第八十二話 微妙な不安を感じています。
なんとなく、なんとなくだがそんな予感はしていた。
以前王都に滞在した時、団長とそんな話をしたことがあったからだ。
地方の領地で解決出来ない魔獣討伐を請け負う部隊が何故国の中心ではなく、王都にかたまっているのかと。
王都には近衛がいるのだから魔獣討伐部隊だけでも班を幾つかに分けて支部でも置けばいいのにという話をした記憶がある。以前のワイバーンの件にしても中心に近いところに位置するローレルズ領とかに支部があればもっと早く調査も足りない人員補給も対処できただろうにと思ったのだ。そうすれば主要人員全員が王都から出張ってくる必要もなかっただろうし、遠征費用も浮いて、その土地や近隣の地形や情勢に詳しい者も雇える。団員全員を何班かに分けてある程度の年数で少しづつ順番に担当を回していけば王都で働くステータスが目的だとしても不公平感も出ないだろう。支部の長を任せることで人の上に立つということを経験させることも出来るので悪くないはずだと。
もっともイビルス半島の件に於いては集まっていたことで助かったところもあったのだろうがああいう事態はそう起きることでもないし、逆に言えばもっと近衛を使うべきだったのだ。王都を守るのは近衛の仕事、魔獣討伐部隊が王都に全部集まっているからアイツらにやらせておけばいいということになるのだからと進言した覚えがある。
その時は単なる意見交換として述べただけだった。
だが、今回の件で支部を置く理由と事情ができたのだ。
国としてはサラマンダーを保護したい。
個体を増やして繁殖させたい。
出来ればそれが周囲に知れ渡る前に。
守るにはそれなりの権力が必要だ。そうしなければ身分が上の者がしゃしゃり出て逆らえない状態になれば牛耳られ、利益を優先し、保護を怠り乱獲すれば今度こそ絶滅。故に国家権力を持ってして護ろうというわけだ。国が管理しているとなればおいそれと手出しは出来ない。金に目の眩んだ密猟者もある程度抑えられるし、国の管理下に侵入したとなれば罰することも出来るので危険を犯す者も減るだろう。
そこで私が指摘した緑の騎士団の支部設立運営の案が浮上したというわけだ。
緑の騎士団はいわば魔獣の専門家、管理するのにも、密猟者達にも睨みを効かせるにも打ってつけというわけだ。ここに支部を設立すれば以前から問題視されていた駆けつけるための移動距離と時間も短縮される。しかもウチはこの国でも有数の穀倉地帯、兵糧などの手配もつけやすい。国の真ん中とはいかないが、サラマンダーの存在があることで支部設立がここでなければならない理由も出来たので他領からの何故そこにという苦情や文句も出にくい。
ただ希望者についてだけは心当たりはないけれど。
「ここは山や森も多く、魔獣の被害も多いと聞くわ。その被害もここに支部を置く許可を頂ければ騎士団派遣が容易く可能となる。ハルトは緑の騎士団の軍事顧問でもあるもの。今回のサラマンダーの保護も加わって周囲の領地からの反発や反感も抑えられる。支部を置く理由としては充分過ぎるほどだわ。そこでまずは領主たる伯爵にお伺いするわ。貴方はこの件について賛同頂けるかしら?」
このマリアンヌ様の提案は父様がよく頭を悩ませていた問題の一つを解決出来るものだ。
父様は断らない。
「それは願ってもないことです。私としては誠に有り難い話ではありますが、この土地は息子、ハルスウェルトの所有する場所、私の一存では決められません」
「ではハルト、貴方の意見をお伺いしたいのだけれど」
話は当然だが私に振られることになる。
領地として考えるなら特に悪い話ではない。
「私としてもこちらの事情に配慮さえして頂けるのならお断りする理由はありません。ただこの土地は平民のリゾート施設としての開発が進んでいます。それを団員の方々が受け入れ、妨げるものでない限りという条件ではありますが」
ここは平民のために計画されたリゾート地。
平民が比較的多い赤の騎士団ならまだしも貴族出身者が多い緑の騎士団となるとどうだろう。別の問題が浮上してこないだろうかと心配になる。
「つまり了承して頂けるということでよろしいのかしら?」
「私では様々なことを照らし合わせての判断できません。王妃様が御滞在予定の間だけで結構です。側近や従者達と話し合える時間を頂けるでしょうか、出来れば団長を交えて。支部設立が決定した場合、その建設位置と移動人員の詳細などお伺いしたいと思いますので。お許し頂けますか」
一つ問題が解決しても他の問題が発生しては何にもならない。
平民が近より難い場所になってしまっては困るのだ。
「構わないわ。前向きに検討して下さるということのようですから。明後日の朝、私達の出発前には御返事頂けるということで宜しいのかしら?」
「はい、私達としても結論を先延ばしにするつもりはありませんので」
受け入れるにしろ、お断りするにしろ、結論は早い方がいい。
「それから出来れば明日、ハルト、貴方達の行っている事業の一部でも構わないわ、見学させて頂きたいの。許可頂けるかしら?」
「はい。明日、私が御案内させて頂きます。ただ私だけでは詳細などの説明ができかねますので側近を何名か同行させたいのですが構いませんか?」
「よろしくてよ」
「ありがとうございます」
これも想定内だ。団長からここの施設の話がいっているなら興味を持たれるのも当たり前。今回の王妃様達の訪問はたくさんの目的があるから二泊三日となったのだろう。
王子のお迎え、サラマンダーの実物確認、書物の買取、緑の騎士団支部の設立許可願い、リゾート施設の視察、そして彼女達自身の目的が二つ。
「では夕食の準備を進めさせて頂いても宜しいでしょうか」
「ええ、貴方のところの料理はとても美味しいと評判ですもの。私達、とても楽しみにしているの」
ウチの珍しいと言われている料理を食べること、そして、
「田舎料理でございますので御期待に添えるかどうか保証致し兼ねますが、今から準備をさせますので暫しお時間を頂きたいと思います。その間、よろしければ私共が手掛けた自慢の商品達をご覧になってお待ち頂きたい思うのですが、如何でしょう?」
生産態勢が整っていないためお断りしていた、催促されていたがお持ちすることが叶わなかったスウェルト染めと新しいビーズ細工や発売前の女性の好みそうな商品達。
二人の目が明らかに先程とは打って変わったものになっている。
「構わないわ。私達、それもすごく楽しみにしていたのよ。是非見せて頂きたいわ」
「今からここに運び入れてもよろしいでしょうか、それとも後の方が」
「勿論、今すぐによ」
前のめりに身を乗り出して食いついている。
最早獲物を狙う肉食獣に近い迫力。思わずたじろいで一歩後ろに下がってしまった。それを見ていたフィアが他人事のようにくすくすと笑っている。私は手の平を三つ叩いて合図すると少し離れた場所に控えさせていた四人を呼びつける。
「マルビス、ゲイル、ジュリアス、早速準備を」
一礼すると素早く三人がその準備に取り掛かる。
「それからまだ完成していない一階部分に護衛、従者の方々の御食事も用意させておりますが、こちらもお出ししてもよろしいでしょうか」
「ええ、先に食べさせてやって頂戴。皆、疲れていると思うから。私達は先にこちらを見せて頂くわ」
「ではそちらの準備も取り掛からせて頂きます。テスラ、マイティ達に連絡を」
ゲイルが商品を部屋に並べるためにロイと一緒に床に大きな絨毯を広げる。
マルビスとジュリアスが木箱に入れた大量の布や商品を運び入れると、とうとう我慢しきれなくなったのか王妃様達は足早に駆け寄り、マルビスが広げて見せたスウェルト染めを食い入るように見つめ、あれもこれもと次々に手を伸ばす。
やはり一番の目的はコレだったのかと思わせるようなその様子に団長と連隊長が苦笑している。
そしていくつかプレゼントしますと申し出ると、もう既に頂いている商品なのだし、いくつかでは足りないからと大量にそれらを抱え込み、これでお代は足りるかしらと金貨を千枚積み上げ、釣りはいらないとマルビスに支払った。充分どころかもらいすぎだと思ったのだが、息子達の世話をしてくれた御礼も兼ねているのだから取っておきなさいと宣い、買い占めに近い状態の商品をホクホク顔で従者達に積み込ませた。
殆ど残っていなかった商品も結局マルビスは黙って手紙を添え、一緒に積み込ませていた。
残されていたのは男性向けの配色の布、青、黒、紺を基調としたもの。
つまり陛下や王子達にも使って頂こうと画策したのだろう。
それは間違いなく果たされることだろうと予感した。
フィアもミゲルもそれを気に入っているのは知っていたのだから。
とりもあえず、初日は無事に終え、王妃様達をそれぞれ案内し終えると、私達はホッと息を吐き、四階へと上がる。まだ話し足りないのかフィア達は王妃様達の部屋で談笑に耽っているようだ。
私達は緊張の糸が切れてリビングのラグの上にへたり込んでいた。
そんな中でも比較的父様に従者として常に付き従っていたロイはまだ若干余裕があるようで、今日のディナーで出したガラスの器に盛り付けたプリン・ア・ラ・モードを人数分手早く盛り付け、冷やした紅茶と一緒にテーブルの上に置くと今日は自分の部屋から出てこようとしなかった甘党ガイものっそりと姿を現した。
「それで団長、早速だけど色々話を聞かせてくれる?」
私はロイの入れてくれた冷たい紅茶に口をつけながら切り出した。
話し合いに必要な情報をもらうために同席してもらうことにしたのだ。
緑の騎士団グラスフィート支部建設にあたっての予定地、サラマンダーの保護計画についてだ。アレが発見されたのは森の中でも結構な奥地、生活するには不便な場所だし、支部建設となればそれなりの広さがいる。そうなってくると現実的に考えて、この屋敷に近い場所になることは間違いない。
「ハルト、お前、そんなに驚いていなかっただろう」
団長に指摘され、私は素直にそれを認めた。
「まあね。だって他に選択肢がないじゃない。なんとなく予想はしてたよ。サラマンダーの保護はそんなに簡単なものじゃない。一貴族、しかもウチみたいな伯爵程度の地位では無理もある。侯爵、公爵、辺境伯あたりに圧力かけられたら逆らえないし、現実的に考えて他に方法はないもの」
「俺達が何時間もかけて議論した結果だぞ?」
上の立場から物を考えるからそうなるのだ。
現在の王室とその関係者達は下の立場になったことのない人が多いのだろう。
消去法で考えればそれしかないのは明らかだ。
「イシュカも多分、予想ついていたんじゃない?」
曖昧に笑って答えないことから察するにやはりある程度察しがついていたのだろう。
高価で貴重な素材が取れる魔獣の保護となれば当然利権も絡んでくる。
そうなれば色々な部署や関係者、上級貴族に至るまでサラマンダーの保護にどうにか絡めないものかと画策する。話し合いが混然となるのは最早必至。大勢が名乗りを挙げれば当然だ。でも欲のない者で、公平に判断できる目と冷静に考えられる頭を持っていればその考えに至るのはそう難しくはない。
「やっぱりお前、ハルトに似てきたな」
「それは光栄です」
団長の言葉にイシュカが嬉しそうに微笑む。
だからそこは嫌がるべきところで喜ぶところじゃないよと言いたいが、言ったところで無駄なので無言でスルーした。そもそもイシュカは私の行動理論と考え方を学びに来たんだっけと思えばそれも仕方なし。二年後、基本的には素直な大型犬のようなイシュカが私のように扱い辛くなっていたとしても責任持てやしないけど。
「それで、実際にその計画が実行されるとして、どの辺りに建設するつもりか予定とか立っているの?」
「出来れば生活のことも考えてこの近くにと思っている。だがサラマンダーの生息域からすると少し離れているのでどうしたものかとお前の意見も聞いてみようと思ってな」
また『だいたいね』で、こっちにほぼ丸投げか。
想像はついてたけど。
呆れてため息を吐くと団長がスマンと謝って頭を掻いた。
本当にスマンじゃないよ。
この二か月、いったい幾つの問題が起こったことか。
ウチの事情も考慮してある程度の策は考えたけど、
「じゃあまずイシュカの意見を聞いてみよう。イシュカは騎士団と私達の事情の両方を把握しているからね。私よりもいい案が思いつくかもしれないから」
折角だし、団員としての立ち位置からも考慮できるイシュカの意見も聞いてみたい。
「私はまだまだ勉強中の身、そんなはずないと思いますが」
「大丈夫、足りないと思えばイシュカの意見をもとに変えていくから。ロイ、この辺り一帯の地図を持って来てくれる?」
隣に座っていたロイにお願いすると机の下に手を伸ばし、
「ここに用意してあります」
と、筒状に丸められたそれを即座に取り出した。
やはりよく気のつく男は違う。絶対ロイってモテるだろうなあ。
父様、ロイが側にいなくなって苦労してることだろう。
ちょっとしたこととか私がお願いする前に既に用意されていたり、先回りして片付けられたりするし。マルビスと違う方向で出来る男というヤツだ。ありがたい。
テーブルの中央にそれを置き、みんなで眺める。
シェリル湖とライナスの森とその周辺、要するに私が現在所有している土地に既に建設された物や建設予定の決まっている物が書き込まれているものだ。
こうして見ると結構いろんな建物が建築されたとはいえ、実際にはまだまだ空きがある。シェリル湖はそんなに大きくないとはいえ一周回るには馬でも三刻以上はかかることを思えば当然か。それに周辺一帯全てを開発するつもりはない。綺麗な自然がウリなのにそれを全て潰してしまったり、手を入れてしまったら意味がない。全て買い占めたのはそういう理由もある。開発予定地だけ買い上げてそれ以外で土地を勝手に便乗して商売されても困る。町に続く街道沿いを買い上げたのもそういう理由だ。ある程度施設やショッピングモールから離れてしまえば基本的に直通の乗り合い馬車を利用してもらう予定なので途中下車の予定はない。ある程度の柵で囲い、『この先私有地につき』的な看板を立てるつもりもある。知りませんでしたと勝手に屋台を引っ張って来て勝手に商売されても困るので、有料の許可証の発行も考えているし。
つまり、ここに騎士団支部を置くということは私の持つ私有地内にそれを建てるということで、国に土地を貸し出すということになる。騎士団支部の場所だけ切り売りしてもその周辺全てが私の土地となれば買い上げたところで意味もなく、団員達が生活するには私達が建設予定のショッピングモールや飲食店の利用を考慮した方がいい。町まで買い物に行くとしても片道一刻半、往復三刻となれば現実的ではない。
どういう状態で持ちつ持たれつ、周囲の領地に反感を持たれない程度のバランスを取るかが問題になってくるわけだ。これがリゾート開発の進む前だったなら私が買い上げた土地を国が買い上げて終わった話だが、既にここには大金が注ぎ込まれている。
イシュカがジッと地図を眺めて小さくブツブツと呟きだした。
一生懸命に思考を巡らせているのは分かったが、そんなところまで真似する必要はないはずだ。それを見てガイとテスラが小さな笑い声を上げている。多分、私と同じようなことを考えているのだろう。
素直というのは染まりやすいということか。
複雑な気分でそれを眺めていると考えが纏まったのかイシュカが喋り出した。
「ここに支部を置くとなれば最低でもここに移動してくる人員は各地への派遣要員とサラマンダーの保護管理要員を含めて百人、おそらく赤と緑、両騎士団の中から全部で百五十人から二百人程の移動になりますよね」
「ああそうだ、実際そのくらいで考えている」
「私なら森に近い位置、この馬場の隣に建設します。土地の所有権はハルト様に残したまま、借地として借り受け、可能ならもう少し馬場を広げて騎士団の馬もここで管理します。そうすれば新たに馬場を作る必要もなく、この屋敷のように庭を作る必要もありませんので湖側に土地を大きく空け、そこを訓練場に使用出来ますし、この横の森の入口から出店や飲食店が並ぶことを考えれば団員達の生活もしやすい。サラマンダーが臆病な生き物であることを考慮するなら生息域に大型の建物を建設するのも良くないでしょう。それを考えると少し離れたところに小屋を建て、交代で見回りするのが無難です。
ハルト様の許可が頂けるならローレルズ側の入り口に大きな門の建設も必要だと思います。その出入り口の門にも小屋を立てて見張りを置き、不法侵入者を取り締まることが出来れば警護も楽になりますし、積荷の検査で密猟者を確保出来ますから。後は密猟者が侵入してくるとすればレイオット領からか、もしくは湖側。ですが湖側はこのシェリル湖の特徴を考えると船も使えませんし、見通しも良いので水音が響けば団員達が気付かぬはずもないとなれば実際の侵入経路はレイオット領側からに絞られます。そうなればレイオットとの領境にある塀を高くすれば見張り台からの侵入者の発見も容易です」
侵入経路か、他領のことまで考えていなかったな、そういえば。
「土地を買い上げるのではなく、借り受ける理由はなんだ?」
「建設予定地だけを買い上げたところで周辺全てはハルト様の土地、意味がありません。この土地にはリゾート施設開発のため既に多額の資金が注ぎ込まれていますから辺り一帯の土地を買い上げるとなればその補償が必要となりますので国庫が破綻しかねませんし、この先の国の発展を考えるならハルト様達の計画は止めるべきではないからです」
そのリゾート開発がなければサラマンダーの発見もなかったかもしれなわけだが。
「成程な、もっともだ。どうだ? ハルト、何か付け加えることはあるか?」
イシュカの意見に納得したらしく団長が大きく頷いて私に話を振ってきた。
「だいたい私の意見と一緒だよ。流石に警護の観点から考えてるだけあるよ。私はレイオット領地側からの侵入まで考慮してなかった。凄いね、イシュカ」
私が誉めると嬉しそうに笑った。
ただサラマンダーに対する配慮が少し甘いかなってくらいだ。
今まで魔獣は討伐対象で、保護するべきものじゃなかったからかな。
「そうだね、後付けで加えるとすれば現時点で見張るべき場所があの滝付近であることから考えると見張り小屋は少し離れたところも良いけど気配を消せる人で限定できるなら滝近くやよく出没するところにツリーハウスを作るのも効率的かも。サラマンダーは夜行性だし昼の陽がある内に見張りを交代するとかすれば問題ないしね。見回りで夜にガサガサ歩き回られたら警戒されて住処を変えられる可能性もあることを考えると地面の上を歩くのを避けるならアスレチック遊具を応用して木の上の高い位置に梯子のような道を作るのも良いかもしれないかな。湖側は水音が響く様に人が出入り出来ないけど、魚が出入り出来るくらいの幅の感覚で柵を囲えばそれを乗り越えるのにも音が立つし、サラマンダーの移動も防げる。柵に木の札とか吊るしておくのも音が鳴って効果的かも。わかりやすいし、サラマンダーも音に驚いて元の巣穴に逃げ帰るかも。
私が思いつくのはこれくらいだよ」
「これくらいって、お前・・・」
何か団長が言いかけたところで更にイシュカが付け足した。
「それに施設の営業時間外なら交渉次第でアスレチック施設を団員の体力作りのためにお借りできるかもしれませんから、そういったことを考慮するなら買い上げるより借り受ける方が利点も多いと思われます」
それは面白いかも。
ついでに点検代わりに気も配ってもらうようにすれば考える余地もある。
騎士達は砦や見張り台を自分達で作ることもあるらしいのである程度の土木作業なら得意な人も多いって聞くし、その辺りを手伝ってもらえばこっちも随分と楽になる。
「それでどうだ? この案ならお前の許可は出るか?」
尋ねてきた団長に私は首を振る。
「私の心配はそこじゃないよ、団長」
「貴族が大勢ここに住むことで発生する可能性がある平民への影響、ですよね」
ロイが私が考えていた問題点について指摘する。
すると団長は大きく頷いた。
「それは俺も考えた。そこで今回移動させるのは団内にあるお前の信者とファンクラブメンバーをメインに選出しようと思っている。ここに支部が出来るなら是非とも移動したいと希望している連中がソイツらだからな」
なんですとっ!?
今、変な単語が二つばかり入ってたよね?
なんでみんな妙に納得顔してるんだよっ!
私が思わず目を見開いたのに気づかず団長が先を続けた。
「ソイツらならハルトに平民を粗雑に扱えば嫌われると知れば滅多なことはしないだろう。何か事が起きてハルトに叱り飛ばされてもソイツが凹むだけでたいした問題にもならないはずだ。今後人員をある程度入れ替えするとしてもそういう空気があれば問題行動も起こしにくくなるし、それに染まるヤツも多くなるだろうと俺は踏んでいる」
その話を聞いてガイが愉快そうに笑う。
「そりゃあなかなか考えたじゃねえか」
「なるほど、悪くない手です」
ロイまで頷いてるし、なんでみんな突っ込まないんだよっ!
信者って何っ!
ファンクラブって何っ!
「ただ、そうなると側近のお前らは相当妬まれることになるかも知れん。まあハルトに嫌われることを考えれば睨みを効かせる程度で手を出すことまではしないとは思うが」
混乱している私を余所に話は進む。
「騎士団の方々からの羨望と嫉妬の視線ですか。それは最高に気分が良さそうですね」
マルビス、なんでそんなに嬉しそうなの?
「同感だな。ソイツらの前通る時はエメラルドの腕輪を見せつけながら歩いてやるとするか。おいっ、マルビス、いつ出来上がるんだ?」
「もうすぐですよ、この屋敷の完成前には。新たにサキアスのヘアカフとキールのチョーカーも追加することになりましたから」
ガイがニヤついて尋ねるとマルビスが答える。
「キールは成人まで保留じゃなかったか?」
「屋敷の完成披露の場で同じ側近であるのにも関わらずキールにだけないのは不自然ですし、肩身も狭いでしょうから。もしハルト様のお側を離れるような事になれば返却して頂くという事でハルト様にも許可を頂きました」
完全に会話から取り残された私を置いて話し合いはどんどん進められた。
問題無いなら構わないし、みんなが納得したなら反対する理由もないけど。
でも別の意味で問題があるような気がするのは私の気のせい?
そんなことないよね?
私は微妙な不安を感じながら黙ってみんなの会話を聞いていた。