コンコルド広場
使節団一行はルーブル美術館を出た。コンコルド広場の中央に人だかりができていた。どうやら大道芸人がいるらしい。
「せっかくなので、どうです?見ていきませんか?」と一行の世話役のフランス人が言った。
「御意。罷り越そうぞ。」と池田は言った。
子どもから大人まで幅広い人たちが輪になっている。子どもたちの方が少し多い。その輪の中で大道芸人は、自ら用意した綱を引いて、綱渡りをしている途中だった。
「ほう。これは軽業か。まさか彼方の異国にも斯様な芸があろうとは、肝を潰すばかりよ。」と河津は言った。
「よくよく見れば、あの路傍の者、かんばせを白く塗りておるな。さながら歌舞伎役者の趣よ。」と玉木は、誰に言うでもなく言った。
「あれは、ピエロと申して、西洋にて古より親しまれておる、芝居に登場致す役者にござる。」玉木の横にいた通訳官のブレッキマンが自分の言葉で言った。
「彼がそのピエロと申す者でござるか?」と玉木は尋ねた。
「いや、さにあらず。あれはピエロと申す役を、様々な者が務めるものよ。さすれば、あの如く身を挺して、観衆を楽しませる業にござる。」とブレッキマンは言った。
「なるほど。合点参った。それにしても、彼の綱渡りの業は見事なものよ。斯様な長き距離を、よくぞ落ちずに歩めるものかな。」と玉木は言った。
「拙者も同感にござる。」とブレッキマンは言った。
ピエロは見事に60m近い長さの綱を渡り切った。その瞬間、観衆たちが拍手喝采した。ピエロは帽子を逆さにした。観衆たちはその中にお金を入れていった。そして、入れていった者から立ち去って行った。玉木は興奮した様子で、ブレッキマンを引っ張り、ピエロに近づいて行った。
「斯様な長き縄を、如何にして渡りたるや。何ぞ秘術でもあると申すか?」と玉木はピエロに尋ねた。
「簡単だよ。何も考えずにただバランスをとるだけさ。」とピエロは言った。
「拙者も挑みて宜しきか?」と玉木は言った。
「いいよ。」とピエロは言った。玉木は早速渡り始めた。しかし、すぐ落ちてしまった。
「ちがう、ちがう。そうじゃない!」とピエロは言った。
「待て。今一度、相努めさせられよ。」と玉木は言った。何度も挑戦するのだが、すぐ落ちてしまうか、バランスが崩れそうになるとスタート地点まで足を戻してしまうか、そのどちらかだった。他の侍たちは、そんな玉木を、和やかな目で見たり、熱い声援を送りながら見たりしていた。
「君は、真ん中にとどまろうとしすぎだ!そんなことしたら体もこわばるし、肩にも力が入るし、すぐ落ちてしまうに決まってるじゃないか。そうじゃなくて、常に右へ左へ動き続けるんだよ。ひと時も止まってはいけないよ!そうすれば、真ん中がどういうことなのか分かってくるから。真ん中ってのは180°の真ん中の90°ってことじゃないよ。」業を煮やしたピエロが玉木にそう言った。玉木はピエロの言う事がよく分からなかった。