日向を生きる夜の女王
#1
「やあ、烏間ちゃん。こんな時間に何をしてるんだい?」
夕方遅い時間の視聴覚室、生徒会の要件で来て、扉を開いた瞬間に浴びた言葉がそれである。フルオープンにされた窓の枠に腰掛けて、風に髪をたなびかせながらこっちを眺めている女。見覚えはあるが誰だか思い出せない。こっちの名前を知ってる以上ある程度の知り合いのはずだが。色々と聞きたいことはあるが、それら全てを抑えてここから始める。
「それはこっちのセリフなんだよ。月も綺麗に登るような時間に何用?」
「何用、何用。用がなければ居ちゃ駄目なのか?」
地味な難問なんだよなこれ。午後8時なら鍵閉めるから表出ろって言えるんだけど、現状じゃあそうはいかない。月が高いと言ってもまだ知れてるし、今日は寒くも暑くもない。むしろ窓フルオープンで風が吹き込んでる現状、とても心地良いと言っても差し支えない。
「安全管理上、生徒の居場所は把握しておきたいというのが学校側のご要望。申請の一本ぐらいは欲しいんだわ」
「……忘れてた、そもそも残るつもりじゃなかったし。むしろ寝坊したような物なんだよ」
寝坊て。午後の授業全部バックれたとでも言う気か? クソ度胸じゃねえか。あの馬鹿どもでさえ教室には一応ちゃんと居ると言うのによ。掛ける言葉も言うべき物も思いつかないわ。これはさっさと帰らせるに限るか。
この部屋から借りてたプロジェクターを元の位置に置き直して、本来の業務はさっさと終わらせて声を掛ける。
「まあ、なんでも良いからさっさと帰れ。こっちはこれもしないといけないからな」
「鍵か、なるほどなるほどそれは確かに大変だな。ああ、ちゃんと帰るとも」
あっさりと鞄を持って部屋を出る。見覚えはあるのに結局誰だか分からなかったわ。マァこの際誰でもいいか。面倒な押し問答をすることなく退散してくれるならそれ以上気にする必要はない。問題になったらそん時はそん時、人に押しつけて安楽生活を送ってやるとも。
自分の鞄を担いで校門に向かうと、外に一人佇んでいた。誰かを待っているような素振りだが、生憎と今日帰りが一番遅いのは自分なんだよなァ。そうだとするならこっちがあの人物の待ち人って意味になるが、出待ちをされる覚えもない。さてさてさて、面倒ごとじゃなきゃ良いが。
「待ってたよ烏間ちゃん。一緒に帰ろうぜ」
誰あろう、視聴覚室で会ったあいつである。マジで誰だかさっぱり分からんが、断る理由も特にない。チャリ勢バス勢には見えんし、こっちと同じ電車勢だろう。ま、なんであろうと時機が来たらさっさと別れるが。
「はいはい。ああそうだ、こっちはそっちが誰なのか知らないからさっさと答え合わせしてくれると助かるよ」
「ふむ、正論だ。……そうだな、ケイとでも名乗ろうか、カナタ」
「シームレスに名前呼びに移るな。まあ良いよ、ケイ」
ま、こっちはケイとか言う名前の人物は知らないんだが。それは今はどうでも良い話だ。こっちに被害が出てこない限りにおいては大体のことは問題はない。いつもは大概早く歩くが、今日の同道者は巡行速度が遅いらしく、普段より少しばかり遅らせないと置いていきかねなかった。
「にしても、今晩は月が綺麗だと思わないか」
「死んでも良いわ、って言えば良いのか?」
おいおいケイよ、そこで頭を傾げるのか。割と有名な取り合わせだと思ったがそうでもないのか? 学がないとでも言うべきだろうか。……これ以上は良くないな。何をどう言っても罵倒にしかなってない。
「……ああ、夏目漱石か。そうじゃなくて、文字通りの意味でだ」
言われるままに空を見ると、確かに綺麗に丸く出ていた。スマホを起こして覗いてみれば、今日が丁度十五夜であるらしいとわかった。道理で綺麗に大きいわけだ。今日が一番月が地球に近い日で尚且つ満月、さらに今晩は雲一つない快晴、見事な物だ。
「そうだな。自分的には薄く雲が掛かって光が滲む方が好きだけども」
率直な感想にケイはくくっと笑う。それ実在性の笑い方だったんだな。話にゃ上がっても実際に聞いたことはなかったわ。
「ちなみにケイは何駅で降りるので」
「翠橋駅だよ」
「そりゃ奇遇だな。自分もだ」
図らずも同じ駅だったので、電車を降りてからさらに追加で一緒に幾らか歩く。まだ知り合ったばかりのはずだが、思った以上にケイはこっちのことを知ってるようだった。2年E組……と言う名の隔離クラス所属であることとか、好きな食い物であるとか。気があるのか?
「まさか。恋愛的な感情を君に持つ、なんてことはあり得ないから安心したまえ」
「何をどう安心しろと?」
「普通の人間には普通の幸せがお似合いだってことさ」
随分と意味深な物言いをするなおい。まあ良い、その時点でろくでもない方向の関係者であることは分かるし深入りすべきでもない。『モテ隊』連中みたいな黄泉路から帰ってくるような能力は持ってないしな。
「あ、こっちだから」
「ならさよならだ。機会が有ればまた会おう」
「ああ、またな、ケイ」
#2
「手伝ってください、烏間さん」
第二風紀委員会の実働部隊からヘルプがかかる。一応生徒会の所属なんだが、良いのかそれで。管轄違い、部署違い、畑違い。むしろうちと仲良くないレベルだろ。ま、第一風紀委員会との間よりはマシだが。
「え、やだ」
「二年E組関連ですので」
目には目を、ってか? むしろニュアンス的には毒には毒をって感じか。ひっどいこと言うでやんの。もうちょい優しさとか持っても良いんだぜ。何せこちとら凡庸な無個性だの平凡な一般人だの背景適性Aだの散々なことしか言われてないだから。
まあ言っても仕方ないので腹を括って騒動の中心へと向かう。一緒に向かう人間の中に、第一風紀委員会の連中もいるあたりがなんとも言えず不穏だ。あの人、また変なこと企んでるんじゃないだろうな?
「ぐわーっ!」
……早速ダメそうだ。銃声、地雷の起爆音、立ち上る煙、耳慣れた断末魔。ギャグじゃなきゃ軽く三回は死ねるような目にあった馬鹿がいるのだろう。
「立ち上がるのだ、諸君! 今こそ叛逆の時である! 勝利の女神は今、我々の元にある!」
「うぉー!」
壇上に立つ、ジタバタ暴れる美少女を小脇に抱え、暴動を焚きつけようとする男。誰あろう、第一風紀委員会委員長である。そう、あの率先してクーデターを扇動して風紀を見出す馬鹿が第一風紀の委員長なのだ。あれでいてカリスマばかりはマジであるから始末が悪い。当然二年E組所属だ。
そして、その演説に突っ込んで美少女を強奪しようとしては銃撃や地雷によって吹っ飛ばされてるのは『モテ隊』の連中である。リア充絶殺を合言葉に人外じみた戦闘力、身体能力を見せる頭のオカシイ集団だ。所属員は言語中枢にも重大な問題が発生する傾向にある。
「殺ャー!」
「滅殺滅殺滅殺滅殺滅殺」
「犯焚除充叩邪、傷顕齬怨戒喰、怒威裁苦厄、殺離死」
狂った馬鹿どもが襲撃を仕掛け、それが第一風紀の連中と格闘する。喉とか頭とか、素手でも当たり具合によっては致命傷たり得る場所ばかりを狙いあった酷い殴り合いだ。基本的には怒りと無尽蔵の生命力でブーストされた上に数においても勝る『モテ隊』の方が優位で進行するが、それをあっさりひっくり返すのが地雷である。
「……アレ、勇沙を巻き込んでやってんのかよ」
勇沙もやはり二年E組の所属の人間、つまりはどうかしている側の人間だ。具体的な特徴に踏み込んで言うなら、銃火器刀剣関連の知識が多い。もっと正確に言うならば、あまりにもそれらを用いた戦闘に慣れており、慣れているが上の知識を蓄えている。現代日本の高校生にはあるまじき様相だが、深くは考えない。
問題なのは馬鹿騒ぎをしていることであり、こっちの職務は連中の捕縛。勝手にやるならいざ知らず、拉致られている勝利の女神こと天城を巻き込んで、登校中の生徒たちの邪魔になるような場所で騒ぐのは傍迷惑としか言いようがないので排除する。
「天童皐月を捕獲しろ! アレの反省室送りと天城環奈の安全確保で話は終わりだ」
そういえば、なんで天城が勝利の女神で通ってるのか知らないな。なんか面倒な事情が絡んでる気がするが、君子危うきに近寄らず、だ。
……文化祭、か。今はまさにそう言う時期なわけだ、さてどうしようかな。二年E組と言うクラスはクラスとしての体裁をあまり保てていない。何せ担任がいないから。居ないというのも適切な表現ではなく、三日で病欠しちゃったりノイローゼになったり事故で物理的に全治三ヶ月の入院になったりして、同じ先生が一ヶ月担任できたら凄い扱いされる魔境になってるだけなんだが。今の先生は胃潰瘍で入院だっけな。じゃ、なんでかろうじで学活なんぞをやれるかと言えば、圧倒的な暴によって君臨する副担任がいるからだが……そこは置いておこう。
「あのさ、烏間」
「うん? ああ、楠木夫妻の夫の方か、どうしたの?」
楠木夫妻、二年E組所属では数少ない無害なコンビだ。別に特徴がないとかそう言うわけではなく、純粋に周りに被害を撒き散らさないだけなんだけど。その特徴が何かといえば、新婚みたいな甘々な関係をしている男女の幼馴染コンビなことである。中学の時点で既にお付き合いを初めて甘酸っぱいあれやこれやもやってのけ、高校の今となっては熟年夫婦のような阿吽の呼吸と、新婚特有の甘々な雰囲気を両立させた、どうせ高校卒業と共にデキ婚入籍だろみたいな二人組だ。
「文化祭を成功させたいからさ、手伝ってくれない?」
「と、言うと?」
「僕らにもう一人幼馴染が居てさ、その子がここを受験するって言うから良いとこ見せたくて」
……正気か? 主な狂人は二年E組に集まってるとはいえ、それは他に狂人がいないことを意味しない。相対的なラインが跳ね上がっているせいで見られていないだけで、他所に放流したらまずいタイプの人間はウチのクラスに限らず腐るほど居るんだが。
「一応さ、この学校って外見は良いんだよね。ほら、お金持ちの人も結構いるじゃん」
それは否定できない。うちのクラスにも、日本経済を仕切ってるとか言われるような巨大財閥四つの子息が全員居るしな。……全員同い年とかどう言う偶然なのやら。兎にも角にも理解した。それなら全力で見栄を張りたいのは健全な兄姉心と言えよう。
「分かった。……と言っても自分は大したことできないけどね」
#3
夜、ふと目が覚める。外に月はなく、かなり暗い夜だ。出掛けるのにはあまり向かない晩だが、コンビニに行って牛乳を買ってくるだけなら大丈夫だろうと表に出た。そうして何事もなく牛乳を持った帰り道、ぼろぼろの女が一人倒れていた。……いやなんでさ。行きには居なかっただろお前、どっから出てきたのさ。とは言え放置するのは趣味じゃない。諦めて背負って家へと運ぶ。両親は不在なので、実質自分が家主だし問題はないかと思う。靴は脱がせて客用布団へ放り込む。
まだ深夜だから眠いのは変わらないので、牛乳を飲んだら速攻で二度寝を決めた。特に起きてる理由もないしな。
そして翌朝。圧迫感と共に目覚める。誰かにのし掛かられているかのような重みだ。……というか、まさにのし掛かられている。目の前にはナイフが一本突きつけられてる。そして、昨日の晩なんで見覚えがあったのかを理解した。クラスメイトだからそれも当然である。
「……あの、何か変なことしませんでした……?」
「昨日の晩は倒れているのを拾って布団に寝かせただけだけど。なんかして欲しいことでも」
「あっ……その……じゃあごめんなさい……」
誰かというと、通称勝利の女神、天城環奈である。あっさりと上から退くと、突きつけてたナイフを何処かに仕舞い込んだ。ようやく、儚げであっても儚くはないという言葉の意味を理解した気がする。
「じゃ、一応。昨日何して倒れてたのか聞いても?」
「秘密、です」
まあだよな。隠し事をわざわざ暴いて蛇を出すつもりもないし、そういうことには首を突っ込まない方が長生きすると昔から言うしな。話すつもりがないならそれはそれで構わない。むしろ問題は今が朝だってことだ。そもそも家がどこかすら知らない以上送るわけにはいかないし、今日は学校があるから家に帰さないわけにもいかない。
「朝ごはんとか食べる?」
「……お世話になります」
現実逃避的に飯に誘ったらあっさり乗っかった。ここでどうこう言っても仕方がないからマジで作る。パンを4枚焼いて、ベーコンと卵を幾らか。キャベツとトマト。都合よく昨日の晩に買ってきた牛乳もあるのでそれを注いではい完成。なんの変哲もないベーコンエッグトーストとサラダと牛乳のモーニングセットである。あんまりにも普通過ぎる味らしく、美味しいというコメントすらなく食べきってしまった。
「ご馳走様です。ありがとうございました」
「気にしなくて良いぞ。じゃあまた」
「はい、また学校で」
というわけで別れる。ただ疑問が一つ。もう七時を回ってるってことだ。ここから学校まで電車を使おうとチャリに乗ろうと一時間はかかる計算だ。となると……そもそもあいつは遅刻せずに学校に辿り着けるかすら怪しいんだよな。
なお。結論だけ述べるとするなら、自分じゃ確認できなかったのである。学校にたどり着いたところ、男が十三人吊されていたのだ。真ん中に『モテ隊』頭領である工藤龍太、その周りに綺麗に十二人この学校に所属してる『モテ隊』幹部が、股間から頭、両脇の下から逆サイドの肩へと3本槍を突き刺された状態で逆さまに飾られていた。ま、普通なら致命傷だ。どうせ黄泉帰るが。これらを磔状態から降ろして、保健室に突っ込んで、とやってたら余裕で始業時間をぶっちぎることになったんだわ。
#4
翌々日。文化祭を成功させるにあたって何人かのクラスメイトの協力を取り付けたりなんだりしていると、すっかり日も暮れた時間になってしまった。んじゃ帰るかと思って校門を出ると、出待ちされていたとしか思えないタイミングで声をかけられた。
「待っていましたわ、カナタ」
「えーと、何故出待ちを? 天城環奈」
凄いデジャブを感じる。前回はケイだったが、今回は天城らしい。出待ちされるほど仲の良かった覚えもないけれど、一体どうしたのやら。
「違いますわよ。私は環奈ではありませんもの。そうですわね……ビャクヤとでもお呼びくださいまし」
「はあ……ちなみに御関係は?」
「環奈の三つ子の姉ですのよ。ケイも環奈もあなたのことを気にしていらっしゃいますもの、私が気にするのも当然ではなくて?」
なんてこったい、そう言われたらそんな気がしてくるじゃないか。……にしても初めてかもしれん。自分にそんな興味を向けられる経験なんて全然ないな。どんな契機でこっちを見るようになったのやら。まあ良いさ、そう言うなら変わらず話をするだけだ。
「……あ、もしかしてあれか。三つ子ってんならお前と環奈さんも自分と同じ駅か」
「ケイ相手ならいざ知らず、私相手ならば貴方、もしくはビャクヤと呼んでくださいまし。加えて言わせていただくなら、少しで宜しいので、普段より上品に喋っていただけると幸いですわ」
初対面の人間に対して散々なセリフを吐く奴だ。ただまあ、あまり品があるとは言えない言い回しをしてるのは単なる事実だからな、粛々と受け止めるしかあるまい。要するに、巨大財閥の冠とか姫野とか天馬とかの人と話すのに近い感じをすれば良いだけだしな。
「オーケー、分かったよ。じゃあとりあえず帰るか、ビャクヤ」
「ええ、そうしましょう」
というわけでまた二人で連れ立って歩く。ケイはあまり口を開かないものだから、一緒に帰っておいてなんだが、どの発言も唐突さが拭えなかったわけだが。ビャクヤは逆におしゃべりが好きなタイプらしい。
「ああ、そうだ。どう言う字を書くのか聞いて良いか?」
「ええ、構わないわよ。私は白い夜と書いてビャクヤですわ。そしてケイは、傾くと書いてケイですわよ」
「白夜はともかく、傾ってそれ名前か?」
「自称ですわ、本当は別の字で書きますの。まだあの子は中二病真っ盛りなんです」
中二病のまま高校生になったのに、月が綺麗ですね、に対して死んでも良いわと返すのを理解してないのはどうなんだ? ちょっとどころじゃなくオツムの出来が心配になるんだが。
「それで聞きたいことがありますのよ」
「ん? 何?」
「環奈と傾の印象ですわ」
ぶっちゃけ、どっちも知り合い以上じゃあないんだよねえ。傾に会ったのは一度だけ、環奈の方はと言えば、クラスメイトとして接することは稀にあっても、それ以上じゃない。せいぜいが、ちょくちょく起きる校内拉致事件の首謀者を成敗してる程度だ。ってかなんでそんなに拉致されてるんだよ。この間家に拾った時の感じからして、暴力沙汰にも慣れてるだろ。
「ワード勝利の女神は意味を理解しない方が良いですわよ。あの子は学校では暴力を封印してますから」
世の中知らない方が良いことが多すぎる。いや、どっちか言えば二年E組に、か。自分と、『モテ隊』の四人と楠木夫妻、それ以外の大体の人間は表に明かせないタイプの秘密を抱えてるようで。マアそう言うことなら聞かないでおくか。
「んじゃ、本当にちょっとした印象だけど、天城はそうだね……不憫な人、かな。取り敢えず問題児じゃない、てかむしろ被害者側だけどちょくちょく拉致された結果として現場居合わせるせいですぐ問題児認定喰らうあたりとかな。でも深夜徘徊はやめとけ、それぐらいか」
何せ天城とはほぼ縁がない。同じ教室に居る、は同じコマにいた、未満の価値しかないしな。印象なんて深く関わらなきゃイメージで喋るしかない。そしてこっちのイメージは拉致されてる奴でしかないから、マァそうなるよねと言う話だ。
「んで、傾ね。んー、強いて言うなら廻りくどい言い回しをしようとして自爆する奴。こないだの満月の夜にしかあってないからな」
「分かりましたわ、ありがとうございます」
その後に続いた話も、天城と傾関連の話ばかりだった。これもある種のシスコンという奴か。随分と重い愛情だが、真剣に気遣ったものの様だし問題もないだろう、きっと。
#5
「なあ、烏間。僕は確かに手伝ってくれとは言った。だけどよ、なんで四桁万円が動きかけてるんだ?」
「それこそ聞かれても困るが。むしろこっちが聞きたいくらいだぞ。……原因は大体わかるが……。夢崎さんを参謀に、ストッパーを米倉君に押しつけた上で、冠君と姫野さんに協力を仰いだから」
「なあ? それ役満だよな? 出来栄え以外の全てが酷いことになるフラグじゃないのか?」
文化祭の成功のため、要点となる人物に声を掛けて回ったわけなんだけど……既に選択を間違えた気はしないでもない。特に夢崎さんをチョイスしたのは不味いかもと思う。夢崎さんは『魔女』の通称で知られるが、それに違わない碌でなしだ。嬲ること痛めつけること悲鳴を上げさせることに強い喜びを見出している策謀好きとかいうあからさまな厄人間だ。ただまあ、頭の回転と人を使うことにおいては、既に巨大財閥のリーダーになることが決定しており、なんなら既に働いても居る冠君や姫野さんに引けを取らない逸材でもある。
監視なしでそんな彼女を置いといたらどんなイベントになるのか分かったモンじゃないので監視役に米倉君を配置。楠木夫妻と同様に彼も夢崎さんの幼馴染なんだそうで、彼ら三人には傍若無人で通る夢崎さんも頭が上がらず、悪どいことは隠れて行おうとするぐらいだ。楠木夫妻とその妹分のために、米倉君と一緒に、という状況を仕上げれば、表向きは、少なくとも真っ当な善人が被害に遭うことはない。
「ってかなんで廻華・颯太コンビとあの財閥コンビの両方同時に頼んだんだ?」
「そりゃ勿論、それが必要だからだよ。夢崎さんは手札はあっても、表で使えるものは多くない。逆に財閥コンビは表で使える手札も多いけど、感覚が庶民とはずれ過ぎてる。なら、そこで組ませれば完璧だろ?」
「……くそが! こんなメチャクチャなことになってんのに、否定の余地はないし実際成功しそうなのがマジでこう……こう……な!」
滅茶苦茶、そう滅茶苦茶なのである。既にアスレチックコースの建設が始まっている。クラスの人間の意見を纏めながら、アスレチックとカフェの二店舗をクラスで出すことが決定している。カフェの方は、アルヴヘイムとかいう厨二心満載の店名をした猫耳喫茶店との提携が上手くいきその方向で進行してるので、ほぼ安泰なせいで人員はほぼ割かれず。残りの人員は全てアスレチックへと割かれている。
……そう、狂人と名高い二年E組の、割とまともな側の人間を除いたほぼ全てだ。
今もまさに爆発音と罵声が鳴り響いている。アスレチックの難易度Tormentのテストプレイ中だからだ。Easyは5歳の子でもOK、Hardは結構難しいけど学校の体育が出来るなら時間さえかければなんとかなる難易度に設定されてる。それに対してInsaneは、身体能力を競うタイプのテレビ番組(例:SASUKE)に出てもおかしくない程度にはイカれた難易度であり、Tormentともなれば、ギャグ補正抜きでは死人が出るレベルだ。あたり一面地雷が仕掛けられ、さらには針山、レーザートラップ、強酸の雨など殺意の塊のようなトラップ群、それに加えて89度に聳え立つ崖の上り下りや高度30mでの綱渡など、地形的にも殺しに掛かっており、逆になんでこれで完走者が出るのか謎なレベルだ。
「まだ加減が効いてる。難易度Tormentはもっと難易度上げて良いんじゃないか?」
「地形的にはもう弄りようがないけど」
「ランダムな空爆と狙撃とかどうだ」
「狙撃は駄目じゃない? 私的な理由による贔屓が可能なトラップはアウトだと思うよ」
「いっそエロ方向でのトラップはどうだ? かなりのレベルでの発情を引き起こすシャワー室とか」
「その方向はなんらかの手違いがあった場合が不味い。純潔と性被害は記憶抹消以外ではリカバリが効かないからな」
「だな。事故で白濁液が掛かる程度でギリセーフじゃね」
「そう言う嫌がらせでしたら素直に泥の中を進ませるとかで宜しいのでなくて?」
「浪漫の問題だよ。白濁液に身を汚して頬を赤らめる美少女、良い絵面だろ?」
「Tormentに参加するようなお方は、間違いなく復讐しに来ますわよ」
「やはりエロ系統は封印だな。そもそも魔女があまりにも怖いしな」
「金盥にトリモチ、チョークの粉。あとはウザい文言か。箸休めに見せかけた嫌がらせゾーンを追加しようぜ」
「冷静な判断能力を失わせるには丁度良いもんね。そしてそこに現れる即死ギミック……良いねえ、滾るねえ」
少し離れたところから見てるのにこっちまで会議の声が聞こえてくる。言っている内容はただひたすらにどうやって人を罠に掛けるかの一点なあたり、クラスとしての民度の低さが光る。いやほんとに信じらんないレベルで酷いな。センシティブな方向性が削れただけでも喜ぶべきだろうか? いやでもそれ喜ぶのは流石に駄目では……。
「ああでも、EasyとHardのコースが普通に面白いのだけは確定だな。そこは喜べる」
「妹分の子、そう言うの好きなの?」
「ああ、近所の河川敷の運動公園にあるアスレチックでちょこちょこタイムアタックする程度にはな」
程度、というかかなり好きだよなそれ。まあ、ならいいか。あとは当日に二年E組の気狂い共に遭遇しないように楠木夫妻が面倒を見るだけでOKだね。頼み事は無事達成できそうで良かった。
そう話していたら今度は天城と勇沙がやってきた。あまり見かけない組み合わせだけど、この前見た本性からすると、そっち側でなんらかの関わりがあるんだろうな。
「二人揃ってどうした?」
「休憩です。あの場にずっと居ては疲れるので」
「そう言うわけだね。別にあの雰囲気は嫌いじゃないけど、創造的な作業は苦手だからさ」
なるほどなあ。実際に振り回すのは得意でも、抹殺以外の目的で仕掛けるのは苦手なんだね、初めて知った弱点だわ。毎日が祭りとでも言わんばかりの傍若無人を働く我がクラスでも、本物の祭りとなれば新たな部分も見えてくるわけだね。
「青2」
「お、ありがとう。青赤黄色で4の3枚出し」
「……色がないから仕方ねえ。ドロ4、緑」
「ドロ4上乗せ、色は赤を指定します。8枚ドローどうぞ」
「やめて? やめて? せっかく減らしたのにさぁ!」
「これもまた運命だね。うんうん、諦めなよ楠木君」
「赤9」
「スキップを2枚。UNOを宣言します」
「あ、こいつめ!」
「一抜けは天城か。勝利の女神の渾名に違わぬ早業だな」
たまたま楠木君がUNOを持っていたのでノリでプレイ。こっちは引いたり引かなかったりでのんびりと手札を減らす側、天城はしらっとした表情でポンポン手札を削ってささっと一抜け、手札運が腐り切った楠木とプレイがガバい勇沙が熾烈なドンケツ競争が行われていた。こいつらカードゲーム弱過ぎか?
「あのさ、烏間」
「どうしたよ、天城」
「環奈と呼んでください。……そうではなく、いつもありがとうございます」
いつも、っていうとなんのことやら、マジで接点ないから思いつかないんだよな。どう見ても裏っぽい暴力関連の話とか自分の管轄外だしさ。どの辺だ?
「いつも、わざわざ救出してくれてありがとうございます」
あー、そっちか。そういえばそうか。ここ一年くらい、なぜか広まった二つ名勝利の女神の影響で、自陣営に置いた方が勝つとかいう根も葉もない噂も広まって、そのせいでちょくちょく拉致されてるもんな……第一風紀の馬鹿共とか、『モテ隊』の女性に暴力的な手段を出せる過激派とかに。でもそれこそ礼を言われる謂れはない。何せ、本当は拉致される前に成敗するべきだからな。
「そんなに卑下しなくて大丈夫です。……あなたの優しいところはよく知ってますよ、彼方さん」
……不意打ちって破壊力あるな。唐突な名前呼びにビビる。これはライン超えの好感度を稼いだという意味だろうか……。あ、ダメだなこの発想。ちょっとばかりギャルゲーに毒され過ぎてる。
「そりゃどうも、環奈」
#6
「やあやあやあ、カナタさんよォ。私ばかりか環奈と白夜にまでコナをかけるタァいい度胸じゃねえか」
「唐突に襲撃してきた挙句その言種はねえだろ。もう8時回って大概暗いぞ」
ピンポンが鳴ったのでなんだなんだと思って出てきたところに浴びせられたのがさっきの第一声だ。酷くねえ? まるで三股仕掛けてるかのような物言いは切実にやめて欲しいんだが。てかそもそも。
「何しにきたんだよ、ケイ」
「遊びに来たに決まってるんだろ。環奈がお前とUNOして楽しそうだったからな、私とも遊べ」
おいコラ既に夜だろうがお前どうするつもりなんだよ。今から遊んだら徹夜確定ルートじゃねえか。しかも二人で何すんだよ。UNOとかのパーティーゲームは二人でやってもあまり面白くないんだぞ。
「安心しろ。ほら」
手渡された鞄の中には、あからさまに着替えに見える服、枕、ゲーム機と複数人プレイ用のカセット複数が入っていた。人に着替えを渡そうとするのはどういう神経してるんだ、プライバシーの究極系に近いアイテムだろ。
「……まさかお前、泊まる気か?」
「ああ勿論だとも。環奈が泊まったらしいからな、私もやりたくなったんだ」
この雰囲気は言い返してもダメな奴だよなぁ。騒ぐのも疲れたし、普通に飯にしよう。当たり前の様に卓についてるあたり、Aランクの図々しさを持ってると言っても差し支えなかろう。今晩は圧力鍋頼りに作ったカレー。明日も明後日も温めるだけで済む死ぬほど便利な料理だ。
「料理美味いな」
「そりゃどうも。ごく普通のなんの変哲もない味だと思うけど」
「環奈に聞いてた通りにな。普通ってのは安心材料としちゃ最大級の代物だ。むしろ誇るべきだぜそれは」
今日は前回に比べてかなり饒舌だ。じゃあ前回の黙りっぷりは、あれでも緊張してたって意味か、なるほどな。
そして飯の後と言えば風呂である。飯を食べ始める前にはお湯を入れ始めていたので既に入っているが、重大な問題が一つ。すなわち、どっちから風呂に入るか、だ。
「先、後、どっちが良い?」
「家主が先じゃねえの?」
3秒で決定。自分が先、傾が後。服はまとめて洗濯するんでいいらしいので、バスタオルだけ追加で引っ張り出しておく。
洗い物を終わらせて風呂場の電気も落とし、やるべきことを全て片付けたので、遊ぶ準備ができた。さてどこから……。
「これは?」
「スマブラ。私は初心者なんだが彼方は経験者だったりは……しない様だな、宜しい」
何がどう宜しいのかさっぱり分からんが、喜んでくれているならひとまずはヨシとする。さぁ、ゲームだ。自分じゃとんとやらないからな。その辺はむしろ幼馴染の得意分野だが、あいつは今は行方不明だ。大方マグロ漁船に乗ったとかそう言うアレだから考えるだけ虚しい。
……こいつマジか。初心者宣言をして、さあ一緒に初心者同士頑張りましょうね、みたいな雰囲気出しておいて三戦目からはもうコンボを決め始めやがったんだが。ガチの格ゲーと違って、ランダム要素が存在している分だけその優位性は下がってるが、それでも性格の悪いことには変わりない。
「勝率がそろそろ八対二まで行きそうになってるんだが弁明は?」
「お前が弱いのが悪いんだぞ彼方」
「コンボを使う初心者とか一言で言って悪質に尽きるぞ。そりゃ友達失くすプレイだ」
傾が唐突に押し黙った。そこに気にするとこなのか。そんだけ傍若無人に振る舞っといてそりゃねえよ……。
「……別にいいもん。彼方はそれで引いたりしないでしょ」
言葉まで崩れるとは……選択を間違えたかもしれん。想定以上に気にしていたらしい。意外性の塊だが、それを言ったらさらに泣くだろうから一旦黙る。そしてその代わりに、画面から目を離している隙を使ってサクッと一撃墜をかましておく。
「おい……傷心の奴に追い討ちを掛けるな!」
「たかがゲームの1セットの1残機とお前のコンプレックスはお前の中で同価値って意味か、それ」
「やかましい! 死ね! 墜ちろ!」
勘だけで即死コンボを決めたアホがいる。まあいい、これで気分が晴れたなら何よりだ。
そのままゲームは深夜二時頃まで継続した。睡眠時間四時間弱とか言う最強に舐め腐った行動だが、若さというリカバリ力はその程度を容易に埋められる、はずだ。
翌朝、目が覚めると目の前にナイフが突きつけられていた。
「……昨日、私に何かしませんでしたか?」
天城環奈。なんでウチにいるのさ。今朝いるとしたら傾だろうが。なぜそこで入れ替わる。
「……何もしてないが」
「申し訳ありませんが私には昨日は日が暮れて以降の記憶がありませんのでとりあえず。昨日何をしてらしたか、説明を求めても宜しいですか?」
全力でこっちに圧を掛けながらの宣言はなかなか恐ろしいものがあった。……改めて見ると、今の彼女の服装は、昨日の晩というか今日の早朝というかに傾が就寝した時のものと同様に見える。
おや、おや? 部分的な記憶の欠落、不自然な入れ替わり。……実在するのか……。そんなフィクションみたいなモン存在してるのか。こういう形での多重人格とかいう奴がさ……。さてどうすべきか