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第七十六話 森の中の探索結果は?


 大量の本達は大雑把に仕分けした結果、 


  歴史  百三十五冊

  伝記  百四十八冊

  宗教  百五十二冊

  物語  二百八十五冊(内 神話百五十三冊)

  魔術  二百十九冊

  その他 百八十五冊(内 百科事典系 三十六冊)

 

 とりあえず魔術系の本とその他、合計四百四冊は一旦避けた。

 魔導僧兵のリッチが持っていたことを考えると魔術系の本が全く無いのも疑われそうなのでこのうちの何割かは渡すべきだろう。歴史、伝記、宗教、物語系の七百二十冊は殆ど渡す方向で考えているけれど滅びた国の歴史や神話には少々興味もあるので数冊程度は残したい。種類別に分けておいて山積み、上には埃を被らないように布をかけて置いた。片っ端から読みたいのは山々だがまずは仕訳が最優先、まずは叔父さんに仕分けてもらうことにした。私ではこの国でも手に入りそうな内容か否かは判断し難い。それに一ヶ月というとほぼ王子達がここにいる時期とも重なるのであまりこれを彼らに見られたくないということもある。

 昼を三刻ほど回った頃に王子達も移動して来た。

 

 後継問題の解決が見えてきて、性格も反省して少しマシになってきたミゲルが何故一ヶ月も滞在延長することとなったかと言えば学業の遅れのせいだ。マナーや社交術など貴族に必要なものと簡単な読み書きは祖母からミゲルも教育されているがその他はサボっていたせいでまるでダメ、落ちこぼれ確実でこのまま学院に戻しても困った事になるだろうと最低限、今進んでいるところまでは叩き込んでからの方が良いということになったのだが、彼を甘やかすような環境では元の木阿弥にならない。そこでウチでの滞在を伸ばしてその間に教えようという話になったらしい。

 断ることもできたのだが残り二棟の寮建設という報奨(ごほうび)を鼻先にぶら下げられては私としても引き受ける他ない。幸いにもフィアの従者の一人が家庭教師なのでこちらで用意する必要も、王都から呼び寄せる必要もない。つまり私がミゲルに対して負わなければならない責任は屋敷内の宿泊場所と三食の食事の提供、フィアに対してのものと変わらない。食事に関しても必ずしも私達が作らねばならないというわけでもない。

 この屋敷に料理人はまだいないので無理ならゲイル達に頼むことになる。

 明日から一カ月の間に順次雇うことになった護衛達も到着する予定だ。

 ランスやナバル達も無事に第一男子寮に入寮した。

 残り二寮の建築場所は男子寮は男子寮の隣に、女子寮は女子寮の隣に、二寮を通路で繋ぐことで最終的に二つの厨房それぞれが各約二百人づつの食事を受け持つことになる。

 

 翌日、連隊長が神官を同行してここまでやって来た。

 ミゲル王子は無事に、というべきか悩むところだがとにかく王位継承権放棄も滞りなく済み、そのまま連隊長は王子達を団長に任せて王都にトンボ帰り。また王子を迎えに来る時にやってくるそうだ。

 そしてミゲルは今、四階の私達屋敷の割り当てた自室にてフィアの監視のもと勉強中。最初は学院卒業後、私のもとで働くのだと気張っていたのだが、勉強漬けの毎日に、一週間で辟易し始めたので手を抜いた日には手作りオヤツをオアズケしたところ効果覿面。机の前に座らせて勉強させることには成功した。


 私達はと言えば移動したことにより発生する様々な問題点や必要なものの手配に追われた。

 今まで馬は父様にお借りしていたので馬車用の馬は四頭いるけれど乗馬用の馬がイシュカの乗る馬しかいないことに気がついて慌ててマルビスにまずは二頭用意してもらったが明らかに足りない。馬車の馬にしてもこれから町との巡回便を出さねばならないことを考えると揃えなければならない馬の数の桁も違う。屋敷内にある馬小屋は全部で十頭分、明らかに足りない。

 そして馬の世話をしてくれる人間の数もだ。

 町からの街道を挟んで山側に寮と工房各種、湖側にある屋敷の町寄りにウェルムの工房、叔父さんの工房があるので反対の森側の敷地に全五十頭の馬小屋と馬場をウチで雇っている大工職人達に急いで作ってもらうことになった。森に住む獣に襲われても困るので屋敷と同じように外壁で囲ってもらうようにしたのだが、機密の多いウチの工房は基本的に全て外周で囲われている。ようするに道を挟んで森から暫く外壁が両側にそびえ立つ格好になる。結構な迫力だ。

 屋敷内の庭として確保されている面積もかなり広い。

 眺めのいい湖側はまだしも正門前から玄関まで続く道沿いの庭もある程度体裁を整える必要があるので観葉植物や生け垣その他とそれを手入れ、管理してくれる庭師の手配。これだけ広いとなればとても一人で足りるとは思えない。植物というのはすぐに成長するものでない以上早めの手配が必要だ。

 庭師は幸いにも例のへネイギスの事件で別荘を手放した貴族から解雇された者が結構いたので、その中から農家出身で工業系の職業が合わなくて次の仕事に迷っていた子供を二人を教育しながらやってもらえそうな人を雇い、様子を見て必要ならばもう一人増やすことにした。


 馬の世話をする厩舎スタッフは団長が紹介してくれたが、馬は良し悪しや気性も勿論だが乗り手との相性もあるからできれば乗る当人達が直接現場に行って見た方が良いというので一週間後の馬場の完成を待ってから警護人員を四班に分けて交代でこの国の中で馬の産地として有名な隣のステラート領まで買付に行くことになった。

 一応予定しているのは乗馬用三十馬ほどと馬車用の馬が二十頭、大量買付になるので先方に一言連絡しておいた方が良いだろうということで念のため父様に手紙をお願いしてランスに遣いを頼んだ。

 すると快く了承して頂けたものの第二王子の滞在期間が終わり落ち着いたところで一度招待したいという返事をいただき、日程については改めてということになったが近い内にお伺いすることになった。

 となれば当然手ブラでお伺いするわけにも行かないわけで、どうしたものかと悩んでいたところ向こうから是非にとお願いされ、蒸しパンとフルーツサンド、そして王都で王妃様が身につけていたブローチを夫人が欲しがっているらしく買い付けたいので何点か持参して欲しいと賜った。流石に辺境伯夫人相手となれば新米従業員に作らせる訳にもいかないのでキールに作ってもらうようにお願いした。

 当然だがキールの作る物はプレミア扱い。

 ブローチもまだ売り出しは当分先だ。まずは数をある程度揃えてからでないと混乱しかねないということで今はストックしている。私とは繋がりのない御婦人達からの問い合わせが父様の方にスウェルト染めと合わせて入っているそうだ。王妃様達の一番最初に身に付けてお披露目するという優越感も満たされてたはずなので父様を通じて母様や姉様、妹達にもプレゼントすると伝えたところ学院寮にいる姉様を除き、翌日早々には私の所まで押しかけてきた。

 やはり女性というものは古今東西オシャレというものに目がないものだ。

 一人各二つまでですよと念押しして各工房に連れて行ったのだが、アレもコレもと強請られ、結局、各工房三つまでに増やされた。それでも喜色満面の笑みで手を振り、御礼を言いながら屋敷に帰って行くのを見てホッとしたのと同時になんだか私も嬉しくなった。


「女性のこういう時のパワーというものには圧倒されますよね」


 マルビスの言葉に大きく頷きながら私も前世(むかし)はこうだったかなと、ふと思った。

 考えてみるとそこまでのパワーはなかったような気がする。

 気に入った物にお金をかけることはあまり惜しまなかったが、一旦気にいると布が擦り切れる手前まで着ていたように思う。そういう点ではガイに近い。着ていたのも着回しのきくモノトーン系が多かったことを考えると男に生まれ変わった今の方がカラフルな色を身に付けているような気もする。

 ともあれ、馬の買付許可は頂いたのでステラート領まではおよそ半日弱、まずはマルビスが十名ほどと馬車に乗り込み、馬場完成翌日に出掛けて行き、乗馬用馬を十頭と馬車馬六頭を新たに連れ、夕方戻って来た。以降はマルビスかゲイルの予定が空き次第、また交代で行くことになる。自分で選んだ馬ならば護衛達も馬を可愛がり、世話にも身が入るだろうと団長が笑って言った。

 結局、本の選別は叔父さんに任せっきりになり、森のアスレチック施設の建設現場にフィア達を案内したり、各工房を巡ったりと、それなりに忙しく動き周りながら、夜は買取に出す中から興味を持った二冊を毎晩読んでから眠りにつくという毎日を続けていた。


 そしてフィア達の滞在が残り一週間を切った頃、朝食後、団長から意見を求められた。

 例のリバーフォレストサラマンダーの調査についてだ。

 四階のリビングの座卓に地図を広げ、ここ一月半の調査結果を説明された。

 森の詳細な地図とその行動範囲がある程度絞られてきたのでそろそろ本格的に捕獲に向けて動き出したいとのことだった。調査が始まって一カ月半、なんとかその姿だけでも拝みたいといったところか。

 もっとも既にフィアはすっかり顔色も良くなり、体力もミゲルほどには回復してきているので果たしてそれが必要であるかどうかは定かではない。とはいえサラマンダーが貴重で保護すべき存在であることは変わらないわけで、痕跡がある以上全面撤退をするのにも難しい。

 広げられた湖と目撃された河川近くの周辺地図に書き込まれたその情報は、やはりその水辺付近に集中していて見つけたという点在する幾つかの泉付近では発見されていないようだ。こうなってくると当初の私が考えていた通り、川のある程度深さがあるところに横穴を掘って潜り住んでいるか、上流付近の岩陰やその奥に隠れているとみるべきか。ただそういう場所が存在するかどうか実際に行ってみないと答えようもないし、今後のことを考えるとイシュカにも少し考えてみてもらうように仕向けてみたい。私の考えを飲み込むのも早くなってきた。だがまずはやはり、

「一度現場を見てみないことにはハッキリした見解は言えません」

「お前の予定に空きがあるなら今からでも案内するが?」

 私の言葉にすぐ団長の声が返ってくる。

 本当は暇があれば例の本の一冊でも読みたいところだが、いつまでも近衛や団員にここに居座られるのも正直言って困るのだ。現実的に考えて早々にお引き取り頂き、第一男子寮の最上階と一階の半分を出来れば開けて頂きたい。第二寮の完成にはまだもう少しかかるし、屋敷の下半分の完成を後回しにして上から順次入居できるよう、作業を進めてもらっているものの、地方から押し寄せる就職希望の人員を雇い入れる増加に追いついていない。どんどん屋敷の完成予定も延びている。

 本当にまさしく工業団地化してきているのだ。

 ランス達警備、警護人員はシフトを組んでこれらの施設、工房、屋敷とリゾート施設の見回りをしてくれている。

 前に冗談でCEOにでもなってやろうかと思っていたが、今まさしくその状態になりつつある。

 湖周辺はリゾート施設を広げるために残しておきたいので今度は町から森までの街道沿いの土地を金貨一万枚を払い、父様から買えるだけ買い上げさせてもらうことになった。これから家族持ちの移動とかも入ってくれば戸建ても必要になってくる。結局道沿いも野原や荒地も多いのでこの土地も安く、町から森までの街道を挟んで百五十メートルほどが私の私有地となった。ちょっとした、どころか最早大地主に近い。とはいえ農業が盛んなウチの領地は面積も広大なので全体から見れば知れているけれど。

 しかし、怖いのは日々入ってくる商業登録使用料や商品売り上げによる利益の還元によりそれだけ使っているというのに金貨が減らないことだ。コレはいったいどうしたことか?

 たった数ヶ月しか経っていないのだけれど?

 恐ろしいのはまさしくマルビスやゲイルを始めとする商業部門人員達の手腕である。


 そんなわけで申し訳ないが一刻も早く退散して頂きたい私は手伝えることは手伝うことにした。

「いいですよ。イシュカ、ガイ、ついてきてくれる?」

 二つ返事で二人は引き受けてくれた。

 と、なると後は本日私の仕事の進捗次第。

 とりあえずマルビスに尋ねてみる。

「ちょっと出掛けてくるよ。今日この後の仕事ですぐに私が必要な仕事はなかったよね?」

「大丈夫です。急ぎの仕事はほぼ片付いていますので指示は私が出しておきます」

 ここのところ色々あったので商品開発に関しては、ほぼ止めている。

「ロイとテスラは?」

「俺達は商業ギルドと日用品の買い出しに町まで行ってきますよ。何か入り用な物があればついでに買ってきますけど、どうしますか?」

 少し考えて最近町から遠くなったこともあって朝市を覗いていないことに思い当たる。夏は夏で美味しい果物達が出回っているはず。

「何か甘くて美味しい珍しい果物とかあったら大きな瓶一つ分のジャムを作れるくらいの量を買ってきて? テスラ、そろそろ例の試作品出来上がる頃でしょ?」

 そう、ほぼ止めている。

 たった一つ、カキ氷機を除いて。

「アレの上にかけられるようなヤツ。ここに来る農家から買えないようなのがあったらお願い」

「了解しました」

 テスラがニヤリと笑って引き受けてくれた。

「後は父様にスケルトン素材の買取をどうするか聞いてきて。マルビス、仕分けは終わったんだよね」

「はい。必要な分を教えて欲しいと。ギルドを通すと高くなりますからね」

「それからイシュカが読み終わった分の本をお返しして、新しくここにあるリストでお借り出来そうな物があったらお借りしてきてもらえると助かるよ、ロイ」

「承知致しました」

 これで多分忘れていることはないはず。

 いや、一人忘れてた。

「ちょっと待って、叔父さんに留守番頼んでくる」

「ああ、大丈夫ですよ。今日は私は机の上での仕事が殆どなのでゲイルと二人で見ていますから。サキアスにはそろそろ納期も近くなってきたので仕事を進めてもらわねばなりませんから」

「やっぱり一カ月以上は伸ばせなかったか」

「というより、王子達の迎えと一緒に済ませてしまいたいのでは?」

 なるほど。ついでに片付けられるなら私でもそうするもんね。

 仕方ない。

「じゃあちょっと出掛けてくる。団長、フィアとミゲルはどうするの?」

 団長が出かけるとなるとフィア達の護衛はどうするかということになるのだが。 

「どうしたい? お前ら」

「「行きたいっ」」

 尋ねる団長に速攻で返ってくる二人の返事。

 やはり連れて行くつもりなのか。

 ミゲルも王位継承権を放棄したことによって命を狙われるようなことはなくなったし、危険な魔獣でもないからフィアの体力の心配もそんなになくなってきているのでそうなるかなとは思っていたけれど。

 身を乗り出し、目を輝かせて行く気満々の二人。

「騒がず、大人しく出来るか? 相手は臆病なヤツだからな、あまり大きな音を立てると逃げられる可能性もあるから近くまで行ったらそこから歩きになる。結構大変だぞ」

「出来るよっ、絶対行くっ」

 

 そりゃあそうなるよね。

 まあ団長やイシュカ、ガイもいるし、当然他の団員もついてくるわけだからここに置いて置くより安全か。疲れて動けないような状態になったとしても団長なら子供一人や二人程度平気で抱えて森の中を歩きそうだし。


 そんなわけで着替えが済み次第再びリビングに集合となった。



 団長の馬の前にミゲル、イシュカの前にフィア、ガイの前に私が乗り、団員達に囲まれ、森の中を駆け、川から少し離れた場所に到着すると近くの木の幹に手綱を縛り、そこから歩きになった。

 鬱蒼と茂る樹木の枝などで遮られ、水辺の側ということもあって森の中は夏だというのに結構涼しかった。

 案内されたのはやや川幅がある河口付近近くの森の中。

「ハルト、ここだ。ここから丁度ゆるくカーブを描くあの辺りのちょっと先くらいの間だな。よく痕跡が残っているのは」

 そういって団長が川の上流方向の一際太い幹を持つ樹木のある方向を指す。

 思った通り河口付近は細いとはいえ川幅も、深さもそれなりにあるし、水草も繁っている。水の流れもそこそこ早いので川辺の土は内側に抉れている。川の中を少し散策してみたいところだがまずは川を渡らず上流に向かって歩いて行く。今朝見せてもらった地図によると痕跡はもっと先、小さな滝の手前の方にも残っていたようだ。

 流れが速いだけあってそこそこに傾斜のあるそこを足元に気をつけながら登って行く。

 途中泉が湧いていると聞いた方向から細い川が三本ほど合流していた。

 滝は細いと聞いていたのに河口に行くほど川幅と水量があるのはこのせいか。

 上流の行くほど川幅も狭いが坂が少し緩やかになった辺りで水が落ちる滝の音が聞こえてきた。

 すると団長は少し川から離れ、森の茂みをかき分ける。

 流石に足場が悪く、私達の身長では茂みに隠れてしまうので馬に乗ってきたペアでそれぞれ抱き上げてもらい、その周囲を団員達が固める。次第に近く、大きくなって来た水音と共に小さな、幅一メートルくらいの細い滝が現れた。団長達は少し離れたところで足を止める。

 そこは確かに広くはない。おそらく直径にして十五メートルくらいの水辺。それでも一応滝の水が落ちているあたりはそれなりに抉れて深くなっているもののそれは真下の限られた範囲、河原付近は浅く、川へと続くところ以外は水の流れもそう早くはない。

 団長達が森の中で足を止めたのはサラマンダーに警戒されないためか?

 二人の王子達はこういう場所が珍しいらしく好奇心丸出しで辺りを眺めている。


「一番最近発見された痕跡は昨日で、河口付近。今日は見つからなかったんですよね?」

 今朝見た地図とその痕跡の調査結果を思い出す。

「ああそうだ、この辺りからも多くは無いが痕跡が見られている。だが二メートル超えの巨体が隠れるような場所はここには無い」

 高さも然程ない細い滝を私は見上げる。

 身の軽いガイあたりならヒョイと飛びつけば苦もなく登れそうだ。

「この上からは発見されていないんですよね?」

「今のところはな」

 サラマンダーは巨体とはいえ地を這っているわけだから確かにここを登るとは考え難いし、回り込むとすれば相当に大回り。ここより上流に行くメリットはない。私達が現れるまでの人通りはゼロに等しいし、大きさを考えればこの辺りの水辺の主とも言える存在だ。敵がそう多いとも思えない。

「イシュカはどう思う?」

 私はガイに下に降ろしてもらいながらイシュカを見上げる。

 イシュカはフィアを抱えたまま少し考えて答えた。

「私はやはり隠れているのは河口付近ではないかと。ここでは身を隠す場所もありませんし」

「じゃあ隠れる場所がないとしてここにくるのはどうしてだと思う?」

 今回の件での疑問の一つだ。

「ここに来なければならない理由があるのではないでしょうか。サラマンダーは魚以外にも昆虫なども食べる肉食ですし、巨体となれば水を飲みに来た小動物を狙って来たとか」

「そうだね、それも考えられる。でもそれならここである必要はないでしょ。水があるのはここだけじゃないんだから。潜むことの出来ない巨体が見えていたら小動物達は来ると思う?」

「いえ、小動物というのは警戒心が強いですから来ないと思います」

 滝壺辺りはそれなりの深さがあるとはいえ浅瀬の多いこの場所で水中に潜むのは難しい。

「そりゃあもうここにわざわざ来る理由は一つじゃねえ?」

 ガイがニヤニヤと笑っている。

「・・・繁殖、ですか?」

「じゃないかなあって私も思ってる。そうでなければどこかに隠れるような場所があるとしか思えないんだよね」

 思い当たったらしく小さく呟くイシュカに私は頷いた。

「二メートル超えの巨体ですよ?」

「だから? サラマンダーの体格と体質、触感、資料をよく思い出してみて?」

 何度も読み返していた資料。頭のいいイシュカなら覚えているはずだ。

「身体に厚みはなく柔らかい、ですよね。つまり出入口は大きくある必要はない」

「そういうこと。体型からするとおそらく頭さえ入ってしまえばどんなところでも入り込めるってことだと私は思うんだよ」

 私はなるべく静かに、音を立てないように気を付けて水辺に近づいた。

 団長はイシュカからフィアを受け取ると両腕に抱えて私の後を付いて行くよう、顎を軽く振って指示を出す。

「サラマンダーはもともと動きが遅くてあまり動き回って獲物を捕まえるような狩りの仕方はしない。待ち伏せが基本。そうなると昨日湖近くで痕跡が発見されたということは?」

「今日はこの場所にいない、そう見るべき、ですか?」

「多分ね」

 私の後をガイとイシュカが静かに付いて来る。

 小声でイシュカと話をしながらゆっくりと水辺に沿って歩く。

「仮にそうだとして、次に打つ手は? 相手は用心深くて臆病」

「不定期とはいえ痕跡が多く発見される河口付近で待ち伏せ、ですか? もしくは日中身を潜められるような場所を探してに罠を張る。ですが、もしここに来ている理由が繁殖であるのならすぐに捕獲しても産卵場所や(つがい)の住処がある程度特定出来ないと保護出来ない」

「ある程度ならもう特定できているじゃない。もう一度サラマンダーの生態や調査内容を思い出してみて?」

 ここに来ているのが繁殖のためだとして、団長達が持って来た資料やその後の調査、全てのものを照らし合わせていくと範囲はかなり絞られる。

 イシュカは必死に思考を巡らせているのか難しい顔で黙り込む。

 サラマンダーは両生類。そして彼等が好む場所、性質、目的。

 そして一つ一つ思い出しながら、確認するように調査結果の書かれた地図を広げながら喋り出した。

「夜行性で暗がりを好み、岩の下などにジッと息を潜めて休み、ここの場所に来る目的が繁殖だとすれば、卵を産みやすく、孵化した幼生が過ごしやすい場所。生まれて間もないばかりの大きさは然程大きくはない」

 ぐるりとそう広くはないこの滝の周りを見渡す。

「体が柔らかいことを考えると滝の下は考え難い、川へと続く付近も水の流れが早くなることを考慮すれば産卵、子育てには向かない。この場所の陽の当たり方、そして痕跡が残っていた場所は片側に偏っているとなれば・・・」

 そう、探すべき場所はごく限定的。

 しかもサラマンダーの持つ、もう一つの特性。

「ここ暫くは我々も気配をなるべく悟らせないように気をつけて行動していたとはいえ、知能が高くなくとも臆病な者が警戒を簡単に解くとも思えない。つまりは我々を寄せ付けたくないと考えると」

 クンッとイシュカが鼻を鳴らし、歩き出す。

 独特の臭いで敵を威嚇し、水を吐くという性質。

 私達を近づけたくないとすれば逆にそれが目印になる可能性がある。

 限られた範囲のここにおいて、今イシュカが上げた条件を満たす場所は更に狭い。

 この中で一番背の低い私の鼻にはさっきからお世辞にもいい匂いとは言い難い悪臭とも言えなくもない臭いがしている場所がある。

「もしかして、ここ、ですか?」

 イシュカは滝壺近くの岩がゴツゴツとした場所を指差した。

 清流の流れる場所に似つかわしくない臭いがその辺りから漂っている。

「正解。私の意見も一緒。確認してみないとわからないけどね」

 滝壺の後ろには差はあるものの大概その後ろは流れ落ちる水流によって抉られていることが多い。そしてそれがある程度の隙間を持っているなら水陸どちらでも生活できるものにとって絶好の隠れ家だ。ただ、滝自体の幅がないので多分何かによって隠されているか、見えない状態になっているのではないかと思うのだ。

 おそらく最初の頃にもここは探索されているはず。

 それでも見つからなかったということはかなり分かり難いのだろう。

 

「団長、ここには危険な生き物の棲息は確認されていないんだよね? ちょっと見てみてもいいかな。今日ならヤツはいないと思うし。他の個体とのコミュニケーション手段を持っているとすればもしかしたらまた暫く警戒されちゃうかもしれないけど」

 一応確認をとっておかないと団長達の苦労を台無しにする可能性も無いわけではない。

「いいぞ。行動範囲とヤツの目的を絞り込んでくれただけでも今回はありがたい。警戒されたとしても暫く近づかなければまたチャンスはある」

 了承を得たなら後は確認するだけだ。

 イシュカと私が導き出した答え合わせをするとしよう。

「誰かロープと水を汲めるような物、持ってないかな、小さくてもいいんだけど」

 尋ねると団員の中から一人が小さな金属製のコップとロープを差し出してくれた。

「ありがとう。借りるね」

 御礼を言って受け取ると私は靴と上着を脱いでズボンの裾を捲り上げる。腰より上まで水に浸かることになるだろうからあまり意味はないかもしれないがまとわりつくのも鬱陶しいので出来る限り折り上げる。同じ男だらけなのだから全部脱いでも問題無かろうが、流石に羞恥心と言うのもある。それなりに鍛えてあるので見せられないほどみっともない体つきをしているつもりはないが全員が裸の風呂とかなら(それはそれで目のやり場に困りそうだが)まだしも自分一人がマッパというのは恥ずかしい。

 濡れても後で風魔法で乾かせば特に問題もない。

 ロープを腰に巻き、コップをズボンに括り付け、バシャバシャと音を立てて岩を伝いながら水の中に入って行く。暑い季節に冷たい水の中はそれなりに気持ちがいい。本当に人目がなければ思い切り水浴びして泳ぎたいくらいだ。

 水藻が付いているのか足もとに気をつけた方が良さそうだ。

 その後ろから水音が聞こえて振り向く。

「ついて来るならせめて鎧は脱いだ方がいいと思うよ? 待ってるから」

 すぐに鎧を脱ぎ始めたイシュカを待っているとそのままヒョイと抱え上げられる。

「滝近くは水流の強いので近くまで私が抱えて行きます」

「ありがとう、イシュカ」

 重量の違いか、経験の違いか、その両方か、イシュカは私を抱えたまま、苦もなく水の中を進んで行く。

 細いとはいえそれなりの年月が経っているので岩は水飛沫や流れによって滝の裏側はそれなりに、人が一人か二人くらい立てる程度には削られている。水に濡れたそこを慎重に手で触れて確認する。大きな窪みや穴が開いているわけではない。そんなものがあれば調査の時点でチェックが入っているはず。多分だけど、見つかった個体が大きかったから可能性として弾かれてしまうようなサイズの割れ目か、裂け目。両生類であることを考えると完全に密閉された空間というのは考え難いような気もする。


 見つけた。

 水面近くの、大きな岩と岩の小さな裂け目。

 水藻が付いて解りづらいが目的のものは確かにあった。

 だがイシュカの背丈で胸の辺りまであるということは私の身長では水没だ。完全に足はつかない。

「離してもらっていいかな。確認したいことがあるんだ」

 ゆっくり水の中に降ろされ、水に浸かるとやはり足はつかなくて、イシュカの腕にガッツリ掴まった。

「足、掴まらせてもらってもいい? 少しだけ水中確認したい」

「構いませんよ」

 私は大きく息を吸いこみ、水の中に潜る。

 澄んだ水の中は陽の光で僅かに明るく照らされているものの暗くてよく見えない。けれど思い切り腕を奥まで伸ばすとやはり大きくはないけれど子供の私なら潜り込める程度の空間がある。それを確認したところで一度水面に上昇するとイシュカが腕の中に囲い、腕の上に座らせてくれる。こういう状況でなく、もっと私が大きかったら心ときめくシチュエーションだろうが子供の身では色気もない。

 イシュカはまさしく水も滴るイイ男状態で少しだけドキドキしたけれど。

 普段はどちらかといえばストイックな騎士様ってイメージで、笑うと上品な大型犬みたいなのに、どうして水を被って髪が濡れて張り付くと色気って増すのかなあと思いつつ、つい見惚れているとイシュカに声を掛けられ、我に返った。

「いかがでしたか?」

「うん、やっぱりこの奥に小さな空洞があるっぽい。返事がないか、二十数えて私が戻って戻って来なかったらこのロープ、引っ張ってもらっていい?」

「危険では?」

「多分大丈夫。ここの岩の間に細い隙間があるでしょう? この奥を確認したいだけ、入れないようならすぐに止めるし、入れたら声を掛けるからそしたらほんの少しだけここから照らしてくれる? 中で私が魔法を使うと多分光が強すぎちゃうから」

「わかりました」

 喋りながら腰に巻き付けていたロープの端を渡す。

「じゃあ頼んだからね」

 そう言うともう一度大きく息を吸いこみ再び水の中に潜ると岩を伝い、その下に潜り込んだ。そのまま少し進むと伸ばした手が僅かに空気に触れた。

 間違いない、ここに空洞がある。

 偶然か、それとも長い年月をかけてこの下にあった岩や土が崩れて落ちたのかわからないけど。私は思いって岩の縁に手をかけると一気にそこに体を持っていった。

 するとぽっかりと顔を水面から出すことが出来た。

「イシュカ、聞こえる?」

 小さな殆ど何も見えないその空間に私の声が響いた。

「はい、聞こえます。今、すぐに照らします」

「お願い」

 すぐにイシュカの呪文が聞こえてきて岩の隙間から光が差し込んできた。

 うっすらと辺りが照らされ、中の空間が私の目の前に現れた。

 そこは小さな鍾乳洞のようになっていた。

 私はそこに這い上がる。

 大きくはない、でも、私が立って歩けるほどの高さもない。

 天井から垂れ下がる氷柱みたいな乳白色の突起はそんなに長くないことからすればまだこの洞窟は出来てそんなに長い期間は経っていないのかもしれない。とはいえ、私達人間と比べればっていうことであってそれなりに昔ではあるだろう。私はその中を目を凝らして薄暗がりの中、目的のものを探す。

 小さな石や岩の影、注意深く目を凝らしてながら見ていると、私がかろうじて持ち上げられる程度の岩を退けた時、それは姿を見せた。

 小さい、体長五センチほどのそれ。

 見つけた。

 サラマンダーの赤ちゃんだ。

 ここにいるだけで数にしておよそ三十匹程度。私はそれを三匹ほど持ってきたカップに掬い取るとハンカチで蓋をしてしっかりと手に持ち、再び水の中に浮いた。

「イシュカ、水に潜るから声を出して五つ数えたらロープ引っ張ってくれる?」

「わかりました」

 イシュカが数を数え始めたと同時に私はもう一度息を大きく吸いこみ、コップを抱えたまま勢いよく潜った。すぐにロープは引っ張られ、私は再びイシュカの腕の中に抱え上げられた。

「大丈夫ですか?」

 心配そうに覗き込むイシュカを笑って見上げると驚くほど近い位置に顔があって思わず持っていたそれを落としそうになり、持ち直した。

「大丈夫、全然平気。それよりいたよ、ほらっ」

 持っていたそれを小さく上に持ち上げる。


「ひょっとして・・・」

「そう、多分、サラマンダーの赤ちゃん」 

 

 小さく目を見開いて、イシュカは急いで水の中から上がった。


 

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― 新着の感想 ―
サンショウウオの子どもって、黒目がちの真ん丸な目をしてて可愛いんですよね~♪ 【両生類豆知識】 両生類の幼生(赤ちゃん)は足が生え揃うまで、通称『おたまじゃくし』と呼びます。 (特殊な生態の種類を除…
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