第八話 商人、マルビス・レナスのご登場です。
結局、すっかり寝入ってしまった私に構うことなく、父様達は夜半過ぎまで盛り上がっていたらしい。
いかにも寝不足ですとでもいうように大欠伸をしながら昼少し前にロイを従え、そこに呼びつけられた私と一緒にテラス席で昼食を待っていた。
「昨日の件だが、早急に手配することにした。
早速だがハルト、お前は昼食を済ませたらロイと一緒に商業ギルドと冒険者ギルドに行って登録してきなさい」
寝不足ながらも楽しくて仕方がないといった感じの父様に、既に私の提案は現実化が決定したらしいことを確信した。確かにいいだしっぺは私なのだが、
「本当に実行するのですか?」
それなりに人手も資金もかかるのだが。
「ああ、そのためにも商業的立場からの意見と手配ができる者がいる。
ダルメシアが紹介してくれるらしいから冒険者ギルドに着いたらヤツを呼び出しなさい。お前には暫くの間はロイを補佐に、ランスとシーファを護衛につける。馬も馬車も好きに使え、遠出も領地内であればこの三人と一緒なら構わないぞ」
思ってもみなかった言葉に一瞬、動きが止まる。
「見てみたいのだろう? まずはうちの領地を。必要なものがあればロイに手配させてもいい、そのかわり何か思いついたことがあれば報告しなさい」
護衛二人にロイまでつけるなんて、父様の本気度が伝わってきて私はゴクリと唾を呑み込んだ。
ロイは執事だが屋敷内での父様の秘書的立場も兼ねているというのに。
ロイがいない間は今学校が休みの兄様達を使い、領地経営を勉強させることにしたらしい。
父様とロイは本当に仲がいい。
学院時代の後輩だったというロイも前世での私の好みだった理知的タイプの美形なので思わず腐女子の血が騒いで勘ぐりたくなることもある。
最近聞いたところによるとロイはずっと独身なのだ、意味深なことこの上ない。
「本当なら私がついて行きたいところだがワイバーンの件が片付かないことには身動きが取れん」
ムスッとむくれた顔で忌々しげに呟いた父様に思わずくすっと小さく笑ってしまった。
「父様も子供みたいなところがあるんですね」
「こんな楽しそうなことがあるのにオアズケだぞ。面白くないに決まっているだろう。できるならロイと代わりたいくらいだがそうもいかん」
ワイバーンの群れは脅威だ。
あんなのが集団で現れたらうちの領地もヤバイのは間違いない。
せめて棲息地域だけでも特定出来れば手の打ちようもあるが情報が上がってこないことには避難指示も出せない。なんとか住民に被害が出ることだけでも避けたいところだと運ばれてきた昼食に手をつけながら父様がボヤいた。
「それにこの件がある程度軌道に乗るまでハルトはあまり屋敷にいないほうがいい。
余計な厄介事を招きかねん。話を進めようにも当人が不在なら押し通せまい。
どうしても必要な場合は勿論居てもらわねば困るが」
なるほど、そういう意味もあるのか。
言い方は悪いが私は珍獣扱い。
物見高い見物客に留守だと伝え、お帰り頂こうというわけだ。
まあ一見さんお断り、ということでいいんじゃないかな。
私はカモネギになる気はない。
昼食を食べた後、ランスとシーファの護衛でロイと私は商業ギルドで登録を済ませた後、四人で冒険者ギルドに向かった。
ドアをくぐると昨日とまるで違う雑多な雰囲気があったもののいるのは職員だけ。先着順の仕事だから少しでもいい仕事が欲しいなら朝一番にということだろう。父様がこの時間を指定してきたのはそういう意味もあったのかもしれない。保護者と護衛つきの子供など目立つことこの上ない。
これから領地内を見て回る都合上、一応四人でパーティ登録することになったからだ。
部屋の中ほどまで進むと受付の女の人と何やら話し込んでいるギルド長の姿が見えたが私達に気付くと軽く手を上げ、手招きした。
「よおっ、よく来たな。待ってたぞ、ハルト」
「こんにちは。ギルド長」
上機嫌で私の両脇を抱え上げ肩に乗せるのを見て職員がギョッとしていた。
ひそひそと聞こえる声からすると彼が機嫌よく子供の相手をしているのも、彼に怯えない子供もかなり珍しいらしい。確かに初めて会った時は愛想がいいようには見えなかったけど私はすっかり彼に好かれたようだ。
「ダルメシアでいいぞ、もうアイツは呼んである」
視線が高くて見晴らしがいいのは悪くないけど戸口のところで頭がつっかえそうになり慌てて彼の頭にしがみつくと豪快な笑い声が下から響いた。
この人強面だけど全然怖いと思えないのはこういうとこなんだろうなと思う。
見たことのない光景に職員が唖然としているのに気づかないままニ階への階段を上り、結局私が床の上に降ろされたのは昨日の部屋についてからだった。
そこにはまだ若い、とは言っても二十歳前後と思われる、太いとまではいかないがややぽっちゃり体型の男の人が立っていた。
顔立ちは悪くない、痩せれば結構な色男になるだろう。
「紹介しよう、マルビスだ。コイツは王都で一年ほど前に倒産した大店の息子でな」
「ひょっとしてレナス商店の?」
「流石ロイ、知っていたか」
ロイの話によるとそのレナス商店というのは前世でいうデパートのような店だったらしい。
倒産したのも訳有で世間には知れ渡っていないらしい。
しかも倒産理由がいわく付きでオーナー家族が地方に買い付けに出ていた一人息子を除き、死亡したためなのだという。
王都のど真ん中にあるにも拘わらず、その死体は魔獣に食い散らかされたような酷い有様だったので王都ではかなりの騒ぎになっていたらしいが結局その魔獣も犯人も見つからなかった。ただその倒産した商会をすぐさま買い取り、彼らの一人息子が王都に戻る前にあっという間に大店の店主にのし上がった地方の貴族がいた。
当然のことながらその貴族が怪しまれたのだが証拠は何一つ見つからなかった。
何一つ解決していないにもかかわらず調査は早々に打ち切られ、事件は迷宮入りとなったと。
それってどう考えてもその地方貴族とやらが怪しいよね。
「よくあることですよ」
そう言って目を伏せたマルビスに私は思わず叫んだ。
「そんな言葉で片付けていい問題じゃないよっ」
「ハルト様っ」
ロイが慌てて止めようとしたけど私は黙っていられなかった。
「相手は貴族です。幸いにも不穏な空気を感じ取っていたのか父は財産の八割ほどを移動していましたからね、あてにしていた金貨が見当たらなくてがっかりしたことと思いますよ」
「貴族も平民も命の価値に差なんてない、命はお金じゃ買えないじゃないかっ」
大声で反論した後にハッとして貴族らしくなく感情的に、しかも一番辛いであろう相手に怒鳴ってしまった。彼は目を丸くして私を見ていた。
私は恥ずかしくなり、俯いてごめんなさいと呟いた。
すると次の瞬間、ダルメシアの大きな笑い声が響いて思わず顔を上げた。
「なっ、ハルトはこういうヤツだ。
なにせ平民のコイツを庇ってワイバーンの前に飛び出したんだからな」
「まったく、困ったものです。私はお逃げ下さいと言ったはずなのに」
ロイを立てた親指で指差したダルメシアにロイは肩を竦めてため息をついた。
それについても散々ロイに説教されたのはまだ記憶に新しい。
「本当に噂通りの方ですね、ありがとうございます。
でも大丈夫ですよ。確かに家族をなくしてヤケになったこともありましたが先程も言ったように両親の残してくれた遺産で解雇された従業員達の保障もできました。
これで心置きなく反撃ができるのですから」
ニヤリと笑って彼は続けた。
「私は商人です。商売でやり返すのがスジというものでしょう?
待っていたんですよ、その機会がやってくるのをこの一年、ずっと」
「マルビスは自分から売り込みに来ていたんだよ。
俺の知らなかったお前の情報を知って、ワイバーンが運ばれたその日のうちに俺のところにハルトにツテがあれば是非面会させて欲しいってな」
確か使用人達には父様が箝口令を敷いていたはずで、ってワイバーン討伐当日ってことはまだ箝口令敷かれる前だってことだ。
ひょっとしなくてもそれってスゴイよね。
「商人は情報とスピードが命です、当然でしょう?」
そう言って彼は私の前までくるとまるで忠誠を誓う騎士のように片膝をついて右手を心臓の上に置いた。
「ハルト様、どうぞ私をお使い下さい。私は貴方様の役に立つはずです。
父は祖父から受け継いだ小さな店を一代で王都一番の大店にするまでのし上がった。そんな父に私は子供の頃からみっちり仕込まれてきたんです。
私も父のように、いいえ、父以上の商人に成り上がってみせます」
正直なところ私はこういう暑苦しいまでに熱意溢れる人は嫌いじゃない。
自分の好きなものや信じるものに対して真っ直ぐで、前向きで、でもそれだけではない、したたかな葦のような強さを持つ曲者。世の中綺麗事だけではやっていけない、それでも自分の持つ信念を曲げることなく貫くことができる熱量のある人にこそ未来を変え、道を作る力があると思うのだ。
でも前世の私は呪われていると言われるほど致命的に男運がなかった。
不安になってみんなを見渡すとロイは私の横でマルビスと同じように膝をつき、視線を合わせると穏やかに微笑んで口を開いた。
「ハルト様のお好きになさってよろしいのですよ。
私が旦那様から仰せつかっているのは貴方様の補佐であって監視ではありません。
それに何を不安になっているのか存じ上げませんが元S級冒険者のダルメシアのお気に入りであり、ワイバーンを単騎で討伐するような貴方を陥れるような度胸のある者はこの国にそれ程多くはいませんから」
「でもこの間ロイには随分長い説教されたよ」
「それはハルト様があまりにも無茶をなさるから心配しただけで・・・」
「うん、知ってる。ありがとう、ロイ」
身分や年齢に関係なく、叱り、心配してくれる存在がどんなに貴重なものなのかもわかってる。
「でもごめんなさい、私はこの間のようなことが起きたら、多分また同じ事をするから先に謝っておくね」
私には心強い味方が多勢いる、出来ないことは出来る人に頼ればいい。
私は独りではないのだから。
前にいるマルビスに向かって右手を差し出して問いかけた。
「私には足りないところや出来ない事がたくさんあって貴方に負担をかけることも多いと思います。マルビス、貴方はそれでも私を手伝ってくれますか?」
「勿論でございます」
握り返された手にホッとして微笑むと、彼は驚いたように目を見開いて頬を紅潮させた。
そんなに嬉しかったのだろうかと私は胸をなでおろしたのだった。
その後、私は冒険者ギルドの登録を済ませたら屋敷に一度戻ることにした。
マルビスまで登録する必要はなかったのだが時間を作って領地を回る時にギルドの情報網も利用するつもりだと話したらそれなら私もと言い出したので結局、五人全員登録することになった。一階まで降りて受付で用紙に必要事項を記入して提出すると受付嬢から書類を取り上げ、ダルメシアが私達の実力は知ってるので大丈夫だとサラサラとランクを書き込んでしまった。
冒険者のランクは上からSS、Sに次いでAからFまでの全部で八段階。
登録時のランクは通常Fになるのだが、場合によっては戦闘能力や魔力量、薬草等の専門知識によってまずはCからEまでに振り分けられる。実力者には早くから上級依頼を受けて貰えるようにするためだという。その後はそのランクに応じた依頼や魔物、魔獣等の討伐などによってポイントを重ねることでランクアップするということだ。但し、B級以上になるとただポイントを稼ぐだけでは昇級出来ない。ギルド指定の依頼をいくつか達成するか、もしくは自分より上位の冒険者にギルド立ち合いのもと認めさせる必要があるそうだ。
受付嬢にそんな説明を聞いている間に冒険者ギルド長のサインと押印をしてダルメシアに戻された用紙を見て彼女は両目を溢れ落ちんばかりに見開いた。
戻された用紙にはC級の私をリーダーとしてロイとランス、シーファがD級、マルビスがE級に振り分けられたパーティが組まれていた。パーティでは一番ランクの高い者がリーダーになるのがお約束だから諦めろと言われ、私がロイ達より剣術が苦手なのにランクが上なのはおかしいと抗議すると「本気の俺から半刻逃げ切れる奴がC級以下の訳がないだろう」と返され、その瞬間、騒がしかったギルド内は凍りついたように静かになった。
そりゃあ驚きもするだろう。
成人男性四人を従えるパーティのリーダーが六歳児だなんてどう考えても絵面がおかしい。
一応反対したのだ。
一番年上のロイのほうがいいと。
だが四人に口を揃えて「一番強いのは貴方でしょう?」と反論され、何も言えなくなった。
その横でダルメシアが腹を抱えて笑っていたのは最早言うまでもないだろう。