暮れなずむ城の光と影の中
勇者が『はじまりの国』を出てから早1年。
魔王城にいつ来てもおかしくない時期だ。
「クク、勇者が遠路はるばるやって来るのだ。どうせなら最高の演出で出迎えてやろうではないか」
エルギアはそう意気込んでいたのだが――。
勇者は未だに現れない。
半壊した城の片隅で、彼女は埃っぽい外套を羽織ったまま、頬杖をついてぼんやりと空を見上げていた。
「……遅いなぁ、勇者よ。こっちはもう3回も予行演習して、城が半壊して、そのたびに修復費で我の貯金が減ってくのだぞ?」
ふと、彼女の視線が脇に置かれた小さなメモ帳に落ちる。
そこには殴り書きで『演出案その4:巨大な闇の龍を召喚して登場』と書かれていた。
「これなら勇者もビックリして腰抜かすはず。しかし、龍のレンタル代高いし……どうしたものか。は!そうか!」
エルギアは突然立ち上がり、キラキラした目で部下たちに振り返った。
「皆の者!今から『闇の龍もどき』を紙と布で作るぞ!予算がないから手作りだ!我は裁縫得意だから飾り付けは任せろ!」
『お、おおおおお!?魔王様!?それはちょっ……いや、素晴らしいアイデアですぅぅ!』
部下たちが困惑しつつも応える中、エルギアはノリノリで裁縫道具を取り出した。
「フフフ、勇者の驚く顔が目に浮かぶようだぞ!」
エルギアは満足そうに頷き、針と糸を手に持つ。
崩れた城内に響くのは、彼女の鼻歌と、部下たちの微妙に引きつった笑い声だった。
「待っておれ勇者よ!我が作った龍もどきに腰抜かしたら、もう立ち直れんくらいカッコいい登場シーン見せてやるからな!フハハハハハ!」
一ヶ月後――――やはり、勇者は未だに現れない。