迷亭先生、月世界へ行く
ある晴れた日の午後、迷亭先生が血相を変えて苦沙弥先生の書斎へ飛び込んできます。「君、大発見だ! ついに私は自力で月へ行く方法を発明したのだよ!」。
いつもの大ボラだと一笑に付す苦沙弥先生を尻目に、話を聞きつけた寒月君は「先生、それは素晴らしい! 浮力計算は? 推進剤は液体水素ですか?」と目を輝かせ、東風君は「月に行く…なんと詩的な…」と句を詠み始めます。
「吾輩は猫である」きってのトリックスター、迷亭先生のキャラクターを最大限に活かしたコメディです。彼の嘘が大きな騒動に発展していきます。
吾輩の出自については、既に主人がどこぞの雑誌に書き散らした通りであるから、今更繰り返すまでもない。吾輩が言いたいのは、この家に住み着いて以来、実に様々な人間共の生態を観察してきたが、今日ほど馬鹿馬鹿しく、そして今日ほど人間という生き物の奇妙な本質を目の当たりにした日はない、ということである。
それは、秋も深まり、庭先の金木犀が最後の香りを振り絞っているような、穏やかな昼下がりのことであった。吾輩はいつもの通り、暖かい日差しを一身に浴びて、主人の書斎前の縁側で心地よく微睡んでいた。胃弱の主人は例によって書斎で唸っており、家の中は平和そのもの。この静寂こそが猫にとっての至福である。
その至福を、轟音と共に破壊する者が現れた。
「苦沙弥君! おい、苦沙弥君! 大変だ、世紀の大発見だよ!」
がらりと障子を乱暴に開け放ち、土足も構わず書斎へ駆け込んできたのは、あの美学者、迷亭先生その人であった。その形相は、普段の飄々とした態度はどこへやら、まるで鬼にでも追われているかのようである。いや、鬼を追いかけているのかもしれぬ。
「何だね、君は。もう少し静かに入って来られんのか」
主人は、机に突っ伏していた顔を不機嫌そうに上げた。彼の顔色は相変わらず悪いが、迷亭先生の常軌を逸した様子に、さすがに驚きを隠せないでいる。
「静かにしていられる場合じゃないのだよ! 君、聞いて驚きたまえ。ついに私は、自力で月へ行く方法を発明したのだ!」
迷亭先生は、両手を大きく広げ、胸を反らし、まるで舞台役者のように大見得を切った。
月へ、行く。
吾輩は思わず耳をぴくりと動かした。月といえば、夜な夜な吾輩が屋根の上から眺める、あの黄色い丸いものである。あれへ行く、と。人間というものは、時折意味の分からぬことを言い出す生き物であるが、これはその中でも群を抜いて意味が分からぬ。
主人は、一瞬ぽかんとした後、盛大に溜息をついた。
「……また始まったか。君の冗談も大概にしないと、本当に愛想を尽かされるぞ。月へ行くだなんて、竹取の翁でもあるまいし」
「冗談ではない! 断じて冗談などではないのだよ、苦沙弥君。これは科学と芸術が融合した、人類史上最大の壮挙なのだ!」
迷亭先生は少しも怯まない。その目は狂気とも情熱ともつかぬ光で爛々と輝いている。吾輩は、この男の言うことの九分九厘は出鱈目であることを経験上知っている。しかし、その出鱈目に妙な説得力と、人を巻き込む力があることも、また知っているのである。
主人が「馬鹿馬鹿しい」と相手にしない構えを見せていると、そこへ都合よく、更なる客人が現れた。理学士の寒月君と、俳人の東風君である。
「おや、先生方、何やら賑やかですな」
「迷亭先生、こんにちは。何か面白いことでも?」
二人が顔を覗かせると、迷亭先生は待ってましたとばかりに、再び声を張り上げた。
「おお、来たか、両君! 実に良いところへ来た。今まさに、我が月世界渡航計画の全貌を明らかにしようとしていたところだ!」
「月世界……渡航計画?」
寒月君の目が、きらりと光った。この男は、専門分野のこととなると途端に純真な子供のようになる癖がある。
「先生、それは素晴らしい! まさか、ジュール・ヴェルヌの小説を現実に? 浮力計算は? 気球ですかな、それとも火薬の推進力を用いるのですか? 液体水素のような最新の推進剤をお考えで?」
矢継ぎ早の質問に、主人は呆れて首を振っている。しかし迷亭先生は悠然と頷いた。
「寒月君、君のその科学的探究心は買う。だが、私の発明はそんな陳腐なものではない。浮力? 推進剤? そんなものは西欧の猿真似だ。我が方法は、もっと東洋的で、もっと芸術的なのだよ!」
そう言うと、迷亭先生は懐から一枚の大きな和紙を取り出し、ばさりと机の上に広げた。
そこに描かれていたのは、吾輩も思わず「にゃ?」と声を漏らしそうになるほど奇妙な絵であった。丸々とした達磨の胴体に、鳥のような翼が申し訳程度に生えており、頭の上にはプロペラらしきものがちょこんと乗っている。どう見ても、先日主人が退屈まぎれに描いては失敗した達磨の絵に、迷亭先生がいたずら書きを加えたものとしか思えぬ。
「これだ! これが我が発明、『飛翔達磨・望月号』の設計図だ!」
寒月君は、その珍妙な図面を食い入るように見つめている。
「これは……独創的ですね。この翼の揚力と、頭上の回転翼で浮揚し、推進力は……?」
「そこだよ、寒月君! 推進力は『気』だ! 気合だよ!」
「き、気合……でありますか?」
「そうだ! 搭乗者、つまり私の精神力、芸術的インスピレーションが頂点に達した時、この望月号は霊的なエネルギーを推進力に変え、一気に大気圏を突き抜けるのだ! 言わば、これは『精神感応式飛翔装置』なのだよ!」
もはや科学でも何でもない。しかし、寒月君は「なるほど……精神エネルギーの物理的転換ですか。それはまだ誰も証明していない分野ですが、理論的には……」などと真剣に腕を組んで考え込んでいる。この男の頭の構造は、常人には計り知れぬ。
一方、東風君はうっとりとした表情で、その設計図を眺めていた。
「月へ……なんと詩的な響きでしょう。先生が月に立たれるお姿、想像しただけで句が浮かんできます」
そう言うと、彼は早速懐から手帳を取り出し、さらさらと筆を走らせ始めた。
「『秋の夜や 達磨飛び立つ 縁の先』……いや、これでは情景が小さい。『銀漢を 背に舞い上がる 達磨かな』……ううむ」
一人で句の世界に没入している。
主人は、この混沌とした状況にすっかり当てられ、胃のあたりをさすりながら呻いている。
「君たち、いい加減にしてくれんか。私の書斎は君たちの妄想倶楽部ではないのだぞ。大体、気合で空が飛べるなら、警察も軍隊も要らんではないか」
「苦沙弥君、君は夢がないな。だから胃弱なのだ。いいかね、これは単なる飛行ではない。芸術なのだ。行為なのだよ」
迷亭先生は、呆れる主人を尻目に、今度は月での生活について滔々と語り始めた。
「まず月に到着したら、月の都の王に謁見せねばならん。月の住人は我々のような肉体ではなく、光でできた身体を持っている。だから、言葉ではなく、心で対話するのだ。私が日本の美の真髄を説けば、彼らもきっと感銘を受けるに違いない」
「先生、月の兎は本当に餅を搗いているのでしょうか?」
寒月君が素朴な疑問を口にする。
「愚問だな、寒月君。彼らが搗いているのは餅ではない。宇宙の真理だよ。そして、その原料は星屑なのだ。私は彼らと協力して、新しい芸術論を打ち立てるつもりだ」
「まあ、素敵ですわ」
いつの間にか、主人の奥方までが話の輪に加わっていた。彼女は目を輝かせている。
「月でお洗濯はできるのかしら。水はあるのかしら?」
「奥さん、ご心配なく。月の水は『銀の水』と呼ばれ、どんな汚れも一瞬で洗い流す万能の水です。それに、月の重力は地球の六分の一。洗濯物を干すのも楽なものですよ」
迷亭先生の口からは、よどみなく出鱈目が流れ出てくる。その様は、もはや一種の芸であった。
吾輩は、縁側で彼らの会話を聞きながら、人間というものの想像力の逞しさと、それをいとも簡単に信じ込んでしまう純粋さ(あるいは愚かさ)に、改めて感心していた。気合で飛ぶ達磨。光の住人。真理を搗く兎。銀の水。どれ一つとして現実味はないが、彼らの頭の中では、既に迷亭先生は月世界を悠々と散歩しているのである。
この小さな書斎から始まった法螺話が、やがて日本中を巻き込む大騒動に発展するなどとは、この時、吾輩を含め、誰も予想していなかった。
*
噂というものは、猫の歩みより速い。
迷亭先生の月世界渡航計画は、まず近所の井戸端会議の恰好の的となり、そこからあれよあれよという間に東京中に広まっていった。話には尾ひれがつき、「かの美学者、自作の空飛ぶ機械で月へ行くそうな」「いや、もう兎と文通しているらしい」「政府も極秘に支援しているとのことだ」などと、日に日に壮大になっていく。
そして、ついに嗅ぎつけたのが新聞社であった。
ある日の午後、主人の家に「毎朝新聞」と名乗る、眼鏡をかけた小生意気そうな男が取材にやって来た。
「こちらに、月へ行かれるという迷亭先生がいらっしゃると伺いましたが」
主人は「そんな馬鹿な話はありません」と追い返そうとしたが、運悪く、当の迷亭先生がひょっこり顔を出したのである。
「おお、私が迷亭だがね。君は新聞記者かね。よろしい、私の偉業を天下に知らしめる時が来たようだ」
迷亭先生は記者を書斎に招き入れると、例の『飛翔達磨・望月号』の設計図を広げ、例の如く大演説をぶち始めた。記者は最初こそ半信半疑の体であったが、迷亭先生の自信に満ちた態度と、人を煙に巻く巧みな弁舌に、次第に引き込まれていった。
「先生、これはまさに現代のドン・キホーテですな! しかし、その情熱は本物とお見受けした!」
記者は目を爛々とさせ、猛烈な勢いでペンを走らせている。
翌日の毎朝新聞の社会面には、それはもう大きな活字で、こんな見出しが躍っていた。
【現代のドン・キホーテ、月へ! 美学者・迷亭氏、独自の理論で大空への挑戦!】
記事には、迷亭先生の勇ましい肖像写真と共に、あの珍妙な設計図までが掲載されていた。内容は、迷亭先生の語ったことを面白おかしく、しかしどこか英雄譚のように書き立てたもので、「精神エネルギーによる飛行」「月の兎との芸術談義」といった荒唐無稽な話が、さも真実であるかのように報じられている。
この記事は、世間に絶大な影響を与えた。
人々は、日露戦争後のどこか張り合いのない空気に飽いていたのかもしれない。迷亭先生という突拍子もない人物の出現は、格好の娯楽となったのである。
「面白いじゃないか、やらせてみろ」
「成功したら日本の誇りだ」
「どうせ失敗するに決まってる。見ものだな」
賛否両論、というよりは、ほとんどが野次馬根性であったが、とにかく迷亭先生は一躍時の人となった。苦沙弥先生の家には、連日見物人が押し寄せ、垣根の外から中を覗き込む始末。中には「計画の足しに」と寄付金を置いていく者や、「私も弟子にしてくれ」と押しかけてくる若者まで現れた。
主人の胃痛は、言うまでもなく悪化した。
「もうたくさんだ……。私の家を見世物小屋にするのはやめてくれ……」
彼は頭を抱え、書斎に閉じこもってしまった。奥方も、最初は面白がっていたものの、あまりの騒ぎにすっかり疲れ果てた様子である。
吾輩も迷惑であった。家の周りをうろつく人間どものせいで、静かに昼寝もできやしない。時折、物珍しそうに吾輩を指さす不届き者もいる。「あれが迷亭先生の猫かいな」「いや、苦沙弥先生の猫だ」「どっちでもいいが、ふてぶてしい顔をしとるわい」。失敬な。吾輩は吾輩である。
迷亭先生本人は、この騒動を心底楽しんでいるようであった。新聞の切り抜きを大事そうに懐に入れ、訪ねてくる人々を相手に、ますます話を大きくしていく。
「打ち上げは来月だ。場所は今、陸軍と交渉している」「月の石を持ち帰ったら、まずは宮中に献上せねばなるまい」「ああ、心配はいらん。帰りは地球の引力に乗って、スルスルと戻ってこられる」
寒月君は、打ち上げ成功のための物理計算(もちろん、その前提となる迷亭理論自体が架空なのだが)に没頭し、東風君は来るべき壮挙を詠んだ句集『月世界頌』の制作に励んでいる。彼らの純粋さは、この狂騒の中で一服の清涼剤のようでもあり、また火に油を注ぐ燃料のようでもあった。
吾輩は、日に日にやつれていく主人を眺めながら思った。人間社会とは、かくも一つの嘘によって簡単に動かされてしまうものか。迷亭先生が放った一本の矢は、人々の好奇心や退屈、功名心といった的を次々と射抜きながら、どこまでも飛んでいく。そして、その矢がどこに着地するのか、あるいはしないのか、誰にも分からなかったのである。
*
そして、ついに運命の「打ち上げ当日」がやってきた。
日付は十月二十五日。雲一つない、抜けるような秋晴れの日であった。場所は、東京郊外の広い原っぱ。どこから聞きつけたのか、数千人というおびただしい数の野次馬が集まり、黒山の人だかりを作っていた。警官が数十人出動し、人の波を整理しているが、まったく追いついていない。新聞記者たちは、一番見やすい場所に陣取り、大きな写真機を構えている。
その群衆の視線が注がれる先、原っぱの中央には、例の『飛翔達磨・望月号』が鎮座していた。
それは、吾輩の想像を遥かに超える代物であった。高さは三間(約5.4メートル)はあろうか。竹で組んだ骨格に、和紙を幾重にも張り合わせ、赤や金で派手な彩色が施されている。設計図に忠実(?)な、丸い胴体と小さな翼。頭上には、風が吹くたびにカラカラと頼りない音を立てる木製のプロペラ。全体がぐらぐらと揺れており、どう見ても人の体重を支えて空を飛べるような構造ではない。巨大な張りぼて、あるいは祭りの山車と呼ぶのが相応しい。
吾輩は、人混みを掻き分け、どうにか前の方までやって来ていた。というのも、不安でたまらない主人が「猫でも傍にいれば少しは気が紛れる」などと訳の分からぬことを言い、吾輩を懐に入れて連れてきたからである。窮屈で迷惑千万だが、この歴史的(?)瞬間を見届けたいという好奇心も、また事実であった。
主人は、寒月君や東風君と共に、張りぼてから少し離れた場所に立っていた。彼の顔は土気色である。
「迷亭の奴、一体どうやってこの場を収める気なんだ……。民衆に石でも投げられたらどうする……」
寒月君は、何やら数式がびっしりと書かれた紙を片手に、そわそわと空を見上げている。
「風速、湿度、共に良好です。先生の精神エネルギーが最高潮に達すれば、計算上は……」
東風君は、既に感極まっているのか、ハンカチでしきりに目頭を押さえている。
「ああ、迷亭先生……。先生は、我々の夢を乗せて、今、月に旅立たれるのだ……」
群衆の期待が最高潮に達した、その時であった。
人々の間から割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。見ると、一張羅の燕尾服にシルクハットという出で立ちの迷亭先生が、悠然と張りぼての方へ歩いてくるではないか。その顔には、一片の不安もてらいもなく、ただただ自信に満ちた笑みが浮かんでいる。
迷亭先生は、張りぼての前にしつらえられた小さな演台に登ると、シルクハットを取って、四方へ優雅に一礼した。歓声はさらに大きくなる。
「静粛に! 静粛に!」
迷亭先生が両手を広げると、あれほど騒がしかった群衆が、水を打ったように静まり返った。彼は、集まった人々一人一人の顔を見渡すようにゆっくりと視線を動かし、やがて朗々とした声で語り始めた。
「諸君! 本日は、我が『月世界渡航計画』の記念すべき打ち上げの日に、かくも多数お集まりいただき、感謝に堪えない!」
万雷の拍手。
「諸君は、今日、歴史の証人となる! 我々は今日、不可能という名の重苦しい壁を、人間の夢と情熱の力で打ち破るのだ! 月はもはや、詩人が詠い、恋人たちが見上げるだけの存在ではない! 我々が到達すべき、新たな故郷なのだ!」
「おおーっ!」という地鳴りのような歓声が原っぱに響き渡る。迷亭先生は、実に楽しそうに演説を続ける。
「科学者たちは笑うだろう! 物理法則に反すると。常識がないと。結構! 大いに笑うがいい! ガリレオも、コロンブスも、はじめは皆に笑われたのだ! 新しい世界は、いつだって常識を疑う者、夢を見る者の手によって切り拓かれてきたのだ!」
演説は佳境に入る。群衆は完全に彼の言葉に酔いしれていた。ある者は拳を突き上げ、ある者は涙を流している。主人は懐の中で「もうだめだ……おしまいだ……」と呟いている。
そして、迷亭先生は一呼吸置くと、ひときわ声を張り上げた。
「しかし諸君! よく考えてみたまえ! 真の月世界とは、一体どこにあるのか!」
群衆は、きょとんとして顔を見合わせる。
「それは、我々の頭上、三十八万キロの彼方にある、あの冷たい岩塊のことだろうか? 否! 断じて否である!」
迷亭先生は、力強く首を振った。
「真の月世界とは! 我々の心の中にこそ存在するのだ!」
え? と、誰かが呟いた。原っぱの空気が、一瞬にして変わった。
迷亭先生は、構わずに続けた。
「私が発明したかったのは、月へ行くための機械ではない! 月へ行きたいと夢想する、この素晴らしくも愚かで、そして愛すべき人間の心を再発見するための、壮大なる『舞台装置』なのだよ!」
彼は、背後にある巨大な張りぼてを、芝居がかった仕草で指し示した。
「この『飛翔達磨・望月号』は、月へは飛ばん! 飛べるはずがない! これは、諸君の夢を、好奇心を、そしてこの私という役者の言葉を乗せるための、ただの張りぼてだ! 私が作り上げたかったのは、この数ヶ月にわたる、この馬鹿馬鹿しくも楽しい騒ぎそのもの! この騒ぎこそが、私の生涯を賭けた一大芸術作品なのだよ!」
一瞬の沈黙。
そして、次の瞬間、原っぱは爆笑の渦に包まれた。
「やられた!」「一杯食わされたわい!」「見事な詐欺師だ!」「あはははは!」
怒り出す者も僅かにいたが、大半は、そのあまりに見事な幕引きに感心し、笑い転げていた。新聞記者たちは、「してやられた!」と頭を掻きむしりながらも、その目は興奮で輝いている。「世紀の詐欺か、至高の芸術か!」「迷亭氏、日本中を舞台に壮大な狂言!」などと、明日の見出しを考えているに違いない。
演台の上で、迷亭先生は高らかに笑い、満足げに深々と一礼した。
その隣では、寒月君が「なるほど……そういうことでしたか。人間の心理を誘導するという、高度な応用物理学だったのですね……」と一人で納得し、東風君は「ああ、なんと詩的な結末でありましょうか……。現実の月より、心の月こそが真……」と、新たな句想に浸っている。
そして、吾輩の主人、苦沙弥先生は。
彼は、安堵と脱力で、その場にへたり込んでしまった。その顔には、怒りでも呆れでもなく、ただただ疲れ切った、しかしどこか解放されたような、奇妙な微笑が浮かんでいた。
吾輩は、主人の懐からそっと顔を出し、この滑稽で、しかしどこか美しい人間たちの饗宴の結末を見届けた。
人間は、実に馬鹿馬鹿しい。
一つの嘘に振り回され、熱狂し、そして最後には笑い飛ばす。猫の目から見れば、理解しがたいことばかりだ。
だが、と吾輩は思う。
この馬鹿馬鹿しさがあるからこそ、人間は退屈せずに生きていけるのかもしれない。このどうしようもない愚かさこそが、彼らの持つ、一種の希望なのかもしれない。
やがて騒ぎも収まり、人々が三々五々散っていく中、吾輩は主人の腕に抱かれて家路についた。
帰り着いた我が家は、いつもの静けさを取り戻していた。吾輩は、懐から解放されると、まっすぐに縁側へ向かった。
そこには、西に傾いた太陽の、暖かく柔らかな光が満ちていた。
吾輩は、いつもの場所にごろりと寝転がり、大きく一つ伸びをした。
月へ行くのも結構だが、やはり縁側で昼寝するに限る。
吾輩は猫である。名前はまだ無い。
そして、明日もまた、この場所で、飽きもせず人間観察を続けるのである。
『迷亭先生、月世界へ行く』をお読みいただき、誠にありがとうございます。迷亭先生がもし本気で(?)大ボラを吹いたら、という想像からこの物語は生まれました。彼の嘘が巻き起こす騒動を通して、人間の愚かさや純粋さ、そして夢見ることの可笑しみと素晴らしさを描こうと試みました。
猫の冷ややかな視線の先にある、この滑稽で愛すべき人間喜劇を、少しでもお楽しみいただけたなら幸いです。