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第七十三話 不届者には容赦は致しません。


 素材回収も終わり、秘密の部屋の荷物運び出しも終了。

 私達は町の食堂、というか、飲み屋の二階を集合場所に、それぞれの仕事を片付けに散らばった。

 ナバル達は森の屋敷に回収素材の運搬に。

 団長達は父様の屋敷への報告を請け負ってくれた。

 私達は冒険者ギルドへ依頼完了の報告と洞窟内での回収したお宝(?)とその扱いなどについての相談だ。素材と別にして実に馬車二台に及ぶなかなかの収穫だ。箱の中身がなんであるかによってはたいした稼ぎにならないであろうけど、私としては馬車いっぱいに積まれた本があるだけでも幸せだ。

 

 冒険者ギルドに到着すると、早速二階で私達の到着を待ち侘びていたらしいダルメシアが出て来た。

 太陽が地平線近くなってきたこともあって今日は受付近くにはワラワラと結構な数の冒険者達が集まっていた。荒くれ者が多い中にガイはともかくとしてロイやマルビス、テスラ、イシュカなど、上品な佇まいの面々を揃えた集団はそれなりに浮いていたが、もう今更である。ウチの領地に発生したAランク依頼はかなり珍しく、そこには最近名は聞いてはいるものの、滅多に姿を見せないS級冒険者の称号を持つ私の話題で持ちきり、物見高い見物人の山ができている。

 しかも、パーティリーダーはまだ六歳の私。

 これで野次馬が湧かないわけもない。

 人相がそれなりに悪いというか、迫力がある方々が集まっているがここで怯んではパーティの格が落ちるというもの。ここは胸を張って堂々と。


「ちょっと、ダルメシア、文句があるんだけど」

「なんだ、ハルト。イシュカもガイも随分ボロボロになってるじゃないか」

 どうしたとばかりに言葉を返すダルメシアにはまずは苦情の申し立てだ。

「当然でしょ。嘘吐き。これ、Aランク依頼どころじゃなかったよ。ちゃんと内容確認してからランク付けしてよ。死ぬかと思ったんだからっ」

 些か迫力には欠けるがこういうことはしっかりと釘を刺しておかねば。

 またアイツらなら平気だろうと大変な仕事を確認もなしに押しつけられるのはお断りだ。睨みつける私にダルメシアがマズイと思ったのか私の横に立っていたロイに話をふる。

「いったい何が出てきたんだ?」

「魔素強化されたCランクプラス級のスケルトンとアンデッド、およそ六百体と、Sランクのデミリッチです」

 あっさりと応えるロイの言葉にダルメシアが目を剥き、ギルド内がざわめいた。

「なんだっ、その数はっ」

 結局最初のトンネルで約四百体、弓矢と鏡の反射攻撃、最後の広間で各百体ほど。おおよその数はこんなところだ。

「なんだじゃないよっ、リッチはB級クラスだって聞いてたから安心してたのにS級が出てくるなんて最早詐欺でしょ。知ってたら洞窟内に三人だけでなんて踏み込まなかったよ」

「すまなかった、悪い。ハルト、この通り」

 私はプンとそっぽを向く。

 ダルメシアは慌てて私のご機嫌を取るがごとく手を合わせて頭を下げる。

 全く前を向こうとしない私に困り果て、今度はマルビスに話を振る。

「それでどうなったんだ?」

「討伐完了ですよ」

 何事もなかったように応えたマルビスにダルメシアが目を剥いた。

「六百だろっ、それを全部かっ」

「ええ、全て掃討してきました。残らず。今後の調査で地下施設でも出てくれば別でしょうが一通り調べたところ、それらしきものも、入口も見当たりませんでした。念のため地面をそれなりの深さで掘り下げてみたり、壁を崩してみましたが魔物の気配も何もありませんでしたのでおそらく問題ないかと思いますよ」

「たった十五人程度でかっ」

「十五人というか、倒したのは八割方ハルト様とイシュカ、ガイの三人ですよ。私達が見たのは四百体ほどのスケルトン達の頭だけです。デミリッチに限って言えばその姿も見ていません。ですが、これを見て頂ければその話もホラでないと納得していただけるでしょう」

 少し言葉を区切って、マルビスはゴロンッと近くのテーブルの上に魔石とリッチが身に付けていた高位魔導僧兵の衣装を取り出した。

 ことの成り行きを見守っていた周囲からどよめきが上がる。

「魔物素材はデミリッチ以外は森の方に運搬していますので仕訳が済み次第内訳は報告します。魔素強化されていましたので殆どの個体から魔石も取れたようですがなにぶんにも荷馬車山積み八台分ですのでまとめてスコップでまずは回収したのでこれから仕分けです。スケルトンは素材がろくに取れないとはいえあの量は半端ないですからね。ハルト様がいらっしゃらなければいったいどうなっていたことやら」

 マルビスがわざとらしく肩を竦める。

 後で言い掛かりなどをふっかけられても困るし、絡まれても面倒だからマウントは取れる時にとっておこうというつもりのようだ。威厳の欠ける私では多少大袈裟に言うくらいが良いのだろう。

「それでまずはデミリッチの素材と洞窟内から回収してきた幾つかの箱と大量の本についてご相談したいと思いまして」

「ディラン、裏の試験会場を開けろ。馬車はそこに入れてくれ」

 ダルメシアの言葉にテスラが外の馬車で待機しているランスとシーファに移動の連絡をするために席を外す。

「コッチだ、ハルト。まずは確認が先だ。苦情と文句は後で聞く」

「わかったよ、ダルメシア」

 ギルドの中を横切って裏の試験会場に移動する。

 先を行く私達を見送ってマルビスがそこにいた冒険者達に向き直る。

「みなさん、お騒がせ致しました。今日はそれなりに稼がせて頂きましたので初お目見えの挨拶も兼ねてハルト様よりこの町を守る冒険者の皆様に酒と肴を振る舞うように申しつかっております。

 この近くのゴレンズ亭にエールと食事を用意させていますのでお時間がある方は是非に。ハルト様の命により、私、マルビスの名前で入っております。後で御挨拶に伺いますのでどうぞ先に行ってらして下さい。では失礼致します」

 これも手筈通り。

 反感を買わないようにある程度の気前の良さをアピールしておく。

 マルビスが扉を閉めた途端、その向こう側からどっと歓声が上がる。

 御挨拶と言っても顔を出すだけで長居をするつもりはないのだが。

 とりあえずは箱の中身の確認が先だ。

 私達は通路を抜けて試験会場に歩いて行った。



 大量の本はまずは後回し。

 ランス達が裏口から入れた馬車から洞窟で見つけた箱を地面の上に降ろした。

 ダルメシアが一つ一つの箱をチェックしていく。

 十四個のうち十個は簡単なロックしかかかっていないので大丈夫だろうということで、一応警戒したものの早々に開けられた。そのうち半分ほどはリッチの生前使っていたと思われる生活用品が、もう半分からは古い金貨がみっちり詰まっていた。古いとはいえ金貨は金貨、使用することもできるのだがこういうのは収集家もいるのでそれ以上の価値があるとマルビスは言う。どこの世界にもマニアというものはいるので別段珍しくもないが、マルビスに一旦預けて換金することにした。

 しかしながら問題は金貨よりもむしろ残った四個の箱だ。

 普通は金貨のようなお宝に鍵をかけるものではないのか?

 そこにいた者は全員そちらに視線を向けた。


「普通、鍵をつけるなら金貨の入ってる箱だろ?」

「ということはこちらの箱には金貨以上に価値のある物が?」

「いえ、別の可能性もありますよ。価値があるのではなく危険だから鍵をかけたということも」

 ガイ、マルビス、イシュカがジッと箱を見ている。

 意見は色々とあるようだが、

「本が入ってるんじゃないの?」

 私としてはこの可能性が高いのではないかと思う。

「どうしてそう思うんですか?」

「だって人の価値観なんてそれぞれでしょ、あの部屋にこれだけの本があったってことは相当の本好きか、研究熱心かどちらかと思うんだよね。希少価値がある本とか、大事な研究書とか、その類かなあって」

 ロイに尋ねられて私は答える。

 でも、だとしたら私の隠したあの本が、机の上にあったのは解せない。

「なるほど、一理あります。ですが、まずは開けてみましょう。もし何か危ない仕掛けがされているとすれば陽があるうちのほうが良いのでは?」

 テスラの冷静な物言いに宝箱かもしれないソレを前に目の色を変えていたみんなが冷静に返った。

「そうだな、そうしよう」

 いそいそとガイが解錠にかかり始める。

 呆気ないほど簡単に開けてしまう手際は見事だが、ガイの正確で早い情報収集力の理由の一端を垣間見たような気がしたのは気のせいではないはずだ。とはいえ、ここは気づかぬフリ、気づかぬフリ。

 注意しつつ開けられた箱の中身の三つは箱いっぱいに詰められた大小様々な魔石と古びた魔物素材。そして、残り一つは見たこともないような毒々しい色をした液体がきっちりと詰められていた。

「魔物素材と魔石はまだわかるが、なんだ? これは」

 ダルメシアが首を傾げて瓶の一本を取り出して眺める。

「かなり前のもののようですし、腐っているのでは?」

「そうかもしれんな。なんにせよ、こういったものは俺達では門外漢だ」

 ロイとダルメシアの会話にふと、例の本の事を思い出す。

 研究書、見たことのない色をした瓶に詰められた液体。

 なんとなく。なんとなくだけど、嫌な予感がしないでもない。

 だけどロイの言うことも尤もだし、たとえ、仮にそれが何かの危ないものだとしても遥か昔の産物というのなら腐っていると言うのもあながち外れてはいないだろう。何もわかっていないうちから下手に人の手に渡さない方がいい。ただの私の取り越し苦労ならそれに越したことはないのだ。

「生活してたっていうなら詰めておいた飲料が腐ったっていう可能性もあるし。サキアス叔父さんに調べて貰えるか頼んでみるよ。出来るかどうかは聞いてみないとハッキリしないけど叔父さんの研究室も完成してるし確認してみるよ」

「そうですね、それがいいかもしれません」

 ロイが頷いて同意してくれた。

 どうにか誤魔化せただろうか? 

 とりあえずこの場を凌げればなんとかなる。

 

「しかし、結構魔石も色々なサイズでたくさんあるなあ。極端にデカいのはないようだがどうする? マルビス、買取するか?」

 するとダルメシア達の目が上手い具合に目の前の金めの物に目が向いて内心ホッとする。一般的に言えば普通腐っていそうな色の正体不明な液体よりそちらに目が行くのは当然と言えば当然なのだが。

「いえ、これは都合が良いのでこちらで保管します。例の魔石とかを売る場合のいい隠れ蓑になります。大量の魔石が宝箱から出てきたと噂が流れれば大きい物もあるかもしれないと思う人もいるでしょうから。それにこれからサキアス様が開発に加わってくる可能性があるなら魔石は手元に置いておいた方が良いかもしれませんし。魔石の価格は安定していますからね。資金不足というならまだしも潤沢すぎるほどにありますから当面急ぐ必要は無いかと」

「では今回も買取素材はなし、ということで良いか? 一応、お前らの今回の件で国に報告義務があるのはそこにある大量の本だけだ。いったい何冊くらいあるんだ?」

 やっぱり報告義務があるのか。

「約八百冊といったところですかね。数え間違いがなければ、ですが」

 棚からすると父様の書棚と同じ規模だから千冊くらいあるかと思ったが厚さがある物もあったし、そんなものか。結局ガイに隠して貰った本に気を取られていたから他の棚は見てなかったし、本が傷まないように討伐の時に屋根の使っていた布に包まれて積み込まれているから多く見えるというのもあるのかも。

「お前が数え間違えることはあり得んだろ。内容如何によっては買取価格も変動するだろうが国の買い上げ対象に該当する可能性があるからな。売るなよ? マルビス」

「売りませんよ。随分と古い文字みたいですし。価値がわからないうちに二足三文で買い叩かれるのはゴメンですからね。まずは調べてからですよ、国相手なら価格も吹っ掛けられるでしょうし。そんな勿体無いことしません。ではこちらの本は私達で預かりということで。私もその辺りのことを調べたいのでなるべく上への報告は引っ張って頂けると有り難いのです」

 私が読みたいと言ったから期限を伸ばそうとしているのもあるんだろうな。

 どうせ取り上げられるなら出来る限り高値で買い取らせたいのも本音だろうけど。

 ダルメシアがマルビスの言葉に呆れたようにため息を吐く。

「ブレないな、お前は。わかった。今回の件では迷惑も掛けたしな。洞窟の調査が済み次第ということで十日くらいは引っ張ってやろう。その後の交渉はお前らに任せる。では悪いがその中からニ、三冊渡してくれ。どの時代のものか調べなければならんのでな」

 確かに国で価値を込めて買取価格を提示させるためにも必要か。

 私は本の積まれた馬車を振り返った。

「ハルト様、お願いしてもよろしいですか?」

 そう言ってマルビスが私に話をふる。

 おそらくマルビスは私がこの文字が読めるとわかっているのだろう。

 私は積まれた本の背表紙を見て、あまり問題なさそうな伝記と神話、宗教関係の本を抜き取った。リッチがもと聖職者系だったとしたらこの辺なら無難で怪しまれる事もそんなにないはずだ。適当に選んだ風を装いダルメシアに渡す。

「今使われている文字ではないな。古代文字か?」

 パラパラと捲りながら眺めているダルメシアの手もとをテスラが覗き込む。

「それとはまた少し違うと思いますよ、魔法陣で使われている古代文字とも違いますし。どちらかと言えば今の言語にも近いようにも見えますからその中間辺りではないですかね」

 なるほど、テスラの意見にも一理ある。

 文字や言葉というのはある程度時代と共に変化することが多い。

 簡素化されたり、言葉自体の意味が変わったりも珍しくない。

 地方によっても訛りや方言もあるし、専門用語、流行り廃りもあるだろう。

 読めるのは読めるけれど、時代まではわからない。書物を読んでいけばわかるだろうが私の持っている生まれながらのチート能力はこの言語読解能力だけ、後は前世の記憶くらいのもの。どう説明したものかわからないところが問題なのだがどうやって誤魔化そう。父様の本棚にはこんな古い書物はなかったし、行き当たりばったりの行動の結果なのだが今回ばかりはこじつけするのも難しそうだ。曖昧にボカして詮索されたくないふうを装うくらいしかできないか? 後は誰かが深読みしてきたらそれに乗っかって上手く辻褄合わればいいか。

 どこまで行っても適当感は拭えない。

 私の性格からして慎重に行動するという言葉はそぐわない。

 色々と作戦を立てるにしてもいつも大枠を適当に思いつきで組み立てて、その後、自分の立てた穴だらけの策を他者の意見を聞きながら補強、改善して塞いでいくのが私のいつものパターンだ。

 結局私は生まれ変わっても私にしかなれないということか。

 でも前とは明らかに違うこともある。

 納得できなくて上司に食ってかかって反感を買い、後輩の矢面に立ち、責任を取らされて出世に乗り遅れていた頃からすれば考えられないくらい恵まれている。私の意思を汲み取り動き、助けてくれるたくさんの仲間がいる。少々というか、かなりトラブルメーカーであることは確かだけれどそれを補って余りある幸せだ。こんなに人に恵まれているのなら生まれ変わるのも悪くないと思う。

 とりあえず、大量のスケルトン等の素材の仕分けもあるので、今回の依頼の最終報告は全ての回収素材の集計が終わってから改めてということになり、私達は冒険者ギルドを後にした。



 ハンス達との待ち合わせもあるので早々にそちらに向かいたいところだが、一応ここのギルドに登録している以上挨拶はしておかねばならないだろうということで私達はこの領地に登録している冒険者達の待つゴレンズ亭に向かった。ここにしたのはギルドに近いということもあるがギルドが近いということもあって大量のエールが置いてあるということだ。ツマミはともかく、大勢の大酒飲み冒険者の腹を満たす酒の量を置いてある店はそう多くない。

 私達がその店の扉を開けると早速マルビスや、ガイ、ランスとシーファが手荒い歓迎を受けて引き摺り込まれた。

 私やロイ、イシュカ達には絡みにくいらしく私は二人に挟まれて入口に立っていた。確かに彼らから溢れる上品さに腰が引けてしまうのも無理はない。そうこうしているうちに力自慢の冒険者達にガイが腕相撲を挑まれて店の中央あたりの机の上で勝負が始まった。ガタイのいい冒険者達から見ると結構細身に見えるガイが挑戦者達を次々に薙ぎ倒していく様はなかなか爽快だった。そしてとうとうこの町一番の力自慢らしい巨体の男の御登場に酒場内は最高潮に盛り上がる。周りの冒険者達は囃し立て、賭けまで始まった。圧倒的にガイよりも挑戦者の勝利に賭ける者が多い。掛け金の幅はだいたい銀貨五枚から金貨三枚くらい。

 私的には静観しても構わなかったのだが、冒険者達があまりにガイを下にみているのはなんだか面白くない。今まで立て続けに勝利しているのはガイのはずなのに。

 なんだか少しムカついて盛り上がっている中、大声を張り上げた。


「ガイの勝利に金貨三十枚っ!」


 桁違いの金額に周囲の視線は一斉にこちらを見る。

 一気に釣り上がった掛け金に周囲はどよめいた。

「オイオイ、スゲエ金額だが大丈夫か。ジャジーの怪力はハンパねえぞ。あのニイちゃんもなかなかやるが勝てるわけねえって」

「止めるなら今のうちだぞ」

 そんな野次や嘲笑が飛び交う中、私はにっこり笑って懐からそれを取り出し、机の上に三十枚の金貨を積み上げる。

「大丈夫。私のガイは負けないもの」

 こちらを見ていたガイが驚いて目を見開き、そして破顔した。


「こりゃあ負けられないなあ。華を持たせてやろうかとも思ったがヤメだ。悪いが勝たせてもらうぜ」


「なんだ、お前、あんなガキの下に付いてんのか、勿体ねえ」

 あまり冒険者達の間では私の名前はあまり広まっていないのか、それとも噂の貴族の三男坊が戦闘でくたびれた格好でこんなところを彷徨いているとは思っていないのか理由は定かではないが顔は知られていないようだ。

 ニヤリと不敵に笑ってガイが位置に着く。

「俺の御主人様の価値をわかってねえヤツに負けるわけにはいかねえな」

「俺もそう簡単に町一番の座を譲るわけにはいかねえからな、本気で行くぜ」

「ああ、そうしてくれ。後で負け惜しみの言い訳されても困るからな」

 相手も位置に着いて机を挟んで両者が向かい合う。

 レフリーを勤める男が二人の拳に手をかける。

 しばしの睨み合いが続き、開始の合図とともに二人の腕に力がこもり、腕に血管が浮き出る。最初はワイワイと勝負の成り行きを見守っていた周囲もなかなかつかない勝負の行方に固唾を飲んで静まり返った。

 二人の力に耐えかねてテーブルがミシミシと音を立て、悲鳴を上げる。

「ガイッ、頑張ってっ!」

 私が叫ぶとガイが一瞬苦悶の表情の中、微かに唇の端を上げ、保たれていた均衡を一気に崩し、相手の身体ごと腕を机の上に引き倒した。ガラガラガシャンッと派手な音を立てて相手のジャジーという男が床に転がった。

 一瞬、店の中は静まり返り、そして次の瞬間、大きな歓声と称える声、囃し立てる口笛にガイが勝利の拳を振り上げる。そして金を賭けていた男達からは落胆の声が漏れ、回収されたそれは私のもとに届けられた。他にも大穴を狙ってガイに賭けていた数人の冒険者もいたけれど掛け金のせいでほぼ総取りに近い状態だ。

「勝ったぜ、御主人様」

 悠然と歩み寄って来て私をガイは肩に抱え上げる。

「褒めてくれよ、頑張ったんだぜ?」

「信じてたもの。でも流石ガイッ、最高にカッコよかった」

「そりゃあ凄い褒め言葉だな」 

 私は受け取った金額の中から金貨十枚を取り出してガイに渡す。

「ガッツリ稼がせて貰ったからね、ガイにお裾分け」

「こりゃまた気前が良いね、そんなところも俺は大好きだぜ?」

「知ってるよ。ガイはゲンキンだもの」

 本当に調子がいいんだから。

 でもこういうところがガイの魅力でもあるとも思う。

 しかしながら些か儲けすぎた。

 これをそのまま持って帰っては反感を招きかねない。

 ならばこれは泡銭、派手に消費してしまうのが一番だろう。

「店主っ」

 私は袋の口を縛り、それを店主に向かって放り投げた。

「それで明日も彼らにエールを御馳走してあげて。但し、明日はそのお金が尽きたら終わりね」

 もとは彼らのお金。

 でも賭けに負けた彼らに戻すのは筋が違うと思うので彼らに別の形で還元する。

 すると周囲はまたその私の言葉で盛り上がる。

「承知致しました、ハルト様。いつもありがとうございます」

「また多分、お願いする事もあると思うからよろしくね」

「はい、お待ちしております」

 この店はマルビスが差し入れに持って行く時によく利用している店だ。

 価格はそこそこだけど値段のわりには味も良いという。店によって出しているエールの味も値段も違うらしい。前世でいうところのブルワリーの違いみたいなものだろう。

 私と店主の会話に気がついた数人がヒソヒソと会話をし始めた。

「なあ、そう言えばハルトって名前最近よく聞くよな?」

「あのワイバーンを単独で倒したとかいうここの領主の息子の名前だろ?」

「まだ小さいガキだって話だったが、まさか・・・」

 彼らが青い顔でおそるおそる私の方を振り返る。

 ガイが自慢げに笑って言う。

「ああ、そうだ。俺の御主人様が、その噂のガキだ。

 強えぜ? ナメてかかると痛い目見るぞ、気をつけろよ?」

 評価してくれるのは嬉しいが、

「ガイ、私、そんなに強くないよ」

「強くないヤツが俺と対等に渡り合えるわけないっていつも言ってるだろ。俺もイシュカも御主人様に本気出されたら勝てねえって。上級魔法一発落とされたら終わりなんだからよ。わかってねえのは御主人様だけだぜ?」

 上級魔法って、そんな危ないもの聖属性以外人に向けられるわけもない。

「イシュカやガイにそんなもの使えるわけないでしょ」

「つまり対等に渡り合った上で奥の手をまだ持ってるってことだろ? 

 怖えよな、なあイシュカ」

「全くですよ、その上頭のキレも最高ですからね。末恐ろしい方ですよ」

 人を最終兵器みたいに言わないでほしい。

 それは過大評価だ。

 私は二十歳過ぎればタダの人、中身に外見が追いつけばそれまでだ。

 それにそれを使える度胸はないのだから使えなければ持っていないのと同じ。

「褒めすぎだと思うけどなあ。みんな、私に甘いよね」

 するとイシュカが困ったように笑った。

「甘いのではなく、貴方の自覚が足りないだけです」

「そんなことないと思うんだけど」

 納得出来ない私にロイ達も苦笑した。 


「でもまあ、私の大事な人達に手を出す不届者に容赦するつもりはないけどね」


 そのままマルビスが挨拶をしてその場をみんなで去ろうとガイに肩に抱え上げられたまま戸口に向かった私がポツリと呟いた言葉に冒険者達が竦み上がっていたのには、背を向けていたために最後まで気づくことはなかった。

 


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