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泡沫の憶で語る  作者: 鯨岡 朔
日も月も明けない
18/20

小休憩ー『邂逅』

 窓の形に沿って切り取られた風景の中には、先程歩いてきた道が見えた。そして今まさにその道を(あざみ)が走ってきている。酷く焦っている様子だ。その後ろには派手な格好をした女性がいた。年齢は芙と同い年か年下だろうか。ばっちり決まっているメイク、原色を奇抜にあしらった服装、ウィッグでも被っているのかと思うほど盛られた髪は鳥の羽を思わせた。


「芙さん?」


 柊木は口の中で呟く。硝子越しに女性と目が合う。まるで聞こえたかのようなタイミングで振り返った顔に、柊木は目を見開いた。

 乱暴に芙の服を掴んで無理やり動きを止めた後に、柊木が覗き込んでいる窓を彼女は指差しながら何かをまくし立てているのが見えた。最初は煩わしそうに女性を見ていた芙は渋々と言った様子で指をさされた方向に視線を向けた。窓を介して驚いた芙の顔に、柊木は軽く会釈をする。

 二人は顔を見合わせて何か会話をした後に店の方に向かって走り出す。しばらく経ってから突進するように店に入って来た女性は元気よく声を張り上げる。


「たのもー!」

「道場破りか」


 後ろにいる芙は呆れ返った様子で突っ込む。女性はキョロキョロと店内を見渡した後に、奥の座敷に乗り込んできた。優雅に座っているクマリを視線で捉えてから、彼女は険しい表情を浮かべる。


「クマリ、なにしてんの」


 詰問するような言い方に対して、クマリは物怖じせず微笑んでみせる。女性は蹴っ飛ばすように靴を脱いでから、押しかけ強盗のように畳に上がった。ドンドンと太鼓を叩くような足音を響かせながらクマリの隣に勢いよく立てて座り込む。


「こんなところまで来るなんてめずらしーね、キジコちゃん」

「今は由貴だよ! ゆ・き! 由ある貴さと書いてゆきと読む!」

「えー、呼び方かえたの? 僕が一秒で考えた名前気に入らなかった?」

「あれ、一秒で考えたんかい!?」


 ぎゃあぎゃあと喚きたてる女性――由貴はテーブルを八つ当たり気味に叩く。感情表現が豊かな人物のようだ。

 クマリさんは顔が広いのだな、と思っているような表情で見ていた柊木は店の入り口の方を見た。芙は膝に手をついて息を整えている。肩を大きく上下させている様子からも全力疾走をしていたようだ。

 腰を浮かせかけた柊木の腕を桃は掴む。何を言うでもなく、桃は俯いたままだ。


「まあまま、ご飯でも食べて。色々頼んだからさあ」

「何頼んだの?」

「チキン南蛮定食、かき揚げ蕎麦、からあげ。あと卵焼き」

「……ほぼ鳥料理じゃん! 喧嘩売ってんのか!」

「まあまあ。からあげは食べる? ここのは美味しいよ」

「いわんわ!! そこは蕎麦を勧めろよ!!」


 大声で話していたからか、ウゲツはお盆に水の入ったグラスとおしぼりを沢山持って現れた。由貴の姿を視認したウゲツは嬉しそうに目を細める。


「あら、久しぶりね。えっと、今は――」

「ゆきだ! 由ある貴さと書いてゆきと呼ぶ!」

「はいはい、ゆきちゃん。それと……あちらの男性もお客様?」

「うん。あっちは、えーと、あざ、み、そうアイツは芙って言うんだ! ちょっと走っただけですぐバテてしまう。まったく貧弱な奴だ」


 おい、と地を這うような声で突っ込む芙を無視して、由貴はクマリとウゲツを交互に見てから言葉を続ける。


「ウゲツはこんなところで何をしているんだ」

「もちろんお店を営んでいるのよ」

「……クマリは?」

「新しい友人とご飯を食べに」


 由貴は「ふーん」と言った後にクマリの顔をじっと見つめたかと思えば、一拍後にはそっぽ向いてしまった。

 ウゲツは手慣れた様子でグラスとおしぼりを置いていく。最後に芙の分と思わしき一式も桃の前に置いていった。

 ようやく落ち着いたらしい芙は柊木達がいる座敷に上がり込み、不自然に歩みを止める。先程からずっと俯いたまま顔を上げようとしなかった桃を食い入るように見つめていた。芙は小さく名前を呼んだ。


「桃?」


 桃は一度瞬きをしてからおもむろに顔を上げた。それから気恥ずかしそうに笑ってみせる。


「久しぶり、……お兄ちゃん」


 そう呼ばれた芙はビクリと身体を震わせる。二人の間には妙な緊張感があった。仲が悪いというには嫌悪感がなく、仲が良いというには警戒心すら感じさせる雰囲気だ。

 芙は戸惑いがちに口を開いて、再び声を掛けた。


「うん、久しぶり。元気だったか」

「とりあえずは元気だったよ」

「そっか。……相変わらず食は細そうだな。もっと食べればいいのに。すみません! この肉の盛り合わせをください」


 座敷から少し離れたところに佇んでいたウゲツに注文をし始める芙を制止するように、桃は声を上げた。


「お兄ちゃん! 私はそんなにお肉食べないよ」

「え、あ、そっか。そうだった。魚なら食べられるか」

「……うん、魚の煮つけなら食べようかな」

「そっか。じゃあ、おすすめの魚の煮つけがあったらお願いします」


 ウゲツは微笑ましそうに芙と桃を眺めた後に「はい、お持ち致しますね」と優雅に微笑んでみせた。柊木はさりげなく横の席にずれて、桃の隣の席を空ける。


「えっと、この席空いている?」


 桃の隣に出来た空席を指差しながら芙が訊ねる。柊木が頷いてみせると、芙はぎこちない動作で席に着く。


「はい、お水」


 桃から渡された水を少し飲んでから、芙は斜め前にいるクマリの存在に気付く。グラスを置いて、少しだけ背筋を伸ばしてから軽く頭を下げた。


「勝手に割り込んでしまってすみません。俺はここにいる桃の、兄です。久保寺芙って言います。柊木さんとは先日知り合いました」


 クマリはへらりと笑ってから手を差し出す。


「僕はクマリって言います。よろしくね。二人とは先刻知り合って友達になりましたー」

「あ、ああ、よろしく」


 芙は戸惑った様子で握手に応じている。相手の事を掴みかねているといった印象だ。芙はハッと何かを思い出したように顔を強張らせる。次いで勢いよく首を動かして、柊木を凝視した。何処か緊張感がある面持ちを向けられた柊木は居住まいを正す。


「柊木さん、昨日何処に泊った?」

「え?」

「さっき見に行ったら昨日の宿がなかったんだ」


 芙から訊かされた事実に彼女は頭を殴られたような衝撃を受ける。咄嗟の返事が考えつかないほどの狼狽を見せるのだった。


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