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泡沫の憶で語る  作者: 鯨岡 朔
日も月も明けない
4/20

お人形のような女の子

 芙さんと別れてから私は民宿に入った。

 ガラガラと音を立てながら引き戸を開ければ古風ながら品のある室内が広がっている。

玄関は昔話に出てくるお金持ちの人のお屋敷に出てきそうな造りだ。綺麗に磨かれた木張りの廊下はもちろん、飾ってある物は全て統一感があって昔ながらの日本といった雰囲気だ。

一番視線を取られるのは、やはり玄関に入ってすぐ目の前にある屏風だろう。古典の授業で出てくる十二単のような着物の女性、その周りには着物をきている男性五人が描かれている。

もしかしてかぐや姫なのだろうか。平安時代にいそうな女性一人と男性五人と言えばそれしか出てこない。


「すみません、誰かいませんか」


 大きな声で奥に向かって呼びかける。

 しばらくすると木張りの廊下がギシッと鳴る音が聞こえた。

 誰か来てくれた。そう安心した次の瞬間、出てきた人物に息を呑む。


「きれい……」


 思わず声が出てしまった。

 出てきたのは十代後半くらいの少女だ。それも圧倒されるほどの美貌の持ち主の。

 雪のように白い肌。背中まである長い黒髪は光が当たると青っぽくも見えた。

 柄がないシンプルな赤い着物が彼女の良さを引き立たせていると思う。着物から出ている手足もすらっとしていて美しい。

何よりずっと見つめていたくなるほどの綺麗な顔立ちに見惚れてしまう。

 最初に視線を奪われたのは赤い唇。ふっくらとした厚みを伴った形の良い唇。まるで薔薇の花でも咥えているみたいだ。

 鼻も高くて、顔のパーツ一つ一つがお人形みたいだ。

青い瞳が特に素敵だ。不思議な青色の羽を持つモルフォ蝶に似ている気がする。

睫毛は長く、瞬きするごとにバサバサと音が立てていそうだ。


「おきゃくさま?」


 少女は首を傾げる。

不思議そうな表情、動く度に揺れる黒髪や衣擦れの音。だらりと垂れた指先。彼女の全てから視線は外せない。

魂が抜かれるほどの美貌とは、きっと彼女のことを言うのだろう。


「あ、えっと、はい、宿を借りたいです」


 しどろもどろ答えれば少女は緩慢な動きで近寄ってきた。


天戸星来(あまどせいら)です」

「柊木です」


 たどたどしく名乗った少女はこてんと首を傾げた。

 大きく間をあけてから、彼女はあどけない笑顔を浮かべる。


「じゃあ、あそぼ」


 一瞬思考が停止する。

 思いがけない提案に、私は何と言えばいいか分からなかった。


「えっと、あそぶ?」

「そうよ。一人で退屈していたところなの。貴女が来てくれて、本当に嬉しいわ」


 まるでボタンを掛け違えた不格好な洋服みたいな会話だ。

 脈絡がなく、突発的な言葉に嘘偽りがないと分かっているからこそ戸惑ってしまう。


「その前に宿泊の手続きをしたいのだけれども」


 当初の目的を伝えてみれば、星来は明らかに気分を害したように頬を膨らませる。

 ややあってから溜息交じりに廊下の奥に向かって声を張り上げた。


「おかあさあん! お客様よ!」



 少々お待ちくださいませ、という言葉が遠くから返ってきた。

 ややあってから廊下の奥から着物姿の女性が現れた。多分女将なのだろう。綺麗に纏められた髪、和服をぴっちりと着こなしている姿はこの旅館の雰囲気によく似合っている。


「大変お待たせして申し訳ありません。ご宿泊のお客様ですか」

「はい、予約はしていないのですがお部屋は空いていますか。泊めてもらえるだけで大丈夫です」

「空いております。お疲れの御様子ですし、ただいまお部屋にご案内を致しますね」


 その言葉に胸を撫で下ろす。不意に体がズシリと重みを増した気がした。まるで水にぬれたコートを着させられているみたいだ。

 泊まれると分かったから、気が抜けて疲労感が一気に来たのかもしれない。今日は早々に休んでしまおう。


「当宿には温泉も御座います。一番有名なのは――」


 愛想笑いを浮かべた女将の声を聞きながら、その後ろ姿についていこうとした時だった。


「ねえ」


 不意に背後から何かにしがみつかれる。ふんわりと香るサンダルウッドの匂い。お腹に回された二本の腕。


「ひいらぎちゃん、いつ遊んでくれる?」

「えっ」


 答えに詰まる。たしかに遊びに誘われたが、私と星来さんの関係性は宿で出会っただけだ。

 助けを求めるように女将を見れば、彼女は満面の笑みで此方を見ていた。


「星来、お友達が出来たの? 良かったわねえ」


 心底嬉しそうな台詞だ。察するにこの二人は血縁者なのだろう。もしかしたら親子なのかもしれない。


「お客様。よろしければ夕餉はサービス致しますので、星来と遊んでやっていただけないでしょうか」

「えっと、それは……」


 小さい子と遊んで欲しいという希望なら理解できる。それとも同い年くらいに見えるから遊び相手に相応しいと思われたのだろうか。

 女将は綺麗な笑顔をたたえたまま、微動だにしない。それが一層人形のように不気味だった。


「わかり、ました」


 気圧される雰囲気に負けた私はそう返事をした。正直、断って気を悪くさせて宿に泊まれなくなるのも困る。少し遊ぶくらいなら大丈夫だろう。


「ありがとうございます。ではお部屋の方へ――」


 そう言いかけた女将は私の全身を眺めまわす。やがて小さく笑ってから、一歩後ずさった。


「だいぶお疲れの様なので、先に湯殿にご案内致しましょうか。星来、お客様から離れるように」

「はあい」


 背中に圧し掛かっていた感触が消える。

 同時に私は少し恥ずかしくなってしまった。山も降りたから体が少し汚れていたのかな。

 服の端や靴の裏まで隈なく注視している間に、気が付いたらタオルと浴衣を手にした女将が目の前にいた。


「こちらがタオルと浴衣でございます。どうぞごゆるりと」


 差し出されたタオルと浴衣を受け取りつつ、浴場の場所を聞いた私は脱兎のごとくその場を離れるのだった。






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