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第八十話 定番とお約束は外さないものなのです?


 オヤツを食べ終わった後、ロイに頼んで大きいタライを用意してもらった。


「いったい何にお使いになるのですか?」

 この四階でも特に陽当たりの悪そうな場所を探してウロウロしているとロイにそう尋ねられた。

 そういえばまだ話していなかったっけ。

「夕方にサラマンダーの子供が到着するんだよ。その生け簀を作って置こうと思って」

「サラマンダーのですかっ」

 そういえばまだ話してなかったっけ。

 私がキョロキョロ辺りを見回しているのを見て、イシュカが代わりにことの経緯を説明してくれた。

 あまり暑くなるようなところはマズイはず。涼しく暗い場所となるとこの夏場は案外難しい。場合によっては湖から水を汲んできて氷を作っておいた方がいいかも。それを水温を見ながら入れて冷やしてやれば多少はなんとかなるはず。そういえば餌の確保も必要かな、肉食だから刻んでやれば魚や肉でもいけるかな?

 サラマンダーの子供と聞いてテスラとマルビス、ゲイルとキール、それに叔父さんも驚いて好奇心丸出しだ。

 そりゃあ絶滅種だったはずのサラマンダーの子供が見られるとあっては好奇心旺盛で物珍しいものが大好きな面々はこうなるよね。

「今、団員達が歩いてこっちに向かってるよ。馬で運ぶと潰れちゃいそうだったから」

 常識人で心配性のロイが眉を顰めて尋ねてきた。

「大丈夫なんですか?」

「平気だよ。子供っていってもまだこんな小さいし。むしろ踏み潰さないように気をつけないと」

 私は親指と人差し指で五センチくらいの隙間を作った。

 テスラとキールに桶の底に敷く綺麗な小石や砂利、水をを持ってきてもらうように頼むと二人はすぐに向かってくれた。

 両生類って壁をよじ登るヤツ、多かったよね。

 そうなると木の板に小さい穴をいくつか開けて被せておくのが無難かな。昼間は上から目の荒い黒い布を掛けておけばいいとしても面倒を見るのを忘れないようにするにはどうすべきか。悩んだ末に私は自分の部屋の前の廊下に置くことにした。私の部屋はほぼ中央位置、人通りが一番多いところだ。大きさがそれなりにあるので嫌でも目につく。目につけば忘れることもないだろう。

 マルビスに板と布を用意してもらい、私はテスラとキールに持ってきてもらった小石や砂利を敷き詰めてそこに湖の水を流し込んだ。一応は用意万端(?)整えてサラマンダーの子供が来るのを待っていると、それは夕食の終わったあたりに届いた。運搬担当の六人が揃って現れたので、三階に招き入れ、お疲れ様ということで、簡易冷蔵庫で冷やして置いた紅茶と作り置きして置いたプリンを振る舞うと泣いて喜んでくれた。

 少しばかり大袈裟な気もするのだが、どうやら団員や連隊長が足繁く通っていたのが噂になっていて、ここでの食事やオヤツに御相伴預かれるのはここに来ている団員や近衛の憧れらしい。そんなにご大層なものではないのだが、あの双璧のせいで話がどうも大きくなっているようだ。

 ともあれ、サラマンダーが無事にご到着とあいなったので部屋の灯りを落として薄暗くすると鍋からそうっとタライに移した。少しだけ水を冷やしおいたので鍋での旅路にお疲れの様子だったサラマンダーの子供も少しだけ元気を取り戻したのかちょろちょろと歩くと小さな石の影に隠れた。


「サラマンダーの子供というのでもっと大きいものだと思っていたのですが」

 テスラがタライの中を覗き込み、ボソリと言った。

「冒険者が見たのは成体、それも人の目を逃れて何十年も生き延びてきた個体なんだから大きくて当然。でも生まれて間もないならこんなものじゃない? 一応、死んでしまった場合には冷凍保存しておいてくれって言われたけど、生きているに越したことはないからね。興味があるからってくれぐれも触らないように」

 湖の水を凍らせたものをタライの端に幾つか置いて、夕飯を作る前に少しだけ残しておいた生肉のミンチを入れておく。食べてくれるといいのだけれど。

 

 結局翌日、団長は戻ってくることはなかったのだが、夕方に伝令が届いた。

 なんと明後日、王妃様達が陛下の名代として父様の屋敷に来訪することになったのだ。何やら雲行きが怪しいというか、話が妙な方向に向かっているらしいのは理解した。

 団長と連隊長はその時に護衛として一緒に同行し、父様の屋敷に訪問した後、ウチに二泊滞在し、三日目の朝にフィア達と一緒に王都に戻るというのだ。

 王子がお忍びで来るというだけで大騒ぎになったのだ、王妃様達が来訪するとなればそれどころの話ではない。ここの屋敷の建設はストップしているのは団長達も知っているはず、どうしてこんなことになったのか?

 どんなに急いだところで客室二階部分が完成するはずもなく、かと言って四階部分は満室、残るは三階部分だけ。どうしたものかと悩んだところでマッハで客室が完成するはずもなく、真っ青になっていると使者から団長に預かったという手紙を受け取った。

『急に決まったことでスマン。一応王妃様達にはそこの屋敷がどういう状態なのかは説明してある。三階の空室で構わないと二人とも仰っていらっしゃるのでよろしく頼む』

 どうすんだよっ!

 頼むじゃないよっ!

 スマンで済まないよっ!

 三階でいいって、あそこは独身寮並みの狭い部屋なんだよ、そんなところに王妃様達をお泊め出来るわけがないだろうっ! 

 私達はまた頭を抱えることになった。

 三階にある部屋で大きなのは各部門の執務室と作業部屋だ。

 なんとかその内の二部屋を内装だけでも取り繕っておくしかない。

 どうしてこう次から次へと予定というものは狂うのか。

 マルビスは速攻で木材加工工房に二階の客間に使う予定だった家具一式が間に合わせられるか確認に走り、ゲイルは同じく客間に使用予定で取り寄せていた絨毯や調度品の配達を明日早朝にしてもらうために、ロイは王族を迎えるにあたっての用意すべき物を父様に確認するために町まで馬で走ることになった。勿論、二人には荷物の積み込みなどもあるかもしれないのでそれぞれに護衛を二人づつつけた。他にも揃えられるものがあれば探してくるので今日は町の宿屋に泊まり、配達品と一緒に戻って来るという。残った私達は現在まだ物が少ない販売部門と開発部門の執務室、仕事用の応接室、それと作業部屋の椅子や机などを書斎に移動して積み上げ、部屋の中を空にした。

 執務室二部屋を王妃様達の泊まって頂く部屋に、作業場は食事をして頂くための接待室に形だけでも整えることにした。応接室の家具も二階で使用予定だった豪奢な物に入れ替える。

 残るは食事をどうするかだ。

 私やロイでは洒落たディナーなど作れない。

 王妃様達が来るとなれば護衛や従者だってそれなりの数が来るだろう。二人で作るなんて絶対無理っ、それに屋敷の主が客人を放っておいたままキッチンに籠るのはどう考えてもマズイだろう。どうしてくれるんだよっ!


「ああ、それなら大丈夫だよ」

 私がブツブツと呟きながら解決策を模索して彷徨いているとフィアが口を開いた。

「だいたい母様達が名代などでどこかに出かける時には大概シェフも同行するから。護衛とか大量に引き連れて行くから人数もどうしても多くなるし。母様達が名代で出かけるのは何も貴族の屋敷だけではないからね。国境付近の砦とかに視察に行く時は二日くらい宿に泊まれなくて野宿になることも稀にあるらしいよ。それに四十人から五十人の大人数で押しかけて、その全員分の部屋を用意できる屋敷は我が国でもそう多くない。裕福な貴族ばかりではないし、大概半数以上は近くの宿に泊まるか夜警の任につくことになる。使用人寮が確か丸ごと空いてたよね、それもキッチン付きの。食事があればそれに越したことはないけど食材さえ用意してもらえればそこでも充分だと思うよ?」

 えっ、そうなの?

 それでもその数の食材を揃えるとなると注文、確保しておく必要もある。

 ここにはまだ気軽に食事をできるような食堂や宿屋はない。


「でも、多分母様達が食べたいのは有名シェフの料理ではなく、ハルトの手料理だと思うけど」


 何故ゆえ?

 たかが一伯爵家の子供が作る食事になんの価値がある?

 それはフィアの深読みのし過ぎではないのか。

 混乱した私にフィアが続けた。

「だって一人でいいはずのところを母様達二人で来るんでしょ? 明らかに陛下の名代以外の目的もあるよね。叔父上がハルトの料理やお菓子は珍しいものも多くて美味しいって陛下にご馳走してもらったことを話してたし、レイオット侯爵夫人はハルトお手製のお菓子をもらったって夜会で自慢してたらしいからそれを聞いて我慢出来なくなったんじゃないの?」

 レイオット侯爵夫人?

 そういえば返礼はいらないというのでエメラルドの耳飾りを頂いたせめてもの礼にと侯爵閣下に夫人への御土産として持って帰ってもらった記憶がある。

「その程度で?」

 首を傾げた私にフィアは肩を竦めてため息を吐いた。

「わかってないね、ハルト。殆どの御婦人方は政治などに興味はない。彼女達の戦場は社交場だ。いかに話題と流行の先取りをするかに命を賭けているんだよ。ハルトは今話題の中心人物だ。貴族の当主達が魔王と慄く武力と知能と行動力も彼女達からすれば賞賛と羨望の的でしかない。甲斐性のある賢くて強い男が嫌いな女性はいないよ。しかも君の周りは新しく、斬新で、珍しいものばかりだ。御婦人達の興味や関心が向かないわけもない」

 確かにそれらには心当たりがないこともないけど。

 それって前世でいうところの女同士のマウントの取り合いのようではないか。

「ここには母様達がお気に入りのスウェルト染めも、ガラス細工のブローチもある。だから多分母様達は泊まるところがなくて野宿になったとしてもここにくるだろうね。だって三階の空室で構わないと言っているんだろう? 狭い部屋が嫌ならハルトの父上の屋敷に泊まるはずだ。あそこなら町の宿も近い。それでもこちらに来ることを選んだというのはここでなければならない理由があるからだ。

 女性の甘味とお洒落にかける情熱をナメてはいけないよ、ハルト」


 その時、頭を過ったのは私がそれらをプレゼントすると言った翌日に即行押しかけてきた母様達の姿だ。一人各二つまでと言ったのにも関わらず、甘えた声で強請り、目を釣り上げて講釈を咬まし、最後には泣き落としにかかり、結局各自三つづつ私からもぎ取って素晴らしい笑顔で帰っていった、あのパワフルな後ろ姿。

 一応ではあるが私ももと女だというのにすっかりそんなものは抜け落ちていた。

 もっとも前世私は女らしいという言葉とは縁遠く、男らしいと称されていたが。

 つまり私は自ら墓穴を掘りまくっていたということか?

 

 別の意味で頭を抱えて蹲み込んだ私の上からテスラ達の視線が降り注いだ。



 とりあえず、やってしまったことは仕方がない。

 自分のしでかしたことの責任は取らなければなるまい。

 フィアの言っていることが全部正しいとは限らないが準備しておく必要はある。

 父様の屋敷を経由してこちらに二日滞在の予定ということは、到着は昼を過ぎるはず。そうなると一日目は午後のお茶と夕食、二日目は朝、昼、晩の三食と二回のお茶、最終日は朝食と午前のお茶の用意。つまり最大で五回の食事と四回の茶菓子。作り置き出来るものは作り置きしておくべきだ。

 まずは簡単にアレンジ出来るソースを数種類。

 冷蔵庫に入れておけば日持ちがするスイーツを出来る限り。

 とりあえず明日の夜は早めにベッドに入りその翌日は早起きだ。

 牛乳が品切れ状態だからまずはソースが先か、団長達お気に入りの照り焼きソースと甘味噌、それにケチャップ、マヨネーズを基本としたタルタルソースにデミグラスソース、オニオン、ガーリック系も外せない。面倒な出汁作りも先に作り置きしておいて、後はサラダにかけるドレッシング系を数種類。それくらい用意しておけば充分対応可能なはず。後は肉を数種類タレに漬け置き、味を染み込ませて後は炒めるか揚げるかすれば掛かる手間も省ける。

 問題はお茶と一緒に出すスイーツだ。

 私は料理人でも菓子職人でもない。

 簡単手軽な家庭で出来るオヤツ程度しか出来ないのだ。

 とはいえ、あまり張り切り過ぎては今後にも問題が出てくる。

 気張り過ぎて次回に期待をされても困ったことになるだろう。

 匙加減というのは私の一番苦手とするところだ。

 私は頭を抱えつつ、今ある材料でできるものから取り掛かり始めた。

 

 そしてスッポッと抜けていたサラマンダーの子供の世話は見かねたキールがしっかりやってくれていた。

 本当に頼りになる側近達である。



 翌日町から先に戻って来たのはゲイルだ。

 昨日の内に町を様々な店を駆けずり回って集めて来たそれらを従業員達を使って運び込ませると、すぐさま数名の部下を連れてレイオット領まで馬車を走らせた。マルビスはゲイルの運び込んだ絨毯とラグがそれぞれの部屋に入ったところで木材加工工房に急がせて仕上げた家具一式を運び入れ、ぐるりと見渡したところで必要な物を書き出し、今度は数名の部下を辺境伯領まで馬車で向かわせた。自分は王妃様達が喜びそうな商品を扱う各工房に出かけ、在庫の確認に走った。

 まさしく目の回るような忙しさだ。

 二人の王子の護衛とお相手はイシュカに一任、キールは王妃様達が欲しがりそうなビーズアクセサリー作りに精を出し、テスラはかき氷機の試作を確認するために朝から金属加工工房へ、間に合えばかき氷を出せるはず。暑い日が続くので冷たいオヤツの方が喜ばれるだろう。

 私は包丁を作っていてくれているウェルムの工房にガイに付き合ってもらって突撃をかました。ウェルムが納得出来るまでは待っていようと一応遠慮していたのだが、この状況に我慢出来なくなり、とりあえずもう少しキレのいい包丁をと思ったのだ。


「お願い、ウェルムッ、切れ味のいい包丁頂戴っ」

 

「どうしたんですか、ハルト様。今まで呑気に気長に待っているからと仰ってたのに」

 現在は冒険者ギルドからの依頼もあり、売物用の包丁も作っているウェルムだが、マルビスが言っていた通り、納得していないので私に持って来なかったらしい。しかしながら、一般用としての売り出しはマルビスの説得のもと、ウェルムの名前とランク付けの刻印により価格を変えることで納得してくれた。だが相変わらず私のもとには届かないまま、待ち侘びていたのだ。

 押しかけて来た理由を説明するとウェルムは納得したのか奥の部屋からソレを持って来た。

「全部揃ってからと思っていたのですが」

 そう言って私に差し出してくれたのは厚手の布に包まれた用途に応じて形の違う五本の包丁。

 そこにはウェルムの名前と私の名前が入っていた。


「残るは肉切り包丁だけなので、どうぞこちらをお持ち下さい」


 え、嘘っ、もう出来てるんじゃない。

 料理のプロじゃないんだからそんな細かく使用用途を分けられても使いこなせるわけないよっ!

 そうは思ったが、ここは言わぬが華というもの。

 私は感謝してそれを受け取った。

「ありがとう、本当にありがとう。助かったよ、ウェルム」

 待ちに待ってた念願の包丁を手に入れて滅入っていた気分が上昇する。

 我ながらゲンキンなものだ。

 嬉しくてそれを布で包み直し、胸に大事に抱えた私の姿を見てウェルムが目を細めて笑った。

「いえ、御礼を言わねばならないのは私の方です。包丁を作るようになってから俺は大勢の人に感謝されるようになりました。剣だけを打っていたあの頃はこんなものと馬鹿にされていたのに、ありがとうございました」

 そう言って彼は頭を下げた。

 だがそれは私の功績ではなく彼の努力の結果。

 御礼を言われるようなことではない。

「こちらこそありがとう、だよ。これからも期待してるから。お弟子さんも増えたし、頑張ってね」

「はい」

 現在ウェルムの下には七人の弟子がいる。

 以前より人数が増えているのも最近ウェルムの作る包丁が評判になっているせいもあるのだろう。

「忙しいとは思うけど剣の方もよろしくね。ガイと短剣と私の双剣はウェルムに任せてあるんだから。ガイは結構使いも荒いし、よく折るみたいだから請求はちゃんとマルビスに回しておいてね」

 ウェルムの短剣を使うようになってから結構な数をガイは消費している。

 するとガイは肩を竦め、 

「人聞きの悪い、俺はちゃんと手入れもして大事に扱っているぜ。苦情は厄介事を引き付けている御主人様に言ってくれ」

 と、私に視線を流しながら言った。

 それを言われると返す言葉がない。

 悪気は無い、決して悪気はないのだが、仕方がないじゃないかっ、

 この厄介事に愛され体質、治せる方法があるならとっくに治してるよっ!

 グッと息を詰まらせてガイを睨み上げているとウェルムに笑われてしまった。

「ガイのナイフの話は別として、経理についても助かってますよ。俺は営業も帳簿管理も苦手なので各工房のそれらを一手に引き受けてくれるマルビス達がいるのは非常に助かっていますよ。職人達は自分の仕事に専念できる」

「なら良かった。何か苦情があれば言ってね。検討して対策してもらうようにするから」

「ここは働きやすい職場だと、若い職人達もみんな口を揃えて言ってますよ。自分達を大事にしてくれると」

「それはみんなが自分の仕事をちゃんとしてくれているからだよ。頑張れば頑張っただけ、成果を出せたならその分評価するのは当然。穀潰しと無駄飯食いに支払う給料はないからちゃんとそれが支払われているってことはみんながしっかり自分の仕事をしてくれているってことだよ。お弟子さん達も頑張ってね。一人前になれば給料も上がるし、腕も上がれば成果給も付いてくるからね。じゃあゴメン、忙しいから帰るね。落ち着いたらまた顔を出すよ」

 私はこちらの様子を伺っていたお弟子さん達に声を掛けた。 

「いつも騒動の真ん中にいる忙しい貴方が落ち着く日は当分先のように思えるが、楽しみに待ってるとしますよ」

 イヤな予言めいたこと言わないでよ、現実になりそうだから。

 とりあえず目的の物を手に入れた私は急いで屋敷に戻った。

 

 建設途中で止まっているので剥き出しの階段を上がろうとするとロイが帰って来るのが見えた。

 私は足を止めてそれを待った。

 馬で父様の屋敷に行ったはずのロイが三台の馬車を引き連れていた。

 随分と馬車の数が多い。

 降りて来たのは父様に預けていたメイド見習い十三人と執事見習いの二人、それに父様の屋敷で働いているコック長のマイティと四人の調理場担当、そしてメイド長のリザだ。

 私は慌ててロイに駆け寄った。

「旦那様に必要と思われる人員をお借りして来ました。教育中の者達もそれぞれ得意不得意はあれどもある程度は仕込んであるから連れて行けと。午後に一度旦那様が来てくださるそうです。必要と思われる食材も余裕を持って仕入れと手配をして来ました。足りない分は旦那様がお見えになる時に一緒に運ばれて来る予定です」

 それは助かった、父様が来てくれるなら心強い。

 私では王族のお出迎えに関する知識や作法など皆無だ。

 フィアに少しは情報を聞いたけど、もてなす方ともてなされる方では考え方も認識も違うだろう。

 しかも強力な助っ人の登場だ、ありがたいことこの上ない。

「旦那様のところに来た手紙によるとあちらへの到着予定は午後一番、こちらには夕刻到着予定のようです。あちらの方は数日くらいはなんとかするからと。代わりに挨拶に見えた際にお出しする茶菓子をハルウェルト商店から回してくれと言われまして」

 色々協力してもらうのだからそれくらいの融通は勿論喜んでさせてもらう。

「わかった、入り用な数がわかっているなら工房のお姉様方に追加できるか聞いて来て。無理な数なら至急町まで馬を飛ばして事情を書いた三日間の臨時休業の張り紙出して来て。お忍びでないなら告知しても問題ないよね。王族相手となれば苦情も出ないでしょ」

 この際、ハンパな数を店に並べるくらいならいっそ休業にしてしまった方が良いだろう。

「誠に勝手ながらそちらは既に手配してきました。お見えになるのは従者、護衛、合わせて総勢五十八名、余れば旦那様の屋敷の者達の食事替わりにもなるかと思ったので。明日の出荷分は全て旦那様の屋敷に回して下さい。食品加工工房の方達には以降二日は朝食作りに手を貸して頂き、仕入れたパンもそのまま流用できますから」 

「さすが手回しがいいね、ロイ。助かったよ」

 私が考えるまでもなく手配が進んでる。

 よく気の回る執事兼秘書というものは本当にありがたい。

「今は何をやってお見えになるのですか?」

「ガーリックソースを作ってる途中。今、ウェルムに泣きついて新しい包丁もらってきた。昨日からタレやソース、ドレッシングを大量に何種類か作ってるんだよ。この後、デザートに取り掛かろうと思ってたところ。大鍋とか食器は足りる?」

「食器はパーティ用の物をお借りしてきました。足りない調理器具は旦那様と一緒の便で来ます。屋敷周辺の警護も旦那様の兵からその期間は回して下さるそうです。今回は旦那様経由になりますのでハルト様にではなく、領地への来賓となりますから。必要ならここに王妃様を案内した後、ここにそのまま滞在して下さるそうです」

 それはまさに地獄に仏、感謝感激というものだ。

 王族の相手など私に務まるわけもない。フィア達はそれを容認してくれているけれど本来ならこんなふうにはいかないはずだ。王妃様御滞在中はボロが出ないように気をつけないと。

「やっぱり私のロイは頼りになるね、ありがとう」

 私は笑って御礼を言うとロイも嬉しそうに笑ってくれた。

「執事、メイド見習い達にはすぐに護衛の方々の寝所の用意をさせます。使用人寮の方でよろしいですか?」

「フィアには確認済み。それで問題ないって。それからマルビスがさっき、必要になるかもしれないって出来上がったばかりのメイド服を持って来てくれたから後でみんなに渡してあげて。明日のお出迎え用。執事服も二人分上がってきてるよ」

 そう付け加えると、女の子達からきゃあっと嬉しそうな声が上がり、リザが彼女達をジロリと睨んだ。

 メイド見習い達は小さく体を丸めてすみませんと謝る。

 私はクスクスとそれを見て笑うとみんなにお願いする。

「みんな、嬉しいのはわかるけど、ゴメン、時間がないから早速仕事にかかってくれる? リザ、面倒かけてゴメン」

「いえ、光栄で御座います。町中今大騒ぎになってまるでお祭りのようです。王子に続き、今度は二人の王妃様の正式な来訪で在らせられますので。そのお迎えのお手伝いをさせて頂けるのは誉れで御座います。では早速仕事に取り掛からせて頂きます。ほら、ぼんやりしている暇はありませんよ、直ぐに自分達の仕事に掛かりなさいっ」

 リザがパンッと手を叩くと一斉に手伝いに来てくれた人達が散会する。

 あちらの準備は彼女に任せておけば問題なさそうだ。

「ロイ、マイティ、手伝って。今から準備できることは全部やっておくから。フィアの話によると王妃様達はデザートを特に楽しみにしていらっしゃるようなんだ。お出しする食事に何が合うかも相談したい。今、テスラが例の試作品の完成を急がせてるから上手くいけばそれも間に合うと思うよ」

「間に合うと良いですね」

 そのまま単品でもいけるし、冷たいデザートの下に敷いても見栄えがする。

「そうだね、アレがあれば随分楽になるよ」


 勿論私も楽しみだ。

 夏場に最高のデザート、かき氷。

 フラッペもいいなあ、上に牛乳のアイスクリームを乗せて。

 暑い日の仕事の後の冷たいかき氷は最高だ。

 

 そんな煩悩を頭に巡らせながら階段を駆け上がり、

 そして気を取られていた私が足を滑らせたのは言うまでもなく。

 後ろにいたロイに抱き止められるまでが最早定番のお約束だ。


 懲りないヤツで、本当に申し訳ない。



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