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第八十三話 商談とは騙し合いの勝負です。


 昨晩の話し合いの結果、騎士団の受け入れは前向きに検討する事になった。

 後は交渉次第ということで、今日は朝食を済ませた後、午前中、王妃様達を連れてフィア達や団長と連隊長をはじめとする護衛団を引き連れライナスの森を馬車で少し開けた場所、バーベキュー広場と無料開放エリアを案内する。午後からは支部設立にあたっての細かい条件の擦り合わせと書物の売買契約の交渉だ。勿論条件次第ではどちらも却下である。向こうから願い出てきているのだからふっかけるつもりはないがこちらが必要以上に下手に出る必要もない。

 施設案内は説明を苦手とする私では話も解りにくかろうと、マルビスとロイに任せることにした。

 ほぼ無料開放エリアの遊具は完成しているので点検や安全対策が済み次第、耐久力実験も兼ねて寮に住んでいる子供達にも休日には解放する予定だ。既に対策点検済みのものは十個、後は点検待ちになっている。本日は王族視察予定を伝えてあるので御一行様の目に入らない場所での工事と作業が進められている。

 フィアとミゲルは遊ぶ気満々でこの間渡した手袋を持参している。

 王妃様達も今日はドレスから歩きやすい乗馬服みたいなパンツスタイルだ。

「ねえ、ハルト、遊んでもいい?」

 フィアとミゲルが私の前まで駆け寄って来てお強請りする。

 私は二人を見上げながらチラリと視線を横に流すとマルビスが苦笑して頷いた。

「王妃様や護衛の方々の許可がもらえたらね」

 危ないものではないけれど後で責任問題に発展しても困るのだ。

「いいわよ。行きなさい。危険なものではないのでしょう?」

 う〜ん、それはどうだろう。

 危険ではないけれどナメて掛かれば怪我もあり得る。

 どう説明したらよいものかと躊躇するとすかさずマルビスが口を挟む。

「怪我をする可能性はゼロではありません。勿論、安全対策は施してありますが落ちればそれなりの衝撃もあります。大怪我をすることはないでしょうがそういったスリルを楽しむものでもあるのですよ。安全過ぎるものは面白くありませんから」

 流石、上手い言い回しだ。

「お止めしますか?」

「構わないわ。フィアもミゲルもいずれは危険な場所に行かねばならない時も出てくるもの。これくらいのことを恐れているようでは困るわ」

 尋ねたロイにマリアンヌ様があっさりと許容した。

 一瞬意外だと思ったが続く言葉に納得した。

 為政者というものは本来そういうものだ。

 危険な紛争地帯に自軍を鼓舞するため、あるいは自ら先頭に立つために向かわねばならない場合もある。安全なところから指示するだけの王や指揮官は統率力に欠けることが多い。危険や怪我を恐れていては前に進むことはできない。臆病であることは慎重であるとも言えるので悪いことではないが意気地と度胸、決断力のない男にのし上がる力や国を治める力ははない。この人は間違いなくそれを知っている王妃であり、次代の国王の母なのだ。

「よろしければ護衛の方々も挑戦してみて下さい。これは子供が楽しむだけのものではありませんよ。逆に大人の体格だからこそ難しいところもあります。ただ鎧などは脱いで頂かないと木材の間に引っかかると思いますが」

 私の斜め後ろに控えていたロイが振り返り、付いてきた護衛や従者達に向かって告げると彼らは顔を見合わせた。その表情からは興味と好奇心が覗いているが護衛という立場上、すぐに飛び出すわけにもいかないのだろう。だがこれだけの護衛人数がいて、もともと自ら先陣を切って飛び込むタイプのこの男がある程度の安全を確保できている状態で大人しくしているはずもなく、

「ヨシ、俺が行こう。アインツ、後は頼むぞ」

 と、さっさとポイポイ鎧を脱ぎ捨てると早速アスレチックの一つに飛びついた。

 団長は強いがいつ襲ってくるかもわからぬ不届者をジッと待っていられるような護衛向きの性格ではない。任務とあれば黙ってこなすが選べるなら自軍で待機してるより自ら特攻を咬ますタイプだ。

「またお前ばかりズルイではないかっ」

「一周回り終えたら交代してやるよ。待ってろ。ここはウチの支部が関わってくる可能性もある土地でもあるからな。先に行かせてもらうぞ」

 連隊長もどちらかといえばそのタイプだが団長よりも真面目な分だけこういう時は出遅れがちだ。男の人というものは大なり小なり冒険心というものを持っているものだ。特に体を動かすことの嫌いでない人達なら目の前に面白そうなオモチャを見せつけられれば大人しくしているというのはある意味拷問だ。明らかにソワソワしている護衛達にマリアンヌ様とライナレース様が顔を見合わせてため息を吐く。

「貴方達も挑戦して見たいのでしょう? アインツも良いわよ、行きなさい。イシュカも側にいるし、ハルトもいてくれるわ。大丈夫よ、殺気に敏感なバリウスがまるで反応していないもの」

「しかしっ」

 見かねて許可を出すマリアンヌ様に連隊長がそれでもと躊躇いを見せるとライナレース様がそれを後押しする。

「今このグラスフィートを敵に回そうなどという愚か者はいないもの、心配ないわ。陛下にも報告しなければならないし、面白そうだけど私達が挑戦するわけにもいかないから行ってらっしゃい。その代わり陛下への報告はお願いね」

 暫し逡巡したものの連隊長も誘惑に勝てなくなったのか、チラリと私とイシュカに視線を流したので王妃様二人を私とイシュカで挟むと安心したのか自分の鎧に手を掛けた。

「では失礼して」

 連隊長が脱ぎ出すと次々と護衛達もそれに続く。

 遊具に向かって飛びついていく男達を二人は止めることなく見送っている。

 ロイとマルビスは王妃様達のために木陰に組み立て式のテーブルと椅子を広げ、お茶の準備を始めている。本日の茶菓子はカスタードクリームとフルーツを巻いたクレープだ。私の誕生日パーティでもサラダを巻いて出しているので問題ないだろうと決めたのだ。あれもこれもと出し過ぎては後々困る事になる。ここはアレンジで乗りきった方が良いだろうとのマルビスからの提案だ。

 しかし現在残っているのは明らかに文系タイプの従者とメイドの五人だけ。

 本当に大丈夫なのだろうか。

「良いんですか? 護衛の方々を全て行かせてしまって」

 私は思わず心配になって駆け出した男達の背中を指差した。

「構わないわ。万が一私達に何かあったとしても国は揺らがないもの」

 マリアンヌ様がなんでもないことのように答えた。

 なかなか肝が据わっている。これが正妃というものか。

 やはり綺麗なだけでは務まらない地位なのだ。

「それに根拠もあるの、心配ないわ」

 微笑んでそう付け加えた彼女の言葉に私は思わず聞き返す。

「根拠、ですか?」

「ええ。今この国の貴族の御婦人方はハルト、貴方達の作り出す商品と流行に夢中よ。そして貴方を怒らせた殿方は戦々恐々としているの。貴方達の情報収集力は恐ろしいわ。特に後ろ暗いところがある者達はへネイギスの次は自分の番ではないかってね」

 それもあるのか。

 確かにガイの調査能力もそうだがマルビス達の商業部門の情報網も侮れない。

 彼らは商品の流通に関わる中で様々なことを噂話として仕入れ、それを元に表側の調査もする。ガイの集めてくるものは表に出てこない謂わば裏側に当たるものが多い。表と裏の両面の情報を把握出来れば生じた齟齬などからその人物の目的を推察することもできるとマルビスとガイは言う。

 情報を制するということができるということは圧倒的な強みだ。しかしそれは相手にとって私達が脅威の存在であるということに他ならない。

「私は降りかかる火の粉を払っただけで自分に害が及ばぬ限り基本的に手を出すつもりはないですよ。私は自分に関係ないことにまで手を出すほど正義感は強くありません。ですがそれでは逆に命を狙われる可能性も出てくるのでは?」

 弱みを握られているのなら、いっそ消してしまえと思われて危ないのではないかと思った私の疑問をライナレース様は首を振って否定した。

「今のところそれはあり得ないわ。自分の身分より高い地位の妻を娶った者なら特にね。妻の望む物を手にすることが出来ずに離縁され、捨てられるなど気位とプライドが高い殿方には屈辱よ。貴族の女性は長女と絶世の美姫以外は階級が上の者から将来有望な部下や自らのところへ引き留めておきたい者に下賜され、第一夫人として降嫁することの方が多いもの。贅沢出来ると思った嫁ぎ先でそれを我慢する女性は少ないわ」

 成程、御家のためというわけか。

 貴族の女性の多くは幼い頃から許婚がいることも多い。

 謂わば政事的道具だ。出戻りであっても家柄が良ければ嫁ぎ先にも困らない。この国では離婚が難しいとはいえ有り余る財力があれば慰謝料を支払えば済む話、また他の自分に贅沢させてくれる男に嫁げば良いということか。私はそんな嫁はゴメンだ。それに今はまだ子供の身、中身が三十路の私に子供は恋愛対象外なので婚約者を作るつもりはないが一生添い遂げられるような恋人を手にする夢は諦めたわけではない。

 とはいえ少々派手にやり過ぎてしまったのは間違いない。

 だがそのおかげで今は手が出せないというならここは割り切っておこう。

 私はそんなことを考えながらライナレース様の話を聞いていた。

「貴方達の商品は手に入れるのがとても難しいの。まだ売りに出されていないものも多いし、貴方達にツテを持っていなければ手に取ることも難しい物ばかり。量産体制が整っていないというのも理由の一つなんでしょうけど販路と数を絞ることで価値が釣り上げられているのよ。そしてそれらの商業登録と取扱権利を一手に握っているのがハルト、貴方なの」

 マルビス達に殆ど丸投げ状態で任せきりだが確かにマルビスは商業登録が通った物に関しては必ず私に確認と承認を取りにくる。実際登録された物もその全部がマルビスが私のもとに来てからのことなので量産体制が整っていないというのも事実。それでもよくもまあこんな短期間でと思うほどにマルビス達は事業を驚くほどのスピードで展開している。流石は王都でも有名な大店の経営に携わっていただけはあるということか。

「社交界では流行に乗り遅れて取り残される女は惨めなものよ。特に上流階級の御婦人なら尚更ね。そしてそれは夫の領地経営の才と甲斐性の無さも同時に表しているのよ。

 そんな殿方に上の者からの声はかからない。

 妻を美しく着飾らせることで男は社交界で自分の腕と財力を示し、自分がのし上がるための人間関係を構築していくの。

 だから貴方に手を出すということは己に時代と流行を読む力が無いと公言しているのにも等しい。守備よく貴方を暗殺出来たとしても露呈するようなことがあれば社交界から締め出される。

 自分から出世の目を摘むような馬鹿はいないわ」

 それがマリアンヌ様の言う根拠というわけか。

「だから狙われるとすればそれらが一般に出回り始めてからね。でも貴方は次から次へと流行を生み出してる。そうなると益々貴方に手を出し難くなるでしょうね。だから貴方の側が実は今この国の中で一番安全なの」

 ってことは逆恨みされて我が身を顧みず特攻されない限りは今のところ安全と言うことか。そう思えば目立ち過ぎ感の拭えないこの状況もそんなに悪いものではないということになる。何がどう転ぶかわからないものだ。


「ねえ、ハルト。お願いがあるのだけれど」

 隣にいるライナレース様が甘く色っぽい声で私に言う。

「なんでしょう」

 安請け合いしないようにまずは伺ってみる。

 私はこういう時によく墓穴を掘りがちだ。

「昨日の夜、フィアやミゲルからも聞いたのだけれど貴方の作る食事がとても美味しいと聞いたの。今日の昼食でご馳走して頂けないかしら?」

 それくらいならお安い御用だが、

「昨日のディナーでも下拵えは私がした物もありましたよ?」

「フィアから聞いたわ。珍しい料理が幾つか出されたので昨晩その話をしていた時に、あれはハルトの味だから多分仕上げだけコックがやったのではないかって」

 当たりだ。この二か月私の味に慣らされているから当然と言えば当然か。

「お察しの通りです。私はそこそこに料理はできてもディナーに相応しい飾り付けは出来ません。下手に手を出すよりプロに任せられるのならその方が良いだろうと思いまして」

「貴方は自慢しないのね」

「料理というものは見た目も大事です。それが出来ないということは恥であっても誇ることではありません」

「完璧主義なのね」

 それとはまた違うのだが。

「いいえ。役割分担と効率重視というものですよ。一昨日までウチの屋敷の厨房は手付かずのままでしたので担当の使用人はいませんでしたから急遽父様からお貸し頂いたのです。これではお迎え出来ないということで急拵えで最低限の設備だけ整えただけなのですよ。わざわざお手伝いに来て頂いた方に全て押し付けるのは筋が違うだろうと思ったので自分が手伝える範囲でお手伝いしただけです」

 取り繕っても仕方がないので正直に答える。

 それを聞いたマリアンヌ様が童心に返ったようにムキになって飛びついては器用に縄の網をよじ登り、得意げな顔をしている団長達を見ながら言った。

「それについては申し訳なかったと思っているわ。私達もその点についてはバリウスから聞いていたので食材だけでも手配して下さればキッチンか、庭をお借りして自分達で賄うつもりではあったのに、まさか全員分の食事とディナーまで用意して頂けた上に寝室まで全員分用意しているとは思っていなかったわ」

 おかげでこっちはドタバタと右往左往して大変だったのだけれど。

「優秀な側近達のお陰です。遠方からお見えになって下さった客人をもてなすのは屋敷の主の役目でしょう? 出来る範囲でしか用意できませんでしたが」

「充分だわ。皆、よく眠れて疲れが取れたととても喜んでいたもの。それで私のお願いは聞いて頂けるのかしら?」

 再び尋ねてきたライナレース様に私は一言前おく。

「大勢の分は御用意出来ませんよ?」

「私達二人と息子達の分だけでいいわ。従者達には下で食事を取らせるから」

 そうなると団長と連隊長の分も入るかな。

「フィア達にお聞きになったというならリクエストがお有りになるのですか?」

「ええ、勿論」

 なんとなく予想はつく。

 二人の好きなメニューは幾つかあっても共通となれば限られる。

「なんでしょう? 材料が揃っていればお応えしますよ」

「オムライスとフライドポテトよ」

 案の定だ。

 フィアとミゲルの大好物だ。

 トマトが大嫌いだったはずのフィアにトマト嫌いを克服させた料理。

「王妃様方のお口にあうかどうかは保証致しかねますが、承知しました。では先にロイを先に戻らせ、準備をさせて頂いても? あれは白米を先に炊いておかねばならないので。そうしないと昼には間に合わないのですよ」

「構わないわ」

 お許しを頂いたのでお茶の準備が整って呼びに来たロイに事情を説明する。

 ロイは馬車に乗って来たのでイシュカに馬を借り、屋敷に準備に戻る。


「それでは僭越ながら私が執事の代わりを務めさせて頂きます。ロイの入れるお茶にはかないませんのでそこは御容赦を」

 ポットに用意してあるのは熱い紅茶。

 私は軽く礼をしてそれをマルビスから受け取った。

「返って嬉しいくらいよ。十日後の舞踏会での自慢になるわ」

「お茶の味が悪くてもですか?」

 どんなふうに噂されるのかあまり考えたくはないが、せいぜいその場と昔の笑い話になるくらいで済むだろう。目の前で馬鹿にされない限りは気にしない。関わる全ての人間に好かれようとなどとは思っていないし、それは所詮無理な話。見知らぬ他人に笑われたところで別に痛くも痒くもない。

 私の問いにマリアンヌ様は微笑んで頷いた。

「ええ、貴方に入れて頂いたという事実はどんなに高価で美味しいお茶よりも価値ある魅力的な話題だわ」

 御婦人の話のネタにされる程度ならどうということはない。

「では、精一杯頑張らせて頂きます。私の入れたお茶は不味いと噂されぬように」

 私は二人から見えない位置でもう一つ用意されたガラスのティーポットにはスライスした夏の果物が入っている。そのポットとグラスに魔法で氷を作って入れ、ロイが濃いめに入れてくれたそれをその上から注ぎ込み、季節のフルーツに簡単な飾り切りしてグラスの縁に飾れば完成だ。それらをトレイの上に乗せ、マルビスに用意した茶菓子の皿を一緒に運んでもらう。そしてそれを王妃様達の見ている前でグラスにお茶を注ぎ込むと中に入っていた氷がカランと涼しげな音を立てた。


「それではどうぞ。砂糖の代わりに甘い果実をふんだんに使ったアイスフルーツティーとクレープです。お口に合えば良いのですが」

 

 見た目にも華やかなアイスティーに二人は釘付けだ。

 美味しくて当たり前、見栄えが良ければ更に良し。

 綺麗なものが大好きな二人のおメガネにそれはなんとか適ったようだ。

 上機嫌でそれらを口にする二人に私はホッと息をついた。



 リクエストにお応えしたオムライスは気に入って頂けたようでその後、王妃様達御一行はまずは洞窟から持ち帰った書物についての価格交渉が始まった。こちらは私がいても役立たずなのでマルビスと叔父さんに任せきり。二人の王子は明日の出立のための荷造りに取り掛かり、父様と団長はここ四階のリビングに集まってロイとイシュカを交え、昨晩の魔獣討伐部隊支部の受け入れに当たっての話し合いを進めている。

 だいたいの方針はイシュカと私が立てた計画で進めるようだが設立にあたっての部隊運営方法や人事、父様の部隊や領地運営、隣接する他領との兼ね合いのような仔細な調整は私の手に余るのである程度まとまってから説明してもらうことにして今は今日の午後のお茶に出す予定のかき氷の試作中だ。

 テスラに一昨日回収してきてもらったかき氷機をまだ試していないのだ。

 一応、工房での試し削りは済んでいるので作動確認については問題ないのだが忙殺されてそこまで手が回らなかったのだ。かき氷というからには氷を削ってジャムなり、煮詰めた果汁を掛ければ済む話で、機械で削るという発想はされていなかったが細かく砕いて蜜をかけるようなものや魔法で凍らせた氷自体は町でも売られているので些か目新しさに欠ける。ただ私が目指したフワフワですぐに口の中で溶けるようなものはないようなのでセーフと言えばセーフなのだが少々面白味が無い。とりあえず氷をかいてジャムのシロップをかけ、テスラと二人、それを味見してみる。

 久しぶりのかき氷は間違いなく美味しい。

 美味しいのだが、見た目も味も芸がないのだ。


「俺はこれでも充分だと思うんですけどね。売っているヤツと食感がまるで違うし、美味いですよ?」

 それはそうなんだけど、見た目が可愛くない。

 氷がフワフワなぶんシロップをかけるとそこだけ凹んでしまう。

 シロップを冷やせば幾分かマシだけど。

「悪くないよ。でも味は普通だし、見た目が地味というか」

「クラッシュゼリーかドライフルーツでも飾り付けに使ってみますか?」

 テスラの提案は華やかにするという点において検討の余地有りだ。

「それも悪くないけど、もう一つ捻りが欲しいかなって」

「時間ももうそんなにありませんし、どうします?」

 氷は魔法ですぐに出来るとしても、練乳なんてものはまだないし、牛乳を掛ければ氷が溶ける。苺ミルク味は定番だけど外さないとは思うんだけどなあと私は暫し、考える。

 あ、待てよ。そうか、その手があった。

 すっかり忘れてた。

「機械にセットする氷の型、幾つあったっけ?」

「一応六つほど用意してますけど、何か思いついたんですか?」

「うん、これでダメならテスラの案でいく。一応苺をスライスしたドライフルーツ用意しておいて」

 ガサガサと棚を漁ってそれを探しているテスラの横で私は二つの小鍋を火にかけた。


 完成したそれをトレイに乗せてテスラと二人、三階の応接室に向かった。

 王妃様二人と学者、交渉人と、連隊長、それにマルビスと叔父さんのまずは七人分、ロイには今、お茶の準備をしてもらっている。氷が冷たいので合わせるのは今回は普通の熱いお茶にした。

 軽くノックをして入室許可を取ると扉の外で護衛していた二人が扉を開けてくれた。トレイの上に乗っていた見慣れないものに驚いていたようだが飾り付けられた苺のスライスにそれが茶菓子であると理解したようだ。

「失礼します、お茶の準備が整いましたのでひと休みしませんか?」

 持って入ったのは二色の横縞模様の苺ミルクのかき氷、甘く煮詰めた牛乳と別に苺ジャムを入れた牛乳を煮詰めた二種類の氷を交互に四層に重ね、苺スライスを五枚、花弁に見立ててところどころに花の形に飾りつけた。削る前の氷にあらかじめ味をつけておけば上からシロップをかける必要もない。これなら町とかで売られている物と明らかに差別化をはかれるだろうと考えた。前世でもスーパーやコンビニなどで買えるカップ入りのかき氷には元から味がついていたことを思い出したのだ。後はそれを一色では芸がないのでテスラにかき氷機で氷を削ってもらいながら前で私が器を入れ替えつつ、二種類の氷を交互にテスラに削ってもらった。これで二色の横ストライプ模様の氷の出来上がり。後はロイにも手伝ってもらいつつ手分けしてドライフルーツで飾りつけをして完成、ここまで運んできたのだ。

 珍しいデザートに王妃様達だけでなく、みんなの視線は釘付けだ。

「すごいわ、また可愛らしいものを持ってきたわね。これはなあに?」

「かき氷、苺味の氷菓子ですよ。どうぞお早めにお召し上がりを」

 マリアンヌ様が前に置かれたかき氷を嬉々として眺めている。

 ライナレース様は器を手に取って目線の位置まで持ち上げた。

「綺麗ね、食べるのがもったいないくらい」

「溶けてしまえばもっと勿体無いことになりますよ」

 ここまで運んでくる間に既に少しだけ溶けかかっている。薄く削ると言うことはそれだけ溶けやすいということでもある。いつまでも眺めていられては折角のかき氷も味わう前に台無し、私がそう付け加えると二人は添えられたスプーンで掬い、それを口に運ぶ。

「フワフワで雪のようね。すぐに口の中で溶けてしまうわ」

「今まで私達が食べていた氷菓子とはまるで別物ね」

 二人はが口をつけたところで他の者も食べ始める。

 背後に立って護衛についていた連隊長も一口食べたところで驚いたように目を見開き、呟いた。

「これは美味いな、吃驚だ。君にはいつも驚かされるよ」

 そしてガツガツと食べ始め、一気に冷たい物を口に入れたために頭にキーンと響いたのかスプーンを持った手で頭を押さえた。

「いったいどんな魔法を使ったの?」

「それは企業秘密です。売り出し前の商品ですのでご勘弁を」

 感心したように聞いてきたライナレース様にそう答えるとその前に座っていたマルビスがホッと息を吐く。おそらく私がうっかり口に出してしまわないかと心配していたのだろう。とはいえ、上機嫌でマルビスと叔父さんもそれを食べ始めた。私とテスラは味見のし過ぎで半ばもう結構です状態だ。そしてみんなが食べ終わったところでロイが空になった器を回収しながらお茶を配り、空いた器を持ってテスラが四階に戻って行く。多分上では団長やフィア達、イシュカ達がかき氷を待ちかねていることだろう。

 かき氷の後の温かいお茶をゆっくり味わっているみんなから視線を外し、私はゆっくりと周囲を見渡した。八百冊の本が部屋の壁沿いに積み上げられ、テーブルの上には何枚かの書類が置かれている。それにはまだ双方のサインどころか金額も提示されていない。


「マルビス、買取の話はそろそろ纏まりそうなの?」

 そろそろ大まかな書物の種類の説明などは終わっていても良さそうなもの。あまり時間をかけていると団長達と父様を含めた騎士団支部設立の話の方が深夜までズレ込みそうな気がしないでもないのだが。

「こちらとしてはもう少し色を付けて頂きたいのですがね、なかなか交渉が難航してまして」

 尋ねた私にマルビスがそう答えると前にいた文官らしき人物がめをくわっと見開き大声を上げる。

「何が難航だっ、こちらの提示した金額から三割も上乗せさせられているではないかっ」

「これだけ貴重な文献が揃っているのだぞ、その程度の値段で納得できるわけがなかろうっ」

 張り合うように叔父さんが声を上げた。

 なるほど、叔父さんが値段釣り上げを頑張ってくれているというわけか。

 とりあえずの目標ラインの三割り増しはクリアしているようだけど。

 いったいどれくらいで手を打つつもりなのかとマルビスに耳元で尋ねると叔父さんの熱弁のお陰で三割まではアッサリ上がったので出来ればあと一割上乗せを狙っているらしい。最初に提示された金額は金貨五百枚なので今は金貨六百五十枚、叔父さん家の借金からすると少しだけ足が出る。それで粘っているのか。

 辺りに積み上げられた本は八百冊、確かに私がギルドでテスラから本を買った時、一冊に金貨五枚を支払った。それを考えると一冊金貨一枚以下は随分と安値だ。

「マルビス、普通本って一冊いくらくらいするものなの?」

「物にもよりますが、新刊でお金を出せば手に入るような物なら平均金貨二枚くらいですかね。専門書などは値段が跳ね上がりますけど。古本もピンキリですよ、価値の低い物や状態の悪い物なら金貨一枚あれば二、三冊買えますが高価なものは一冊で金貨百枚を超えるようなものもあります。二百年前の書物だとその判断基準が難しいのですよ」

 それもそうだ。本の厚さにもよるだろうし、手にする人によってもその価値は変わるだろうが欲しい人の数によっても、出回っているものの数によっても違うだろう。でもそうなると希少価値と状態がよいという点においてここにある本はある程度の価値があると言えなくない。叔父さんが一番最初に除けた本ならまだしも。

「それだとまとめて金貨五百枚っていうのもおかしくない?」

 単純計算でも一冊単価が金貨一枚以下、専門書が含まれていてこの値段は不自然だ。

 私が疑問に思って尋ねると叔父さんが立ち上がって力説する。

「そうなのだよ、ハルト。三割り増しというが、そもそもの値段設定が安すぎるのだ。

 もう手に入れることができないかもしれない書物ばかりだぞ。この辺りの物語や伝記などはまだしもこれらの薬学書も入れてその値段というのがおかしいのだ。

 しかも当時の薬学者の所見や今でも開発途中のものに対する研究やその実験結果まで記されている。これらの貴重な資料をその値段で持って行こうとしているのがおかしいのだ。

 マルビス、元の値段で構わないのでこの薬学関係の本だけでも別の研究者達に売った方がいい。

 価値の解る者なら相応の価格を払うであろう」

「サキアスがそういうのであればそうしたいところなんですがね、第一交渉権は王都の研究所にあるのですよ」

「交渉というなら決裂ということで良いではないか、それに私としても興味深い物もある。ハルトが発見者というのなら次に私がハルトと交渉しても良いのだろう?」

 確かに冒険者ギルドに出された依頼などでは発見したお宝はそれを見つけた者の総取りが基本、こういった知的財産のような物は王都の研究所に第一交渉権があるとはいえ、あくまでも交渉、譲渡ではない。

 昔は王都に二足三文で買い叩かれていたそうだが、金にならないとなればわざわざ帰りの道程を苦労して持って帰る義理はないと放って置かれたこともあり、交渉次第で金にもなると取り決めたことにより持ち帰られることも増えたらしい。

 叔父さんの言葉に納得して私が頷くと交渉人が慌てて立ち上がった。

「それは困りますっ、これだけの貴重な文献を他に回されるのは」

「つまり貴方も価値有りと認めているわけですね」

 交渉人の言葉に私はやはりそうかと納得した。

 よくある手だ。相当の価格より低い値段を提示して、交渉を持ちかけ、少しづつ価格を上げていき、相手に競り勝ったと思わせて実際には相応の価格より低いところで買い入れる。

 流石のマルビスも読むことの出来ない、滅多に出回ることのない書物の値段までは価値も把握出来なかったようだ。私の方を驚いて振り返った。

 私達をナメたからには相応の態度でお返しさせて頂こう。

 テーブルの上に積み上げられていた薬学書の内の一冊を私は手に取って交渉人の方を見た。

「実際の価値で価格を決められているというならその価格に私達も納得しますが貴重な資料となる物を安値で買い叩かれるのはゴメンですよ。

 相応相当の値段の御提示を。

 それまでこちらは私達がお預かりしています。

 叔父さんも興味があるようですのでその間にじっくり検分させていただきます。金貨六百五十枚程度なら当座の資金や生活に困っているわけではありませんから急ぎませんのでどうぞお引き取りを」

 私がそう告げるとにっこりと微笑んだ。

 叔父さんは得意顔でソファに腰を深く座り直した。

 マルビスはショックから立ち直ったのかいつもの余裕のある表情に戻る。

 するとライナレース様が愉快そうに笑い出した。

「貴方の負けよ、デイビス。相手が悪かったわね。

 その辺の冒険者なら上手く丸め込むこともできたのでしょうけどこの子達相手にそれは無理だわ、諦めなさい」

 悔しそうに唇を噛み締める交渉人にマリアンヌ様が言った。

「それでハルトの言う、相応相当の値段はいくらになるの?」

「・・・金貨、九百枚です」

 問われて小さな声で交渉人、デイビスが呟いた。

「呆れた。それではこの子達が怒るのも無理ないわ」

 最初に提示してきた金額の倍近い金額だ。

 つまり四割り増しまで粘っていたとしてもまだ実際の価格より金貨二百枚も安く買い叩かれそうになっていたということか。騙される方も悪いとはよく言われるが、それは最早詐欺だろう。

 大きくため息を吐いた私にマリアンヌ様が切り出した。 

「では、お詫びもかねて金貨九百五十枚でどうかしら? これでよろしくて?」

「いえ、金貨千枚でお願いします。代わりにオマケをお付け致しますので」

 調子が戻ってきたらしいマルビスが部屋を出るとすぐに木箱を一つ抱えて戻ってきた。例の腐った薬品瓶の入ったヤツだ。

「洞窟内で書物と一緒の場所で見つかったその研究者が保存していたと思われる薬品瓶です。

 鍵が掛かっていましたし、サキアス様も専門ではないとのことでしたので調べてみないと正確なところはわかりませんが」

 処分に困ったからついでに押しつけてしまおうとした物だ。

 おそらく廃棄間違いなしのそれで更に五十枚上乗せさせるつもりだ。

「それともこちらを付けずに金貨九百五十枚の方がよろしいですか?」

「わかった、金貨千枚だっ、千枚払うからそいつもつけてくれっ」

 デイビスはあっさりと落ちた。

「商談、成立ですね」

 そう言ってマルビスは用意されていた書類をマリアンヌ様達に向けて差し出した。

 サインと金額が明示され、それをマルビスに渡すとしっかりとその内容に目を通し、確認しされてから発見者である私にサインを求めてきたので署名する。


「では続けて父様達を呼んできてもよろしいですか? 続けて支部建設にあたっての交渉をしたいと思うのですが」

 買取が決まったところで次々と大量の本が護衛や従者達の手で運び出されていく。

「貴方達のお手並みを考えると恐ろしい気もするわ。どうぞお手柔らかにね」

 マリアンヌ様が微笑んで私達に向かって言った。 

「ふっかけるつもりはありませんよ。それに相応しい条件と金額さえ提示して頂けるのなら。

 ねえ、マルビス」

「勿論。双方に利益あってこその契約でなければ長続きするものではありませんので」

 これもある意味戦いだ。

 それぞれが思惑を持ってそれを笑顔の下に隠している。

 自分の仕事は終わったとばかりに得意満面の顔で父様達を呼びに出ていく叔父さんの後ろ姿を見送り、私達は父様達がやって来るのを待った。


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