の貴族だった。家に金がない者。兄が多く、家を継げない者。家の事情で学院へ行けなかった者。
皆、選ばれた喜びよりも、これで一生下働きなのかという、やりきれなさを顔ににじませていた。
その中に、平民も何人か混じっていた。
平民はすぐに分かった。立ち方も礼の仕方も、貴族とは違う。隣を見て、必死に真似をしている者さえいた。
それなのに、彼らの顔は希望にあふれていた。
(平民なら、王宮で働けるだけで幸せなのだろうな)
そのときの僕は、少し意地の悪いことを考えていた。
特に目立っていたのが、いつも三人で行動している者たちだった。
銀色の髪のリシアと、平民のケントは、見習いになる前から知り合いらしい。そこへダグラスという大柄な男が加わったようだった。
「ケント、礼をするときは、もう少し背を伸ばして」
「こうか?」
「ええ。さっきよりずっとよくなったわ」
「リシア、俺は?」
ダグラスが横から聞くと、リシアは少しだけ首をかしげた。
「まず、ケントの足を踏むのをやめましょうか」
「おい、痛いと思ったらお前か!」
「悪い。緊張してるんだ」
二人が騒ぐ横で、リシアは呆れずに何度でも教えていた。礼儀だけでなく、授業で分からなかったところも説明しているらしく、二人は何とか勉強にもついてきていた。
リシアが平民なのは事情がありそうだが、詮索する気はなかった。
ある日、研修で外務部を見学した。
僕たちが並んで説明を聞いていると、きつい化粧の匂いをさせた女が近づいてきた。流行を追っているつもりなのだろうが、飾りをつけすぎた服は、かえって古臭く見えた。
その女は僕たちの前で足を止めると、腕に抱えていた書類を床へ落とした。
「まあ、大変。見習いの皆さん、拾ってくださる?」
口では困ったと言いながら、女は笑っていた。
明らかに、わざとだった。
誰も動けずにいると、リシアが真っ先にしゃがんだ。
「踏まれてはいけません。急いで拾いましょう」
リシアが静かに声をかけたため、僕たちも慌てて書類を拾い始めた。
ケントが何枚か集め、リシアへ渡した。
「リシア、これも頼む」
「ありがとう、ケント」
それを見て、僕たちも何となく拾った紙をリシアへ渡した。
「こちらもお願いします」
「はい」
リシアは受け取った書類へ素早く目を走らせ、迷いなく重ねていった。散らばっていた紙が、彼女の手の中で次々と正しい順番に戻っていく。
僕は、その様子を見て息をのんだ。
書類には外国語が使われていた。僕には題名すら読めない。
(この人は、読めているのか?)
リシアは書類をすべてそろえると、案内役の文官へ渡した。その際、一枚の紙を指して何かを小声で伝えた。文官の顔色が変わったのを、僕は見逃さなかった。
あのとき、予感がした。
この娘は、ただの見習いでは終わらない。
その予想は、すぐに当たった。
リシアが、王太子殿下の御子息であるギルバード殿下の語学教師に選ばれたのだ。
知らせを聞いた瞬間、僕の頭に浮かんだのは祝福よりも先に、これは好機だ、という考えだった。
リシア本人へいきなり近づけば、あからさますぎる。だから僕は、まずケントへ声をかけた。
「ケント。今日の授業で分からなかったところはあるか?」
「全部だ」
あまりにも堂々と答えられ、僕は思わず笑った。
「それなら、一緒に勉強しないか。どうせ同じ見習いなのだから、皆で合格を目指したほうがいい」
「合格?」
「見習いのままで終わるつもりはないだろう?」
ケントは少し驚いたあと、うれしそうに笑った。
「もちろんだ。俺は騎士になる」
「では決まりだ。放課後、食堂に集まろう。勉強ばかりでは続かないから、ときどき皆でお茶も飲もう」
幸い、ケントとは気が合った。
狙ったとおり、ケントはリシアも勉強会へ誘った。リシアは殿下の授業があるため毎回は来られなかったが、時間があるときには顔を出し、皆の質問に答えてくれた。
僕はリシアを見かけると、どれほど離れていても必ず声をかけた。
「リシア、おはよう」
「おはようございます、パーシー」
たったそれだけでもよかった。
上司たちは、リシアが殿下の教師であることを知っている。そのリシアと僕が親しげに言葉を交わすところを、さりげなく見せた。
(使える縁は、使わなければ損だ)
我ながら計算高いとは思った。
だが、僕は彼らを利用するだけのつもりだったわけではない。
ケントもダグラスも、驚くほど素直だった。分からないことを恥じずに聞き、できるようになるまで何度でも練習した。ほかの同期たちも、それぞれ得意なことを教え合うようになった。
気がつけば僕は、誰が何を得意としているのかを覚え、勉強会の席を決め、困っている者へ声をかけるようになっていた。
「パーシー、次の休みにも集まるのか?」
「もちろんだ。午前は計算、午後は礼法だ。ケントは礼法から逃げるなよ」
「騎士に礼法なんて必要か?」
「王宮で働くなら必要だ」
「リシアと同じことを言うな」
ケントが嫌そうな顔をすると、皆が笑った。
そして、ケントとリシアの誕生日が同じだと知った。
(この好機を逃すものか)
僕はすぐに同期全員へ声をかけ、二人の誕生日を祝うことにした。豪華な宴など開けない。皆で少しずつ金を出し、食堂に菓子と茶を用意しただけの、ささやかな祝いだった。
「ケント、リシア。誕生日おめでとう!」
皆が声をそろえると、ケントは照れくさそうに頭をかき、リシアは驚いて目を潤ませた。
「ありがとうございます。こんなふうに、皆さんに祝っていただけるなんて……」
そのとき、食堂の扉が開いた。
入ってきたのは、ギルバード殿下とアレクサンダー殿下だった。
二人の後ろには、菓子や果物を抱えた侍従たちが並んでいる。
僕たちは一斉に立ち上がった。驚きのあまり、椅子を倒した者までいた。
「そのままでいい。今日は二人を祝いに来ただけだ」
ギルバード殿下がそうおっしゃった。
「リシアと仲良くしてくれて、ありがとう」
殿下方は同期の一人一人と言葉を交わし、長居はせずに帰っていった。
だが、僕たちにとっては十分だった。
あの日から、僕たちを見る周囲の目は変わった。
僕たちは、同期のつながりを大切にした。誰かが困れば助け、別の部署へ移っても情報を交換した。後輩が入れば勉強会へ誘い、仕事を探している者がいれば、適性に合う部署へ紹介した。
出世へ結びつくという計算も、もちろんあった。
けれど、それ以上に、皆がいいやつだった。
頑張っている者が、学院へ行けなかったというだけで諦めるのは惜しい。助けられるなら助けたい。いつしか僕は、本気でそう考えるようになっていた。
やがて同期会は、同期だけの集まりではなくなった。
見習い出身者や、その紹介を受けた者たちが加わり、部署や身分を超えた大きな組織へ育っていった。
僕はその会長として、なかなか高く評価されている。
自分で敏腕会長と名乗ったところ、誰も否定しなかった。だから、おそらく本当に敏腕なのだろう。
僕たちが通った見習い課程は、いつからかドンキーコースと呼ばれるようになった。
最初は、学院へ行けない者が選ぶ道だと見下されていた。
今では、学院へ行くより先に現場へ出ることが、かえって有利だと考える者も増えている。学院で築くはずだった人脈も、僕たちの同期会が補うようになった。
そして僕は今、宰相の側近として働いている。
ときには、ギルバード殿下やアレクサンダー殿下を諫めることさえある。
もっとも、お二人を止めるのは、昔の見習い試験より難しい。
今日は、新しい見習いを選ぶ試験の日だ。
試験会場へ入ると、緊張した若者たちが一斉に僕を見た。上等な服を着た者もいれば、何度も繕った服を着た者もいる。
かつての僕のように、悔しさを隠している者もいた。
かつてのケントたちのように、希望で目を輝かせている者もいた。
「皆さん、おはようございます。試験を始める前に、一つだけお話しします」
僕が声をかけると、会場が静まり返った。
「今日ここにいる皆さんには、それぞれ事情があるでしょう。学院へ行けなかった者も、家を助けるために早く働きたい者も、身分に関係なく力を試したい者もいると思います」
若者たちが、まっすぐ僕を見つめる。
「ですが、ここは夢を諦めた者が来る場所ではありません。学院とは違う道から、未来へ進むための入り口です」
僕は、あの日の顔合わせを思い出した。
書類を拾ったリシア。
何も分からないと言いながら、決して勉強から逃げなかったケント。
皆で囲んだ食堂のテーブル。
あの日の僕は、こんな未来を夢にも思わなかった。
「試験に合格しても、それだけで道が開けるわけではありません。学び、働き、人を助けてください。そして、自分が助けられたことを忘れないでください」
僕は一度言葉を切り、緊張した顔を並べる受験者たちへ笑いかけた。
「皆さんの中から、いつか僕の上司になる方が現れるかもしれません。そのときは、どうか優しくしてください」
会場のあちこちから、小さな笑い声が上がった。
張り詰めていた若者たちの肩から、少しだけ力が抜ける。
「それでは始めましょう。皆さんの健闘を祈ります」
試験官が問題用紙を配り始めた。
僕は未来ある彼らを見渡し、心の中で、もう一度エールを送った。
(頑張れ。ここから先は、君たち次第だ。――僕たちが、そうだったように)
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