第七十四話 そしてやはり陛下の掌の上ですか?
冒険者達のもとを退席して私達はハンスやナバル達と合流すると仲間内での宴会が始まった。
道すがら彼らの今回の依頼で発生した報酬をどうするかという話になり、とりあえずウチに移動して来た御祝儀も兼ねて金貨十枚づつみんなに渡すことにした。
少ないような気もするのだが、マルビスが結局、最前線に立った私達以外は殆ど素材回収の仕事だけなので問題ない、むしろ日当として考えるなら貰い過ぎだというので良しとした。ガイとイシュカには別口で金貨五十枚づつ支払おうとしたのだがガイは持っていると一気に使ってしまうので毎月の給金に金貨五枚づつ上乗せ十カ月渡してくれと言われたのでそれをマルビスが請け負い、あくまでも自分は私の護衛任務の一環として同道したのでとイシュカは遠慮して受け取ろうとしなかったので、これもマルビスと相談して何か別のイシュカの欲しい物で押し付けようということになった。
そして、翌日。
いよいよ父様の屋敷ともお別れ、ここで取る最後の朝食となった。
私とロイは朝、少しだけ早起きしていつもよりちょっと豪華な朝食にすることにした。
フィアは勿論、私達と一緒に森の屋敷に移動することになっている。
いつものロイ、マルビス、テスラ、ガイ、キール、フィアとその護衛のマティアスに加えて今日はサキアス叔父さんとランスとシーファも一緒だ。叔父さんも本当は二、三日後からとも考えていたのだが、大量の書物の仕分けなどを手伝って貰おうということになり早めに移動をお願いすることにしたところ一緒に移動すると断言し、昨日の夜の内に急いで引っ越しの荷支度を整えたらしい。父様は明らかにほっとしていた。誰か叔父さんの身の回りの世話をしてくれそうな人を探さねばならないが当面のところは私がやるしかなさそうだ。とにかく、今日付けで三人は父様の下から私のところに移動となる。
朝食の支度が終わる頃、団長とミゲルが倉庫の入口までやって来た。
昨日のうちに団長にそっと伝言しておいたのだ。
もし、みんなの前で謝罪できるならここで一緒に食事を取っても良いと。
ここまで来たものの最後の勇気はなかなか出ないかと暫く様子を見てみる。
私とロイは出来上がった朝食を机の上に並べ始め、いつもの場所に座る。
やはりいきなりは無理だったかと食事を始めようとした時、ミゲルが動いた。
ぎゅっと拳を握り締め、前を向いて近くまで歩いてくると小さく頭を下げ、
「・・・今まで済まなかった」
と、小さな声で真っ赤になって呟いた。
それは僅かな風の音にもかき消されそうな声。
でも確かに彼、ミゲルは確かに、そう言った。
子供の成長は早い。
凝り固まった大人とは違って柔軟で切り替えが早いからだ。
一度己の過ちに気がつけば変わるのはあっという間。
みんなは座っていた場所を詰め、団長と、ミゲルのために空ける。
私と王子の間の席だ。
自分のために空けられたそこにミゲルが目を見開いて驚き、団長に背中を押されてそこに座った。私の隣が定位置のロイが立ち上がり、新たに加わった二人のもとにスープとサラダを運び終えると、本日のメインを山と盛り付けた大皿を運んで来た。
それを見てミゲルの目が大きく見開く。
頑張った子供には御褒美がつきものだ。
ミゲルが一番欲しがっていたもの。
一カ月前、私がフィアと陛下のもとに差し入れた蒸しパンだ。
「さあどうぞ、召し上がれ。一人五つまでだよ?」
いつもなら一斉に伸びるはずのみんなの手がミゲルが手を出すまで見守っていた。
ミゲルの手がおずおずとその皿に伸びて取ったのは人参が入ったそれ。
それを待っていたみんなの手が一斉に蒸しパンの山に伸び、取皿に自分の分を確保し始めるのを見てミゲルが慌てて自分の分を確保する。
その様子がなんだか可愛くて笑ってしまった。気分はすっかりお母さんだ。
そんなに慌てなくても数は人数分ちゃんと用意してあるのだけれど、好みもあるので全種類食べようと思えば確かに急ぐ必要もあるだろう。でもロイと私はそんなに好き嫌いもないので好物の種類がない場合、大概一番最後に取ることが多いから好きなものを選べるはずだ。
王子が大勢でこんなふうに食卓を囲むことはそうないだろう。
最初は居心地悪そうにしていたミゲルもマナーなどないに等しいみんなの食事に驚き、そして同じように大口開けて齧り付き、食べ始めた。
「フィアも好きだよね、蒸しパン」
「美味しいよね、柔らかくて、食べやすくて」
まだ苦手意識は残っているようだが近頃は出された野菜サラダにも手をつけるようになった。これならこの蒸しパンに入っている食材の正体をそろそろバラしても大丈夫だろう。
「それ、何が入っているかわかる?」
今フィアが手にしているのは彼の大嫌いな人参の入った蒸しパンだ。
随分と克服されてきたとはいえまだ人参、ピーマン、法蓮草、カボチャとトマトはなかなか手をつけない。それでも出されたものは残さなくなっただけマシだ。
「今までここで食べたのは入っていたのは果物が多かったよね」
「うん、そうだね」
言ってないだけで野菜が入っていたのも勿論あったけど。
「今日のは一番最初に私が食べた、叔父上が持って来てくれたものと一緒だよね」
「そうだよ」
フィアは少し考えて答えた。
「やはり果物かな。あんまり私が食べたことのないような珍しいものとか?」
なるほど、そうきたか。
残念。
私は一つ一つ手元にあったそれを指差しながら正解を伝える。
「違うよ。今日のはね、カボチャ、人参、法蓮草」
フィアの目が驚いて見開き、ポトリと持っていた蒸しパンを皿の上に落とした。
私はにっこりと微笑んだ。
「どれもフィアの嫌いな野菜だよ。知らなかったでしょ。野菜嫌いのフィアに野菜を食べてもらおうとした私の特別製。不味い、嫌いって思って食べるとどんな物でも美味しさ半減だよ。今日のスープには刻んだトマトもたっぷりはいってるし、いつも出してるフィアお気に入りの特製ジュースにも果物とハチミツの他に沢山の野菜が入っているんだよ」
あんぐりと口を開けたフィアに私は問いかける。
「それ、不味いと思う?」
「いいえっ」
「良かった。これで少しは野菜の苦手意識も変わってくれるといいんだけどね」
バラされた食材の正体にフィアは戸惑ったのかしげしげとそれらを見つめる。
そして再びそれらの食事に手をつけた。
「やはりハルトの料理は美味しいです」
幸せそうにフィアが食べている横で団長が二人の王子の様子を微笑ましげに見ている。
明日にはミゲル王子も王都に戻る。
彼が王位継承権を破棄すれば貴族の間で持ち上がっている派閥争いも少しは落ち着くだろう。そしてフィアが元気を取り戻せば次代の王位権争いもそんなに揉めることはないだろう。貴族の間で魔王と恐れられている私を王女の婿に迎えて王座に就ければ彼らにとっての恐怖政治の始まりだ。
これで王位継承権争いの座に引っ張り出されることもないはずだ。
自分の領地の領主でさえ遠慮願って兄様達に押し付けているのに冗談ではない。
私は私の仲間達と楽しく過ごせればそれでいい。
そして和やかムードで食事が進んでいる中、問題は勃発した。
団長とガイが突然殺気を放ち、山と積んだマッシュポテトに手を伸ばしたマティアスの腕を団長が掴み、ガイが背後から彼の動きを拘束した。
いったい何が起こったというのか?
強者の持つ威圧と迫力で、それに慣れていないキールやテスラ、サキアス叔父さんが固まった。特に圧倒的存在感を持つ団長のそれはまさに凶器にも等しい。
団長はマティアスの腕をそのまま捻り上げる。
「一応、ガイからの報告で警戒はしていたんだが、まさか、俺の目の前で仕掛けるとは思わなかったぞ、マティアス。その度胸は誉めてやろう」
マティアスを見下ろすその眼光は鋭くド迫力。
ロイやマルビスはへネイギス邸で一度見てるしね。
そういえば昨日、後でガイに聞けばいいと言っていたが聞きそびれていた。
用心深いガイが報告をし忘れることは考え難いのでおそらく私にあえて言わなかったのだろう。ロイやマルビス、イシュカの三人は聞いていたらしくそれほど驚いていないようだ。
いったい何があったのか、この状況から察するにそれなりに物騒な事態であることは間違いなさそうだ。
ガイが拘束を解かずにそのままランス達にロープで拘束させる。
「毒を仕込んだんだよ、ミゲル王子の食事に、たった今」
ガイが吐き捨てるように言った言葉に私は驚いた。
えっ、嘘っ・・・
だって狙われるのは王都に戻る途中の可能性が高いって。
フィアとミゲルも驚いて恐怖に固まっていた。
「コイツがヤケに護衛のワリにふと剣呑な目付きをしていたんで気になって調べたんだ。ついでに他の二人の王子に付いて来た護衛と従者全員をな。始めは周囲を警戒しているせいかとも思ったんだが、どうにも気になってな」
このところよく留守にしていたガイ。
それで最近よく出かけていたのか。
団長とガイに押さえつけられ、マティアスが睨み上げる。
「・・・殺せっ、全ては覚悟の上だ」
自分に向けられる殺意にミゲルがたじろいだ。
「何故だ? 何故私を」
「何故、だと? 全てはお前のせいだっ」
ミゲルに隠すことなく殺意を向けてマティアスが言い放つ。
「お前のせいでウチの家族は滅茶苦茶になった、私の父親はお前の家庭教師だった。優秀で、学院でも評判が高く、私の自慢だった。だが、お前がっ、お前が父の教えを聞こうともせず、サボってばかりいたくせにっ、自分の物覚えの悪いのは全部父のせいだと上に言いつけてっ、解雇してっ、それから私の家族の人生は狂ってしまった」
傍若無人に振る舞った結果の敵がここにいるわけだ。
自業自得ではあるのだが、早々にこんな事態に遭遇するとはミゲルもツイてない。
「父は王子の反感を買ったと学院を追い出され、職を失い、病弱な母の薬代も払えなくなって死んだ。結婚間近だった姉は婚約破棄され、首を吊った。父は自らを責め、酒浸りになり、川で溺れ死んだ。事故か自殺かもわかっていない。私も恋人から別れを告げられ、もう生きている意味もない。全てお前のせいだ」
マティアスが語り出したのは典型的な被害者の末路だ。
よくあることと片付けるにはあまりにも悲惨な現実。
「お前の身勝手な我儘のせいで私は大事なもの全てを失った。王族だから偉いのか? 王族だから何をやっても許されるのか? それでも尽くせ? 冗談じゃないっ」
言いたいことはよくわかる。
それは数日前、私がミゲルに言ったことそのものだ。
「殺せっ、私はアンデッドになってでも、ゴーストになってでも必ずお前に復讐してやるっ、復讐してやるからなっ」
剥き出しの殺意というのはなかなか強烈だ。
敵をたくさん作るということはこういうことなのだ。
ミゲルは怯えつつも、それでも逃げなかった。
改めて自分のしてきたことの罪深さを思い知らされる。
人を傷つければ傷つけただけ敵を作る。
そして周りは敵だらけとなり、安息の地は奪われていく。
自分の犯した罪は全て自分に跳ね返ってくるのだ。
因果応報とはよく言ったものだと思う。
ミゲルはマティアスに向き直ると今度こそ、心の底から謝罪した。
「済まなかった。私が愚かだったのだ。謝って赦されるようなことではないが、私には謝ることしか出来ない」
唯一の自分の出来ることを、ミゲルは王族のプライドを捨てて頭を下げる。
「昨日、ハルトを見ていて私には王たる器がないと自覚した。私はどうせ偉そうなことを言ったところで他の者に押し付けるのだろうと、心の底で憧れながら物語の中のような英雄など御伽話の中だけだと。
でもハルトは違った。昨日も先頭を切って危険に飛び込んで行った。
私に真似は出来ない」
ハッキリとした決意のこもった声でミゲルが言う。
またしても随分と過大評価されている気もするがここでツッコミを入れるのはどう考えてもNGだ。私は大人しく黙っていた。
「父上は万が一、兄上に何かあったとしても、私のような者を自分の子供だからと言うだけで玉座につけるほど愚かな王ではない。償いにもならぬであろうが私は王位継承権を放棄すると決めた」
「そんなことで許せるわけなどっ」
「わかっている。いや、今までわかっていなかったからこのような事態を招いたのだ。だが呪い殺すのは少しだけ待ってはくれぬか? 私は今までそなたのような目に合わせた者達にせめて謝罪したいのだ」
震える声で、震える身体を抑えて、それでも凛として言葉にする姿に、彼もまた間違いなく王族なのだと認識する。
「赦されたいとは思っていない。だが、もし機会を与えてもらえるなら私はこの地でやり直したい。兄上を助け、この国の繁栄のための手伝いがしたい。ハルトの側ならきっと私がまた道を違えそうになったのなら叱り飛ばしてくれるであろう。本当に済まなかった」
駆けつけてきた近衛達に引き渡され、連れて行かれるマティアスの姿が見えなくなるまで、ミゲルは下げた頭を上げようとしなかった。
「全て、ハルトの言うとおりだった」
改めて食卓についたミゲルの口からポツリとそんな言葉が漏れた。
「思い知らされた。私がどれだけ愚かであったのか。人は物ではない。そんな簡単な事を私は理解しようとしていなかった。父上も、叔父上もみんな、私に忠告してくれていたのに私は・・・」
膝の上で握りしめていた拳が震え、その上にぽたぽたと涙が滾れ落ちていた。
後悔先に立たずとはよく言ったものだ。
これはまだ八歳のミゲルには流石にキツイだろう。
気にするな、とは言えない。だけど、
「食べなよ、ミゲル。謝罪して、やり直すんでしょ?」
私はミゲルの肩を叩いて食事を勧める。
「ならしっかり食べて勉強しないとね。今までの分を取り返すのは大変だよ?」
「ああ、私は自分のしたことを償うまで死ぬわけにはいかぬ」
ミゲルは顔を上げ、手の甲で涙を拭うとそう言って、無言で食事を再開した。
食事を終え、団長に背中を押されて帰って行く姿を見送ると、私はガイを振り返った。
フィアも一緒に森の引っ越しの最終準備のためについて行った。
「団長もガイも、危ないことするね。一歩間違えれば第二王子暗殺事件だったのに」
下手をすれば私の食事に混入されたとなれば私達も殺害容疑者になっていた。
一連の流れから見るに団長とガイを含めた何人かはこうなることがわかっていてマティアスを放置していたとみて間違いないだろう。
「俺がそんなヘマするわけねえだろ」
「だってガイ達が毒入れたのに気が付かなかったら終わりじゃない」
断言したガイがポケットから白い小さく折られた紙片を取り出す。
「大丈夫に決まってんだろ。昨日のうちにすり替えといた。コッチがアイツの持っていた毒薬。アイツがさっきしこんだのは塩だ」
そう言ってガイはマティアスが仕込んだマッシュポテトをポイッと口の中に放り込む。
なるほど、道理で落ち着いて対処していたわけだ。
「ロイ達、知ってたよね?」
「一応、マルビスとイシュカと私はガイに聞いていたので。隠し事の苦手そうな方達には知らせない方が良いだろうと黙っていました。団長はミゲル王子が自分のしたことを思い知らせるにはいい機会だと。連隊長もいませんし、明日ミゲル王子がお帰りになるとなれば、狙うのは今日しかないだろうと」
つまりはあえて行動を起こさせたわけだ。
「マティアスは教材に使われたってことか」
気の毒に。まさに人を呪わば穴二つ。
「まあそういうことだ。だが、王子には秘密だがアイツのは逆恨みだぜ?」
「そうなの?」
「考えてもみろよ。余程の親バカでもない限りは出来損ないの息子の言葉を信じて優秀な人材を簡単に手放すわけねえだろ、あの腹黒陛下が。マティアスの父親は学院の金を裏で使い込んでいたんだよ、そのせいでクビになったんだ。たまたま第二王子の家庭教師をクビになった時期と重なって誤解して逆恨みしたわけだ。まあ、第二王子の我儘と出来の悪さに手を焼いていたのも、王子の癇癪で家庭教師を辞めたのも間違いではないが。ミゲル王子がクビにした他の教師達は陛下からの見舞金を受け取った上でほとぼりが覚めるまで地方で貴族子息達の家庭教師をしている」
そりゃまた運が悪かったというか、なんというか。
だが他の教師達が救済されているのは良かったと言ってもいい。
「でもそんな人がよく王子の護衛になんて付けたねえ」
そんな訳あり、王子の護衛から外されそうなものなのに。
「予定外だったからさ。
ヤツは第一王子を恨んでいるわけじゃねえ。むしろ第二王子を絶対王座に就けたくなかったから必死で第一王子を護衛していたわけだ。だが、第二王子が食い意地張って追いかけて来ちまったせいで思いがけずにヤツに復讐の機会が巡ってきたというわけだ」
それはまたなんとも間の悪い。
「他にも派閥争いの関係で何人か第二王子の排斥を狙っているヤツもいたんだが、第二王子に付いていたのは緊急の予定外だったせいで近衛ではなく、団員から選抜されていたんで団長が適当な理由をつけて森の調査をしているヤツらと判明次第要注意のヤツは入れ替えていた」
ちょっと待って。
ということはつまり、
「ひょっとして連隊長が慌てて戻ったのって」
「計画的だ。第二王子の迎えはまだ一カ月先になる。
連隊長は第二王子の滞在を延長するために戻ったんだ」
やっぱりっ!
なんか変だと思ったのだ。結構な長期滞在で今更数日延びたところで問題ないだろうにミゲルの王都帰還と一緒にではなく、わざわざ一人で帰ったのが。
「嵌められたんだよ、陛下にな。御主人様が大人の男をいいように動かしてるって聞いて自分の息子も変えてくれるのではないかと期待した。もっとも、始めは本当に偶然で、第二王子が城から抜け出してまで団長達を追いかけるとは思っていなかったらしいがな」
「それで追いかけて行ってしまったものは仕方がない、私を試してみようと?」
「どうもそういうことらしいな」
けろりとガイが肯定する。
結局私はまた陛下の掌の上だったと、こういうことなのか。
流石国の最高権力者、一筋縄ではいかない。
私がなんとも言えない複雑な顔をしているとロイが呆れた顔で言う。
「それで貴方はまた陛下の期待に応えて見事第二王子まで手懐けてしまった」
「達成条件はミゲル王子の謝罪、もしくは自らの王位継承権の破棄」
なに、そのゲームのクエストみたいな条件提示。
「凄いですよ、両方達成してますね」
「任務達成の御褒美はもう二棟の寮の追加建設だそうだ」
感心したようなマルビスにガイが告げる。
してやられた感は拭えないが、私の一番欲しがりそうな褒美をつけるあたりが陛下の上手いところだ。これでは文句もつけ難い。
「ガイ、今までそれずっと黙ってたの?」
「いや、全部聞いたのは昨日の夜だ。それで御主人様は既に眠っていたんでどうするか団長を交えてコイツらと相談した。それで御主人様はたまについうっかりをやる時があるから黙っていた方が良いだろうという話になった。御主人様は基本的に人がいいんで期間延長も断らないだろうと。連隊長は継承権破棄の書類を整え次第、明日明後日にでも手続き出来る神官を連れてくる。高位の神官が立ち会えばここの神殿でも可能らしいからな」
もう準備万端ではないか。
そりゃあミゲルが継承権を放棄することによって彼を推している欲の皮の突っ張った連中の派閥は崩壊、しかもフィアが健康になって戻れば続いていた次期国王の座を巡る派閥争いはほぼ終焉、陛下としては目の前にぶら下がっていた大きな問題が一つ片付くわけだ。
「団長には確信があったらしいぜ? ミゲル王子は過去の神話や物語に出てくる騎士や英雄、国を救う冒険者の話に目がなくて団長によく御主人様の話を聞きたがってせがんでいたらしい」
なにそれ?
初耳だ。
私のS級冒険者カードに食いついてきたのはそういう理由があったのか。
「ああなるほど」
「食ってかかっていたのはハルト様の気を引きたかったと、そういうわけですか」
納得して頷いたキールにイシュカが付け加える。
「だが予想もしていなかった塩対応にムキになり、墓穴を掘り、冷たくされて凹み、自分のしてきたことを思い返して反省したと」
「両親に諭されるよりも憧れの人に説教されるのは確かに効いたでしょうね。ヤケにアッサリ改心したのはそういう理由もあったんですね、納得しました」
テスラとマルビスが頷きながら引っ越し準備に取り掛かった。
それって好きな子の気を引きたくて苛める男の子の心理だよね?
どういう意味かは別として、私は最初から好かれてたってこと?
混乱する私を置いて、引っ越し準備はサクサクと勧められていた。