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過去に書いた小説

もち豆くんと金持ちと俺

作者: 生肉こむぎ

「田中さん! 田中さん!」

 ぽよんぽよん! と音を立てながら、目の前の猫だか犬だか分からない白くてぷよぷよしたゆるキャラみたいなモノが飛び跳ねる。


 ただし1m30cmはある。


 こいつは段ボールに入れられて、家の前に捨てられていた。動物には見えないが、おばけにも見えない。しいていうなら女児向けファンシーグッズのキャラか、地域おこしのゆるキャラがやけに生々しくなったみたいだ。


 ぷよぷよしてるが、表面にはうっすらと白い毛が生えている。


 瞳は小さい。タレ目だ。眉毛も下がってて、しょぼーんとかいういにしえの顔文字を彷彿ほうふつとさせてムカつく。


 ……でもちょっと、憎めない。かわいいのだ。


 だから俺は、コイツを家から追い出せずにいる。


「あのねあのねっ!」


 本人いわく、ごまアザラシりんご(?)の精霊らしい。

 俺はたぶんコイツはアメリカの実験施設から逃げてきた人体改造をほどこされた囚人か何かだろうと踏んでいる。



「なんだよ、もち豆」

「あのねッ! あのねッ!」

 ぴょんぴょん! ズシンズシンズシン!

 ぴょんぴょん! ドスドスドス!


「おい、言っただろ! うち賃貸なんだよ! ぴょんぴょん跳ねるな!」


 こいつが家に来たのは3週間前だ。



「えへへ、僕ピザ食べたいッ! 誕生日には好きな物食べさせてくれるって、言ったよねッ!?」


 嬉しそうな顔だ。



「お、おう。言ったな、そういえば」


 誕生日誰にも祝ってもらったことが無いんだとか、僕ね、ともだちが居なくて……とか、悲しくなるようなことを散々コイツが言いまくったから、しょげた面を寝る前に見たくなくて、テキトーに言ったのだ。


 なんでも誕生日は食いたいもの食わせてやるよって。


「ピザ……食べたいなッ」

「チラシ入ってたんだな。まあ、いいかたまにはジャンクフードも。何が食いたいんだよ、言ってみ?」

「えっとね、えっとね、なんでもいい?」

「おう。ただ、変な味の新商品は止めとけよ。ふつうのメニューにしとけ」

「えっとね……昨日から悩んでてね、うーん、ジャーマンポテトもおいしそうだけど……うーん」

「お。いいなそれ」

 懐かしー! 子供の頃好きだったんだよな。よく親父と母ちゃんに、注文してもらってたっけ。

「僕ねッ、実はこれが良いなッ」


「ん?」



……ん?

……おいおい、うそだろ。


 ウルトラギガシーフードミックス? に、赤ペンで丸がつけてある。



「シーフードミックスなら、こっちの方が無難でおいしいぞ?」


 安いほうをオススメしてみる。


「えッでもでも、こっちのピザは、大海老とイカとアサリとホタテと真ダコが入ってるんだよ!」


 もち豆くんが何か言ってやがる。

 美味しそうなのは俺だって分かってんだよ!



「そうだねー。ほうれん草とパプリカとオリーブの実も入ってるねぇ。うーん。でも、ね。値段がいくらかなー!」

「えっとねえっとね、Lサイズが4480円!」

 満面の笑顔で言うな。


「うーん、シーフードミックスのMサイズはいくらかな?」

「2870円ッ」

「じゃあ現実的に考えてこの狭い賃貸暮らしをしてるおにいさんに買って貰うなら、どっちにしようかなー?」

「えっとね! ウルトラギガシーフードミックス!」

「…………」

 おい。




「男に二言はないよねッなんでも良いんだよねッ」

「ふっ……。令和の時代に男がどう女子がどうとか言うのは時代遅れだぜ」

「お誕生日……」

 うるうるしている。もち豆が泣きそうな顔をしている。


「泣くなよ。泣いたって俺の財布から津田梅子や樋口一葉は出てこないぞ」

「おたんじょうび、たのしみに、してたのにッ……」


 ぐすっ、ぐすっ……ともち豆が泣き始めた。


「うるせえな、泣くなよ……俺だって金があれば買ってやったし……」

「異世界ブルースカイグランドスター列車に課金するお金はあるのに……。SSRレアのガチャ、好きな子でるまで回してたくせにッ……僕のお誕生日には、ピザ買ってくれないんだ……ぼくのこと、きらいなんだ……!」

「いやいやいやいや、お前、俺の息子みたいな顔してるけど俺たち赤の他人だからね!? というかなんで知ってんだよストーカーかよ」

「酔っ払いながら僕に画面見せたくせに。僕のことすと、すっすとっ……わああああ!」

「なんだよ、泣くなよ! 賃貸だって言ってるだろ、集団生活なんだからルールを守れ! 嫌なら出てけよ!」

「もう、いい。田中さんなんかッ、キライッ……」


 ぐずぐずで鼻を垂らしながら、家からもち豆が出ていったと思ったら、帰ってきた。



「たなかさん、いままで、ありがとう……」


 そして、震える体で走って出ていった。


 開けっ放しの扉から、春にしては冷たい風が吹き込んできた。



 俺は、ムカついたのでまたスマホでゲームをしつつ、PCで起動したつぶやきSNSのサイトを操作しながら、「チカリーちゃん出るかな〜〜〜」とか「おっ、天宮司てんぐうじ出た!」とか「相変わらず3章のおっさん行動がイケメンだな。俺に惚れてんのか?」とかつぶやいたが、虚しくなってすぐにPCを強制終了させ、スマホもすぐに止めた。


 その日はふて寝した。


 そして夜が明けた。


 今日は仕事がない。日曜日なので「田中サガル」という名前をからかってくるクソ上司に「田中ァ、お前がいると場が"さがる"んだよ。サガルだけになァァァ!」みたいなパワハラ決められることもない。


……する事ないな。


……もち豆、元気かな……。


……アイツ、今頃、公園とかのブランコで震えてるんじゃ……。というか、アイツ、他の人には見えるのか? もち豆、お前、もしかして今頃、二時間ドラマに出てくるような悪い奴らに、拉致されて実験施設に強制送還されてるんじゃ……。


 不安になった俺は、お出かけカバン(つーかリュック)だけ持って、ガスと戸締りを確認してから慌てて近所の公園へ向かうことにした。


 ひょっとしたら家の前にもち豆が居てくれるんじゃないかって期待したが、そこには誰もいなかった。近所の犬が散歩に出かける前なのか、嬉しそうにしっぽを振っていた。飼い主が家から出てきた。


 俺は軽く挨拶すると、もち豆の居そうな公園へ向かった。


(なんて言って家に連れ戻そうかな……)



 まだ三週間しか経っていないが、もち豆は俺の……なんだろう。居なくてはならない存在になっていた。というか、一人で土日過ごすのいい加減さみしいし。もち豆かわいいし。うるせぇけど。

 ペットだと思っているとも、年少者の保護者になった気分とも言えなくもないが、とにかく。

 あのもちもちが保健所とかに捕まったり、マスゴミに捕まったり、SNSでバカな奴らに晒されたりしたら、たまったもんじゃない。


 もち豆は、いい子すぎる。

 世の中は、もち豆みたいなばかが生きるには危険すぎる。


(俺が、守ってやらないとな……。ほら、袖触れ合うも他生の縁……だったっけ。一度連れ帰ったんだから、最後まで面倒見てやらないと)



 公園には、居なかった。


 そうだ、東京のこの区内には居るだろうから(だってあいつ移動手段ねえし。金も持ってないだろうし)、かたっぱしから公園探すか。


 ちくしょう。手間のかかるヤツだぜ。

 そう苦笑しながらも、俺は勘違いしていた。

 もち豆がすぐに見つかると。



 結論から言うともち豆はどこにも居なかった。謎生物を見たというSNSのつぶやきも無い。


 俺は、後悔にさいなまれながら、その日を過ごした。そして月曜が来た。月曜から木曜の仕事終わりには、かならず公園を探したし、いつでももち豆が帰ってきても分かるように、俺は家の窓を家にいるあいだ、夜眠るまではずーっと開けっ放しにしていた。


 しかし、帰ってこなかった。


 仕事ではミスをした。数字を一桁間違っていたらしく、ものすごく上司に叱責され、その上司とは別の例のクソ上司はうれしそうにニヤニヤしてやがって、職場の皆からはこの無能が給料泥棒がと思われているような気がしたが、そんなことよりも俺はもち豆がどこかで震えてないか、酷い目に遭ってるんじゃないかと思ったら、気が気でなかった。


 金曜日の夕方。仕事を終えて、東京の空も夕方は寂しいんだよなと改めて思いながら、いつもいくスーパーに食材を買いに行った。

 納豆や焼きそばをカゴに放り込んでいた。

 すると、かにかまコーナーの近くで聞き覚えのある声がした。


「うわあ、美味しそうなんだよ! 買って! 買って!」

 もち豆……おまえ……!

 知らない人にたかってやがるのか、と怒りが半分、でも俺の口元には安堵と喜びの笑みが浮かんでいた。


 しかし。


 横に立っていたイケメンの存在も、ふうんこんな金持ちそうなイケメンもカニカマなんて食うんだなぐらいの気持ちでスルーした。俺は気が付かなかった。



「おい、もち豆!」

「えっ。わっ。田中さんッ……もしかして、もち豆のこと、探しに来てくれたの……?」

 もち豆が泣きそうになっている。

「ああ。そうだよ。いや、今日は違うけど、ずっと探してた。帰ろう」

「……それは、できないんだよ」

「チロル、その人は知り合いの方ですか?」

 チロル? はあ? なんだその、俺が子供の時好きだったチョコみたいな名前。


「うんッ。この人は田中さんだよッ、えーっとね、おなまえは、田中サガルさんッ」

「失礼ですがうちのチロルとどういう関係で……?」

「あっ、えっと、前の飼い主というか、家からこいつが、脱走しまして……」

「ピザ食べたいって言ったらダメって言われて、僕、おうち飛び出したら、迷子になっちゃって……」

「そうですか……」

「ずっと探してたんです。もしかして、もち豆、世話になってたんでしょうか……」

「今週の月曜日の夜中に、クラブで会いました」

「く、くらぶ? 何の愛好会ですか」

「もうー。クラブはクラブだよ。ねッ、誠二さんッ」

「ふふ。そうですね、チロル。ああ、挨拶が遅れましたが私は鐘倉誠二かねくら せいじと申します。田中さん、良ければこれから私の家に来て頂けませんか」

「えっなんで?」

「チロル……いえ、もち豆くんについてのお話です」


 そう言われたら断れねえな。


「わ、分かりました。お邪魔します。えっと……」


 チラッと目の前の金持ちそうなイケメンが俺のカゴを覗いた。

「買い物を済ませてからにしましょうか」

「あっはい。そうですね……」


「ねえねえッ、おやつも買って!」

「おやおや、ほんとうにチロルは甘いものが好きですねぇ」

「うんッすきッ」

「このままではチロル、もちもちのお餅になってしまいますね」

「エッ……。ダメ?」

「もちろん良いですよ。でもトランポリンで帰ったら運動しましょうね。……スイーツコーナーはどこですか?」

「こっち!」


……この、カネクラ・セイジという男、見た目と名前の通り、金持ちらしい。


 値段をあまり確認せずに、総額いくらになるか計算もせずに、手当り次第にもちもちがお願いするおかしを、カゴの中にそっと入れている。


 あっという間に、カゴはお菓子だらけになった。

「わぁい! 今日はお菓子で三人でパーティだねッ!」

 ニコニコと幸せそうに微笑むもち豆は相変わらず天使みたいにかわいいが、それよりも俺は腹の底から煮えたぎるジェラシーと殺意を感じていた。


「どうされたのですか? 顔色がよくありませんが……」


 すっとぼけたことを鐘倉さんが言う。


 うるせえ。よく見たらアンタ、着てる服もそこはかとなく材質が良さそうだ。あと、顔がすごくイケメンだ。スーパーの中を歩いてるだけで、周りの女性陣がやたらと鐘倉さんを見ている。あと男性陣もちらちら見ている。


 俺と鐘倉さんともち豆の関係性を疑うような目だ。というか、なぜかみんな、このもち豆を見ても平然とした顔をしている。

 こないだこのスーパーに連れてきたときは、俺の不審者感丸出しコーデの、フード付きパーカーを着せてやってたが、今日はそのままだぞ……?

 まあ、着ぐるみ着た中高生の子供って思われてるのかもな。……それはいいんだが。


 買い物を終えて、もち豆がスーパーの紙コップ自販機でコーヒーを飲みたがり、俺がブラックを買い与えたらもち豆が一口飲んで残したので残りを俺が飲んだ後に、鐘倉さんの家に俺達は向かった。

……そこは、東京のすこし郊外にあって、なんていうか、とても大きいというか豪華絢爛という形容詞がふさわしいような、どこのアメリカ人の金持ちの豪邸だというような家だった。


「す、すご……。いくらかかったんですかこの家」

 思わず聞く。

「祖父が建ててくれたので、俺は詳しくは知りません」

「お、おじいちゃん、なんのお仕事されてるんですか」

「政治家ですかね……」

「エッ」

「父も政治家です」

「…………」


 そういや、鐘倉繋かねくら つなぐって政治家……有名政治家が……居たような……。

 ていうか、鐘倉藤義かねくら ふじよしって、有名なおじいちゃんの元政治家が……居たような。




「あ、あの。本当に、なんで、どこでうちのもち豆を拾ったんですか……?」

「出会ったのは、クラブでした」

「いっぱいダンス踊って、生の苺入ったジュースと、マンゴージュースいっぱい飲んだ!」

 嬉しそうにもち豆が言う。


「く、クラブって……まさか」

「クラブですねぇ。ディスコほど派手な所ではないですが、洋楽がガンガンにかかっていて。なかなか面白かったです」

「な、なるほど……。よく入れて貰えましたね、もち豆……」

「本当ですね」

「もち豆姿を消せるんだよ。精霊さんだから」

 えっへん、ともち豆が言う。

「そうかよ」



「というか、後半、私が人に絡まれていたら、チロル……いえ、もち豆くんが助けてくれたんです」

「ああ、クラブって治安やっぱ悪いんだ……」

「ちがうんだよッ、僕がね、誠二さんを取り囲んだ女の人達にねッ、この人もう子供がいるよって言ったらね、みんな離れていったんだよ」


「……あ、ああ」


 ちくしょう、やっぱモテるんじゃねえか。


「助かりました。お礼になにかしたいと言ったら、うちに泊めてくれと言われて……」

「うんッでねッ、マカロン食べさせてくれたんだよ」

「ふふ」

「それにねッ、お風呂場がすごいんだよ! 誠二さんのおふろ、田中さんのお家ぜんぶくらい広いんだよ!」

「こら、嘘はダメですよ。そんなに広くないでしょう」

「ううん。ほんとに広いんだよ!」


……俺は、虚しくなりながら、もち豆には鐘倉さんといるほうが幸せなのかもなと感じた。



「あ、あの。で、お話って……?」

「こんな事を言うのは気が引けるのですが、もち豆くんをゆずって頂けませんか」

「……それはちょっと。さすがに。俺はもち豆のこと、手放せないです」

「……聞くところによると、もち豆くんは三食ともカップ焼きそばを食べていたと聞きました。田中さんは、料理ができないそうですね」

「うっ……」

「私は料理ができます」

「あ、あの……?」

「それにもち豆くんを私は可愛がって大切にする自信があります。私は生き物を飼ったことが何度がありますが、平均寿命以下で亡くなったのは生まれつき臓器が悪い病気の猫ちゃんだけでした」

「…………」

「私はもち豆くんを大切にできます。田中さんは、義務感と責任感から彼を家に居候いそうろうさせていたのでしょうが、私なら彼を幸せにしてやる事ができます」


「ねえ、ふたりとも! なんの話してるの? おやつ食べようよッ!」


「私は彼を愛しています。大切な存在です。自分の子供のように思っています。まだたった一週間でこんなことを言うのはおこがましいと思うでしょうが、私はもち豆くんのことが、可愛くて仕方ありません」

「なんだよッ、それ……」



「ねえねえ、おやつ食べないの……?」

「食べていていいですよ。田中さんと私はお話をしているので、先に食べていてくださいね」

「うん。でも、もち豆、みんなと食べる方が好きだよ」

「もち豆くんは、いい子ですね」

 鐘倉さんがもち豆の頭とほっぺを撫でた。俺はまだそんなことしてないのに。


 もち豆が「照れくさいからやめてなんだよ」と言う。


「もち豆、お前は、どうしたいんだ?」

「え?」

「鐘倉さんと俺、どっちと暮らしたいんだ」

「ぼ、僕は、田中さんと暮らしたいんだよ」

「もち豆……!」

 感動で泣きそうになる。


「でも、田中さんと暮らすと、もうトランポリンもテレビゲームも、山盛りのお菓子もありません。美味しいステーキ肉も、食べられませんし、お風呂場も体がぶつかるような狭い場所で、寝るのは煎餅布団なんでしょう?」

「うっ……」

「あ、たしかになんだよ」

「どこにもお出かけも連れて行ってもらえませんよねぇ。あーあ、残念だなぁ。私は、もち豆くんと日本最大の水族館に遊びに行くの、楽しみにしてたんだけどなぁ〜」

「誠二さ……」

「あーあー、かなしいなぁー、でも仕方ないですよねぇ、田中さんが好きなんだもんね、もち豆くんは?」

「えっそんなことないよっ誠二さんも大好きなんだよッ」

「そうなんだァー、でも、俺は二番手ですよね? 当て馬なんですよね? うーん、寂しいなぁ」


「やめろよ、アンタは……アンタは金持ちで、その容姿で、父親とじいちゃんが政治家のぼんぼんじゃねえか。よく見たらそこに飾ってある卒業証書、超有名大学だし。めちゃくちゃ恵まれて色々持ってるだろお前は! なんで何にも持ってない俺から、俺のかわいいもち豆を奪おうとするんだよ……!」

「私は孤独なんです。誰とも話が合わないし。そもそも、利用されることや利用することに疲れました。もち豆くんは、私に甘えてくれるし、純粋で、ほんとうに良い子なんです」

「そんなの俺が一番知ってるよッ……! もち豆はなぁ、ほんとにかわいいし、ばかだけど良いやつだし、俺はコイツのこと、絶対守りたいんだよ! アンタはべつにオウムでもAIおしゃべりロボットでも何でも買えるだろ!」

「私はもち豆くんじゃなきゃ嫌です。私はもち豆くんが好きなんです」

「……でも僕、田中さんのこと、一人にしておけないんだよ」

「もち豆くん、あなたも私の元から去っていくんですね」

「ち、ちがうんだよ!」

「私のこと、きらいですか?」

「ちがうんだよ、すきなんだよ。でも、うーん、うーん……」

「ほら、もち豆は俺のことが好きなんだよ。正当な飼い主は俺だしな。ほら、帰るぞ、もちもち」

「それもいやなんだよ」

「はあ? じゃあどうしたいんだよ」

「そんな荒い口調でもち豆くんに話しかけないでください。もち豆くんが悪い子になってしまう!」

 鐘倉さんが言う。



「ああ? だからアンタは飼い主じゃな……」


「分かったんだよ! 一週間ずつ、交代でお泊まりするんだよッなら良いでしょ?」

「……は?」

「……え?」

「ねっ。ふたりとも、もち豆の親友なんだよ。ふたりとも、だいすきなんだよ」


 親友。だいすき。


 親友……。



 いや、待て。それはさすがに……。



「仕方ありませんね」

「やったあ! じゃあおやつ仲直りに食べようッ」

「いやいやいやいや、それは……」

「嫌なら飼い主候補から降りていただいても問題ないですが」

「…………」



 それからというもの、俺の家にもち豆は帰ってきた。

 ふう、ひとまず今週は安心して眠れるぜ、そう思っていた矢先……。



(土曜日)

 ピンポーン。


…………。


「はい、新聞はいりません」


 扉を開けるとそこには、カジュアルなのにかっこよくて清潔感のある金のかかってそうな私服に身を包んだ、例のイケメンが立っていた。


「あ、あの……? 鐘倉、さん……?」

「すみません、急に押しかけて」

「あ、いえ、俺の方こそ、昨日はいろいろと荒い口調でけっこういろいろ言ってしまったというか、申し訳ありませんでした……」

「いえ、大丈夫です。もち豆くんの事が好きだからこそですよ」

「わああ! 誠二さんッ!」

 もち豆がとてとてと走ってくる。ここは一階だが、俺に叱られたので反省しているのか、最近は足音がちいさい。


「うふふ。チロル……いえ、もち豆くん。久しぶりですね」

「まだ24時間も経ってないけど、どうしたの? なんだよ」

「お誕生日おめでとう用のピザ、頼むのみんな忘れてたでしょう? だから、ピザでも頼もうかなと」

 彼の手には、ピザ屋のチラシが、三枚。


「えっえええっ」

「ふふ。お誕生日おめでとう、もち豆くん」

「あ、ありがとうなんだよッ!」


 そういえば忘れてたな、コイツの誕生日。


「あ、あの。もしかして俺の家で頼むんですか?」

「はい。……ご迷惑でなければ。ご迷惑ならもち豆くんと一緒にピザ屋に直接行きますが」

「い、いや、迷惑だなんてことは無いですが部屋汚くて狭いですよ」

「存じてます」

「……あ?」

 否定しろや。


「あ、あのねあのねッ、ウルトラギガシーフードミックス、た、たべたい、な……」

 小声でもち豆がぼそぼそ言う。


「ああ、いいですよ」

 部屋に上がり込んできたこいつは華麗な所作で自分の靴を揃えやがった。

「あ、あとね、その」

「お誕生日ですから。いくらでも頼んであげるよ。何が食べたいんですか?」

「田中さんはねッ、ジャーマンベーコンが、すき、なんだよ」

「そうなんだ。彼の分もいりますね」

「あ、あとね、この色んなのが入ってるピザ……」

「おい、いくらなんでも頼みすぎだぞ。割り勘にするとしても……」

「ああ、はした金なので大丈夫ですよ」

「……ッいちいち感じ悪いなお前」

「ははは。冗談です。私だって、一人ならこんなに注文しませんよ」

「そ、そっか」

「というかジャンクフードのピザは食べるの初めてですね」

「誠二さんは、なんのピザにするの?」

「うーん、あまり頼みすぎたら食べきれないので、私はジャーマンポテトベーコンとシーフードと、そのミックスを数切れもらいます」

「わかったなんだよ!」

「い、いくらになるんだ? うわっ、まじか。折半しても5500円だ……」

「私が全額出しますよ」

「いや。俺もこいつの飼い主だからな。俺も半額出す」

「気にしないでください。出しますから」

「いや、だから本当に俺も半分出すって」


「ねえねえっ、コーンスープとグラタンとヤンニョムチキンとフライドポテトと海老のナゲットも食べたい!」

 ぴょんぴょんはしゃいでいる。


「おい、おまえ」

 ちょっとイラつくが、もちもちのほっぺをつまもうとする俺を鐘倉さんが制した。


「…………」

「しょうがありませんね。明日の朝まで食べ切るのにかかるかもしれませんが、頼んだものはきちんと自分の分は全部食べるんですよ?」

「うんッ」

「運動するんだよ?」

「うんッ!」

「今日だけですからね、こんなに甘やかすのは」


 鐘倉さんが言う。やれやれ、とため息をついているが、目がすごく支配欲と満足感に満ちた若干怖い目をしていた。


「ああ、本当に、払わなくていいですよ」

「あの、5000円だけでも、お納めください……」

 俺が震えた声で言う。


「……この5000円で、なにかもち豆くんにお誕生日プレゼントでも買ってあげてください」

「あ、……そ、そうですね」


 そして。


 大量の食べ物が届いた。


 もち豆は涙を流しながらご飯を食べていたが、海老のナゲットは気に入らなかったみたいで、俺と鐘倉さんに押し付けようとしてきた。


 すると鐘倉さんが、「約束しましたよね?」と笑顔で圧のある発言をして、もち豆は震えた。可哀想だったので、俺が「海老の美味いな。いらないならポテトと交換してやるよ」と言った。


 鐘倉さんは不満そうな顔をして、もち豆は嬉しそうだった。


 それからというもの、鐘倉さんはなぜか俺の家によく来るようになったし、俺もなぜか休日は鐘倉さんともち豆の三人で、出かけることが多くなった。

 鐘倉さんは以外とそこまで悪いやつじゃないというか、ほんとうに育ちがいいんだろうなと思う。ちょっとSで意地悪だが、優しいやつだと思うようになった。


 もち豆は最近はハニーマスタードのチキンハンバーガーと、はちみつ味のポテトチップスにはまっている。


「サガルくん、もち豆くん」

「なんだよ、誠二」

「これからも、よろしくお願いします」

「あ? なんだよ改まって」

「よろしくねッ、あのねッ、今日の晩御飯アイス食べたいな」

「だめです。あなた体重が7キロも重くなったでしょう」

「まあまあ。いいじゃんアイスくらい。明日はこいつと運動公園行くしさ」

「運動公園なんて、不審者のたまり場だからだめです。私の家でトランポリンさせましょう。それかサイクリングマシーン」

「え、ええ! やっぱりアイスいらない! 運動きらいなんだよ!」

「うるせえ。動け、もちもちが」

「やなんだよ! たすけて誠二さんッ」

「ふふ。すこしは痩せましょうね、もち豆くん」



 その翌日。


 もち豆が二度目の家出をした。


 置き手紙には「しばらく探さないでください」と書いてあった。



 俺はパニックになったが、誠二は実家の権力と自分の金を使って全力の捜索をさせ、結果、半日でもち豆は捕獲された。

「もち豆くん、次逃げたら私、もち豆くんを泣かせてしまうかもしれません」

「不穏なんだよ! だめなんだよ!」

「まあ、帰ってきたから良いけどよ。危ないんだからさ、気をつけろって」

「うう、うー」

「ペット用のGPSチップを首に埋め込みましょうか」


 おそろしい発言を誠二がした。


 とりあえず落ち着けと言う俺と、泣きながら俺の家のコタツに頭だけ入れて震えるもち豆と、優しいが恐ろしい声音で「もう逃げないって反省文を100枚書きましょうね」と囁く誠二の状況に、俺はなんだかおかしくなって、笑った。


「なんで笑ってるのッ」

「いや、なんでもねぇよ」

「笑い事じゃないでしょう。GPSチップを埋めるべきです」

「いやッなんだよ!!」

「なんか、お前らと会ってから、毎日うるさくて楽しいわ」


「…………」

「…………」


 ふたりがキョトンとした顔をして、それもそうですねと誠二が笑った。


 もち豆は、いつのまにかこたつ台の上に置いていたザラメせんべいをかじりながら、涙目でこちらを見つめていた。


「楽しいですよ、私も」

 誠二が言った。

「もち豆はまたピザたべたいな」

「また今度な」

 こいつ、なんの反省もしてねえな、と思った。でもなんだか、こいつともう一人の飼い主が居る日々も、悪くはないかもしれない。


 そう、それなりに。


 楽しい、のかも。



(完)

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