夢から冷めていく
びちょん、と遠くで水が滴る音が聞こえる。
視界には暗闇が広がっていた。仄かに温かみのある暗闇は眠りにも似た心地よさがある。
身じろぐと近くで水が跳ねる音がした。
「起きてください。風邪をひいてしまいますよ」
か細いけれど優しい声がした。
起きる。寝ていたんだ、私は。
ゆっくりと目蓋を開ければ、見慣れないけれど安心する顔がそこにあった。
「あざ、みさ、……もも、さん?」
「そうですよ、桃ですよ」
ニコッと笑いかける顔に安心して笑い返す。
「あれ、混浴から戻って、そのまま内湯にいたんじゃ」
「私達は内湯にずっといましたよ。身体洗い終わって、外は寒そうだからって内湯にずっと入っていました」
「いや、クマリさんとお話して……」
怪訝そうな顔をする桃さんを前に段々と声が小さくなる。だんだんと夢か現実か自信がなくなってきた。もしかしたら夢かもしれない。混浴に堂々と入る私なんて想像できないし。お風呂で寝た上に夢を見て、寝惚けながらそれを話すなんて恥ずかしすぎる。
「混浴に行きたいんですか?」
少し嫌そうな声でそう言う桃さんに対して、私はオーバーなくらい両手を振って否定した。
「あ、いや、そういうわけではないです」
「そうですか」
桃さんは少し安堵したように表情を和らげる。
私は露天風呂に繋がる場所を横目で見た。夢で見た光景と変わらず、曇りガラスに木の目張りがされているため外の様子は分からない。
ふと頬が異様に冷たい気がした。温泉に入って、体はポカポカして温かいのに。
指に触れても冷たい感じはしなかった。
脳裏に過ったのは赤黒く、ウェーブがかった髪。ゆらゆらと揺れているその様は、水の中に溶けだした血液を思わせるのだった。