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この世界がボクから独立するまで  作者: 月 千颯(つき ちはや)
第一章 惑星カティアスの誕生
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第9話 「王都フルトエア―恋愛神偏―」

 出会いはいつも一期一会いちごいちえって、本当だね。姉さまの教会に来て、上級神の権能を使おうと思える人に出会えるとは思ってもみなかったよ。

 枢機卿の言葉からも、孤児院出身というだけで、才能を開花させる機会を得ることがとても難しいというのは、ひしひしと伝わってきた。

 だって、姉さま(神様)が寄付した鉱物を使って装飾品使っているのに、作り手が子どもたちだから、という理由で製作依頼が入らないなんて、理不尽だよね。姉さまは神気を消していたけれど、神気を受けて生成された鉱石は既に強烈なパワーストーンだから、身に付けているだけで近づいた「邪気」は消し飛ぶからね。彼らの作品を買った人は、絶対に恩恵受けているはずだし。

 勝手に加護付けちゃったけど、役立ててもらえると嬉しいな。

 教皇による創造神教会の説明が終わると、席を外していた枢機卿(すうききょう)が戻ってきて、教皇に代わり、教会内を案内してくれることになった。


 ルウィージェスの希望で、初めに教会裏にある工場(こうば)に向かう事になった。

 ちょうど、子どもたちが学び舎(まなびや)から工場(こうば)に来る時間だったようだ。年齢的には12歳から18歳程度の子が多い。ルウィージェスは16歳なのだが神族は成長が遅い為、外見的には8歳程度に見える。8歳くらいの子どもは工場(こうば)には来ないのか、ちらちらとルウィージェスに視線を送る子が多かったが、さらに注目を浴びたのは、やはり(ラン)だったが、我関せずを貫いていた。

 一緒にいるのが枢機卿の為、ジロジロと見たり近づいたりする子はいなかった。


 工場(こうば)に来た子どもたちは、複数の箱に入った鉱石をかなり真剣に吟味(ぎんみ)し、2、3個選んでいた。

 「この箱に入っている鉱石のほぼ全てが公爵閣下からの寄付でございます。」

 ルウィージェスが小さな声でカリンに言った。

「あれ、絶対屋敷の地下から持ってきた石だよね?姉さま、神気を消したうえで渡しているみたいだけど、神気、しっかり感じるし。」

「そう思いますね。私も、薄いですが神気を感じます。」

 枢機卿がルウィージェスに話しかけようとしているのに気付き、カリンは話を止めた。

「すみません、ありがとうございます。ルウィージェス様、もしよろしかったら、近くで実際に図案を基に作成してく工程(こうてい)を見てみませんか?」


 アデルバート枢機卿の案内で、作業している子どもたちの近くを歩く。

「秋に王都内で収穫感謝祭がございます。そこで販売する装飾品(そうしょくひん)を作っている最中でございます。」

枢機卿は年齢の高い、経験値の豊富な子どもたちを中心に紹介していくが、ルウィージェスは前の方に座って作業する女の子のデザインの複数の素案と素案を元に作成したと思われる図案、それと作りかけの装飾品の台座に目が留まった。

 年齢は14、15歳頃だろうか。赤毛で少しくせのあるセミロングの髪を首の後ろでラフに縛っている。

「作業中ごめんね。ちょっと図案を見せてもらってもいい?」

ルウィージェスが女の子に声をかけた。声をかけられた女の子は驚き、枢機卿を見た。

 枢機卿は静かに首を縦に振り、返答を促した。

「あ、はい、どうぞ。」

「ありがとう。」

ルウィージェスはその図案と作りかけの土台を見比べた。図案は非常にシンプルに書かれているが、形が非常に整っており、線もきれいに描かれている。フリーハンドで描いたものとは思えない程、見事な図案だった。そして、その図案の尺度そのままに台座を作成していた。

「名前聞いてもいいかな?あ、ぼくはルウィージェス。」

「マリーと言います。」

「マリーか。ぼく、マリーの図柄、好きだな。」

「あ、ありがとうございます。」

マリーは頬をちょっと赤く染めながら礼を言った。

「アデルバード枢機卿、ここでは注文を受けていますか?」

枢機卿は質問の内容に少し驚いたような仕草を見せた。

「はい、注文は受けておりますが、いかせん、作業者がここの子どものせいか、注文してくれる方がなかなかおらず、未だに叶っておりません。」

 ルウィージェスがマリーに聞いた。

「忙しい所申し訳ないんだけど、新しい紙にカサブランカの留め具のデザインをしてもらえないかな?」

天界・神界において、カサブランカは上級神にしか身に着けることが許されていないデザイン。カリンは驚きルウィージェスを見たが、言葉は飲み込んだ。

 マリーは驚き、枢機卿を見た。

 枢機卿は新しい紙を持ってきて、マリーに言った。

「マリー、カサブランカがどういう花か知っているかな?」

マリーは頭を横に振った。

「あ、そうか。えっとね~、」

ルウィージェスはアイテムボックス内を探すふりをしながら、地下鉱物の権限を発動させ水晶を作り出し、カサブランカの造花に変化させ、アイテムボックスから取り出した。

「アイテムボックス…」

枢機卿とマリーが驚き呟いたが、ルウィージェスは聞こえなかったふりをした。

「これがカサブランカ。」

ルウィージェスはカサブランカの造花をマリーに手渡した。

「うわ…、」

マリーは感嘆するように息を吐いた。

 「マリーなら、この花でどういう留め具を作る?マントの留め具なんだけど。」

 マリーは少し考え、何パターンかの素案を描き始めた。

 どうやら、考えがまとまったようだ。スラスラと図案を描き始めた。

 「マントの留め具という事なら、この花をこんな感じに配置して、葉をこんな感じにして、」

そう言いながら花の周りを固めていく。

「こんな感じでどうでしょうか?」

マリーから素案のデザイン図を受け取った。

「お~、こんな短時間でアイディアが固まるか!凄いな~。」

「素敵な図案ですね!」

カリンも驚いていた。

「マリーにマントの留め具の注文をしたいんだけど、受けてもらえるかな?」

マリーは枢機卿を見た。

「マリー、君が受けてみたいと思うなら、遠慮せずに受けてみなさい。」

「わ、私で良いのですか?」

「うん、ぼくはマリーのデザインが好きだから、マリーに作ってもらいたい。」

マリーは顔を真っ赤にしながら、しかししっかりと答えた。

「はい、マリーが承ります!」


 「それじゃ~、」

ルウィージェスはまた、アイテムボックス内で地下鉱物の権限を発動させると、今度はブルーダイヤモンドとグリーンダイヤモンドを大小複数作成し、それぞれを、水晶で作った小さな蓋付きのケースに入れて、アイテムボックスから取り出した。

 「ぼくの家では、各自の色が決まっていてね。ぼくの色はぼくの髪の同じく青系と緑系なの。そしてこのカサブランカはぼくの花でね。だから、正装の時はもちろん、普段の物にもぼくの色とこの花模様を取り入れることが多いの。」

マリーは「正装」という言葉に驚きルウィージェスを見た。

 ルウィージェスは気付かなかった。


 「アデルバード枢機卿、見積書と請求書は、用意が出来たら姉の屋敷まで持ってきてもらえますか?」

「勿論でございます。ルウィージェス様、ありがとうございます。」

枢機卿は深々と頭を下げ、礼を言った。

「ふふ、ぼくが発注第一号だね!」

「はい、この工場(こうば)受注第一号でございます。」

枢機卿は破顔し、恭しく大きく腕をあげ、下げながら礼をした。


 「マリー、この石を使って欲しい。」

「きれいな石。これは何という石なのでしょう?」

「ブルーダイヤモンドとグリーンダイヤモンド。大きさは大小あるから、うまく使って欲しい。」

「え?!」

マリーと枢機卿は宝石の名前を聞いて固まった。

「ん?どうしたの?」

 枢機卿は乾いた喉から絞り出すように声を出した。

「あ、あの、ルウィージェス様、このような貴重な宝石を我々のような素人に毛が生えたような者に使わせて、よろしいのでしょうか?」

「うん。ぼくがお願いしているんだから、大丈夫。ぼくも、長く使いたいしね。」

 ルウィージェスはマリーの前に手を出した。

 マリーは慌てて手をふき、前に出されたルウィージェスの手を握り返した。

「マリー、よろしくね。楽しみにしている!」

「はい、頑張ります。ルウィージェス様!」


 ルウィージェスはマリーの手を握った時、上級神の権能を発動させ、マリーに「錬金の加護」を与えた。上級神であり、錬金の権限を持つルウィージェスが、降臨後に初めて使った上級神の権能だ。


 その後、一通り教会を案内してもらったルウィージェスたちは、教会を後にした。

 ルウィージェスたちが教会を出た後、枢機卿は工場(こうば)に戻り、マリーを一室に呼んだ。

 「マリー、本日いらしたルウィージェス様はリリーエムラ公爵家の方で、公爵閣下のご令弟であられるのだよ。」

 マリーは青ざめてしまった。

「安心しなさい。マリーが出来ることを精一杯すれば、それで良いのですから。ただね、ルウィージェス様が、カサブランカはご自身の花とおっしゃったのを、覚えているかな?」

「はい、覚えています。」

「ルウィージェス様が置いていった水晶のカサブランカを見ても分かるとおり、とても映える花だ。だけど、ルウィージェス様の話を聞くまで気付かなかったが、カサブランカをモチーフにした装飾品は存在しない。もしかしたら、公爵家の方で止めているかもしれない。だから、カサブランカをモチーフに作成するのは、ルウィージェス様の分だけにするように。決して、一般向けの製品のモチーフにしてはなりません。これだけは守ってください。」

「はい、アデルバード枢機卿様。」

「うん、よろしい。マリー、肩の力を抜いて、そなたにできることを精一杯すれば良いのです。頑張り過ぎないようにね。」

アデルバード枢機卿はマリーの頭をなでた。

「はい。私なりにがんばってみます。ルウィージェス様が喜んでくれるよう、がんばります。」


 その夜、ベッドに腰掛けたマリーは日中のことを思い出していた。

 デザインの素案を詰めていた時に感じた違和感。それは決して悪いものではなく、逆に、どんどん沸くイメージ、いつも以上にうまくいくサンプル用の真鍮加工など、何をしても何故かいつも以上に手際よく、作業効率も良くできたのだ。

 「…アイテムボックス…」

ルウィージェスが昼間、目の前で何気なく使ってみせたアイテムボックス。

――――アイテムボックスって、本当に何もない空間に出来るのね…。

 アイテムボックスは魔力量が豊富な人にしか扱えない魔術で、使える人は限られていた。現在の宮廷魔術師団団長が、過去に類を見ない大きさのアイテムボックスを持っていると、噂で聞いたことがあるが、教会内では、魔力が一番多いと言われている教皇ですら、持っていない。

 マリーは初めて目の前でアイテムボックスを使う人を見たのだった。

――――魔力量、どのくらいあったらアイテムボックスって使えるのかしら?

 マリーは特別魔力が豊富にあるわけでもなく、魔力も強いわけでもない。特にこれと言った特徴のあるステータスでもない為、普段からステータスを確認することは殆どなかったのだが、何気なく自分のステータスを開いた。

 「…え?」

マリーのステータスに新しい項目、「加護」がついており、「錬金の加護」が追加されていた。

「え?…ええ??」

「錬金の加護」の文字に触れてみた。しかし、それ以上の情報が出ることはなかった。

「いつの間に?」

 驚きはいつしか喜びに代わり、喜色満面きしょくまんめんになった。

 夜も遅かった為、声は出さなかったが、自分のステータス上の「錬金の加護」を何度も何度も撫でた。


 教会を出た一行は、リーの案内で恋愛神への祈りの場の一つに向かう事になった。

 恋愛神への祈りの場は、創造神の教会の近くにも2、3か所あるらしいが、リーが知る限りの、一番有名な所へ行くことになった。

 その場所は、女性・子ども服とファッション小物を扱っている個人店との事で、ルウィージェスとカリンにリーだけが付き添う事になった。さすがに男性騎士たちには入りづらい場所のようだ。

 騎士たちは店の前の茶店で待機しているとの事だった。


 リーを先頭に店に入ると、店長と思われる女性がリーを見つけ駆け寄ってきた。

「リーじゃない!久しぶり!」

 その時、後ろに貴族の平服を着た少年と、動きやすい恰好をした護衛と思われる女性が入ってきた事に気づき、リーを見た。

「ペトラ、久しぶりね。紹介するわ。リリーエムラ公爵閣下のご令弟、ルウィージェス様と専属護衛のカリン様よ。」

 ペトラは息を飲んだ。しかし、すぐに片膝を折り、騎士の挨拶をした。

「初めてお目にかかります。私は以前、公爵閣下の騎士団に所属しておりましたペトラと申します。今は、亡き母の後を継ぎ、この店『フェルンヴェー』の店長をしております。」

「ご丁寧にありがとうございます。先ずは立ってください。」

苦笑しながらルウィージェスはペトラに楽にするよう言った。

「初めまして。ぼくはルウィージェス・フォン・リリーエムラ。今、ここに留学に来ています。」

 ペトラは近くにいた売り子に店番を頼み、三人を奥の部屋へと案内した。

 ルウィージェスを真ん中に三人並んでソファーに座った。ルウィージェスがカリンとリーにも一緒に座るよう言ったからだ。

 先ほどの売り子とは別な売り子が紅茶を運ぶと、売り場へと戻っていった。


 「エムラカディア創造神のご令弟ということは、神界から留学されに来られている、という事でしょうか?」

ペトラが聞いた。

「はい、ぼくの神族としての役割は魔導王なのですが、神界には魔力が存在しないので、エムラカディア姉さまの惑星で修行することになりまして。」

「なるほど。そういえば、公爵閣下は神力を使っていらっしゃいましたね。それでは、ルウィージェス様は神力と魔力の両方を使えるお立場なのですね。」

 その時、ルウィージェスの髪に埋もれ大人しくしていた(ラン)がピョンピョンとルウィージェスの肩を通り、テーブルの上まで降りてきた。

「あら、こんな真っ青な鳥、初めて見ました。神界から連れてこられたのですか?」

(ラン)はペトラをじーと見ていた。思わずペトラも藍をじーと見る。

 ルウィージェスは教会での出来事を説明した。

「そ、そんな事ってあるのですね。」

「ね、びっくりですよね。」

ルウィージェスは(ラン)の頭を撫でながら言った。


 リーはペトラに恋愛神への祈りの場を見に来たことを伝え、ペトラの案内で店の2階へ移動した。

 2階にはファッション小物が売られていた。そこを通り抜けると、教会を小さくしたようなスペースがあった。広さは小物売り場の面積と同じくらいだが、視界を妨げる棚などがないせいか、実際の面積以上に広く感じる。

 ルウィージェスとカリンは、教会並みに感じる神力の濃さに驚く。

 長椅子が4つほど並んでおり、その奥に50センチくらいの女神像が置いてあった。その女神像の前には直径15センチほどの水晶が置いてあり、僅かながら神力を纏っていた。

 祭壇の前には15歳、16歳頃の女の子が三人おり、真剣に祈っていた。

 その時、ほんの一瞬だったが、ルウィージェスは恋愛神の姉アフロディアの気配を感じた。

 祈りが終わったのか、女の子三人は「叶うといいね」などと言いながら部屋から出て行った。


 「ペトラさん、ちょっと水晶の近くまで行ってもいいですか?」

「え、はい、どうぞ。構いませんよ。」

 なぜ急にそんなことを言い出したのか分からず、少し戸惑いながらペトラは答えた。

 ルウィージェスは水晶の前まで来ると、何かを探すようにじっと水晶を見つめていた。

 「姉さま、いるでしょう?今、そこに。」

ルウィージェスの言葉に三人が驚き、ルウィージェスを見た。

 すると、水晶がほんのりと光り出した。カリンは水晶が纏う神力が急に強くなるのを感じ、慌てて片膝をついて頭を下げた。

 カリンのその様子を見て、リーとペトラは慌てたが、事情が呑み込めず、どうしたら良いのか迷っていた。


 水晶から眩い光が溢れだし、薄い人型を作り出した。

『さすがに坊やはごまかせないか。見つかっちゃった。』

 とてもやさしい声が聞こえてきた。

 リーとペトラはあまりのことに放心し、その神々しさに腰を抜かしペタンと座り込んでしまった。本能的に光を見つめてはいけないと感じ、そのまま頭を下げたため、土下座するような形になってしまったが、本人たちは気づいていない。

 その様子を見たルウィージェスは、ほんの少し強めの神力さえも、地上の者たちにとっては神威(かむい)並みの威力になるのだと理解した。

 『しっかり楽しんでみるみたいじゃない?』

「姉さま、見てたの?」

『もちろん、坊やの様子を見るのは、私たちの楽しみの一つでもありますからね。』

「ぼくのプライバシーはどこに?」

 優しい神力がルウィージェスを包んだ。

 リーとペトラには、温かく柔らかい空気が流れたように感じた。この時になってようやく二人は状況を理解し、慌ててカリンと同じく片膝をつき、騎士としての礼をとった。

 『カリン、下界はどう?』

 カリンは、姿勢はそのままに頭だけあげ、アフロディアを見た。

「アフロディア様、ありがとうございます。何もかもが珍しく、非常に楽しい時間を過ごさせていただいております。」

『これから色々と大変かと思うけれど、ルウィージェスをよろしくお願いね。でも、あなたもちゃんと楽しんでね。』

「は!ありがとうございます。」

 「姉さま、」

ルウィージェスはアフロディアの姿を映す光を手で触れながら聞いた。

「姉さまは、いつも今みたいに水晶から見ているの?」

『いいえ、さすがにずっと見ているわけにはいかないわね。』

「じゃ、姉さまが見た時に祈った人たちの願いしか叶わないの?」

『そういう訳ではないわよ。』

 水晶を包む神力はアフロディアのものであるため、アフロディアがその場をみていなくても、強い願いはアフロディアに届くのだそうだ。

 また、祈りの場の雰囲気も非常に大切で、神聖な雰囲気が強ければ、水晶が纏る神力も強い力を維持できるそうで、日々の祭壇の手入れの仕方次第で、水晶の力が強くなったり弱くなったりしてしまうそうだ。

 『ここに祭ってある水晶の透明度はとても高いでしょう?』

そう言われ、ルウィージェスは改めて水晶を見た。

 確かに、水晶には傷一つ、曇り一つ認められない。

「うん、すごくきれい。」

『その水晶は私が授けたものだから、その水晶がどのように扱われているのかが分かるのよ。』

 ルウィージェスは、片膝をついて頭を下げたまま固まっているペトラに聞いた。

「ペトラさん、この水晶って、いきなり現れたの?」

 ペトラは下を向いたまま答えた。

「は、はい。私が母の後を継いだ時に、それまでにお世話になった創造神様への感謝を表す場として、そして足が悪かった母の念願だった女性たちの祈りの場として、この祭壇を作りました。それがいつしか、学生の女の子たちの恋愛成就の祈りの場となり、ある日、気付いたらこの水晶が女神像の元にあり、恋愛神様の祈りの場として多くの学生が訪れるようになりました。」

「あ~、だからここ、神力が教会並みにあるんだ。」


 『ペトラ、』

アフロディアはペトラに声をかけた。ペトラはさらに深く頭を下げた。

『頭を上げて、ペトラ。』

 ペトラは恐る恐る頭を上げ、アフロディアの姿を映す光を見た。

 そこには、美しく、慈愛に満ちた女神の姿があった。

 『あなたは毎日、この祭壇を綺麗にし、祈り、そしてこの場所をとても大切にしていますね。ありがとう。あなたのその心は、私、恋愛神と創造神のところに届いておりますよ。』

 ふいにペトラの目から涙がこぼれた。

 アフロディアは恋愛神であり、また、地母神でもある。アフロディアの微笑みは慈愛に溢れ、心を優しく包み込む。恋愛神の姿を拝見できた驚きと喜びに、優しい気配と包まれる安心感が重なり、感情が高ぶり、涙が溢れたのだ。

 『リー、』

今度はリーに声をかけた。

「は、はい!」

リーはペトラと同じく、さらに頭を深く下げた。

『こっちを見て。』

 リーも、初めてアフロディアの姿を見た。エムラカディアと似てはいるが、雰囲気は全く正反対だった。アフロディアは柔らかい雰囲気を纏い、全てを包み込むような雰囲気を持つ女神だった。

 『弟とカリンに、色々と教えてあげてね。あなたからの情報は、カリンにとって、とても役に立つわ。それから、弟をここに連れてきてくれてありがとう。』

リーは頭を深く下げた。感動と嬉しさのあまり、言葉を発することが出来なかった。

 一段と明るい光がルウィージェスを包むと、アフロディアの姿は光が収まると同時に消えていった。


 ペトラは涙を流しながら、リーは目を閉じ、アフロディアの姿を記憶に留めようとするかのように、二人はしばらく言葉なく、その場から動かなかった。


 「ここは、エムラカディア姉さまとアフロディア姉さまの両方から加護を受けているから、教会並みに神力が満ちていたんだね。」

「そのようですね。教会以外でも、このような場所が出来るのですね。有名になるのも、分かる気がいたします。これだけ神力が満ちているのです。この近辺の店も恩恵を受けていますね、きっと。」

「そう思う。窓の外にも精霊、多いし。」

そうルウィージェスが言ったので、カリンは改めて窓の外を見た。

 確かに、淡い光玉が数多く浮遊している。カリンには光の玉にしか見えないが、ルウィージェスにはしっかりと精霊の姿が見えているのだろう。さすが精霊王だ、とカリンは思った。いや、確か下級神以上になれば、精霊の姿は普通にみえるはずか。カリンは思い直した。

 従属神と下級神以上との違いを改めて認識したカリンだった。


 「それにしても、ほんのちょっとだけ強い神力が神威(かむい)並みの威力になるとは、ちょっと予想外。」

 まだ、強い神力の影響を受けている二人を見た。

「改めて、連絡ゲートで地上への降臨を厳格に管理している理由を理解した思いです。」

「うん、神威(かむい)解放しなくても、ちょっと本気で神力を解放するだけで、これだけの影響を受けちゃうんだ。そりゃ、管理、厳格にするよね。」

 

 地上の生命体への神力の影響力の強さを再認識した二人だった。

第9話は、ルウィージェスが初めて上級神の権能を発動させる気にさせた人物、マリーの話です。

天界・神界で生成された鉱石は、神気を消しても、強烈なパワーストーンなのです。

実はこれも魔素溜まり解決の一環としての試みだったのですが、直接関与が難しいエムラカディアは、どう広めようかと悩んでいたところ、偶然にもルウィージェスが教会を訪れ、これら鉱石の存在を知ることになったのです。


 エムラカディアにとって、ルウィージェスの行動はある意味棚ぼただったわけです。

 知らず知らずのうちに姉を助けたルウィージェス、恋愛神の祈りの場へ行き、姉のアフロディアと会いましたが、そこで、地上の生命体に対する神力の影響力を知り、改めて、神力の制御の大切さを知る事になりました。


 ルウィージェスの役割は、古い魔素溜まりの改善です。

 知らなかったとはいえ、一つ、大役を果たしました。


次の第10話は、「不穏な足音」です。お楽しみに♪


第一章第10話は、9月26日(金)20:00公開予定です。


また、お会いできるのを楽しみにしております。


月つき 千颯ちはや 拝

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