第七十七話 悪い予感というものは大概当たるものなのです。
陸に上がるとイシュカは私を地面に降ろした。
「今、水気を飛ばします。もう少し寄って頂けますか」
半歩だけ側に寄るとイシュカが呪文を唱え始め、小さな風が起こり、服に付いていた水分が飛んだ。
すると団長達が私達のところに近づいてきた。
フィアとミゲルも団長の腕から降りて駆け寄って来る。
「何かわかったか?」
「うん。まずはもう少し暗いところに移動しよう」
団長の声に私はなるべく揺らさないように気を付けて木陰に移動する。
「見つけたそうですよ。サラマンダーの子供と思われる個体を」
「本当かっ」
イシュカの言葉に団長が思い切り食いついてくる。
「今見せるよ。でも明るいところだとマズイかもしれないから。見つけたところは真っ暗だったからね」
「わかった」
しかしいくら小さいとはいえコップでは些か狭すぎのような気もする。
「出来ればもう少し大きな入れ物があるといいんだけど、ないよね?」
「鍋ならありますよ」
そう言って団員の一人が荷物の中からゴソゴソと取り出し、渡してくれた。
私はそれを受け取ると、イシュカにコップを預けて川辺にもう一度戻ると鍋の中に小石や粗い砂利を綺麗に洗ってから敷き詰め、その中に水を張った。多分持って帰ることになるだろうことを考えると似たような環境にできるだけ近づけておいた方が良いに違いない。作業を終えて戻ると鍋を地面に置き、イシュカが静かにコップの中身を開ける。
「随分と小さいな」
現れたその姿に周囲からどよめきが上がり、団長の手が伸びて来たので私はその手をパシリと払い除けた。
「ダメだよ、触ったら」
危ない、危ない。
人が何のためにこの子達がいる可能性を考えてコップを持って狭いアナグラに入って行ったと思っているのだ。
「何故だ?」
「サラマンダーの子供が火傷するから」
「火傷?」
納得出来ないのか団長が首を傾げる。
「火傷っていうと少し語弊があるかもしれないけど冷たい水の中にいたんだよ。魚や肉も生のまま長時間持っていると私達の持っている体温で温まって色が変わるでしょう? それと一緒。それに捕まえた魚や昆虫とかでも人間が捕まえたままでいるとすぐに弱っていくじゃない。持って帰るのが死なせた個体でもいいなら構わないけど」
低温火傷と言ってもわからないだろう。
魚や肉に限らず、生きているものは人が触ることで弱るものも多い。
環境の変化やストレスといったものも関係しているのだと思う。
それに大きく育ったものでも体が柔らかいというなら赤ん坊なら尚更そうだろう。団長の怪力で握られては潰れかねない。
みんな納得したのか伸びかけていた数本の手は引っ込められた。
「確かに生きたまま持って帰れるならそれに越したことはない。わかった。触るのは止める」
それでも珍しい生き物に遠巻きにみんなが鍋の中を覗き込む。
三匹のそれはいきなり変化した環境に慣れないのかちょこちょこと動き回る。
それを眺めながら私が見て来た経緯と状況を説明する。
「なるほどな。いくら探しても見つからないわけだ。滝の裏の岩の奥にそんなところがあったとは」
「あの狭さは大人だと相当厳しいと思うよ。私でも天井低くて屈まないといけないくらいだったし。広さ的にも三メートルあるかないかくらいで半球体みたいな形に近いから団長だと這って歩くのも難しいんじゃないかな」
サラマンダーは巨体とはいえ這って歩けるから問題なかろうが大人の人間の男では匍匐前進しようにも下は水辺と小さな岩が転がっている。
「それでどうするの? 一応絶滅したと思われていた保護指定生物だよね。これが世間にバレると間違いなくまた密猟者とかに乱獲される事態になるとも限らないんだけど」
そうしたら折角の生き残りも今度こそ絶滅だ。
どうするつもりなのかと尋ねると団長が難しい顔で考える。
「俺の一存では判断できん。俺は今から一旦戻って陛下と相談してくる。この件については絶対に誰も他言するな。すまないがフィア達を俺、もしくはアインツが来るまで二日ほど頼めるか? 屋敷の四階から出なければお前達だけでも大丈夫だろ。勿論、出入口になる階段前の警備はうちの団員に人員を三倍にして責任持って守らせる。悪いがフィアとミゲルは二日間、俺らのどちらかが戻ってくるまで外に絶対に出るな」
二人は団長の言葉に大きく頷いた。
「で、これはどうすればいい? 戻してきた方がいいなら戻してくるよ」
「いや、出来れば屋敷で飼っていてくれるか? 誰か連れて来た時に当の見本がないのでは確認が取れなくて困る」
「環境が変わって死んでも責任取れないんだけど」
赤ん坊というのは大概弱い生き物だ。ちょっとのことで死にかねない。
「それはそれで仕方がない。まだそこには三十匹近くはいたのだろう?」
「一応。探せばもっといたかもしれないし、それ以上はいない可能性もあるけど」
「もし死んでしまった場合には氷漬けで保存してもらうようにしてくれ」
氷標本ということか。
とりあえず慎重に私が捕まえて来た三匹は私の屋敷で預かることになった。
馬では揺れ過ぎてマズイだろうということでここにいる団員達が三人づつでシフトを組み、森の中を歩いて進み、食事などを運んだり、鍋の中が熱くならないように水を取り替えたりしながらゆっくりと日陰を選んで運ぶことになった。大変だなあと思いつつ、今までたいした成果もなく焦れていたことを思えばゆっくり歩いても夕方か、宵の口には着ける距離を交代で鍋を持って移動することなどたいしたことはないと彼らは笑って私達に礼を言った。
森から屋敷に戻り、フィア達が屋敷の三階から上に上がったことを確認するとすぐに団長は駐在している団員達に指示を出し出発した。
こういう時に王都が国の端っこにあるというのは非常に不便だ。
私が王都にいた時に団長と近衛は役割的に王室と王族、王都の警護、護衛が主な仕事になるので仕方ないにしても魔獣討伐部隊が国の端にあるのは如何なものかという話をした覚えがある。この国は大国を併合しただけあってそれなりに広大だ。王都から一番遠いミズリエ伯爵領の最南端までの移動は馬を飛ばしても七日、馬車で向かえば実に十日以上かかると聞いた。そうなると何か事が起きて連絡、調査、対策、検討、準備を終え、駆けつけるまでに最短でも一月近い日数が掛かることになる。ミズリエ伯爵領は海に囲まれた港町で魔獣が出現するような森などは少ないとはいえ、何かあった時には駆けつけた時にはもう遅いということにならないのだろうか。そう尋ねるとミズリエ領は海の男が多く、腕に覚えのある猛者も多いので大概自分達で対処してしまうそうだ。だが、その隣のセントレイノドの方がむしろ他国と接していることもあり、国境警備との兼ね合いで魔獣発生の際には悲惨な状況になりかねないという。
それがわかっているのならなんとかすればいいのにと思う。
色々手はあるだろうと意見を交わしたっけ。
まあ下っ端の田舎貴族の三男坊の意見などたいした影響力も無かろうが。
これで当然ではなく、組織は良い方法があれば常に変えていくべきだ。
その辺の変化は今の陛下に変えられないとしても是非フィアの時代には変えていってもらいたいと思っている。
実際、フィアは不便なところや必要のないところは少しでも自分の時代には変えて行きたいと思っているようでよく私の意見を聞いてくる。こういうのはどう思うか、とか、こうしたら良いと思っているのだが実現させる手段としてこんな手はどうかなど、特に元気になり始めてからは未来の夢を語るように話し出した。好き嫌いも残ってはいるが食事を残すようなこともなくなって、肌に張りも出てきた。
ミゲルも最初の内こそまだ躊躇いが残っていたようだが最近ではキールともよく話もするようになってきた。少しづつではあるが高飛車な態度も取らなくなってきた。もとから頭は悪くなかったらしく、勉強の方も随分進んできたようだ。人間やりたいことや目標があるとやる気が違うので覚えも早い。家庭教師は今までの遅れを取り戻し、出来れば少し先まで進めておいて授業の内容をわかりやすくしておきたいようだ。わからないでイラつかせるより人より理解出来ることで調子に乗せてヤル気を出させようといったところか。
なんにせよ団長が王都に戻っている間はフィア達はここから出ることも出来ないのでイシュカに頼んで今日は食事以外の王子達の世話というか、お相手をお願いした。別に私の外出が禁止されているわけではないのだが王子二人の安全を考えれば私は外出しない方が無難だ。ならばどうせ外に出れないのなら今日明日くらいはゆっくりと部屋で本を読もうと思ったからだ。叔父さんに任せっきりになっている本の仕分け状態も知りたいし、ここのところ忙しくてほったらかしになっていた洞窟の中から回収して来た意味不明な瓶詰めについても確認したい。でもその前にベッド下に隠してある例の本を早々に目を通す必要があるかもしれない。フィア達が帰って落ち着いてからと思っていたのだが、考えてみれば叔父さんが要らないと避けた本の中にそれに関する記述がある可能性に思い当たったからだ。
私は自分の部屋に戻ると床の上に座り込んで本を読んでいる叔父さんに話しかけると案の定返事がないのでそのまま通り過ぎ、寝室に向かおうとしたところ、丁度叔父さんが見ていた本から顔を上げて目が合った。
「あれっ? ハルト。今日は森に出かけたんじゃなかったのかい?」
「さっき帰って来たんだ。だいぶ選別は終わったみたいだね」
ぐるりと周囲を見回すと殆どの本は仕分けが終了していて種別に主な記載内容や重要度についてわかりやすく簡単に解説付きのメモが挟まれている。
「ああ、殆ど終わったよ。残り一山だ。二百年前とはいえ、宗教や物語、伝記などは今とそう内容も変わっていない。多少の解釈の違いはあっても手に入れようと思えば手に入れられるようなものや王都の図書館でも閲覧できるものが殆どだ。それらの研究をしている者達からすればそれなりに貴重な資料ではあるが渡してしまっても問題ないはずだ。後は当時の生活が書かれていた物や神殿の収支報告なんてものもあったよ。それらは特に物珍しいものでもなかったので買取に出すほうに回させてもらったから全部で七百七十五冊。残り三十冊程度をどうすべきか迷っていてね。ハルトと相談したかったから丁度良かった」
「随分と早いね」
「王都の図書館は学院生時代、通い詰めていたからね」
尋常でない叔父さんの読書スピードにはそういう理由もあったのか。
本当に頭のいい人というのはこういう人のことをいうのだろう。
私は頭脳明晰と誤解されているが、所詮異世界知識を持っただけの一般人。
但し、叔父さんは紙一重の変人でもあるようだが、かなり個性的なところはあるけれど多少、いや、かなり手間がかかるが私から見ればそんなに酷いとも思えない。
それなりの常識もちゃんと持っている。
「その前に一冊だけ読みたい本があるんだ。少し待っていてもらってもいい?」
「構わないよ。ではそれまでに残りの選別を終えておこう」
一言断ると私は寝室に入り、鍵を閉めるとベッドの下に潜った。
ずっと気になっていたものの中身を確認するのも勇気がいる。
ならばあの場でそのままみんなの前で見せて手放せば良かったではないかと突っ込まれそうだが、この本がまともな常識人に必ず渡るとは限らないし、悪用されないとも限らない。では燃やしてしまえば良かったのではないかと言われても仕方がないのだが、やはり気になるのだ。もし使い方によっては役に立つものである可能性もあるし、昔の技術であるなら今では常識になっている可能性もある。毒薬が少量であれば特効薬にもなることもある。危険を知った上で対処できる方法があるなら隠すほどのことでもない。
本当に危険なものなら読んですぐに燃やしてしまえばいい。
私は窓際に椅子を引っ張っていくとそこに腰掛け、本のページを捲った。
そこに書かれていたのは複数の魔術や魔法薬の精製方法、そして魔石についてのことだった。
多少の術式は違っていても現在では既に日常的に使われているのや、使用されているものだ。結局発想というものは多少柔軟な頭を持っていれば一般人でもできるもの。不便を感じればこんな物があれば便利だなあと思いついたとしても結局形にできなければ単なる妄想、夢物語。それを現実に変える才能と力と情熱がなければそれまで。もしかしたらあのリッチは生前現在使われている魔術の幾つか基礎を築いた高明な研究者でもあったのかもしれない。主だったものは魔法薬の精製技術とその過程での魔石の利用方法だ。箱に詰められていたのはその時流行った病の治療薬の研究過程で生まれた物で治療薬もあるが、毒物に近い物もある。だが、この書物で最も重要で厄介なのは魔石に関する利用方法についてだ。
今使われている魔石の使用方法は簡単な魔法の維持や魔道具の乾電池的な役割だ。だが、魔石に貯めた魔力を直接魔法として使う技術はまだ開発されていない。持っている魔力を消費すれば消費した分が自然回復するのを待つしか方法はない。だが、もし、常日頃から魔力を使わなかった分を魔石にストックしておけるなら、魔力量千しかない者でも魔石に保管しておいた魔力を使用することで魔力量以上の魔法戦闘が可能となる。つまり魔石を蓄電池として利用して自分の魔力保有量を補う方法だ。
私もよく考えていたことだ。私の魔力量は他の人と比べても明らかに多いのだが、もし夜寝る前などにこの魔力を魔石にストックしておければいざというとき魔力切れを起こさず戦えるのではないかと。リッチとの戦いでも最後は空に近い状態まで魔力を使い果たすことになった。あれ以上戦いが長引けば正直なところ危なかった可能性もある。
そのリッチ、生前の名前はオルレアンというらしいが、彼の理論によるとそれはできるようになるかもしれない可能性を秘めていた。オルレアンは魔物や魔獣の持つ魔石が討伐された時点でほとんどの場合が魔力が満タンで回収されることの疑問と興味から始まる。魔力を使い果たし、空になった場合、人は死に至る可能性がある。だが、魔石を持つ魔獣は例えば千クラスの魔石を持つ魔獣が持つ実際の魔力量が同等なのか気になった。そこで彼はある夜、神殿から魔力量測定板を持ち出し、よく魔獣が出没する森に出掛けてそれを地面に置き、そこに魔獣をおびき寄せてそれを踏ませ、魔力量測定後、それを討伐した。それを何度か繰り返し、魔獣の、魔力量と魔石のクラスはほぼ一緒であることに気がついた。回収した魔石はやはりいつも満タン状態だったが、ここである疑問を抱いた。魔力は魔石の中に、体内に残っている。だが、魔石の魔力は使われることがない。だが、もし、魔石の魔力を使う前に討伐されてしまうだけで実際は使用できるのではないかという考えに思い至った。そこで同じようなレベルの魔獣を討伐する時に戦いで使われた魔力量相当を計算しながら、戦いをなるべく長引かせ、魔力消費をさせながら討伐してみることにした。すると明らかに持っている魔力量相当を超える魔法を使う魔獣がいた。そしてその魔獣から採れた魔石は満タンではなく、減った状態で回収された。つまり魔物や魔獣は魔石に自分の魔力をストックしているのだと気づいた。実力が拮抗しているか充分であるのにも関わらず戦闘で人間が負けたり、格下であるはずの魔獣に人間が敗走したり、同じ魔獣であっても戦闘能力に個体差があるのはこのせいではないかと考えた。
魔獣相手に手を抜いて戦うようなことを通常することはない。
一刀両断のもとに討伐されてしまえば魔石にストックされている魔力が満タンなのも当然だ。魔石を持っているのはある程度高ランク以上の魔獣に多いという理由もこれで納得できる。少量の魔力量ではストックしたところで尽きるのも早い。育てば討伐困難な生まれたばかりの魔獣の個体には魔石がほとんど存在しなかった。そこでオルレアンは魔獣や魔物達は体内で年月をかけて魔石を精製していくのではないかという仮説を立てた。それ故に討伐困難な個体ほど大きな魔石を持っている。思いつくとそれを証明したくなるのが研究者の性だ。オルレアンはそれを証明すべく戦闘と実験を繰り返したが、その過程で本来彼ならば簡単に討伐できるようなモノに手間をかけ、それによって一緒に戦場に出た仲間に負担をかけ、魔力量測定板を頻繁に神殿から持ち出していたことも発覚、追い出されることになった。
だが、彼は研究することを諦めなかった。
もしこの謎が究明され、手に入れた魔石にストックした魔力を使えるようになれば聖属性を持つ自分の魔力が尽きても魔力を補充することで多くの人を癒すことができる。魔力の少ない平民もより豊かに暮らせるようになるかもしれないと考えたからだ。
彼はこの洞窟に篭り、実験と検証を繰り返し、そして遂に魔石の中の魔力を己の魔力として使う方法に辿り着く。
生物と魔石に同じ魔方陣を刻み、体の一部に埋め込み、同調させることでその魔石の分だけ魔力をストックできる
ようになることに気付いた。何度も魔獣で実験を繰り返し、その術式が組み上がった頃、この辺りに領地を持っていた貴族の目にとまることになる。
領主はオルレアンを褒め称え、これで魔力の少ない貧しい者も救えるようになると一緒に喜んでくれた。そう、あくまでも表向きは。この領主はオルレアンのこの術式を利用し、魔力強化された私兵を持って、国を乗っ取ろうとしていたのだ。何人もの奴隷や罪人を使い、人体実験を繰り返し、被験体が足りなくなると近隣の町や村から人を攫ってくる。だがこの術式によって人は強化されたものの、成功例は一割も満たず、多くの者は増えた魔力量が体の負担となって衰弱したり、逆に姿形を変え、凶暴化した。その凶暴化した被験体はある日、その領主の元から逃げ出し、一つの村を壊滅させた。その壊滅させた魔物を討伐した時、信じていた領主に自分は騙され、裏切られたことを知ると同時に気がついた。
魔石を体内に同化させるということは、つまり人ではなくなるということ。
魔物となるに等しいということを。
そして貧しい人々のためにと思ってしてきた研究が、逆に私利私欲のために手段を選ばない権力者の手に渡れば、戦乱を巻き起こす可能性も秘めていることを。そこでオルレアンは自分の蒔いた戦乱の種を摘み取るためにこの領主と彼が魔石で強化した被験体を倒すことを決意し、彼の城に向かったが、当然戦力強化された軍隊に彼一人で太刀打ちできるはずもなく、オルレアンは持っていた魔石で自身を強化することで戦い抜き、勝利を得た。
そして彼は倒した兵から魔石を奪い、魔物化した彼らに刻まれたその術式の施された部分を焼き払い、証拠を全て消すとあの洞窟に戻って来て入口の崖を崩し、自ら閉じこもった。
魔石と同化した自分はもう人間ではない。
このまま朽ちて、全ての研究成果と共に闇に消えようとした。
だが彼は長い年月をかけて研究し続けてきた資料をどうしても自分の手で燃やすことができなかった。ここに閉じこもってからも彼の研究は人としての理性を無くすその日まで続いていたようだ。それが研究者としての責任であったのか、探索心だったのかはわからないが、結局彼の研究は完成することなく未来に託された。
文明や、研究が進み、正しい形でこの研究成果が利用できる時がくるのを信じて、この場所で体が朽ちて、記憶を無くし、リッチになっても離れることができず、守っていた。と、そういうことだったようだ。
興味と好奇心から始まった彼の研究はこうして闇に葬られ、リッチと化した彼を討伐した私のもとに回ってきた。
大量にあった魔石は彼が実験のため、倒した魔物や魔獣の物だったのか。
しかしながら、危険なものであることは間違いない。
だが、手記というか研究資料をこのまま燃やすのも後で問題が出て来そうだ。
あの洞窟で回収された魔石はオルレアンが実験で使った物であるとすれば市場に流すのは確認してからでないとマズイ。そうなるとアレを叔父さんに何も知らせず、開発に回すのも問題だし、かと言って処分するのも簡単ではない。魔石は結構頑丈だ。壊すには相当な労力もいるし、かと言って耐久使用限界を迎えるまで使い続けるのも面倒な量だ。どこかに捨てるのは問題外、誰かに拾われて何も知らずに使われて問題が起きないとも限らない。いっそ、この屋敷の地面の奧深くに穴を掘って埋めてしまおうかとも考えた。そうすればこの屋敷がここに立っている限りは問題ない。だが、もし、何かあって、この屋敷が取り壊されたり、焼け落ちてしまったら?
それにあの二箱近くに及ぶ魔石を処分する言い訳は?
何も話さなくてもロイやマルビス達は私が決めたのなら否とは言わないだろう。
でもそれは彼らを信用していないと思われないだろうか。
かと言って全てを話すのもどうだろう?
世の中には知らない方がいい事だってある。
考え出すとキリがない。
だけど・・・
『後でいいから危ないことなら俺にだけでも教えとけよ。何かあっても一人じゃ対処できねえ場合もあるからな』
あの時言われた、ガイの言葉が頭に蘇る。
図らずも共犯にしてしまったガイに、せめて伝えておくべきか?
どちらにしてもこのままにしておくことは出来ない。
私は叔父さんが目の前の本に夢中になっていることを確認すると本を抱えてそっと部屋を抜け出してガイの部屋に向かった。
部屋の前まで来たものの、伝えるかどうか迷っているとふいに扉が開いた。
「用があるならさっさと入れよ、気になってオチオチ昼寝もできねえだろ?」
そう言いながら顔を出したガイは私の抱えている本を見ると、目を見開き、無言で顎をしゃくり、中に入るように促した。
無言で促されるまま中に入ると、扉を閉め、鍵をかけた。