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第七十八話 似たもの同士というヤツです。

 

 そういえば、この屋敷の中で誰かの部屋にこうして入るのは初めてだ。

 大概何か話をする時はキッチンのあるリビングか私の部屋の応接室。

 用事で部屋の入り口で見ることはあってもその中まで踏み入ることはなかった。


 初めて入るガイの部屋は棚に酒瓶が並んでいる以外は驚くほどに物が少ない。

 暗色系で揃えられたベッドカバーやカーテン。夜に動くことの多いガイは昼間に寝ている事が結構あるので暗い方が眠りやすいというのもあるのかもしれない。

 私が入口に立ったままでいるとガイは四人掛けのテーブルの内の一脚に椅子の背を抱いて座り、背凭れの上に腕を

組んでそこに顎を乗せた。

「座れよ。話、長くなるんじゃねえのか? それ、この間の本だろ?」

 私は頷いて本を抱えたままガイの前に座った。 

「意外に来るのが遅かったな。もっと早く来るかと思ったんだが」

「本当はフィア達が帰って落ち着いてからとも思ってたんだ。でも考えてみたらこの本の中に記載されている内容を検証したり、調べたりするのに必要な本があるかもって考えて。

 最低二日間外出出来ないなら丁度いいかなって」

「成程な。それでここに来たってことはそれなりにマズイ内容だったってことか」

 問われて少し考える。

 研究内容自体は実に興味深い。

「役に立つようなことも多かったよ。でも・・・」

「問題もあったって訳か」

 私は迷った末にもう一度頷いて、本に書かれていた私達が討伐したリッチ、オルレアンの研究内容とそれが産んだ悲劇について、かいつまんでガイに話した。


「まあ隠そうとした時点で相当ヤバそうだなって予感はあったんだが。

 よくあるとは言わないがありえない話でもないよな。

 そういう私利私欲でしか動かない腐った貴族はどこの国にも、どの時代にも一定数は必ず存在する。むしろ大小の差こそあれ、そういう野心を全く持っていない貴族の方が少ないだろう。

 ソイツは運がなかったとしか言いようがない」

 そんなものだろうか。

 私はどんなに強い権力を持っていたとしても国王になんて絶対なりたくないし、そのために大勢の人を犠牲にしてもいいとはとてもじゃないが思えない。

 考えてみればもしこの研究書がそういう人の手に渡っていたとしたらオルレアンを利用して裏切った貴族の起こした事件が再発した可能性もあるのか。


「で、どうしたい?」

「どうしたいって言うと?」

 とりあえずガイに一番最初に報告しなきゃと思ってここに来てしまっただけで、正直その先のことまで考えていなかった。

 本を読む前は叔父さんに相談すること前提でいたけれど思っていた以上に厄介な案件だと知って、報告するのを躊躇った。別に叔父さんがこれを悪用するとは思わないけど。

 尋ねられて聞き返した私にガイは続けて言った。

「結局その本を燃やしたところであの魔石の山を調べないことにはどうにもならないってことだろう? 

 売るのもマズイ、黙ったまま研究に使われるのもマズイ、捨てたところで誰かに拾われるのもマズイ。それに二箱分の魔石を処分するとなればそれなりの理由がいる。これを他の連中にも話さなきゃならなくなる。

 アイツらは権力なんてものに興味はないだろうが、少なくともイシュカのヤツは国に報告しなくてはならなくなるだろうな。

 そうなってくると仮に陛下にその気がなくても研究内容を知ればそれを実行しようとする奴が出てくるかもしれない。

 なんにせよ災いの種であることは間違いない。

 だが逆に言うならこれを最初に手にしたのが御主人様だったのはある意味幸運と言えなくもない」

「なんで?」

 面倒事をまた一つ背負い込んだことのどこが幸運というのか。

「なんでも何も、御主人様は権力なんてものに興味はないだろ?」

「ないよ。そんなもの面倒なだけだもの」

 ガイが軽く笑った。

「だよなあ。少なくともそれがここにあることを知られない限りは似たような事件は起こらないってことだ。

 それに仮に魔石を黙って売り捌いたとしても魔石に刻まれた呪文と同じ呪文を自分の体に刻もうとする奴はいないと思うぞ。そんな馬鹿な研究者のもとに渡る確率は相当に低いだろうな」

「でもゼロではない、でしょ?」

 珍しがって手に入れて、間違った解析をされ、問題が起きないとも限らない。

「まあな」

 ガイもそれは否定しなかった。

 だけどこのオルレアンの研究はそれを私欲と悪事に利用した貴族が起こした悲劇であって、研究自体は決して悪いものではない。正しく利用できるなら間違いなく彼の考えたように平民達の生活水準も上がるし、上手く利用出来れば魔力切れで倒れたり、命を落とす人を救える可能性がある。

 彼の研究をもう一歩進める事が出来たなら。

 

「オルレアンの着眼点自体は悪くないと思うんだ。

 実際、私も同じこと考えたことあるし。

 ガイはない? 魔石に魔力の補充は出来るのに、どうしてその魔力は取り出せないんだろうって」

「確かにな。でも使えねえもんは使えねえってだけだ」

 そう言ってしまえばそれまでなのだけど。

「で、結局どうするつもりだ?」

 再び尋ねられて、もう一度考える。

 この件に関しては私の手に負えるものではない。

 私は魔導書に書かれている全属性の全魔法は確かにほぼ使う事ができる。

 でも使えるだけであって研究出来るほどの知識があるわけではない。

 そしてその知識を持っているのは私の周りにいる人の中ではサキアス叔父さんただ一人。巻き込むことを躊躇ったところで代わりに誰か知らない他の人を頼らねばならなくなる。

 だったら、

「やっぱり叔父さんに相談してみようと思う。

 叔父さんは私以上に権力に興味ないようにみえるし、研究に興味を示してもそれを利用して成り上がろうとまではしないと思うんだ。

 ガイはどう思う?」

 あの性格と行動からして叔父さんがそういう欲を出すとは思えない。

 むしろ私と一緒でそれに関わる面倒事から逃げ出しそうだ。

 それにはガイも同意のようで。

「そりゃ間違いねえだろ。

 政治に関わるくらいなら隠居して貧乏でも自分の好きなことを好きなだけして過ごしたいタイプだ、アレは。

 上に上がりたいと思うヤツは王族やその関係者が側にいるっていうのに部屋に篭りっきりで本に齧りついちゃいねえよ」

 た、確かに。

 あの本の山を目にしてから、叔父さんは食事と寝る時以外は本を離さない。むしろ食事中にまで本を読もうとして私が怒鳴りつけたくらいだ。

 目の前に二人の王子がいるというのに。

 

「対応策さえ見つかれば、この研究内容も無駄じゃないと思うんだよ。叔父さんがこの研究内容に興味を持つかどうかはわからないけど。

 それに、もしかしたら一般公開されていないだけで既にこの技術が応用されている可能性も・・・」

「それはねえな。そんな事ができるようになったら間違いなく国家間で戦争が起きているだろ」

 やはりそうなるのか。

「貯めた魔力を簡単に使えるなら兵士にそれを持たせれば実際の魔力量以上の働きができるって事だ。

 そうなれば上級魔力も使いたい放題。

 他国を侵略するのにこんな便利なものはない。だが、今までの戦の歴史を見てもそういった例は確認されていない。

 つまりまだその技術は開発されていないんだろう」

「ガイが言うなら間違いないね」

「俺の知っている情報はごく一部だ。絶対とは言わねえぞ?」

 うん、でもガイは物事をよく客観的に見ているし頭もいい。

 多分ガイがそういうのならそうなのだろう。

「それでサキアスには、いつ、言うつもりだ?」

「今から、かな。

 ロイとマルビスが両方私の側にいないことってあんまりないし、イシュカには王子達の相手頼んであるから。

 叔父さんだけに話をしたいなら今が一番良いかなって」

 善は急げともいうし、言うと決めたのなら早いに越したことはない。

「ってことは、どこで話をするつもりだ? 

 あの部屋じゃいつ誰が入って来てもおかしくないし、アイツの部屋に行くには王子達の前を横切らなきゃならねえだろ」

「あっ、そうか。そうだよね」

 それは確かにマズイ。

 バレちゃマズイ人達が固まっているとこを横切るのは問題だ。

 だが、そうなると残る選択肢は、

「そしたら私の寝室の方がいいか。鍵かければ入って来れないし」

「やめとけよ。それはマズイぞ」

 速攻でガイに止められた。

 なんで?

 要は聞かれなきゃいいんでしょ?

「別に問題ないよね? 私相手じゃ誤解も招きようがないし、揉めることなんてないでしょ」

「問題大有りだし、揉めること間違いなしだ」

 だから何故ゆえ? 

 どのあたりに問題があるというのか。

 子供の身の上では誤解も間違いも起きようはずもない。

 そうでなくても私にそもそも色気というものはない。

 大人であった前世でさえ、散々お前には色気がないと言われ続けてきたのだ。そんなありがたいものがあるというならむしろ喜ばしい、赤飯でも炊きたいくらいだ。小豆も餅米もないから無理だけど。

「でもそれを言うなら今も鍵の掛かったガイの部屋に二人きりなわけでしょ」

「言われてみればそうだな。だがバレるようなドジは俺は踏まねえよ」

 って、つまりバレるとマズイってこと?

 その辺が理解出来ない。

 私と二人っきりなんて、みんな、それなりに結構あるでしょうよ。

 何を今更。ガイの心配し過ぎだろう。

 ガイは少し考えた後に口を開いた。

「ここにサキアスを連れて来い。

 三人でなら一緒にいるのがバレてもそう問題も起きねえだろ。

 それにアイツらが帰ってきて一番に向かうならまずは御主人様の部屋だろ。俺の部屋に来る確率は低いし、来たとしてもどこにいるか知らないかと聞きに来るくらいだ。理由は後からいくらでもつけようはある」

 そりゃあ三人なら妙な誤解も招かないだろうけど。

「いいの?」

「ああ。それに秘密を共有するなら話は一緒に聞いて置いた方が間違いねえ」

 それもそうか。

 私が叔父さんを呼んでこようと立ち上がると再びストップがかけられる。

「いや、待て。俺が呼んで来てやる。イシュカに気付かれても厄介だ」

 そう言ってガイは気配を殺して部屋を出て行った。

 決して仲間ハズレにするつもりではないけれど所謂立場の違いというやつだ。

 イシュカは陛下からの借り受けである以上、報告義務があるだろう。

 だが、知らなければその必要もない。

 ここは黙っておく方が無難だ。


 暫しの間を置いてガイが叔父さんを連れて戻って来た。

「ハルトが私に話があるって?」

 入って来るなり叔父さんはどこかワクワクした表情で話しかけてきた。

 何を期待しているのか知らないが明らかに嬉しそうに詰め寄られ、私は思わず一歩引いてしまった。

「う、うん、他のみんなに内緒で叔父さんに相談したい事があって」

「何か魔術か魔法薬系のものかい?」

 なんとなく、なんとなくだけどその叔父さんの向けられる視線の意味がわかってしまった。

 多分、何か面白そうな事があるのではないかというこれは期待だ。

 私は冷や汗を垂らしながら尋ねた。

「どうしてそう思うの?」

「普通に商品として取り扱えるものなら私よりマルビス、道具開発関係ならテスラ、日常的なことならハルトはロイに相談するだろう? 

 だから私のところに話が回って来たということはそれ以外のものだろうと」

 確かにその論法は間違いではないんだけど。

 しかし、何故こうも私の周りには好奇心旺盛な面々が集まって来るのだろうか。

 頭の中に類は友を呼ぶという言葉が横切った。

 まあ私も人のことを言えた義理ではないのだし、この際、細かいことは無視だ。

 私はロイ達が帰って来る前にと、さっさと話を切り出すことにした。

「相談したいのは、実はこの本の中身について、なんだけど」

 抱えていた一冊の題名が書かれていない本に叔父さんの目が釘付けになる。

 私は叔父さんを呼び出すことになった事情と経緯について、ガイに説明したのと同じように、その本に書かれていた内容の概略を話した。

 じっと黙って叔父さんは私の話を聞きながら何度も頷き、そして深いため息を吐いた。


「なるほどね、みんなに内緒で、といった意味は理解したよ」

 興味津々、好奇心丸出しだったはずの叔父さんはマルチア母様によく似た何処か浮世絵離れした綺麗な顔立ちの眉間に皺を寄せ、難しい顔で頷いた。

 やはりことはそう簡単に行くようなものではないのだろう。

「率直な意見が聞きたいんだけど、叔父さんはどう思う?」

「確かに、それは下手に世に出さない方が良いだろうね」

 深いため息を吐いて叔父さんは首の後ろを右手で摩りながら呟くように言った。

「やっぱり、そう思う?」

 尋ねた私に大きくうなずいた。

「便利な技術というのは使い方を一つ間違えれば世界を戦乱の世に陥れる。

 その技術は間違いなくその(たぐい)のものだ。

 戦場の常識を覆しかねない」

 開発された物や技術は必ずしも人々のために使用されるわけではない。

 利用する者次第で平穏な日々を壊す物にもなり得る。

 まして他国を侵略する力を持つ権力者の手に渡れば世界は一変する。

「実際、こういう技術開発の研究は進んでいるの?」

「研究者ならば誰でも一度は考えることだ。その技術が開発されれば一気に地位も名声も手中に収められる、研究者の夢と言っても過言ではない」

 地位と名声、研究者の夢。

 それは平和な世の中を乱してまで手にしたいものなのだろうか。

「叔父さんもそういうものに興味あるの?」

 そういうものに全く興味を示さないように思えたのに。

 私は腕に抱えた本をギュッと握りしめた。

「全くないといえば嘘になるだろうね。

 だが、私にとってそれは潤沢な資金援助が受けられるかどうかの問題でしかない。

 だが、一度戦乱の世に陥れば私達研究者は自分の研究どころではなくなる。場合によっては戦力として戦場に駆り出されたり、興味のない魔導武器の開発を強要されることになるだろう。

 その技術を持つことによって攫われたり、命を狙われるような事態にも発展するかもしれないことを考えれば私としては研究材料としての興味はあっても世に出したいと思うものではないね」

 なんだ、そういう意味か。

 少しホッとした。

「じゃあやっぱり燃やすべきかな、これ」

 書かれていた手紙の言葉を思い出す。


『私にはもう正常な判断が出来ない。

 好奇心という魔物に取り憑かれてしまったのだ。

 この研究書を燃やすか否か、手にした貴方にその判断を委ねます』


 きっとオルレアンも迷っていたのだろう。

 世に出れば戦乱を招き得ない技術。

 それでも探究心という名の好奇心に勝てず、魔物化する寸前まで続けられた研究。

 そして、その成果を自分の手で廃棄することもできなかった。

 知りたい、自分のまだ手にしていない真実の奧を。

 叶えたい、自分が信じた未来を見るために。

 そして、誰かに認められたい。

 それは誰もが少なからず持っている承認欲求だ。

 勿論私にもある。

 大勢の人にでなくてもいい、私は私の仲間に認められたい。

 自分の居場所がここに確かにあるのだと確認するために。

 

 俯いた私の耳に叔父さんの声が届いた。

「だが、確かにハルトの言うように対策を立てられたとするなら間違いなく人々の暮らしは良くなるだろうね。

 利用する方向を限定出来れば問題は遥かに減少する。研究する価値があることは確かだ。

 それを私を信じて、私に任せてもらえるのならね」

 ポンッと頭の上に手が置かれ、私は顔を上ると、そこには苦笑する叔父さんの顔があった。 

「しかし、驚きだな。問題があるとはいえ曲がりなりにも魔石に保存した魔力を利用可能なレベルまで研究されていたとは。それも二百年も前に」

 協力してもらえるって、そういうことでいいのかな。

「あんたとそのオルレアンってヤツ、どっちが研究者として有能だろうな」

 ガイの皮肉混じりの言葉に叔父さんが笑う。

「どうだろうね。研究者というのは万能ではない。

 得意分野というものもあるしね。

 ただ、一人で知恵を絞るよりも他の者、違う誰かの視点で見ることで、それまで見えなかった解決策が見えてくることもある。それはどちらが優秀とかいう話ではないと私は思うのだがね」

 叔父さんの言いたいことは解った。

 考え方に違い、発想の違い。

 そういうものが合わさることによって起こる化学反応。

「まず、叔父さんにお願いしたいのは魔石の選別と確認なんだ。魔石に刻まれている術式って簡単に確認出来たり、消せるものなのかな?」

 協力してもらえるならまずは一番最初にしたいのは危険の排除。

 いくらなんでも二箱近い魔石の全てに術式が施されているとは思えない。

 それさえ避けてしまえばとりあえずの問題は回避できる。

「消去については確認してみなければわからないが、確認事態はそう難しいものではないよ。特殊な方法を使われていない限りはね。

 その現物はどこにあるんだい? 

 見せてもらえるのかな?」

 叔父さんの問いかけに私は頷いた。

「三階の空室だよ」


 私はガイと叔父さんを連れだって三階に向かった。

 途中リビングを横切ってイシュカに一言、王子の護衛をお願いして、敷地内からはでないことを約束する。

 三階にいたマルビスとゲイルにも許可を得て、施しておいた結界を解除し、魔物や魔獣の素材の保管されている部屋に足を踏み入れた。

 この部屋には貴重な素材や魔石が大量に保管されている。全て換金すればおそらく相当な金額になるはずだ。資金繰りに困ったら換金するからと加工、保存されたそれらは結局運転資金に回されることなく積み上げられ、利用されるのを待っている。

 マルビス曰く、貴重なものであればあるほど、『腐るものでない限り、欲しいと言われた時が一番お金になるから』だそうだ。スケルトンから回収した大量の魔石やそれらが身につけていた珍しいものも全てここに分類され、保管されている。

 叔父さんはその素材達を見て涎を垂さんばかりに爛々と目を輝かせ、食い入るように見つめている。叔父さんにとっては高価というより研究素材としての価値の方に興味があるのは明らかで、コレがあればあんな事ができる、アレがあればあんな研究もできると周りを眺めながらブツブツと呟き、目の前の積み上げられた木箱に気づかず激突して正気に返る。

「どこかで見た光景だな。血は争えねえってことか」

 ・・・つまり私も我を忘れて考えている時はあんな風だということか。

 ククッと笑ったガイの言葉に今後は私も注意しなければと思って反省した。

 とはいえ、多分また懲りずに繰り返す気もするが。

 ぶつけた頭を摩りながら叔父さんは私達のもとに近づいてくる。

 私とガイは回収されたままの状態でほぼ手つかずになっている四つの箱の蓋をあける。

「これなんだけど。一緒に置いてあった金貨の箱には鍵がかかってなかったのに、この四つの箱には鍵が掛かっていたんだ。

 一度開けて危険がないことは確認済みなんだけど、魔石はわかるとしても金貨より重要な物ってどんなものだろうって。みんなは古いものだから腐っているんじゃないかって言ってたけどなんだか気になって」

 ついでに魔石以外の箱も一緒に確認してもらおうとそれも叔父さんに見せることにした。

 オルレアンの研究は魔石のことだけではない。

 他にも治療薬やポーションでは回復できない滋養強壮の薬や魔力量の回復薬などの研究もある。

 もっとも完成形ではなく、開発途中のものだ。

 どうしても出てしまう副作用の緩和などにも頭を抱えていたようだ。どれもこれも自分のためというよりも弱き者を、傷ついた者を救うためにと手がけられてものばかり。その彼が最後はリッチへと身を堕としてしまったことは皮肉としか言いようがない。

「触っても良いのかい?」

「構わないよ。叔父さんに頼んで調べてもらおうかと思ってたものだし」

 遠慮がちに手を伸ばす叔父さんに、どうぞと差し出すと問題の幾つかの魔石を一つ一つ取り上げては陽に翳し、順番に眺め、そして、興味は箱に詰められた瓶詰めに移る。それを手に取り、開けようとしたのを見て思わずストップをかけた。

「待って、開けるなら庭かベランダに行こう。何かあって臭いが充満したり、問題が起きては大変だから」

 水だって長い日を置けば腐るものだ。

 瓶詰めだって永久に保存できるわけじゃない。

 二百年前となれば相当に腐敗が進んでいるはず。

 そんなものをこんな室内で開けられては堪らないと数種類の瓶をかかえる叔父さんをガイと二人で引きずって中庭に出た。

 湖側のそこは庭としての整備もされていないただの湖畔でしかないが美しい景観は憩いの場所として充分な役割を果たしている。

 現在三方を塀で囲われていて建設も一時ストップ、寮建設に人員を回しているためにここは門も閉じられているので殆どプライベート空間、しかも整備前の空き地。多少の問題が起きても対処可能なはずだ。

 湖畔近くに着いて早々に叔父さんが早速瓶の蓋に手をかける。


「爆破とかしないよね?」

 心配になって尋ねると叔父さんは小さく笑った。

「これは少なくとも二百年近い昔のものだろう? 

 薬品の爆発というのは複数のものが混じり合って反応した時に起こるものだ。長い年月が経っているんだ、そんなものはとっくに終わっている。開けた程度では爆発はしないよ」

 一応考えてはいるし、根拠もあるわけだ。

「ただ、揮発性の毒物である可能性は捨てきれないし、中身が腐っているとしたら強烈な腐臭はするだろうね。風上はこっちか」

 キョロキョロと辺りを見回し、確かめると体の向きを変えた。

「ちょっと離れていてくれ。何かあったとき聖属性持ちが二人とも倒れては困ったことになるからね」

 好奇心丸出しのわりに意外に冷静だ。

 そう言われて私が叔父さんから距離を取ると、そうっと瓶の蓋を少しだけ開け、すぐに蓋を閉め、顔を顰めて離した。

「うわっ、これは流石に腐ってるかな。すごい臭いだ」

 心配していた爆発は起こらず、ホッとしたもののその強烈な臭いは離れている私のところまで漂ってきた。これは鼻が曲がりそうだ。

「大丈夫?」

 臭いだけなら放っておけばそのうち取れるが何かの病原菌や気化した毒物だったらたまらない。慌てて叔父さんに駆け寄ろうとするとそれを片手で止まるように合図しながら浄化魔法を自分にかける。

「特になんともないが、念のためにね。

 しかしこれは下手に捨てるのも躊躇われるな。臭いがこびりつきそうだ」

 確かに距離を取っていた私の元にまで届いた強烈な臭い。

 しかし、叔父さんがある意味すごいと思ったのは持ってきた全ての瓶を開け、これを繰り返したことだ。

 次々に強烈な臭いを放つそれを僅かに開け、嗅いでは閉めて、浄化魔法をかけるというのを繰り返す。それを最初は面白そうに眺めていたガイも耐えきれず、終いにはその腐臭が届かない位置まで逃げ退がった。全て腐っているであろうことを確認すると叔父さんは面白そうに何やらメモを書いている。

 頭の良すぎる人間のやることは凡人にはわからない。私には全部が臭いとしか思えなかったが叔父さんには僅かな違いというものがあるようだ。

 その臭いが風でかき消され(とはいえ叔父さんの服には少々染み付いて残っていたが)、叔父さんのもとに歩いて行くと今度は止められなかったのでその手元を覗き込む。

「何してるの?」

「一応どんな臭いだったか忘れないようにね」

「私には全部鼻が曲がりそうな強烈な臭いにしか思えなかったけど」

 叔父さんが乾いた声で笑う。

「確かにね。だけど同じ腐敗臭でも違いというものはあるよ。水が腐った臭い、植物が発酵したような臭い、動物の死体が発する腐敗臭、金属が錆びついたような臭いとか全部違うだろう?」

「違ったところで腐っていたらどうしようもないと思うんだけど」

 それが役に立つとは思えないのだが。

 すると叔父さんは首を横に振った。

「実験や研究というものはどこで何がどんな役に立つかわからないところが面白いんだ。

 そのいい例がワインやエールなどの酒や果実酒と呼ばれるもの、チーズやヨーグルト、味噌なんていう食品達だ。発酵と腐敗は紙一重だよ」

 言っていることはわからなくもないけど。

「それで何かわかったの?」

「いや、全然。薬学は私は専門外だからね。

 でも面白そうじゃないか。二百年前に作られた薬の臭いなんて滅多に嗅げるものじゃない」

 ・・・・・。

 もうああそうですかとしか言えない。

 死なない範囲で好きにしてくれ。

 但し、他人は巻き込まない範囲で。

「それで魔石の方はどう? 選別できそうなの?」

「多分ね。透かしてみたところ僅かに輝きが曇っている物があったから多分それだろう。魔力を通してみないとわからないが相応の魔力量を持っていればおそらく可能だ」

「魔力量ってどのくらい?」

「魔石の大きさにもよるが、使用されていた目的を考えれば小さなものは施されていないと見るべきだろう。

 相応、つまり、その魔石相当の、魔力だよ」

 判別するにはその魔石以上の魔力が欲しいということか?

「要するに魔石の持つ魔力に負けないだけの魔力量があれば、と言うことだ。私は持っている属性こそ多いが、魔力量自体は千超えるか超えないか辺りだからね。誰かに協力してもらえれば出来ると思うよ」

 ならば話は早い。

「だったら私が手伝うよ」

 他の人に打ち明けられない以上それが妥当だ。

 商品開発の名目で叔父さんの研究室に入り浸っても特に怪しまれることもないだろう。

「ハルトがそれなりに多い魔力量を持っているのは知っているが結構大きいものもあるよ? 大丈夫かい?」

 確か大きくても二千は超えていなかったはずだ。

「平気だよ。そういえば叔父さんにはまだ言ってなかったっけ。

 面倒なことになりそうなんでこれについては内緒にしてもらいたいんだけど、知っているのは父様とダルメシア、キールを除く成人の側近だけ。

 私の魔力量はこの国で確認されている中で一番だよ」

「同じ年頃の子供の中でってことかい?」

 まあ知らなければ普通そうなるよね。

「違うよ。私の魔力量はほぼ五千、現在確認されている中で一番だよ」

「一桁間違えているんじゃないかい?」

「いや、合ってるぞ。一緒に洞窟突入した俺が保証する」

 ガイが叔父さんの懸念と疑問を横から否定した。

 驚いたように目を見開いて叔父さんは私を振り返ると凝視して一言、


「・・・それは問題ないだろうね。ある意味問題だけど」


 まあ、それは否定しないよ。

 我ながら調子に乗って増やしすぎたとは思っているから。

 でもこの魔力量に何度も助けられたのは事実なので、多少の面倒は仕方ないと割り切っている。多分だけど、この間の戦闘でまた魔力を使い過ぎたから、また増えている気がしないでもない。

 魔力量を誤魔化す方法もわかったし、とりあえずは成り行き任せ。

 増えて困るものではないので放っておこう。

 私はそうお気楽に考えることにした。


 

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― 新着の感想 ―
『二度と体験できない』ことほど、好奇心が滾りますからねぇ。 私も限りなく本物に近いレベルに再現された『ラフレシアの花の臭い』は、今でも忘れられません。 (↑ ラフレシアの原産地ボルネオに調査&採取に…
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