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第七十二話 背負う覚悟というものは?


 スケルトンとアンデッド系の素材は魔石以外、崩れて塵となった白い粉末のみ。

 後はそれらの魔物が持っていた錆びた剣や鎧、その他装飾品などの鉄屑だ。

 だがまさしく塵も積もれば山だ。なにせ数が多い。

 簡易トンネルに誘い出し、一網打尽にしたその数はおよそ四百体。風で飛んでいった分もあるが、それらはたいした金額にはならないが農業が主な産業であるこの領地に置いて非常にありがたい肥料、もしくは建築材料としても利用されている。私達が洞窟に突入した後、慌ててマルビスがそれらを運ぶための布袋や木箱、荷馬車をテスラやハンス達に取りに行かせた。勿論、抜け目のないマルビスが洞窟内の魔物の種類を聞いてそれを用意して来ないわけもないのだが、想定以上の量で足りなくなってしまったのだ。ついでにどう考えてもすぐには終わりそうにもない作業を見て、昼食代わりになりそうな食料も手配してくれていた。

 感心したのは今回用意していた厚手の布でそれらをまずは覆うことで風で飛ばさせることを防ぎ、作業していたことだ。これによってガイが洞窟内で放った風による素材の吹き飛びは最小限に防がれていた。しかも風の強い洞窟より遠い場所から作業を始めていたために吹き出して来た魔素汚染による人的被害も避けられた。

 全く根っからの商人、素晴らしい。

 私達三人以外は討伐にたいして体力を使うこともなかったので作業はサクサクと勧められていて、イシュカが洞窟からぼろぼろの姿で現れた時には辺りは綺麗に片付けられ、回収した素材は一旦森の屋敷の方に順次馬車に乗せられて運び出しが始まっていたことには恐れ入った。

 因みに作業に夢中で私達が中で戦っていたのは気づかなかったそうだ。

「二刻ほどで戻ると仰って見えましたし、お二人が一緒だったので逃げてくる分には問題ないだろうと思ってました」

 と、イシュカの姿を見て吃驚はしたものの動揺するでもなく答えたらしい。

 ことの詳細を聞いて驚いたようだが、私達の無事を聞いてすぐにホッと胸を撫で下ろし、洞窟までロイとテスラと一緒に駆けつけてきた。流石にキールは危ないので置いて来たようだ。


「御無事で良かったです」

 事の経緯をイシュカに聞いて足早にやって来たロイ達三人は薄汚れてしまっていたものの私が怪我もなく普通に歩いているのを見て安心したようだ。みんなの目が私に向いている隙を狙ってガイがするりと後ろを抜け、洞窟の外に歩いて行った。

「ガイはどこに?」

 見当たらないもう一人の功労者に目が向かおうとしたので私は慌てず、ガイとの打ち合わせ通りの言葉を口にする。

「疲れたから少し休ませてくれって、ロイ達と入れ替わりで出ていったよ」

 別に嘘をついているわけではない。

 流石にタフなガイでもイシュカと二人でリッチの相手は骨が折れたようだ。

 むしろそれでも動き回れるイシュカは体力お化けだと思う。

 ガンガン打ち合っていたはずなのに緑の騎士団副団長の座は伊達ではない。

「それよりこれ見てよ、マルビス」

 私はリッチから回収出来た魔石をマルビスの前に差し出した。

「なかなかの大きさですね。ザッと見て三千クラスってところですかね」

 Sクラスだと言ったイシュカの見立てはやはり間違いないようでワイバーンよりも更に大きなその魔石にはいったいどれくらいの価値がつくのやら。多分コレもまとめて私のところに計上されそうだなあと思いつつ、手伝ってくれた他のみんなにもある程度のボーナスは支給すべきか。今日来てくれたみんなはもう父様の部下ではなく、私達の仲間だ。マルビスにあとでその辺りの相談もしよう。

 だが、まず優先すべきは洞窟内の後片付けだ。

「洞窟の中の魔物素材は今、入口付近から順次回収を始めてます。大量のなので後で仕分けすることにして一旦森の屋敷の馬小屋に運び込んでもらってます。錆びた武器も鉄屑として利用出来ますからね。あそこなら屋根もありますし、まだ馬は入っていませんから。ハンス達がいてくれて助かりました」

 弓矢と太陽光反射攻撃でもかなりの数を倒していたようで確かに入口辺りにも白いスケルトン達の残骸や装備が落ちていたけれど。私達の足元にあったリッチの身に着けていた装飾品とその残骸にマルビスは目を移す。

「リッチのコレは別に回収しましょう。高級素材ですよ」

 そうなのか?

 思い切り踏んでしまったのだけれども、私。

「スケルトンと同じように見えるけど」

「ここは暗いですからね。外に出て比べてみればわかりますよ。リッチはそのレベルによって色が変化します。Sランクともなると綺麗な色をしていますよ。動いていた時の禍々しさが信じられないくらいに」

 そう言ってマルビスはしゃがみ込み、テスラと二人で布袋に回収し始めた。

 綺麗だというなら後で一度見せてもらおう。

 その前に言わなければならないことがあった。

 私が穴を開けたその場所にまだみんなは気づいていないみたいだし。

 この位置からだと岩陰というのもあってそこは視認しにくいようだ。

 私はそこを指差してみんなの視線をそちらに誘導する。

「後ね、あそこ、あの奥に部屋をガイと見つけたんだよ。中に重そうな木箱が幾つかと大量の本があったんだけどあれってそのまま持ち帰っていいのかな」

 基本依頼を受けた者達の総取りだとガイは言っていたけれど私ではその価値はわからない。

 値段交渉とかはマルビスにお任せになっちゃうけど。

 私がそこに連れて行くと、みんな興味津々で私がこじ開けた場所から足を踏み入れた。

 扉については特に突っ込まれはしなかったのは助かったがとりあえずは崩れ落ちていたということにしておいた。

「ガイが、一応箱はここで開けない方がいいだろうって言ってたけど」

 部屋の奥に積み上げられていた木箱は数えてみたら大小合わせて十四個あった。

 やはり一般的な興味は本よりもそちらの方があるようだ。

 イシュカがその内の一つを注意深く持ち上げて観察する。

「そうですね。ガイの言うようにその方が無難だと思います」

 隠し部屋にあった以上注意するに越したことはないということか。

「森の屋敷に運ぶ前に報告も兼ねて一度冒険者ギルドに聞いてみましょう。中身を確認して構わないのであればそちらは明日の引越しの時に一緒に森に持っていきましょう。急いで売り払う必要もありませんから」

 そう言ってマルビスが箱を一つ持ち上げると、ロイ達もそれにならって運び出す準備を始めたので慌てて私はマルビスを呼び止め、木箱の置いてあった場所と反対側を指差した。

「私、ここにある本、読んでみたいんだけど大丈夫かな」

「売らずに取っておきますか?」

「できるの? ああいうのは国に買い上げられる事が多いって聞いたよ?」

 私の言葉にマルビスは少し考えてから答えた。

「内容にもよりますが、出来なければ貴方が目を通す時間くらいは上手く交渉して期限はできるだけ引っ張るように致します。全てを手元に残しておきたいわけでもないのでしょう?」

「興味があるのは出来れば残したいけど無理にと言わないよ」

 私がそう言うとマルビスはにっこり笑って、ではお任せ下さいと言ってくれた。

 ホッとして運び出すのを手伝おうと私でも持ち上がりそうな箱に手をかけると、

「ハルト様とイシュカは少し外で休んでいて下さい。こちらは私達で運び出します」

 そう言って作業するのをロイに止められた。 

「お疲れでしょう? 食事代わりの軽食も用意してありますよ。イシュカ、ハルト様をお願いします」

「承知しました。では参りましょう、私もお腹が空きました」

 イシュカに背を軽く押され、洞窟の出口に向かう。

 確かに魔力の使いすぎで若干ふらふらしないでもないけど。

 私はリッチの魔石を持ったまま、洞窟の外に出た。

 光の殆ど差し込まなかった洞窟から外に出るとほとんど真上に昇った太陽が出迎えてくれてその眩しさに目を細める。温かいというよりもむしろ熱い陽射しの来襲にうっと息が詰まった。

 隣を見ると戦闘で汗だくだったはずのイシュカが涼しい顔で歩いている。

「暑くないの? イシュカ」

 思わず尋ねるとケロリとそんなそぶりも見せずに答えた。

「暑いですよ。早く木陰で鎧を脱いでしまいたいと思うくらいには」

「全然そんなふうに見えないよ」


 アイスが、かき氷が恋しいっ!


 そういえばかき氷機作りたいって思っていたんだっけ。

 そのために春先に沢山のジャムを作り置きしてたんだった。

 明日から早速テスラに手伝ってもらって開発に取り掛かってやるっ!

 フワフワに細かく削ったかき氷が食べたいっ!

 すぐには無理だからまずはミルクと卵と砂糖でアイスクリームでも作ろう。

 そうだっ、サキアス叔父さんに頼んで便利な魔道具も開発してもらおう。

 叔父さん専用の研究所も作ったことだし、生活を便利にする冷蔵庫、掃除機、洗濯機、クーラーは無理でも扇風機などを是非っ! 魔素研究の権威だったという叔父さんにその研究が可能か否かは聞いてみないとわからないが。

 まあそれも全ては明日の引っ越しが終わってからの話。

 まずは積み込みが終わったらダルメシアのところに苦情を言いに言って、宝箱の中身と大量の本の今後の扱いについての確認が終わったら、どこかの店を貸し切っての宴会だっ!

 そんなふうに今後の予定についてあれこれ考えを巡らせながら歩いていた。

 

 一度思考し始めると周りが見えなくなるのは私の直せない悪い癖だ。

 ブツブツ呟き出した時点でそれに気がついたらしい私の扱いに慣れてきたイシュカが背中を押して転ばないように誘導してくれていて名前を呼ばれ、肩を叩かれて前を見るとそこには木陰に座ってパンと串焼きに齧り付いているガイの姿があった。

「また、例の病気か?」

「みたいですね。途中から声を掛けても返事をなさいませんでしたのでいっそ抱えてしまおうとも思ったのですが以前そういうことをされると考えていた事が一気に抜けてしまうと言ってらしたので様子を見ながらこちらにお連れしたのですが」

 ガイの呆れた声にイシュカがクスクスと笑って応える。


 またやってしまった。

 本当にお手数、ご迷惑をおかけします、だ。

 私は本当に進歩がない。

 真っ赤になって俯くと前方からここにいるはずのない声が聞こえてきた。

「ハルト、何かの病気なの?」

「いや、コレは病気というか私の癖で、って、なんでフィア達がここにいるのっ」

 驚いてガイから目を外し、声のした方向を見るとそこには団長とフィア、そしてミゲル王子が立っていた。危ないからって留守番の大事をとっての屋敷待機護衛じゃなかったの?

「あそこから全部オレ達がやってたこと見てたらしいぜ」

 そう言ってガイが指差したのは現場から少し離れた、大きな岩が突き出た場所。

 確かにあの場所なら見学するにはもってこいの場所だけど。

「すまないな。コイツらの護衛があるんで参加は無理だったんだが、どうしても二人がハルトの討伐戦を見たいって言うんで悪いが見学させてもらっていた」

「それは構わないんですけど、いいんですか?」

 別に隠すほどのものでもないし、もし報告義務があるなら見ていてくれたならそれも省けるから助かるくらいだが二人の王子を連れ出しての一緒の見学は大丈夫なのか?

 団長の乗る馬は大きいから子供二人乗せても問題は無さそうだけど。

「その辺の詳しい事情は後からガイに聞いてくれ。俺達にも情報を回してくれているんで非常に助かっている。お前達には借りができる一方だな」

「そのうちまとめて返してもらいますよ、利子つけてね」

 私は慈善事業をやっているわけではないし。

「怖いこと言うなよ。まあ、感謝はしてるんで多少の無理くらいなら聞くぞ。

 それよりもまた、なかなか変わった手を使っていたな。見ていて面白かったぞ」

 私のやっていることは大層な仕掛けをしているわけではない。

「そんなに変わった手段を使っているつもりはないのですが」

 その過程と理屈と理由が解れば単純明快だと思うのだが。

「土魔法を使って二枚の壁の道を作り始めた時は何をするつもりなのかと思っていたんだが」

「途中でわかったんですか?」

「いや、全くわからなかった。わかったのはお前らが布の屋根の下から飛び出した瞬間だ」

「殆どタネが見えてからじゃないですか」

 遅すぎるよ、それは。まさしくバリバリの前衛型、考えるよりも経験とカンを頼りに突っ込むタイプだ。それでもなんとかなっているあたりは団長の持つ戦闘力の高さゆえだろう。

「成功するかどうかわかりませんでしたけどね。多分、ガイが幻惑魔法を掛けてくれてたのも大きいでしょう」

「相変わらずよくもまあ次から次へと考えつくものだと感心している」

 難しいことではない。敵の種類と属性さえわかっていれば。

「相手の土俵で戦ってやる義理はありませんからね。太陽が嫌いで出てこないと言うならアイツらの好む環境を作ってやれば引っ張り出せるかもと思っただけですよ。わざわざ待ち構えている場所にのこのこ出て行く必要もないと思ったのでどのくらいの戦力が削れるかは賭けでしたけどね。マルビスが注文通りの品を揃えてくれましたし、みんなが手伝ってくれて指示通り動いてくれたからこそですよ。

 引っ張り出せたなら後はそこが実はアイツらの大嫌いな陽の光の下だと教えてやればいいだけです。要するに騙し討ちみたいなものですよ。私は正面から向かってもあの数には太刀打ちできませんし。弱者の知恵というやつですよ」

「あれだけの数の魔物相手に怯まず前に立てるヤツは弱者とは言わん」

「図太いだけです」

 まさに気合いと根性で立っていたに過ぎない。

 すると団長は私の持っていたリッチの魔石を指差した。

「図太いだけではそんな魔石を持つ魔物相手に戦えるわけないだろ」

「買い被りすぎですって。逃げられないから肝据えるしかなかっただけです。イシュカとガイがいなかったら勝てませんでしたし」

 実際、最初は逃げることも考えたわけだし。

「自分に対する評価が低いのも相変わらずか」

「私はみんなの手を借りて自分の役割を果たしただけです。最後に責任を取らなければならないのは指示を出した私ですから信頼する者でなければ任せられません。私の立案した作戦はマルビスの物流を抑える力無くして成立しませんし、自分の抜けた現場を任せられるロイ達みんな、そしてイシュカとガイの戦闘能力を信頼しなければ立てられる策でもありません。何か一つ欠けても無理なんです。勿論、それは私も込みで成り立っている」

 自己評価が低いのではなく、純然たる事実。

 私がみんなに勝っているのは魔力量くらいだ。

 それもあれだけの数が相手となれば一人で倒すことなど出来ない。

「私は完全ではありません。だからこそ私に足りないところを補ってくれる者達は大切な宝です。宝というものは大切に扱ってこそ輝きを放つものだと私は思います。

 どんな宝石だって磨かなければくすみ、輝きを失うでしょう?」

 その言葉に納得したのか定かではないが、小さなため息をついて団長とフィアは顔を見合わせた。

 だが、その中で一人、理解できていない人間がいた。

 ミゲル王子だ。

 彼は唇を引き結び、そして私に質問を投げかけた。


「なんで最後に責任を取るのがお前なのだ? 任せた者が出来なければそいつの責任であろう?」

「いいえ。その者に出来ないことを指示したのが自分であれば私の責任です。その者の能力以上の事を要求したところで失敗するだけ。それを見抜けなかったのは私なのですから」


「お前の立てた案で成功を収めたのならお前の功績であろう?」

「いいえ。私の立てた作戦は彼らの力なくしては成り立たない。私の出した指示を完璧にこなしてくれると信じているからこそ使えるものです。私一人では何も出来ない」


「どうしてお前自ら現場に立つ? 他の者に任せておけば良いではないか」

「いいえ。安全なところに座っているだけの者の言葉に説得力はありません。そこが危険であるなら尚更先頭に立つべきです。そうすることで間違いなく成功するのだと信じさせ、協力してもらうことができます」


 私は彼の質問一つ一つに自分の思っていることそのままを伝えた。

 そして言い返せず、反論を許さぬ言葉でやり込める。


「お前は怖くはないのかっ」

 そう叫んだミゲル王子に私は少しだけ俯いて、応える。

「正直に言えば、恐ろしかったです。怖かったですよ。足が一瞬、竦みました。

 あんなに大量の魔物と遭遇したのも、S級と呼ばれる魔物の前に立ったのも初めてでしたから。でも、私は一人じゃなかった。私を命懸けで守ってくれる二人が側にいてくれたから。それに応えるために、私も命懸けで守ろうと思いました。私は二人を失うのが魔物の前に立つ事よりも恐ろしい。それだけです」

 勝てるかもしれない敵と戦うことと二人を失うかもしれない恐怖。

 それを天秤にかけて、圧倒的に二人の命に傾いた。

 ただそれだけだ。


「他に、質問は? ミゲル王子」

 私の声に彼は俯き、小さな声で尋ねた。

「お前は私に王を継ぐ資格があると思うか?」

 握った拳が震えていた。

 それをどんな気持ちで聞いているか想像はつくけれどここで甘やかしてはならない。彼が王位に就きたいと思うのならこれくらいでへこたれるようでは困るのだ。だが、どう答えるべきか迷っているとミゲル王子が私を真っ直ぐに見て答えを促した。

「正直に言え」

 一呼吸おいて、誤魔化すことなく真実を告げる。

「今の貴方にはありません」

 明らかにショックを受けているのはわかった。

 だが、この答えには続きがある。

 私はミゲル王子の目を真正面から見つめた。


「ですが、貴方がその座につくことの重責を知り、背負う努力をするというのなら未来はまだわかりません。

 国の繁栄も衰退もその国の王の責任です。

 そして国の繁栄を担うのは圧倒的大多数を誇る平民達です。

 彼らの起こす産業が、発明が、流行が、商業が、国の行末を左右する。

 彼らの稼ぎ出す金貨で国が潤うのです。

 私達貴族、そして王族は彼らに養われている。

 だからこそ、彼らの生活、生命に責任を持たなければならない。それを知った上で、それでもなお背負うと言う事ができるフィアを私は尊敬します。少なくとも私には自分の住む領地の民でさえ背負う覚悟がありませんから」

 私が一番大事なのは私を支えてくれる人達だ。

「ミゲル王子。貴方にその全ての責任を負う覚悟はお有りですか?」

 私は彼に問いかける。

「国王になるということは、そういうことなのですよ」

 明らかに以前とは変わった、少しは人の話も聞くことが出来るようになった今の彼になら私の言葉は届くだろうか。

 私の言葉を理解した上で、それでも彼が王になりたいというのであれば止めるつもりはない。フィアを応援するのは変わらないが競い合い、助け合えばより良く国を変えてくれるかもしれない。

 ミゲル王子は黙り込み、必死に何かを考えているようだ。

 何度も唇を噛み締めては引き結び、何か言おうと口を開きかける。

 暫くの沈黙が続いた後、彼は口を開いた。


「叔父上」

 自分を呼ぶ声に団長が耳を傾ける。

「私は国王にはなれない、なりたくはない。私には無理だ、出来ない」

 最初は小さく、ポツリと言った言葉は最後には大きくなっていた。

 そして王子は断言した。


「王位継承権は放棄する」


 きっぱりと断言したミゲル王子の口調に、もう迷いはなかった。

 それでも悔しいのは隠せないのか、拳はキツく握られ、瞳には涙が浮かんでいた。それでも自分の器と退き際を見定められるのは王族としてのプライドだろうか。

 その肩を抱く団長の手にはしっかりと力が込められていた。

 でもね、ミゲル王子。それを認められる今の貴方にならまだ未来が残ってる。


「ミゲル王子、国王にならないというのは、そう悪いことではないと、私は思いますよ?」

 私の言葉にミゲル王子が顔を上げ、こちらを向いた。

「だって、国王にならないというなら、それ以外の何にでもなれるということです」

 悲観することなど何もないのだ。

 だって、その未来は無限に広がっている。

「何にでも、なれる?」

 尋ねる彼に私は大きく、力強く頷いた。

「王子はまだ学院に入って一月も経っていないのでしょう? 今から努力すれば何にでもなることができると思いますよ。学院の生徒達の将来が決まるのは殆どが卒業の時でしょう? まだ四年もあるじゃないですか。

 団長のように騎士を目指すことだって、学芸員や官僚、研究者になることだって、商人や冒険者にだって」

「お前のように、ハルトと一緒に働くこともできるかっ?」

 目を輝かせてミゲル王子が身を乗り出してきた。

 これは予想外、そうくるか。

 でもここで簡単にうなずいてはいけない。

「今の王子には無理です」

 私はキッパリと断言する。

 がっくりと目に見えて肩が落ちたミゲル王子に続けて言う。

「ですが、学院を上位の成績で合格すれば検討の余地があります。特に算術が出来ないと話になりません。私は私を手伝ってくれる優秀な者は拒みません。もしくはキールのように何か際立った才能があれば別ですけど」

「学院上位で算術だな? わかった」

 大変ですよ、それ。

 貴方は今まで自分の地位に胡座をかいてそれを拒んできたのだから。

「後は平民と仲良く出来るようになってくれたら考えてもいいですよ?」

 そう付け加えるとミゲル王子は目を輝かせた。

「そしたら休みにはまた遊びに来てもいいか?」

「そうですね。一緒に遊んだり、勉強したり出来る平民の友達がまずは五人。そうしたら休暇にはその友達と遊びに来てもいいですよ?」

 私の出した条件にへにょりと眉が下がる。

「五人。もう少し負けてくれんか?」

 そうだね、いきなり五人は厳しいかも。

「ではまずは一人。それから休暇毎に一人づつ増やしていきます。それでいかがですか?」

「わかった」

「命令も金銭や物で釣るのも、権力目当ても却下ですよ?」

「わかっているっ」

 ムキになって言い返すところが面白い。

 その条件がクリアできたなら、きっと彼はもう暴君ではなくなるはず。

「では、頑張って下さいね。楽しみにしていますよ。変わった貴方が見られるのを」

 私がそう告げると彼は少し頬を紅く染めてボソリと呟いた。

「・・・ミゲルだ」

 はい?

「ミゲルと呼べっ、王子はいらない。兄上と同じように呼べっ」

 恥ずかしいのか真っ赤になって私に向かって彼は叫んだ。

「はい。ではミゲル。待っていますよ」

 なんだ、可愛らしいところもあるではないか。

 子供というのは環境に大きく左右される、まだ発展途上の生き物だ。

 ミゲルはこれから大きく変わっていくだろう。

 私は楽しくなってくすくすと笑った。



 和やかなムードを微笑ましく見ていると後ろからガイとマルビス、ロイの声が聞こえてきた。


「おいっ、いいのか? また一人タラシ込んだぞ」

「気になって様子を見に来てみたらコレですか?」

「もう影の最高権力者の座は決定でしょう。どうするんですか、アレ」


 コレとかアレとかまたわけのわからない言葉が飛び出している。

 影の最高権力者? 

 それって周りが逆らえないってことでしょ、上等じゃない。

 既に貴族の間で魔王と呼ばれているのだ。

 後一つ妙な呼び名が増えたところで問題ない。


 大きな問題が一つ片付きそうな予感に私は上機嫌になった。




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「ハルトは俺の心の友だ!」と、ミゲル王子がドヤ顔(ほっぺた真っ赤www)で言うのが見えるわ~(ニヨニヨ)
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