この世界3
ハッ、と気が付けば、いま、俺の尻を平手で叩いた彼女、つまりこの世界での母だが。
その母の息子として転移してきた事を、この肉体の主の記憶を辿りながら、彼女との話を統合した。
どうも、反魂、召喚の術で、この息子の他に、それぞれ、家庭の男子を呼び戻す術を行使したようだが、結果、召喚、反魂されなかった。
それでも何度か、試みてはみたが、うまくいかず、ようやく呼び出されたのが俺の様だった。
その時は、村中お祭り騒ぎで、一晩中お祝いで、にぎやかだったらしい。
その時は、僕が熱でうなされていたからだろう、記憶には薄いが、確か枕もとで、僕の名を呼び出した様に。
だれかが僕に何かを言っていたように、その感覚はうっすらと片隅にある。
いずれにしても、こんなに歓迎されるなんて、今までの人生で皆無だった。
家では、出来る兄や妹と比較され。あからさまに、出来ない俺に親が何かあるわけでもないし、兄や妹から蔑まされる訳でもなく、逆に優しくしてくれるのが辛く、勝手にひねくれて。
で、そんな自分が嫌で、誰とも関りを待たなくなって、学校では、可もなく不可が若干多い、特に目立たない、かといって、嫌われているわけでもなく、十把一絡げ、一山いくら、一緒くた、要はモブの様な。
だから、俺の様な存在がここでは認められ、必要とされ、ているのが心地いい。
元々、体を動かすのは嫌いではない方なので、農作業や、なにか手伝いをするのは、苦にはならない、むしろ喜んでくれたり、感謝されるのが心地良い。
だがまだ、彼女達は、僕に何か言っていない事があるみたいだ。
それは僕も同じで、僕そのものが、異世界からやってきた転移者だとはまだ気付いていない。
純粋にこの肉体の持ち主の、おそらく息子だろう、彼の魂、精神が蘇って召喚されたと思っているようだ。
だからあえて、こちらから名乗る必要も無いし、何となくこのままでいいのではと思っていた。
僕はそのままこの世界の住人になろうと、それが最善策のような気がした。
そして、時間は過ぎた。
この村の外れに長い川が走っていてずっと海まで走っている、どこからながれているのか、一度水源を見に丸一日かけ上流に行ってみたが辿り着かず、水源であろう山や、山脈の陰すら辿り着かなかった。
さて、と農機具を一輪車から降ろし背嚢を代わりに荷台に置き、鍬を片手に土を耕し始めた、前回の続きだ。
日が昇り切り、ある程度区切りのいい所で終わった。
従妹が背中に薪を拾った帰りだろうか森からの帰りだろうか、背中に一杯薪を背負って歩いて通りかかった。背負った薪の間に工夫して四角い布を日傘の様にして、日よけを作り長い髪を後で団子にして、頭には鉢巻をして汗が身に入ったりするのを防いでいた。
もう終わりなの、と声を掛けた彼女は汗でびしょびしょになっていた。
濡れた着物が体に貼りついていて、少しドキッとした。
出来るだけ、見ないようにして、暑そうだったから、俺の背嚢が置いてある、一輪車まで水筒をとりに行き、彼女に水分補給を促した。
喉を鳴らして飲む彼女はなんだかみてはいけないものを見ている様で、直視することは出来るだけ避けた。
その様子をみて、彼女は、間接、と言って、水筒を手渡した。
間接?と言いながら受け取った水筒を見て、何かに気付いてあっ、といった頃には、悪戯っぽい笑顔を残して、走って追いつけないくらいの距離に、離れて言っていた。
水筒を片手に彼女が去った方を見ていると、後ろから、どうしたの、と声を掛ける女の人の声、声の主は鉈を腰にぶら下げた、大きいお姉さん。
そして、小さいお姉さんが、少し含みのある表情で、近寄って来て、飲まないの?と冷やかしてきた。
耕している状況をきいて、大きいお姉さんはあの川のところまで耕したら今日は終わりにしましょう、手伝うわ、と言いながら、畑に降りていった。
小さいお姉さんは、草抜きを手伝うと言って畑に降りてきた。
農作物が荒らされている。
どうも、野良の害獣が森から降りてきてるんじゃないかと、母さんが鍋を笏でかき回しながら言った。
父さんが今まで追い払って、森の奥に閉じ込めていてくれたから、ほとんど害が無かったんだけど。と続けた。
こんなに家族思いのひとはどんな人だったんだろう、お父さんと言う人は。
と、思いを馳せた。
俺もそんな男になれるだろうか。
自分の奥さん、家庭を全力で守る、いや、それだけでない、誇りを守れる。地域や社会を守っていける男、いいや、人間として、自分は成れるのだろうか。
それと共に、畑での大きいお姉さん、小さいお姉さんの言葉も思い出した。
術を使って、蘇らせたこと、父や、夫、婚約者を同じく術を使ったが無理だった。
小さき月が砕けた事によって、不可能となった。
だが、唯一成功したのは、あなた。
その触媒として、使用したのが、本人からの思いの詰まった手紙、そしてある薬草、そして残り少ない時間。
そう、先の大戦で、この世界は終わりを迎える。
小さき月が砕け、この世界は理の埒外になってしまったから。
戦場からの手紙は飛行船によって、定期便で、自動航行でやってくるはず。
今まで届いてきた手紙で、あなたが召喚反魂された。
しかし、最近手紙は途絶えてしまった。
唯一の希望は、家族みんなが揃うこと、あなたがその少ない可能性に、希望を乗せることが出来る。
世界の終わりは、変えられない。
でも、みんなが、もう一度会うことは出来る。
きっとできる。
そう、彼女達は僕をじっと、僕の瞳の奥の可能性を探る様に、そして、縋るようにみつめた。
母の後ろ姿を見ていると、先程の大きい姉と小さい姉の言葉を反芻していた。
この世界が、もうじき終わる。
お時間頂戴しております。この物語にお付き合い下さり、誠にありがとうございます。




