第六十九話 面倒事に嫌われる方法探しています。
関係各所を回ると言いつつも、ほぼマルビスが済ませてあったので後は頼んでいた商品などを数件受け取るくらいで後は各ギルド巡りくらい。まずはそんなに時間を食わないであろう商業ギルドで入荷した登録申請書を全てテスラが買い上げてくるとそのまま冒険者ギルドに向かった。
昼前のこの時間帯は殆ど職員だけで冒険者はいないはず。
まずはロイを降ろしてギルド内部の様子を伺ってもらい、それを確認すると馬車を降り、目立たない馬小屋の影までランスに移動しておいてもらう。
ギルドの扉を潜ると相変わらず厳つい顔が迎えてくれる。
「相変わらず派手にやっているようだな、噂が絶えないぞ、ハルト」
「面倒事が私を選んでやってくるんだよ。厄介事になんとか嫌われる方法ないかと目下探索中。知らない? ダルメシア」
何かいい方法があれば是非金貨千枚支払っても知りたいところだ。
真剣な顔で聞く私にダルメシアはあっさり言った。
「そりゃ無理だ。お前はソイツに嫌というほど愛されているようだからな、諦めろ」
そんなものに好かれたくないのだけれど、やはり無理か。
「今日は何か用があって来たのか?」
「明後日の朝、引っ越しが決まったから御挨拶。まだ下半分と一番面倒な貴族向けの内装部分が残っているみたいだから完成には一カ月以上かかるみたいなんだけど私達の居住スペースは完成したから。
とは言っても同じ領内だし、登録場所は変わらないから多分これからも世話になるとは思うけど」
ダルメシアには色々と世話になったし、便宜も図ってもらった。
「まあ俺としては丁度良かった。頼みたい事もあったしな。上に移動するか」
そう言って親指を立てて二階を指し示す。
ゾロゾロとダルメシアの後をついてギルド内を通り抜け、最早勝手知ったるそこを上がっていく
「早速で悪いんだが頼みたい事が三つほどあってな」
「何か面倒な事?」
ソファに座った途端にダルメシアが話を切り出してきた。
まあ挨拶は済んでいるわけだし、特に共通の話題もあるわけでもない。
下手に突っ込まれても面倒なことが多いから構わないんだけど。
「一つはな。それは最後に話すとして、まずは二つだ。
この間土産に貰ったお前が新しく雇ったという鍛治師が作ったという短剣なんだが、魔獣の解体作業で使ってみたんだがかなり使い勝手が良くてな。何本か用立ててもらえないかと。勿論代金は払う。予算もあるんでまずは見積を頼みたいんだが。とりあえずもう一本できれば早めに欲しい」
やはり解体作業にあの切れ味は魅力的なようだ。
父様の屋敷の厨房でもかなり喜ばれていたし、ナイフの形をしているので食材を切るには些か不便な形であるにも関わらず既に料理長は愛用していて包丁が完成したら是非教えて欲しいと言われている。値段によっては購入を検討したいらしい。
一応私も日常的に持ち歩いているので今も懐に一本入っている。
「同じタイプでいいのなら持ち歩いてるけど?」
「あるのかっ」
食いつき方が違う。
これはお買い上げ間違いなし、顧客化確定ってとこかな。
冒険者ギルド御用達になれたら宣伝としても、ブランド的にも申し分ない。
「ウェルムに移動してもらう時、引っ越し資金にしてもらおうと思って彼が持ってた在庫全部買い上げたから四十本くらいあったんだけど、協力してくれた団員達やお土産で配ったのもあるし、ガイが予備をくれって結構な数持って行ったから後十本もないよ」
「幾らだっ」
随分と必死だ。そりゃあ残り少ないとなれば無理もないか。
倉庫に戻ればまだ残っている
「これは謹んで進呈するよ。ダルメシアには世話になってるし。後はウェルム次第かなあ。
この間会った時、新しい窯のクセがまだ完全に掴めてないってぼやいてたから。
でもウェルムは納得してなかったみたいだけど普通のよりアレ、切れ味良かったよね?」
早速取り掛かってくれていて何本も作っていたにも関わらず納得していない様子だった。
「貴方に使って頂くには納得いかないという意味だと思いますよ。放り投げてあった包丁を貰って行ってもいいかと聞いたら頂けましたし」
マルビスが肩を竦めて言った。
別に料亭の板前じゃないんだからそこまで拘ってもらう必要ないんだけどなあ。
「売ったの?」
「いいえ。本人の納得していない、許可がない物は売れません。食品加工工房に持って行きました。切れ味が良いとみなさん、喜んでいました。後は売り出し調整前の新しい技術を使った試作品という事で販売業者に何本か」
ウェルムの鍛造技術も無事商業登録通ったことだし、間違いなくウチの売り出し商品の目玉になりそうだ。弟子も取ったわけだからランク付けしてウェルムの作品には刻印入れるとか、作り手によって持ち手のデザイン変えるとかブランド化においての工夫も必要になってきそうだ。
「ナイフだけじゃなくて包丁もあるのかっ」
「本業は剣を打つ鍛治師なんだけど頼んで作ってみてもらうことにしたんだよ。どうしてもこのナイフだと薄刃で折れやすいから片刃で背を厚くしてもらうようにしたんだ。値段とかサイズはマルビスと相談して」
一般的価格も特注品とかの相場も私ではわからない。
「では御入用のサイズと本数を教えて頂ければウェルムと相談して決めて参ります」
「わかった。ディラン、解体作業やってるメルバのヤツに聞いて来い」
マルビスの言葉に副ギルド長が一礼して扉を出て行く。
「それから二つ目だが、この間の訳あり魔石、買い手が見つかりそうだがどうする?」
訳ありってことは私が補充した四千クラスの方か。
「幾らですか?」
「一応ウチを通す以上一割は入れて貰わなきゃならんが」
そう釘ってマルビスと私を手招きする。
聞かされた値段に驚いて私は目を向いたが速攻でマルビスが返事をした。
「売りますっ」
そりゃあそうなるよね。
二千クラスが金貨二百五十枚だっていうのに金貨二千枚の値がつけば。ギルドで一割取られても千八百枚、レイオット領の朝市でオジサンが言ってたことが本当になるとは。考えてみればワイバーンより強い魔獣の魔石ってことは討伐だって半端なく大変だろうし、そんなものがしょっちゅう現れたら困るよね。希少価値が高ければ値段も跳ね上がるってわけだ。
空になれば二束三文の値段だというのに。
とりあえず扱いも困っていたわけだし、買い取ってくれる人がいるというのはありがたい。
「じゃあ近いうちに持って来てくれ。扱いはまたハルトの稼ぎに計上ってことでいいのか?」
「ええ、それでお願いします」
買い手にも名前はお互い伏せておくということで納得したらしい。
名目上は偶然手に入れたソレで大金を手にして野盗や強盗に襲われたくないからということにしておいたという。身元はしっかり確認したが向こうも手に入れたことで余計な詮索をされたくないらしい。
そりゃあお宝持ってますって公表するってことは、どうぞ狙って下さいって言ってるのと同じだもんね。お宝自慢が趣味でない限りは隠しておいた方が無難だ。
「それで面倒だというもう一つは?」
嫌な予感がしないでもないが、聞きたくないことを先延ばしにしたところで余計面倒になるだけだ。厄介事は大きくなる前にサッサと片付けるに限る。
ダルメシアは地図を広げながら話し始めた。
「お前らに依頼を一つ請け負って貰おうと思ってな。ハルトの持ってるS級は本人が申告するか、引退しない限り有効期限が切れることはないが、他の奴らのは登録後半年で該当ランク以上の依頼を最低一つクリアしない限り有効期限が切れる。丁度A級ランクのヤツが舞い込んできたんでお前らに頼めないかと思ってな」
A級って、期限延長だけならそこまでのランクは必要ないと思うんだけど。
私の期限切れがないならロイやランス達はD級、確かガイはC級、私の従者にA級もB級もいない。どさくさに紛れて引き受けさせよう感丸出しなのだが、ウチは小さな町だし、それを引き受けられる冒険者パーティが他にいるかと言われると殆どいないというのが実情だ。
「そこの坊主とテスラも登録するなら早い方がいいぞ。ハルトとパーティ登録しとけばもしこの依頼をクリアするとF級登録しても一緒ついて行きさえすれば一気にD級までは上がれるぞ。持っていて損はない。必要がないと思えばそのまま失効させれば良いだけだしな」
「ダルメシア、余計な事は言わなくていいよ。テスラもキールも非戦闘員なんだから。下手にランク上げると低ランク依頼、受けにくくなるから」
「何を言ってる、二つ下までは受けられるからFランク依頼も受けられるぞ」
「今ダルメシア言ったでしょ、該当ランクをクリアしなければって。登録するのは止めないけど自信がなければランクは上げない方が無難だよ。外堀から埋めて断れなくしようとしてるのバレバレだよ」
私の指摘に舌打ちしたところをみると図星だったようだ。
しかしウチの領内であれば放って置くことも出来ない。
「でもA級って厄介なヤツじゃないの?」
「まあ厄介といえば厄介だが、お前達ならそう問題ないだろう」
その理屈がよくわからないのだが。
「その根拠は?」
私が尋ねるとあっさりタネをダルメシアが明かしてくれた。
「討伐対象がリッチなんだよ。あれは聖か光属性持っていて戦闘に応用出来るヤツじゃないと二ランクは上でなきゃ厳しい。
この間フランクの森のケダク山麓で崖崩れがあったのは知っているか?」
「ああ、父様が言ってたね。あそこの付近には人里もないし特に問題ないだろうって」
「ところが大アリなんだよ。その付近をたまたま通りかかった冒険者のヤツらが洞窟の入口らしき隙間を見つけてな。何かお宝でも見つかるんじゃないかと中を覗いたらしいんだがソイツらの話によると中にはスケルトンやアンデッドがウジャウジャいたんで逃げ帰ってきたんだと。何かを守っているのか洞窟の外まで追いかけて来なかったらしいんだ。もっとも昼間だったんで出て来れなかったというのもあるんだろうがソイツらの中にリッチを見たってヤツがいる。おまけにソイツが放っている瘴気のせいで魔素が漏れ出しているらしくてな。放っておくと非常にマズイことになりそうなんだ」
瘴気のせいで魔素って、それってかなりヤバイんじゃないの?
「父様に連絡は?」
「ソイツらに報告を受けたのは今朝なんで、さっき連絡に行かせた。ルイゼが留守でなければ今頃届いてるだろ」
「リッチって結構討伐レベルランク高かったよね。手強いんじゃないの?」
あれって確か高位の魔術師や僧侶がモンスター化したヤツだよね。
素材としては骨ぐらいで、たいしたものが取れないから買取価格も低くて魔物としては討伐対象としては嫌われている。だが高確率でお宝を隠し持っているか、身に付けている可能性が高い。但し、その場所自体を守っている可能性も多いので歴史的価値は高くてもたいした稼ぎにならなくてやはりこれも冒険者に嫌われる理由の一つらしい。
「手強いっていうよりアイツらに有効な属性を持っているヤツが少ないっていうのが正しいだろうな。高火力の火か光、特に聖属性に弱い。だがこの光と聖、二つの属性を持っているヤツは少ないだろ? 聖水も有効ではあるが、ランクの高い聖水は値段もそれなりにするからな。仮に討伐出来たとしても割に合わねえ。だから依頼を受けるヤツも少ねえ。そうなってくると依頼ランクも報酬も上がるってわけだ。だから依頼内容的にはBランクだな。掲示板にはこれから張り出すところなんだが、この町でこのレベルの依頼を受けられるのはお前達くらいだし、お前らなら属性については問題ねえだろ?」
確かに属性的には問題ない。
光属性ならイシュカが持っているし、ここに魔力量ほぼ五千の全属性持ちの私がいるのだから。
実際の現場を見てみないとわからないけど、アンデッド系が多いというなら夜に洞窟に突入しない限りは地形によっては対策も立てられるかもしれない。
ふむっと少し考え込んだものの、放っておけない以上は行くしかない。
魔素が漏れ出し続けて魔獣が量産される事態はゴメンである。
「ランス、ケダク山の麓っていうとここからどのくらいで到着する?」
「馬なら一刻もかかりません」
やはりかなり町からも近い。早急に手を打つ必要がありそうだ。
とりあえず一度アタックしてみて、私達の手に負えないようなら今はウチの領地に緑の騎士団の団長と出向中の副団長が揃ってるわけだから応援要請もすぐにできる。
ろくに調べもしないうちから依頼して、実はたいしたことありませんでしたってのもマズイ。
「とりあえず依頼は受ける方向で検討するよ。正式に受諾する前に下見と父様に相談をしたいんだけど掲示板張り出し少し待てる?」
「いつまでだ?」
「明日の朝まででいいよ。極力予定は変えたくないからね。まだ昼前だから下見くらいならまだ今日間に合うでしょ。明後日引っ越しだし、片付けるなら明日行くよ。町からも近いことを考えるとあまり長くも放っておけないし。今日中に連絡する。ギルドが閉まってる時間だったら手紙でも置いてくよ。それでいい?」
「ああ、なるべくお前らが来るまでいるようにはしておくが閉まっていたら、そうだな。馬小屋の入り口の天井に挟んで置いてくれ」
とりあえずそこまで遅くなるつもりはないがダルメシア曰く、私は面倒事に愛されているらしいのでどうなるかわからない。
「じゃあ今日はこれで失礼するよ。早速父様のところに行って相談してくる」
私は挨拶もそこそこに冒険者ギルドを出て行った。
途中屋台で昼食を仕入れ、食べながら屋敷に戻ると早速父様の書斎を尋ねる。
待っていたかのように迎い入れられて本題へと話を進めるとやはり父様も私と同意見。
まずはすぐに下見に行くことになり、団長にお願いしてフィアも一緒に護衛してもらうことにした。
「俺も一緒に行ってやろうか?」
そう言ってくれる団長に私は少し考えてから首を振った。
「例の件もあるし、万が一何かあったらコッチの方が私には責任取れないから」
チラリと二人の王子に視線を流すと団長は納得して頷いた。
暗殺計画もあるらしいし、団長を連れ出した隙を突かれてはたまらない。
「イシュカもいてくれるから大丈夫。今日は現場の下見だけだし、手に負えなくてヤバイと思えばケツ捲って逃げてくるよ」
逃げ足だけは自慢だからね。
「もし、ガイを見たら無理にとは言わないけど明日は何処にも行かないで一緒に来てくれると助かるとだけ伝えといてくれる? 寮にも倉庫にもいなかったから多分何か調査に出ているんだと思うんだ。何か気になる事があるみたいで」
「わかった。見かけたら伝えておく」
団長が頷いてくれたのを見届けて、出発しようとすると心配そうなフィアの顔が目に入った。
「本当に気をつけて行って来て下さいね」
私は安心させるためににっこりと笑って応える。
「心配しなくても大丈夫。これでも一応S級冒険者だしね」
「S級だとっ!?」
途端にウチのメンツ以外、団長と二人の王子、その従者に護衛までもが見事に揃って目を剥いて声を上げた。
「あれっ? 言ってなかったっけ?」
「聞いてないぞっ」
そう言えば言ってなかったかも。
イシュカ達、黙っててくれたのか。
「なってからまだそんなに経ってないしね。冒険者ギルドと国家権力は別だってダルメシアも言ってたし。知らなくても無理ないか。嘘じゃないよ? ほらっ」
そう言ってポケットからハデハデしく輝くギルドカードを見せるとみんな、特にミゲル王子が食いついてきた。王子といえど男の子ってところか、こういうの好きなんだろうなぁ。
「そんなわけでまだ義務が免除される年齢とはいえど特権持ちでもある以上、自分の生まれ住む領地と領民くらいは守らないとね。三男とはいえ私は領主一族の息子だもの。それが恵まれた環境に生まれ落ちた者の責任でしょ?」
人に偉そうに説教を咬ますからには逃げては説得力も欠けるというもの。
「じゃあ行ってくるよ」
そう告げて部屋を後にする。
馬小屋に向かう道すがら色々と準備して欲しいものをマルビスに伝える。
ダルメシアのところから帰る途中で使えそうな手段を幾つか考えてみたのだ。
「現場と天候、条件次第では使えないかもしれないけど一応揃えておいてくれると助かるんだけど大丈夫かな」
「問題ありません。今回はそんなに種類も難しい物もありませんし」
「今回は出来ればマルビスにも手伝って欲しいと思ってるし。弓、得意なんでしょ?」
「はいっ!」
最前線に連れて行かれるかもしれないのに、そんなに嬉しいのか。
そのために鍛えたって言ってたし。
みんなの戦闘力を疑っているわけではないのだが、楽して安全に片付けられるならそれに越した事はない。魔力は温存しておいた方がいい。
既に慣れつつあるロイとの二人乗りでイシュカとランス、シーファに囲まれて現場に向かう。
ダルメシアに聞いていた場所に付近に到着すると、まずは馬に乗ったまま辺りを探索する。
崖崩れを起こしたという場所はすぐに見つかった。
ケダク山の高さ中間辺りから結構な範囲が削られ、地面が露出している。
思っていたより範囲が広い。
「なんでいきなり崖崩れなんか起こしたんだろう?」
ここ一カ月くらいは晴れの日が殆どで、いくら雨とかで地盤が緩んだとは考え難い。確かに山肌が露出している部分が多い山ではあるけれど。
「ケダク山は死火山です。というか大昔に二つの山が噴火によって形を変えて一つの山になったらしいという伝承も近くの村に残ってます。もしかしたら火山は死んでいるのではなく、停止しているだけでまだ活動していて地中で何か変化があったのか、もしくは昔の噴火で山の中に空いていた穴がなにかの反動で崩れたという可能性もあるかもしれませんよ」
私の疑問にランスが答えてくれた。
妙に歪なやや横長気味の山の形はそのせいか。
つまり、その洞窟に居座っているらしいリッチは火山の洞窟に住み着いていたわけではなく、その隣の山にいた可能性もあるわけだ。大事な宝を隠すのにも、大切な場所を守ろうとしているにしても元が高位の魔術師や僧侶なら火山にそんなものは隠さないし、作らないだろう。いや、隠すというより人の手に渡らないようにしているとすればそれも有りか。
そうなるとロストテクノロジー的な相当ヤバイ物が眠っている可能性もあるのか?
ふと怖い考えに至り、私はふるふると首を振った。
イヤイヤイヤ、いくらなんでもそんな次から次へと私も貧乏クジは引かないだろう。
考えすぎ、考えすぎ。
強欲に塗れた魔術師かなんかが死後他人に大量のお宝を渡したくなくて隠しているだけだ。
・・・多分。
きっと、そうであってほしい。
お願い、たまには大当たり引かせて頂戴ね、神様。
なんにせよまずは目の前の問題解決が先だ。
ゆっくりとその洞窟があるという近くまで馬を進める。
そうすると馬の歩みが次第に遅くなり、遂には脚を止める。
辺りには瘴気と魔素を恐れているのか生き物の気配もあまり感じられない。
仕方がないので私達は馬を降り、近くの木に繋ぐと徒歩で向かう。
念のため私はみんなを集めると結界を張って移動する。
目的の場所はすぐに見つかった。
聞いていた通り削れた岩肌の右横下方の隙間に長細い穴が空いている。そこから確かに瘴気と魔素が漏れ出ていた。
おそらくギリギリ崩れるのは免れたものの隠されていた洞窟の一部が露出してしまったということだろう。
「ねえ、イシュカ。あの穴を塞いだとして、中にいる魔物は一日でどれくらい強化されると思う?」
まずは漏れ出す瘴気と魔素を止めないことには身動きも取り難い。
イシュカは私の問いに少し考えてから答えてくれた。
「おそらく殆ど変化はないかと。もともと何十年、何百年かわかりませんが閉鎖された空間だったわけですから今穴を塞いで一日二日それが長くなったとしても知れているでしょう。いくら魔素に満ちていたとしても変化には限界があります。元々の器も関係しますからね。それだけ長い間閉じ込められていたのなら変化はとっくに終わっているでしょう」
つまり最終変化までは終わっているということか。
「なら塞いでおかない手はないよね」
私は結界を保持していた魔石の首飾りをロイに渡すと一度それを解いて、自分が出たところで張り直す。
「ちょっと塞いでくるからここで待ってて」
「ハルト様、それなら私が行きますっ」
「駄目。ロイはそこで待ってて。私ならみんなよりも保有属性による耐性あるからこの場での適任は私。大丈夫、アンデッド系は光に弱いんでしょ? まだ慌てる時間じゃない。それに、土属性を持ってるロイにはここを塞いだ後、明日の下準備のために力を貸してもらいたいんだ。イシュカ達にも手伝ってもらいたい事があるし」
この状態のままでは考えていた策の半分も使えない。
まだ陽がある内に出来ることは片付けておかなければ。
用心は、しておいて損はないのだから。