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第八十一話 大事になってきました。


 屋敷の一階部分はマルビスが急いでキッチンと五十人ほどが食事を出来るスペースの床を大工職人達に整えさせ、まだ手付けずの部分を隠すようにスウェルト染めの布で隠す様に飾り付けて隠し、平らに整えさせた部分に八人掛けのテーブルを六セット用意した。

 四階建ての上半分は完成しているのでこれを屋根代わりに南国の屋台風に仕上げることにしたのだ。

 近衛には貴族も多い、スウェルト染めの宣伝にもなる。

 突貫工事とも言えないようなものだがなんとか見栄えだけは整えた。

 夜は暗いので明るく照らすランプも複数用意したが、この場所は夜空が綺麗なのであえて入口付近の灯りは落とし、星がよく見えるようにした。午後から手伝いに来てくれた父様の意見を取り入れながら準備は大急ぎで進められた。

 昨日の内に用意しておいたタレやソース、ドレッシングなどもマイティに味見してもらいつつ、それを取り入れて品を落とさず、珍しくと、私も料理を考案しながら美味しい料理を考えてもらい、私はロイと二人でデザート作りに取り掛かる。マルビスになるべく沢山の種類のフルーツを取り揃えてもらい、それで飾り付けしつつ、なるべく豪華に、華やかに見えるようにする。

 着々と準備は進められ、なんとか目処がついたのは日付も変わる頃、父様のベッドは臨時で私の部屋に折り畳みベッドを放り込み、そこにロイが、ロイの部屋のベッドに父様が眠ることになり、この三日間を乗り切ることにした。なんとか三階の執務室と作業部屋もマルビス達の奮闘もあり、元の質素な作りからは想像出来ないほどに整えられた。なんだかここ最近来客の受け入れで苦労ばかりしているような気もする。

 やはり貴族、特に王室と関わり合うつもりはなかったもののフィアやミゲルとの付き合いも長くなりそうだし、王妃様をはじめとする王侯貴族の御婦人の方々の来襲は避けられない事態になりそうなことを踏まえると、この際敷地が空いている内に迎賓館か高級宿屋でも作っておこうかと真剣に考えてしまった。


 後日、マルビスに相談したところ、実際にその両方が建設予定されたことは言うまでもない。



 翌日早々に王妃様達のお出迎えのために父様は自分の屋敷に戻った。

 今日は朝からマイティ達が大忙しだ。まずは今からでも出来る煮込み料理を二日分朝から煮込み始め、護衛兵に出す料理は一部第一男女各寮の厨房に協力を仰ぎ、ゲイルが仕入れてきた多数のワインなどの酒は湖の水で冷やされている。警護人員達のエールも大量に運び込まれた。

 こういう時にケチってはいけない。後々の評判に関わるからだ。

 出すべき時には景気良くが私のモットーである。

 足りない分は私のポケットマネーというには大金過ぎる隠し部屋から当然出すつもりでいたのに変わらず請求されることなく、『貴方はそんな心配をなされなくても大丈夫ですよ』と、言われて全てはマルビスに必要経費で落とされた。いったいいくらの金額がウチの商業部門の資金として蓄えられ、管理されているのか最早想像出来ない。聞くのが恐ろしい気がしないでもないが、以前父様にも言われた通り落ち着いたら任せ切りとはいえ目を通しておく必要はあるかもしれない。それが理解できるかどうかは別としてお飾りとはいえ仮にもトップとして祀り立てられている以上何も知りませんという事態は恥ずかしすぎる。


 なんにせよ、準備万端とは言い難いがどうにか体面が保てる程度には整えられた。



 そして、早めの昼食を取って待ち構えていた私達のところに検問所に待機させていた連絡係を務める二人の兵の内の一人が伝令を伝えに来たのは丁度正午頃。

 王妃様達御一行はまず大勢の町の見物人とそれらを整理する兵の間を抜け、まずは父様の屋敷に向かうことになっている。到着予定時刻はほぼ予定通り。

 王妃様達が陛下の名代としてここに来られた理由は明かされていないが発見されたサラマンダーが関係していることは間違いないだろう。父様や私を呼びつけるでもなく、ここに来たというのは王都に私が捕まえたそれを運ぶのが難しいせいもあるのだと思う。通常四、五十人程度のところほぼ六十人になったということはその専門家か学者などが一緒に来ていることもあるのではないかと思うのだ。私達が発見した本の買取人員も一緒と見ていいだろう。

 因みに渡す予定のない三百十冊の本は万が一を考えてまだ使われていない叔父さんの研究室の床下に隠して置いた。

 オルレアンの本もバラして叔父さんに選り分けて貰った分を昨日寝る前に魔石について書かれた部分を外し、薬学に関する文献だけを残して製本し直した。勿論、叔父さんに再チェックもしてもらい、買取してもらう予定の本は分類して例の腐った薬品の入った箱と一緒に商業部門の執務室に運び込み、キールを中心にフィア達とイシュカが世話してくれていたサラマンダーの子供も、王妃様が喜びそうな品々も、全て三階に集められた。

 みんなそれぞれに自分の仕事に落ち度がないかチェックを何度も繰り返している。

 まだ完成していない一階部分では真新しいメイド服や執事服に着替えた見習い達がリザの指導のもと、何度も挨拶の練習を繰り返している。

 心臓がキリキリ引き絞られているようだ。

 私は確かに図太いが、全てに於いて神経が太いというわけではない。

 こういう畏まった雰囲気は苦手なのだ。

 この地区一帯に現在生活している者達も昼過ぎからは仕事をする手を止め、王妃様達御一行がやって来るのを待っている。父様の屋敷を出た時点で再び伝令がやってくる手筈になっているのだ。

 いつもは様々な作業の音で騒がしいはずのこの場所も今日は鎮まり帰っている。


「来ましたっ、鐘を鳴らして下さい」

 三階のベランダから道の向こうをじっと見ていたロイがそう叫んだのはまだ夕刻少し前。

 父様の屋敷からここまで来る馬車と馬での時間差はおよそ半刻強。

 お見えになるのは丁度夕陽に空が赤く染まる頃か。

 道沿いにみんなが一列に並び、待ち構える。

 そして、夕空の中、遠くから馬と馬車が走る音が近づいてくる。

 姿が見えたと同時に一斉に道に並んだ全員、腰から斜め四十五度で曲げられ頭が下げられ、無言でお出迎えする間を王妃様達御一行が通り過ぎて行く。屋敷の門が警備兵によって開けられ、真っ直ぐにそれが進んで来ると未完成の玄関前で止まり、馬車の両扉を馬から降りた団長と連隊長が開き、それぞれのエスコートで王妃様二人が姿を現した。

 私はそれを一番前で待ち受け、彼女達が地に足を着けた時点で深く礼をすると挨拶を述べた。


「ようこそおいで下さいました。当屋敷の主、ハルスウェルト・ラ・グラスフィートで御座います」

 私の挨拶の言葉に呼応して、背後の両脇に並ぶ使用人達が挨拶と共に一斉に腰を深く折って頭を下げる。

「この度はこのような未完成でお見苦しい場所までご足労頂き、光栄の至りで御座います」

 私の後ろにはロイとイシュカが控えている。

 二人の王妃様は優雅に一列すると金髪美女がそれに応える。

「お出迎え、ご苦労様です。この度はこのような急な来訪にも応じて下さり、感謝しておりますわ。

 私はマリアンヌ・ラ・シルベスタ。お会いするのはこれで二度目ね。

 でも大丈夫よ、ハルスウェルト様。そのように畏まって頂かなくても。正式訪問とはいえ、貴方には色々と面倒をかけたり助けられている上に、私達の可愛い息子達がお世話になっているのだもの、文句は言わせないわ。楽にして頂戴」

 マリアンヌ、ということはこちらが第一王妃か。意外に気さくな御方のようだがここですんなりそれを受け入れ、砕けた態度を取るのはNGだ。

「ですが・・・」

「礼儀としての挨拶は済みました。いいわね、これ以降はハルスウェルト様との会話に口を挟むことは許さないわ」

 マリアンヌ様が遠慮を申し出ようとした私の言葉を遮り、後ろに控えていた護衛や従者達に強い口調で言った。続いて第二王妃、ブルネットのライナレース様が後ろを振り返ってピシャリと言い放つ。

「返事が聞こえないわ。私は耳が遠くなったのかしら?」

「承知致しました」

 嫌味混じりの一言に一斉に承諾の言葉が返って来る。

 前回の陛下の御前でのスウェルト染めを前にキャイキャイしてた姿しか見ていなかったので少し驚いた。威厳のある立ち居振る舞いに思わず見惚れてしまった。

 私には到底出せない漂う色気と気品、優雅な仕草。

 流石王族は違う。

 マリアンヌ様は私に視線を戻すとにっこりと微笑んだ。

「では早速で申し訳ないのだけれど、まずは私達の息子のところまで案内してくださるかしら? 久しぶりに顔が見たいの。あの子達は元気かしら?」

「はい。では御案内致します」

 王妃様達の真ん前に立たないように階段の端を歩く。

 真ん前に立って尻を向けるのは失礼にあたるからだ。

 体を少し後ろに傾けて気味にゆっくりと上がる。女性のドレスの裾は長い、急いで昇れば踏んで恥をかかせてしまう可能性がある。彼女達の歩みに合わせて速すぎず、遅すぎずだ。二階への階段を上がり切った踊り場の手摺り寄りの場所で右手を差し出して待つ。

 それを見てライナレース様は微笑んでその手を取った。

「貴方は本当にソツがないのね、陛下が言ってらした通りだわ。とても六歳とは思えないくらい」

「ありがとうございます。ですが私などまだまだ立ち居振る舞いもガサツで褒められたものではありません」

「その歳でそれだけできていれば上等よ。近衛の中でも貴方ほどそれができる者は少ないもの。形と格好だけで敬意というものがないのよ。でも貴方にはそう言った驕ったところがまるでない。本当に紳士的で素敵よ」

 女性というものはそういう視線や態度に敏感だ。

 女のカンとも言うべきそれは侮ることはできない。

「お褒めの言葉ありがたく頂戴致します」

 三階へと続く入口へと招き入れるとマリアンヌ様が尋ねて来た。

「それで靴はここで脱げば良いのかしら?」

 私は思わず目を見開いてしまった。

 この国で靴を脱ぐ習慣は殆どないはずだ。

 マルビス達もそれを見越して床や階段に絨毯を敷いたのだ。彼女達が滑らないようにという配慮もあるが板張りの床は土足で上がれば傷がつく。傷は一度つけば板を張り替えるか磨くしかないからだ。

「あらっ? 違った? バリウス達に聞いていたのだけれど。貴方の屋敷は靴を脱いで上がっていると」

 ああそうか、団長達から聞いていたのか。

「ええ、あの、確かにそうですけど」

「大丈夫よ。この国では珍しいけれど他国にはそういう仕来りなどがあるところも多いから」

 土足でも構わないと言いかけて、それを再び遮られた。

 そういえばこの方達は名代で陛下の代わりに出掛けることも多いんだっけ。

 私は素敵な二人の女性のために一応用意していたものを靴棚から取り出した。 

「ではよろしければこちらをどうぞ」

 板の間は女性の足には冷たいこともあろうかと用意はしていたのだ。

 マリアンヌ様もライナレース様も目を見開いてそれを凝視している。

「また可愛らしい素敵な物が出て来たわね」

「スリッパという室内用の履き物です。気に入って頂けたなら是非お持ち帰り下さい」

 彼女達の足元に二足揃えて置いたそれに二人の視線は釘付けだ。

 それは夏には足に触れる部分は涼しい麻の布で綿のワタでクッション性を高めて作られた、精緻なレースのリボンとビーズの飾りがついた物だ。ヒールのある靴から履き替えることを考えて底は厚めに作ってあるのでドレスの裾を引き摺るようなことはないはずだ。

 マルビスの調査が正しければマリアンヌ様が真紅でライナレース様がワインカラーで間違いないはずだ。同系色で品良くまとめた無難なもの。

「本当に頂いてよろしいのかしら?」

「勿論です。王妃様方のために用意させて頂いた物ですから」

 どうぞと手のひらで指し示すと彼女達はヒールを脱ぎ、それに履き替えた。

 お二人は二、三歩歩いては足元を確認してその履き心地を確かめる。

 どうやら満足頂けたようでお二人顔から笑みが溢れた。

「とても柔らかくて凄く履き心地が良くて嬉しいわ。貴方の作る物は本当に魅力的な物ばかりね」

「ありがとうございます」

 その後ろでは履いてた靴を脱いで棚に乗せ、板の間に上がる団長達の姿が見えた。

 すっかり慣れたなあ、あの二人。

 最初は驚いていたのに今では冷たい床の感触がすっかり気に入っているみたいだし。

 特に夏場の靴は、特に鎧装備のゴツい金属製の靴なら尚更蒸れるもんねえ。

 四人が三階入口に入ったところで王妃様が言った。

「バリウスとアインツ以外は私達が呼ぶまでここで待っていてもらえるかしら。久しぶりの息子達との再会を邪魔されたくないの」

 有無を言わさぬ口調に他の従者達もそこでストップ。

 侵入者を拒むその境界線前で立ち止まっている。四人を連れて再び三階へと続く階段を上り、急拵えの応接室の前で止まるとロイとイシュカが観音開きのその扉を開けて入口の両脇に立つ。 


「どうぞ、こちらで御座います」

 私が入口脇のロイの横に並び立つと中にいたフィアとミゲルが笑顔で立ち上がり駆けて来た。

「母上っ、お久しぶりです」

 フィアはマリアンヌ様に、ミゲルはライナレース様に飛びついた。

 大人びているとはいえまだフィアも十二歳だ、無理もない。

「フィア、ミゲル、本当に貴方達なの?」

 マリアンヌ様が驚いてように声を掛けるとフィアが小さく笑う。

「ええ、そうですよ、母上。暫く見ない内に息子の顔をお忘れになりましたか?」

「いえ、いいえ。覚えているわ、忘れるわけなんてないわ。ただ、信じられなくて」

 かもしれないね。この二ヶ月ほどで痩せ細っていたフィアの体にも肉が随分ついてきたので一回り大きく見えるし、顔色は黄疸から白い肌が少しだけ小麦色に焼けて実に健康そうな色になった。別人のように思えるのも不思議ではない。

 せっせと毎日沢山食べさせたからね。三度の食事と二回のオヤツ。

「全てハルトのお陰です。私のために手間をかけ、料理を毎日のように作ってくれました。私が食べやすいように工夫を凝らし、いつも美味しい料理を。今はミゲルにも御馳走して下さっているのですよ」

 ライナレース様もミゲルの顔を両手で挟んでしっかり正面から見つめる。

「ミゲルも雰囲気が随分変わったわ、別人のようね」

「ここに来て、私が如何に愚かだったのかをハルトが教えてくれました」

 随分沢山説教を咬ましたのは間違いないが変わったのは私の功績ではない。

 ミゲル自身が変わろうと努力したからだ。

 まあ、まだたまにサボり癖が出そうになるので休暇で遊びに来た折にはそんな時にはキッチリまた説教をして矯正してあげようと思っている。ミゲルが根を上げるくらい正座でもさせてニ刻くらいたっぷりと。

 感動の再会をひとしきり終わるまで扉を閉めた戸口近くで団長達と一緒に突っ立って待っているとマリアンヌ様がフィアを抱きしめていた手を離し、私のもとまで歩み寄ってきた。

 ライナレース様もそれに気づいてお二人は私の前で膝を折り、深く頭を下げた。


「ハルスウェルト様、この度は大変ありがとう御座いました」

 驚いた。普通なら陛下や王妃はこんなに簡単に頭を下げたりしない。

 大義であったとか、苦労をかけたとか、そんな言葉はかけられたとしても最高権力者やそれに連なる人間がそれをするということは相手を対等であると扱うに等しい。そこにつけ込まれかねないからだ。

「いけません、私のような者に頭をお下げになっては」

 私は慌ててそれを止めたが二人は顔をあげようとしなかった。

 

「いいえ、今、この国の王妃としてではなく、私はこの子達の母親としてここに立っているのです。バリウスやアインツの口から貴方のもとで暮らすこの子の様子を聞くたびにに信じられないと思いながら、どうか真実であって欲しいと願い、ここまできました。医者でさえ匙を投げ、諦めかけていたこの子をこのように元気にして頂いて感謝の言葉しかありません」


 そうか、この人達はこの国の王妃であるけれど、フィアの母親なのだ。

 この時、この二人が団長と連隊長以外の従者や護衛達を下に置いてきた理由を理解した。彼らの前で私に頭を下げるわけにはいかなかったからだ。

 ならば私から伝える言葉は決まっている。

「どうかお気になさらず。顔をあげて下さい。貴方様方がフィア達の母親として立っているというのなら尚更それは必要ありません。私はフィアの友達です。友人が困っているのなら助けるのは当然のことですから。彼らの友人として認めて頂けるならどうぞ私のことはハルトとお呼び下さい」

 顔を上げたお二人に私は微笑んで両手をお二人に差し出した。

 すると王妃様達は私の片手をそれぞれ握り返し、姿勢を正した。


「ありがとう、ハルト。では私も息子の親として言わせて頂くわ。貴方が困った時は是非私達を頼って頂戴。息子の友人のために手を貸すことは母親として当然のことですもの」 

「はい、その時は是非よろしくお願い致します」

 王妃様の手を煩わせねばならないような、そんなことが来ない日を祈るけどこればかりはわからない。私のトラブルメーカーぶりはこの数ヶ月で嫌というほど思い知らされている。


「では長旅でお疲れのことと思いますので、御食事を先にされますか? お部屋をご用意させておりますので先に少しお休みになられますか?」

 私がそう尋ねるとマリアンヌ様は小さく首を横に振った。

「いいえ、私達は陛下の名代として今回ここに参りました。申し訳ございませんがまずは捕まえたという例の生き物を同行させた者達と一緒に拝見させて頂きたいのですが」

 やはり、一番の目的はソレ(・・)か。

 当然といえば当然なのだけれど。

「かしこまりました。ではすぐに用意させます。まだ完成前の屋敷ということもあり、雑多なところはお許し下さい」

「承知しているわ。無理言って押しかけたのはこちらですもの」

 色々と間に合わせのものも多いのでアラを探されると痛いのだ。

 一応お断りを一言入れておき、ロイはお茶を用意するために席を外し、イシュカは執務室に降ろして置いたタライを取りに向かった。



 二人の王子を真ん中に挟み、マリアンヌ様とライナレース様がソファに座って待っていると二人の学者らしきヒョロリとした二人を団長が連れて来た。

 彼らはイシュカが運んできたそのタライを囲んだ。

 すっかり薄暗くなった部屋で木の蓋を開けると三匹の小さな生き物が急に明るくなった景色に驚いたのかちょこちょこと動き、岩陰に隠れた。彼らは注意深くそれを観察し、持参した資料と照らし合わせながら確認する。


「間違いありません。これはまさしくリバーフォレストサラマンダーの幼生です。色、形などの特徴全て保管されていた書物と一致します」

 興奮気味に叫ぶ彼らにマリアンヌ様がほっと息を吐いた。

 多分間違いないだろうとは思っていたけどこれで確定したわけか。

 絶滅したと思われていた貴重な魔獣で保護対象、いったいどうなることやら。

 また厄介事を引き当てた気がするのは決して気のせいではないはずだ。

「これで正式にお話が出来るわ。グラスフィート伯はどちらに?」

 名前を呼ばれて扉の入口近くに控えていた父様が姿を見せる。

「伯爵も同席して下さるかしら。ここの領地の運営にも関わってくる話なの。一昨日緊急会議の中で決定された件についてお話しするわ」

 父様とウチの領地の運営にも関わってくるとなると結構な大事だ。

「後は貴方達二人の了承さえ取れればこの計画は動き出すの。悪い話ではないはずよ。是非お二人には引き受けて頂きたいと思っているわ」

 それは陛下達にとってではないのか?

 最近色々ありすぎてつい疑り深くなってしまっているが父様と一緒ならそんなに変な方向に話は舵を切らないはず。

 私が自分で墓穴を掘らない限りは。

 マリアンヌ様に前のソファに座るように促され、父様と二人そこに腰掛けた。

 

「以前から出ていた話ではあったのだけれど、候補地の選定に迷っていたのと王都からあまり離れたがらない者が多くて実現されなかったことなのだけれど、今回のことと利便性、これからのこと、彼らの希望もあってこの度それが可能となったの」

 なんか勿体ぶったような言い方だ。

 何か重大なことなのか?

 ゴクリと唾を飲み込んで姿勢を正すとマリアンヌ様が持っていたティーカップを置いて話を切り出した。


「ここに、このグラスフィート領に魔獣騎士団の支部を置きたいの。賛成して許可を下さるかしら?」 



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